台湾・高雄市と台中市の実態調査(
2006
年
8
月
7
日~
12
日)・・・・・・
2
担当者:黒瀬直宏(専修大学
商学部教授)
、荒井久夫
(
専修大学
社会知性開発研
究センター任期制助手
)
顧懿
(
専修大学
社会知性開発研究センター任期
制助手
)
台湾・北部の
IT
部品製造業実態調査(
2007
年
3
月
5
日
~9
日)
・・・・・
24
担当者:黒瀬直宏(専修大学
商学部教授)
、荒井久夫
(
専修大学
社会知性開発研
究センター任期制助手
)
台湾・高雄市と台中市の実態調査
(2006
年
8
月
7
日~
12
日
)
担当者:黒瀬 直宏、荒井 久夫、顧 懿
1
E
精機工業股 份有限公司
(
2006
年
8
月
8
日)
取りまとめ担当: 顧 懿
(1) 企業概要
設 立: 1967年
資本金: 3,000万台湾元
従業員: 182人(2005年)
売上高: 6.5億台湾元(2005年)
製 品: バイク、ATV、ゴルフカート用の部品(Starter Clutch Assembly, Die Cast Hub…)
(2) 創業および発展の経緯
1952年からすでに高雄市内で旋盤加工をはじめていた創業者は、1967年に資本金100万台湾
元で「E鉄工廠」を創立した後、1976年に資本金を2,000万台湾元まで増額すると共に、社名
を「E精機工業股 份有限公司」に改名した。
その直後、当社は大きな転換期を迎えた。当時、日本のY社(二輪車メーカー)との技術提
携を解消した台湾のバイク生産メーカー「K学社」は、自立発展路線へと転換を図るため、周
辺企業に協力を求めていた。1978年より当社は「K学社」の部品生産に協力したことで、当社
の技術力アップや主力製品の誕生につながった。これがきっかけとなり、1981年より「S工業
股份有限公司」(略称:SYM)、1986年より「台湾Y機車工業股 份有限公司」(略称:YMT)、
2002年より「台湾Y興業股份有限公司」(略称:YMTT、2002年に設立され、アメリカ、ヨー
ロッパとアフリカ向けの輸出を行っている会社)Yグループを中心に取引先と取引量が増え、
部品を提供する専門メーカーへと成長していった。事実上、台湾YMTの発展と共に、成長し
てきた企業である。
(3) 会社組織
現在、先代社長の妻が董事長に就任しており、長男が後継者として生産と営業現場の経験を
積んでいる。
従業員は計182人であるが、その内訳は、統括部33人(昨年より日本語のできるスタッフ2
人を採用し、統括部に営業課を新たに設置した)、品質管理部18人、研究開発部12人、製造部
119人となっている。
(4) 販売先と売上
当社の主力製品であるクラッチ部品については、現在、台湾YMTから100%を受注するほか、
日本のYEC、IMをはじめ、YMMC(アメリカ)、MBK(フランス)、YMES(スペイン)、YMCE
が27%、SYMが35%、その他が12%となっている。
そして、近年の売上高と輸出比率の推移は、上記のグラフで示した通りである。台湾では、
バイク産業が成熟産業になりつつあるため、近年の伸びは、主に輸出によって支えられている
のが実情である。
(5)技術指導と取引関係
現在、台湾YMTから年に1~2回ほどの技術指導(全体)を受けているが、個別製品の開発
時もしくは量産開始時には、週一回のペースないし随時指導を受けることもしばしばあると言
う。台湾YMT関係者の監査と工場現場の査察は常に行われている。
一方、当社は、メッキや鍛造表面処理などの生産工程を外注しているため、外注先を選定し
た後、当社による技術指導と品質管理を行っている。当社の外注先は、約120社にのぼるが、
その内、一部の鍛造メーカーが台中にあることを除けば、そのほとんどが高雄の周辺企業であ
る。製品の外注比率は、素材を含む販売価格の約4割を占めている。
当社にはY グループからの資本は入っておらず、競争入札による受注方式を取っているが、
品質や信頼などの問題を考慮され、Yグループとは、日本的な長期的・継続的取引関係にある。
(6)今後の動向と戦略
当社は、品質の安定した製品を提供するため、全数チェックを実施しているだけでなく、台
湾YMTの近くに倉庫を設け、迅速な納品にも心かけてきた。
の同業他社の80%が中国大陸に進出・移転したことなどを背景に、当社にとって「販売先の多
様化」が急務となってきた。よって、昨年より営業課を設けたり、日本語のできるスタッフを
採用したり、一社依存型の体質を変えようと方針転換を図りはじめた。
また、当社ではこれまで自ら設計、開発することがなく、100%対応図でやってきただけに、
自社の設計、開発力の向上ができるか否かもまた、今後の事業展開を大きく左右するのであろ
う。
2
K
精密工業股 份有限公司(
2006
年
8
月
8
日)
取りまとめ担当: 顧 懿
(1) 企業概要
創 立: 1978年
資本金: 49,900万台湾元
従業員: 約400人
高雄の工場敷地:約10,000㎡
(メッキ処理工場を含む、高雄に計3つの工場があり、その合計敷地面積である)
(2) 創業および発展の経緯
董事長は、元々某大学で金型を教えていたが、1978年に計5名のスタッフを率いて、K精密
工業股 份有限公司を設立した。
その後、台湾経済の急成長に伴い、金型の設計、加工、製造、特に高速で連続な大量生産に
適応する押出成形と高温ICパッキング用金型を専門に事業を展開してきた。現在では、半導体
や電子だけでなく、航空や医療までの幅広い産業に金型と製品を提供している。
なお、1994 年以降、中国大陸には計三つの子会社および合作会社(上海、蘇州、三義)を、
アメリカには購買およびアフターサービスセンターを設立してきた。
<上海K精密模具有限公司>
設立:1994年4月、資本金:80万ドル、従業員:90人、敷地面積:1,100㎡。
(3) 製造と生産管理
当社は、スイスや日本などから最先端のCNCを導入し、現在計60台のCNCマシンリング
センターを擁している。専門人材1人で2台を操作し、アルミを原材料とする製品を放電加工
ないしワイヤカットで精密加工を行っている。なお、高精度部品の加工については、恒温室
(20℃±1℃)に設置されている高精度加工機で、恒温環境の中で作業を行っているため、製
品の精密度を±0.0015mm以内にコントロール可能となっている。
一方、金型の設計状況から、現場の生産状況、納品まで、LANを利用した集中管理システム
(4) 売上と販売先
当社の売上(部品:金型=7:3)を産業別に見てみると、半導体産業のICパッキングとウ
ェーハ用設備・部品が、全体の売上の7割強を占めているが、航空産業では、近年減少傾向に
あり、一時全体の15%も占めていたものの、2005年には5%にまで落ち込んだ。一方、光産業
は今後の成長分野であり、当社が今一番力を入れている分野でもある。
日本の時間チャージの約60%であるため、海外からの注文も多い。例えば、日本のM電機、
H製作所、オランダの発電所やフランスのF社など、中には一つ250万円のパーツも珍しくな
いと言う。
(5) 人材と立地
当社は、台北にも事務所(営業マン約30人)を構えているが、(金型初期工程の一部が上海
で行うことを除けば)生産はほとんど高雄で行っている。
その理由とは、台北には役所や外資系企業が多いため、製造業に就職したい人が少ない、就
職しても働かない人が多い。そして、中国大陸の子会社には、まだ金型の熟練工が少なく、人
員の定着率が悪いため、技術者の育成が難しい。そのため、現在、最終仕上げは高雄で行うか、
現地に高雄の技術者を派遣するか、といった形で対応している。モードベースでできない部分
は、プロの技術で補わなければ、完全なる金型は出来上がってこないからである。
(6) 今後の課題と戦略
約30年間の努力により、当社は従業員400人(内、設計者40人)を抱える台湾トップ金型
メーカーまで成長し、海外にも多くの拠点を構築してきた。しかし、これまで力を入れてきた
航空産業用の精密成型がなかなか利益に結びつかない、自動化設備の販売も伸び悩んでいる、
といった課題も多く抱えている。今後は、人材育成に更に力を注ぐと共に、OEM生産からODM
3
Z
股份有限公司(
2006
年
8
月
8
日)
取りまとめ担当: 顧 懿
(1) 企業概要
創 立: 1985年
資本額: 21,000万台湾元
従業員: 台湾250人(桃源事務所などを含む)
売上高: 1,000万ドル(2005年)
工場敷地:(合計)12,759㎡
(2) 創業および発展の経緯
創業者は、かつて同業他社でフィルムコンデンサ(Plastic Film Capacitor)の製造を経験してい
たが、創業する夢を実現するために、1985年に従業員80人の「Z股份有限公司」を設立した。
そして、1988年に桃源に販売事務所を設置した後、台湾企業の中国大陸への移転ブームに便
乗し、1997年に広東省恵州(現在、従業員約400 人、日本人1 人、11,570 ㎡)工場を、1998
年に上海(従業員約180人)販売窓口を開設した。さらに、蘇北地域(蘇州まで車で4時間)
に計1万㎡の土地を購入済み、現在、工場の建設準備中である。
当社は、これまで日本より原価コストないし管理コストが安いことを強みに、創業以来、年
平均30%のスピードで成長しつづけてきた。
(3) 事業内容と売上比率
創業後、当社はフィルムコンデンサを主力製品として、ラジオ、電話機、モニター業界に提
供してきたが、2004年にはチップレジスタ製造(Chip Resistor Production)を、2005年にはMLCC、
(4) 生産と販売先
基本的には、台湾本社と中国大陸の子会社が同じものを生産している。台湾本社で生産した
製品の9割が台湾の地元企業に販売しているが、中国大陸で生産したものは、大陸に進出して
いる台湾系企業を中心に提供している。
だが、現在グループ全体の生産利益のほとんどが中国大陸にあるのも事実である。しかし、
それでも当社が台湾で生産を続けている理由は、下記の三つである。①長年当社に勤めてきた
地元の従業員が多く、その人たちのため、②今後の「両岸関係」、すなわち、台湾と大陸の関係
を含むマクロ的環境変化に備えるため、そして、最も重要なのは、③現在、本社が生産してい
る製品の多くは、現時点ではまだ中国大陸からの輸入が禁止されているからである。
(5) 今後の動向と課題
近年、当社は生産機能を少しずつ中国大陸の生産拠点に移転したため、台湾本社と販売事務
所は、事実上縮小傾向にある。今後、製品の輸入が解禁された後には、本社が企画や受注とい
った ヘッドクオーター
国営企業移行後も毎年赤字を出し、1995年から2002年までの7年間で38億NT$の累積赤
字を計上した。そこで2002年8月、建築、鉄工(加工)、機械、車輌(バスの組み立て)など 的な機能しか残らなくなる恐れがある。
このような状況の中では、高付加価値製品への転換を図るのは一般的であるが、「高付加価値
の製品を作るには、高額な設備を購入しなければならない。中小企業にとって、このような高
額投資は、リスクが高すぎる」と語る経営者は、昨年より他社製品の販売代理を開始するなど、
苦戦中である。
4 T
鐵工廠股イ分有限公司
2007
年
8
月
9
日
取りまとめ担当: 荒井 久夫
(1)企業概要
設立:1940年
資本金:70億NT$、株式上場
従業員:780人
売上高:200億NT$(2005年)
製品:ステンレス鋼板(200K,300K)
工場敷地:28,000m2
(2)創業経緯
1940年、日本統治下にもかかわらず、創業者が台湾資本100%で設立。設立当時は家電大手
メーカーT社と同じ電気釜などを生産していた。1962年、創業者が土地、建物などの不動産投
資に失敗し、個人企業から台湾省営企業に移行する。その後、国営銀行からの借入金返済が不
の部門を160億NT$で売却する(当時200億NT$の借入金があった)。さらに台湾政府より18
億NT$を供与され、その内8億NT$をリストラ資金として、従業員2,000人を860人まで整理
する。その結果、同年末には2.5億NT$の利益を計上するに至った。
2006年7月5日、これまで発行株の66%は銀行が持っていた管理会社であったが、この日以
降、独立し完全民営企業になる。
(3)生産工程と生産能力
台湾にあるステンレス鋼板製造業5社の中で、生産量上位の電炉一貫メーカーである。ステ
ンレスの生産工程をみることにする。
・精錬工程:スクラップ、クロム、ニッケルを混合→連続メルティング(溶融:Melting)→A.D.O
式コンバーター(転炉:Converter)にてレフィニング(精錬:Refining)→半鋼板のスラブ(厚
い鋼板:Slab)を製造。
・中間工程:スラブを粉砕(Grinding)→再度加熱(Reheating)→熱圧延ロールにてロール状
に巻き取る。
・仕上げ工程:ロール状鋼板をピッキング(酸洗い:Pickling)→ポリシング(研磨:Polishing)→
焼き入れ(Annealing)→表面処理→スリットしてロール状か角板に仕上げる。ただし、圧延の
一部工程は外注している。
1983年にステンレスの連続工程を設置、1991年、年間生産量が連続工程26万トンを達成す
る。現在、年間33万トン生産している。生産種類は200k,300kであり、400kは市場規模が小さ
く、溶接が難しいといわれ、付加価値が取れないため生産を止めた。製品幅は 1000m/m、
1,250m/m、1ロール16~17トン。ロール状で薄いものは6ミリ、一番薄いものは0.3ミリまで
可能。
(4) 製品と販売先
製品はステンレス鋼板が殆どであり、一部製品も販売している。製品は 200k.300kに特化し
ている。この200k,300kは、一般家庭用品、工業用のエレベーター、エスカレーター、家庭用
タンクなどに使用されており、自動車用途には使用されていない。
販売先は輸出が 50%以上、輸出先は大陸 30~35%、その他(韓国、日本)20%、他は国内取
引約20社程度。 国内販売について系列代理店などはない。台湾内の一般的な取引は価格が優
先されるが、当社は各得意先と長期取引が多く、これらの得意先は価格のみで取引先を変更す
ることはない。
(5)今後の課題
創業60数年を経た伝統ある名門企業であるが、伝統のみでは生き残れないことを経験した。
特に国営企業特有の効率の悪さ、意志決定の遅れ、などから民間企業との競争に負け赤字が増
大した。そこで倒産の危機に直面し、選択と集中を決断して危機を乗り切った。ちなみに、N
車輌(日本の車両製造業)も技術支援及び、資本参加している。さらに、当社からは中国鋼鉄
鋼業界に送り出している。
他方、2002年以降は、毎年順調に営業利益を出しており(02年2.5億NT$、03年15.5億NT$、
04年18億NT$、05年10.5億NT$)、選択と集中が効果を発揮している。
だが、第1に、台湾もWTO加盟により、鉄鋼輸入の自由化と関税の引き下げなど、競争要
因の激化、第2に、原材料(鉄鉱石)の世界的な価格高騰などによるコストアップ、などの問
題もおきている。
(6)今後の動向と戦略
各国のステンレス製造業は、電炉メーカーが多く、台湾では5社操業している。今後とも大
陸では鉄、ステンレス等に対する需要増加は続くとみており、台湾の鉄鋼業界に与える影響は
大きい。そのため大陸の同業者との話し合いが必要と感じている。一方、当社は大陸に進出す
る予定はない。また、台湾は日本鉄鋼業界の動向に強く影響を受ける。
そうしたなか、当社は台湾で唯一のA.O.Dコンバーターの精錬設備があり、他社が3工程か
かるところ、当社は2工程で生産が可能であり、省力化に寄与している。その点、競争条件が
整っていると言える。
5
R
科技股份有限公司(
2006
年
8
月
10
日)
取りまとめ担当: 顧 懿
(1) 企業概要
創 立: 2001年7月
資本額: 16,130万台湾元
従業員: (台湾)110人、(中国大陸)40人
売上高: 54,772万台湾元(2005年)
製 品: CNC Wire Cut EDM、Die-sinking EDM、Small Hole Drilling EDMなど。
工 場: 台中(リース)、昆山
事務所: 台北、東莞、天津
(2) 創業経緯
国立成功大学の機械工学修士課程出身の副董事長は、かつて工業技術研究院(ITRI)で計12
年間(1988年-2000年)ワイヤーカットの研究を行い、前後9回受賞した人物である。工業技
術研究院(ITRI)は、技術者による独立起業を積極的に推進していることもあり、R氏は2001
年に出資者であるT 氏(総経理)と共に、R科技股分有限公司を創立した。(R氏によると、
工業技術研究院(ITRI)から独立する技術研究者は多いが、そのほとんどが電子関連分野の者
である。しかし、彼らのような専門技術者でも、起業の成功率が3割未満である。)
当社の部品生産は、すべて周辺30km範囲内の企業(約200社)に外注しており、本社では
研究開発、組立と品質検査のみを行っている。設立以来、当社は毎年政府から高額な研究補助
費を受けていることもあって、年間売上の約 4%は研究開発に費やし、特に研究開発に力を入
れている。現在、専門研究開発者10名(全社員数の13%)による自社での研究開発だけでな
く、台湾大学の教授や工業技術研究院(ITRI)の専門家などとの連携を取りながら、EDMの研
究開発を続けている。
現在、日本のSODICK社以外、当社は世界唯一C軸の付いた形彫放電加工機 (注)
を製造できる
企業であり、唯一EDMの量産ができる企業であるという。
(注)通常の放電加工機には、X、Y、Z、U、Vという5軸しか搭載されていない
が、形彫放電加工機にはC軸が付加されたことで、加工物を回転させる旋
盤加工にも対応できるようになる。
(4) 販売先と市場シェア
当社は、台湾と中国大陸には、台北、東莞、天津という3つの事務所を設けているが、その
他の地域においては、計22の代理店(アジア6つ、アメリカ2つ、ヨーロッパ11つ、アフリ
カ1つ、オーストラリア2つ)を経由して輸出を積極的に行っている。
その売上高と販売実績の推移は、下記のグラフの通りである。その内の8割が輸出によるも
のであるが、現在、当社における台湾と世界の市場シェアは、それぞれ20%と2.5%となって
いる。
(5)競争環境
今日のワイヤーカット機における世界全体の生産と需要状況は、以下の円グラフで示してい
る。その生産量が主に日本、スイス、中国(大陸・台湾)に集中しているのに対して、最も多
要が急増し、現在年間2,800台と推測されている。
当社の製品は、精密度がヨーロッパ製のものより多少の差があるものの、日本より25%ほど
安いため、中国市場にフィットしている。しかし、業界最大ライバルの日本SODICをはじめ、
台湾のK社(中国の昆山と蕭山に年間2,000台の生産能力をもつ3つの工場を設立)などの同
業他社も相次いで、中国に生産拠点を立ち上げるなど、今後中国大陸の市場をはじめ、競争が
一層激化されるのであろう。
(6) 今後の課題と方針
当社は2001年より設立した若い企業であるだけに、知名度も市場シェアもまだまだ低い。今
後、台中機械科技研究区(1 万㎡の土地をすでに購入済)に移転し、生産規模の拡大と研究開
発の加速を図りながら、シックスシグマ手法による品質管理・改善とアフターサービスの充実
化を推進していく方針である。
6
D
機器工業股 份有限公司
(
2006
年
8
月
10
日)
取りまとめ担当: 顧 懿
(1) 企業概要
創 業: 1960年4月25日
資本額: 18,180万台湾元
従業員: 280人(内、研究開発者30人、外国人労働者30人)
売上高: 約15億台湾元
製 品: CNC工作機械(フライス盤、マシニングセンターなど)
(2) 創業および発展の経緯
創業者(1936 年生まれ)は、小学校卒業後、旋盤を生産する振興機械工場に就職していた。
兵役を終えた後の1960年に、同じ振興機械工場の出身者A氏と共に、台中市南区で創業し、
一台の旋盤から部品加工と機械修理をはじめた。そして、創業者は土地を購入し、「D機器廠」
を正式に設立し、減速機の製造も開始した。
1966年、当社が初代のフライス盤を製造(日本製のフライス盤の模倣)したことをきっかけ
に、フライス盤の専門メーカーへと発展していた。その後、1970 年の日本工作機械展や 1976
年のアメリカシカゴ国際工作機械展に出品するなど、日本とアメリカへの輸出を開始した。
これは、当社にとって、大きな励みとなり、1980年に最初のマシニングセンターCNC-3を、
1981年にはMCV-5を、1991年には横式マシニングセンターMCH-500Aを…と次々に新しい製
品を作り出していった。しかし、それらの製品は、あくまでも日本の製品をベースにし、多少
のサイズ変更や修正を加えたものに過ぎなかった。
この局面を打ち破ったのは、1992年に総経理に就任したS氏(創業者の長男、1990年入社)
であった。機械工学部出身のS立氏は、技術のわかる社長として、研究開発者と共に、新製品
の開発に取り込み、1999 年にはじめて、工業技術研究院(ITRI)が開発したソフトを利用し、
自社のアイディアを取り入れたDCM-2213や5軸制御のMCQH-400などを開発した。
その後、2002年に現工場への移転を実現するなど、当社の売上が順調に伸びてきた。
(3) 製品について
当社では、高額の機械を購入し、付加価値の低い部品を外注する以外、自社で部品の製造を
行い、内製率が7~8割(金額ベース)にも達している。これは、台湾の工作機械業界では、珍
しいことだという。だが、それが当社の強みとなり、自社で製造し、品質をしっかりコントロ
ールすることで、台湾の同業他社より精密度が高い製品が作られ、知名度のアップにつながっ
ていった。
(4) 販売について
台中に関しては、当社が直接販売を行っているが、その他の地域においては、代理店経由で
販売している。2005年には、製品の2割強が台湾地元企業へ販売しているほか、5割強が近年
の新興市場と言われているトルコや東南アジアへ、約2割がアメリカとヨーロッパへ輸出して
いる。中でも、トルコとイランからの大量受注が、2005年の販売業績を大きく支えたのに対し
て、近年アメリカとヨーロッパの需要減少に続き、中国大陸への輸出が前年より30%以上も減
少したのが特徴であった。その背景には、中国大陸の工作機械メーカーが成熟しはじめたと考
えられる。
さらに、「製造は当社の得意分野であるが、マーケティングには弱い」と語る総経理には、苦
い販売経験があった。8 年前、当社が中国大陸に販売拠点を設立したが、当社の知名度が大陸
(5)今後の動向
1960年より創業した当社は、これまで自社内製率の高い製品、すなわち、精密度の高い製品
で知名度を上げ、台湾で確実に成長してきた。しかし、技術面ないし研究開発面においては、
日本のMフライスなどと比べると、依然大きな差が存在している。
一方、近年韓国のLGをはじめ、多くの異業種大企業による工作機械への参入が相次いでい
ることや、中国大陸の工作機械メーカーの追い上げなどにより、今後は更なる厳しい競争が展
開されるであろう。
(6) 経営者の方針
経営者である総経理は、今後の方針について以下のように語っている。「S氏の長男として生
まれた私は、当社の後継者になる運命である。企業の規模をどんどん拡大していく野望はない
ので、今後は一歩ずつ確実に歩いていきたいと思う。」
7
T
精機廠股イ分有限公司(
2006
年
8
月
11
日)
取りまとめ担当: 荒井 久夫
(1)企業概要
設立:1954年
資本金:11億NT$、株式上場
従業員:732人(台湾のみ)
売上高:48.16億NT$(2005年)、大陸10億NT$
製品:CNC旋盤、フライス盤、総合マシニングセンター、プラスチック・インジェクション。
本社敷地:75,712m2(22,973坪)
工場敷地:25,455m2(7,700坪)
(2)創業経緯
1954年、旋盤メーカーY鉄工に勤務していた創業者(現在二代目)が独立し、切削加工で金
型など部品製造から始める。Y鉄工からは前後しS社、D社などの創業者も独立した。その後、
牛頭型旋盤機の生産を開始し、1961年から10年間で5,000 台の牛頭型旋盤を生産する。1979
年、自社で技術開発したNC旋盤の生産を開始する。この点、リバース・エンジィニアリング
の方法を採らず、あくまでも自社技術での開発に拘ったため苦労した。その後、総合マシニン
グセンター、プラスチック射出機と事業を拡大していく。だが、1997年業績悪化により裁判所
に企業再生手続きを申請し、99年裁判所から事業再生計画が受理された。現在負債の85%を返
済した。なお、総合メーカーはT精機を含めて2社のみである。
(3)会社組織
NC 旋盤事業部、総合加工機(マシニングセンター)事業部、プラスチック射出機事業部、
CNC工場、鋳造事業部、板金事業部、製造事業部、薄膜製造事業部。
・大陸(天津廠、上海廠、広州廠)、大陸従業員553人
天津廠:NC旋盤などを日本企業からのOEM生産、バルブの加工、組立、進出理由は外注先
が多かったことである。
上海廠:CNCマシニングセンター製造、長江デルタ地域は台湾企業が集積しており、部品の
外注先が多い。
広州廠:プラスチック射出機製造、珠江デルタはプラスチック成型メーカーが集積している。
大陸進出は1992年天津が始めであり、96年上海、次に広州と続いて進出する。
(4)製品と開発
主な製品はCNCマシニングセンター(横型、縦型)、プラスチック・インジェクション(モ
ールド)、NC旋盤などであり、製品はカスタムメイド60%、汎用(標準)機40%の比率である。
さらに工作機の基礎となる鋳造部品、板金などの工程も備えており、外注比率は50%程度であ
る。特に、鋳造品はその品質が評価され日本に輸出している。外注先は90%近くが台中市近郊
で調達している。この地域は部品下請け工場が多くあり、工作機械製造業の一大集積地にもな
っている。
だが、キーコンポーネントであるAC装置(自動制御)は、日本のF社が80%以上を握って
いるため、F 社から買わざるを得ない。それ以外のコントロール部品、油圧などは自社製であ
り、自動化を進めている。
また、当社は他社機をコピーしない、独自で技術開発し、設計することを基本にしているた
め、自社の独自技術が蓄積されている。だがしかし、自社技術開発には膨大な開発費が必要で
あり、その費用を捻出するため汎用旋盤機など他部門の利益を注ぎ込んでいる。
(5)大陸進出
1992年天津市への進出を初め、大陸に3工場を稼働させている。大陸進出理由は、第1に、
土地、人件費が安い、第2に、機械を実際に使用する隣接地域で生産し、輸送コストの削減を
図る、第3に、中国政府は自国産業保護のため、輸入機械に厳しい規制を設けているため、進
出せざるを得なかった。
さらに、大陸で生産した機械は基本的には大陸で販売することとし、販売先は、台湾系、日
系の現地法人、大陸の国営企業、民営中小企業などである。ただし、大陸の企業は回収に問題
があるため、機械契約時30%、出荷1週間前60%の入金が出荷の条件となっている。いずれに
しても、大陸へ進出せざるを得なかったが、第1に、大陸生産コストと台湾生産コストを比較
すると、大陸では消費税17.5%が掛かるためあまり差がない、第2に、人件費は安いが仕事の
効率に差がある、第3に、輸出に関税が掛かる、など問題も残っている。
(6)課題と戦略
業が優れている、特に、91年以降、複合化、高速化に力を入れた日本製品はこの分野で優位に
立っている、第3に、複合化、高速化はインターフェース(摺り合わせ)の技術が必要であり、
これらの開発が急がれる。
当社は、顧客満足度を第1に、第2に、品質を高める、第3に、研究開発を進め自社技術を
蓄積し、成長してきた。現在、700人いる従業員の内、100人以上を研究開発部門に投入し、さ
らにこの部門を拡充する。そうしたなかから、第1に、アフターサービスを通して、客のニー
ズを先取りし、設計に活かす、第2に、展示会等に新製品を展示し積極的にPRする、第3に、
全ての機会を通して情報をフードバックし、より積極的に機械を改良し、ユーザーと共に歩ん
でいくことを目標にしている。
なお、これら達成するため、毎月週始めに目標に対する達成度合いを全員で確認するため、
社長以下中庭に立ち、各自報告を行う。各セクションが次月の目標を設定し、月の達成度によ
り、奨励金も出している。
8
K
機電工業股イ分有限公司(
2006
年
8
月
11
日)
取りまとめ担当: 荒井 久夫
(1)企業概要
設立:1975年創業
資本金:3.2億NT$(2005年)
従業員:193人
売上高:12.3億NT$(2005年)
製品:CNC放電加工機、CNCワイヤー加工機
(2)創業経緯
創業者は、台湾松下で10年間勤務後、1975年2人で資本金20万NT$を出資し創業する。当
社は同年、台湾で始めて電子回路式放電加工機を生産し、70 年には欧州市場に輸出した。84
年には型彫放電加工機を製造し、91年、ワイヤー放電加工機(浸水式線切割機)の生産も開始
する。現在もワイヤーカット放電加工機の生産は台湾一である。
(3)市場と製品
主に型彫放電加工機とワイヤー放電加工機を製造している。この分野は日本のSODICK、M
電気、Mフライスなどが技術、生産量とも上位に君臨しており、台湾は大陸に続き第4位の位
置にある。
当社のワイヤーカット放電加工機の生産量は 600 台/年であり、台湾の総生産量の 60%を占
めている。その内、300台を大陸に輸出している。部品はモーターと工具は台湾M社(日系)
から購入し、機械類、鋳造などの下回り部品の80%は外注、電子機器(ACコンポーネント、
特に、ACコントロールパネルのソフトとハードは自社で開発した。同業者(台湾内で約50
社)の多くがF社(日本)から購入しているが、基幹電子部品は、あくまでも自社の技術開発
に依拠した。
さらに当社は高付加価値製品に特化しており、一般加工機1台30万NT$、放電加工機1台
100万NT$、であるがワイヤーカット機は1台200万NT$であり、電子基幹部品の内製化によ
り、利益率も高いのが特徴である。常に研究開発に努め、研究開発能力を高めたことが高付加
価値化に役立った。
以前、アメリカなどからのOEM・ODM受注が生産額の60%以上であった。だが、自社ブラ
ンド「CHMER」を立ち上げ、最近は自社ブランド95%、OEM・ODM受注が5%にまでになっ
た。そうしたなか、大手スイス機械メーカーからのOEM受注品は、大陸の自社工場で生産し
ている。大陸2工場(蘇州、抗州)は、台湾内では付加価値が取れない低付加価値製品を生産
している。販売地域は、輸出(欧州、アメリカ、大陸)85%、国内15%の割合である。
販売額は、CNC放電加工機30%(3.69億NT$)、ワイヤーカット機70%(8.74億NT$)であり、
放電加工機からワイヤーカット機に製品が移行している。
(4)研究開発
研究開発部門は、工業技術研究院(ITRI:Industrial Technology Research Institute)と提携し、産・
学・官協力の下に技術発に取り組んでいる。具体的に提携内容をみていくと、第1に、ITRIと
の提携により政府から研究補助金を受け取り、その資金を共同研究に活用する、第2に、中江
大学と提携し、研究依頼と院生2人の学費補助と卒業後2年間の勤務契約を結ぶ。その成果と
して、CNC制御機の技術はITRIから技術移転を受け、自社開発に漕ぎ着けた。設計は三次元
CADを使用している。
特に、当社は研究開発に力を入れており、売上に占める研究開発費10%、全従業員の20%が
研究開発に携わっている。現在、新たにリニアモーター(Linear)を応用したカット機を開発し、
製造に取り組んでいる。
(5)課題
当社の成長要因は、第1に、顧客満足度を第1に考えた、第2に、研究開発に力を入れる、
第3に、人材重視の経営姿勢、第4に、品質第1主義、などが成長の原動力になってきた。
この分野は、日本のSODICK、Mフライスが技術的に上回っている。だが、M電気(日本)
には負けていないとのことであった。いずれにしても、今後ますます加工精度、スピード、品
質などについて、日本企業との激しい競争に勝たねばならず、自社技術開発力を高めることが
9
R
工業股イ分有限公司(
2006
年
8
月
11
日)
取りまとめ担当: 荒井 久夫
(1)企業概要
設立:1972年
資本金:24.97億NT$
従業員:台湾、631人。杭州、600人
売上高:55億NT$(2005年)
製品:木工機、健康機器、電動機、複合機、
工場:台湾、12,730坪。抗州、18,700坪
(2)創業経緯
1972年、3人が集まり資本金160万NT$で創業する。当時はドリル機、クギ打機などを製造
していた。86年、アメリカに支店を開設する。87年、子会社としてR電気(モーター製造業)
を設立する。R電気は2001年店頭上場を果たす。93年以降、ヨーロッパ(94年ドイツ、フラ
ンス、95年イギリス)、日本などに支店を開設し、海外販売を展開する。95年にはR工業も上
場する。96年、初の大陸進出工場である杭州で、生産を開始する。2000年、R工業傘下企業で
ある、鋳造、プレス、塗装などの部門を合併する。
(3)製造
Rグループは、R電気が電動工具製造、杭州Rが工具、トレーニング機器、R工業が工具、
トレーニング機器(健康機器)、電動工具、卓上型電動工具、電動式電動工具などを生産してい
る。
内製率は 60~70%を占めている。外注はプレス、ロボット、プラスチック成型などであり、
外注先は台中を中心に1時間程度の距離が多い。原材料は高雄地域から買っている。鋳造、塗
装部門は30~40%が外注を利用している。
(4)販売戦略
当社の受注生産態勢をみてみると、以下3つの段階を経ていることがわかる。
創業期:OEM生産(他社ブランドの受託生産)、1973年~1989年頃
量産期:ODM生産(他社ブランドの設計と製造)、1986年~1997年頃
質的向上期:OBM生産(自社ブランド生産)、1993年以降、ブランド名「REXON」
それぞれの成長期を経て、自社技術を蓄積してきた。その成果の一部が、アメリカ市場への
直販である。近年、アメリカの健康器具市場は約100億US$と言われており、当社もODM生
産(貿易商社経由)を止めて、WマートにOBM(自社ブランド)販売している(健康器具販売
額約10億NT$)。他に、Sears、H/Dなどにも販売している。
だがしかし、販売額はまだOEM,ODM比率60%であり、OBMは40%程度となっている。主
気)、M社(電動工具)、アメリカのSears、Delt、Shil,ドイツのボッシュ、OBI、イギリスのB&Q、
他のヨーロッパでは、Metabo、Emco、Lurenなどがある。商品別では、電動工具が75%、健康
器具関係が25%の割合になっている。
(5)課題
台湾産業の多くが直面していることであるが、OEM,ODMからOBMへの移行期の課題とし
て、この移行期には売上の減少傾向がみられることである。そのため、第1に、コンピュータ
ー化により、デサインなどをスピーディーに行うことと、デザイン能力を高めること、第2に、
研究開発力を高め、ユーザーの要求に応えること、などを目指している。当面の目標としてOBM
比率を60%まで引き上げることである。
台湾調査(
2006
年
8
月)ノート
黒瀬直宏
1.新たな発展段階に入るか、台中の工作機械工業
台湾の工作機械はコスト・パフォーマンスのよさを売り物にしていた。開発力に欠け、日本
製品の模倣が多く、その品質はほどほどであった。だが、価格が安いため、価格比で見た性能
は悪くはなかった。しかし、今回調査では、製品技術を向上させ、最先端レベルでの製品開発
を目指す企業に出会った。台湾工作機械工業は、新たな発展段階へ進みつつあるように思える。
参考:『アジアの自動車・部品、金型、工作機械産業―産業連関と国際競争力―』水野順
子編著、日本貿易振興会アジア経済研究所、2003年2月
「台湾の工作機械メーカーは、・・・357社ある。そのうち68%が台中県市に集中
している。この中には、完成品企業ばかりでなく、工作機械部品を生産する企業、機械
加工のみの企業も含まれているとみられる。企業規模は、従業員30人以下の企業が5
9%、30~99人が32%、100~399人が7.2%、400人以上の企業は1.
8%で、小規模企業が多い。」
「台湾の工作機械企業は、韓国の工作機械企業と異なり、中小企業が中心で、韓国の
財閥系企業が大きな資金力を持っていたのとは異なる。中小企業が多いので、設備保有
に特徴があり、設備の稼働率を高めるために分業が細分化し、完成品企業は、組立に特
化し、部品企業はすべての工作機械完成品企業に部品を供給する。」
「台湾の工作機械メーカーにおける生産技術は、韓国のものとほぼ同様であると云え
るが、そこには二つの大きな違いが存在する。一つは、『技術の改良、発展に務めるより
も商売優先の行動様式の存在』であり、他の一つは『数多い部品及びユニットメーカー
の存在』である。これらは、『設計及び組立のみは自社内、部品加工は外注、世界規模の
サプライチェ-ンを利用した部品やユニットの購入』という台湾の工作機械メーカーに
一般的にみられる生産技術の特徴として現れていて、その典型的な例が友嘉及び勝傑で
① T精機廠股 份有限公司(台中市、730人)はCNC旋盤、ミーリングマシーン(フライス
盤)、横型マシニングセンター、縦型旋盤、インジェクションマシーン、鋳物部品を製作。
1954年現社長の父が設立、シェ―パーを生産、61年旋盤開発、79年CNC旋盤開発。05
年売上48.6億元で台湾一位の工作機械メーカー。
CNC旋盤を開発した総工程師によると:
日本製品をばらばらにし、真似ることはしなかった。汎用旋盤を改良し、制御装置について
はファナックから購入した。開発費用がかかったが、汎用旋盤の利益をつぎ込んだ。
台湾の従業員730人中100人以上が研究開発要員。カスタムメードが60%以上で、客と共に
開発している。またアメリカの展示会を目的に独自製品も開発する。
機械の振動を少なく、熱を出さず、加速性能をよくするには色々な部品のすりあわせが必要
だが、日本は90年以降これに力を入れてきた。Y工業(岡山県)は全品一品料理で特にすばら
しい。
当社は日本製品に追いついたとは言っていないが、他の台湾企業のように、日本製品をコピ
ーするという安易な道を選ばなかったことが、現在の研究開発集約的体質の形成につながり、
独自技術に基づく製品開発を可能にしている。なお当社はファナックの制御装置を修理するこ
ともでき、鋳物部品はM社(電動工具)に輸出している。また、総工程師は母校で教壇にも立
っている。
②K機電工業股 份有限公司(台中市、200人)は1975年設立、型彫放電加工機(Die Sinking EDM)
とワイヤ放電加工機(Wire Cut EDM)を製作。自己ブランドで製作していたが、15年経って
同じものをスイス企業にOEM供給。技術が一流である証拠といえる。なお、現在はOEMを
やめたが(スイス企業が中国工場で生産を始め発注減少したため)、スイス企業のOEM生産
をしていることが知られたのは有利であった。かつては100%が国内用だったが、現在は85%
が輸出。ワイヤ加工機にリニア・モータを応用したのはソディックが最初だが、当社は世界で
2番目にリニア・モータを組み入れた。
従業員200人中20人が研究開発要員。ワイヤ加工機の制御機はITRI工業技術研究院より技
術導入した。ITRI とはその他については共同開発している。中興大学の院生に学費を出して、
研究開発に参加してもらい、その後最低2年間当社で働くことを約束してもらっている。人材
獲得がポイントである。
1台あたりの利益は伝統的な加工機が30万元に対し、CNC加工機は100万元、ワイヤ放電
加工機は200万元となる。
放電加工機を始めたのは台湾で3番目だが、台湾50社中、当社がトップである。
日本との差だが、ソディックは 1976年設立で当社より1年若いが、開発力と素材は上で品
質も当社よりよい。だがM電機(日本の総合電気製造業)より当社製の方が上である。
③R科技股 份有限公司(台中市、2001年設立、110人)は型彫放電加工機、ワイヤ放電加工
機を製作。従業員110人中研究開発要員15人、大学院以上10人、研究開発要員にはITRI出身
者が多く(副理もITRI出身)、対売上高研究開発費4%。台湾大学と連携しており、特許4件
輸出比率80%、国内シェア20%。カスタムメードは少ない。
普通のワイヤ加工機は5軸だが当社製にはワークを回転させ丸くカットできるC軸を持って
いるものがある。6軸を制御する技術は日本企業と当社だけである。
2001年設立時の生産台数は4台、05年は283台である。
参考
放電加工は、絶縁性の液体中にセットした加工電極と工作物の間に、微少なギャップ
を設けて電圧を加えることにより、加工電極と工作物間にアーク放電を発生させ、その
熱によって工作物を溶融、同時に液体の気化する際の圧力で溶融部分を吹き飛ばして除
去する加工方法である。ワイヤ放電加工と区別する場合は、型彫放電加工と称される。
絶縁性液体としてケロシン油や脱イオン水、電極には銅、グラファイト、タングステ
ン合金などが使用される。工作物が導電性であれば、材料硬度に関わらず加工が行える
ため、タングステンや
への穴開けにも使用される。また加工時に電極は工作物に接触しないため、工作物は加
工反力をほとんど受けず
放電加工の原理を用い、電極の代わりに0.1mm前後の細い電極ワイヤを用いて工作物
との間にアーク放電を発生させて加工を行う方法がワイヤ放電加工である。
ワイヤ放電加工は大気中で行われ、電極ワイヤとしては銅やタングステン合金が使用
される。この加工ではワイヤが糸鋸の役割を果たし、硬度の高い材料を容易に加工でき
る。
④D機器工業股 份有限公司(台中市、従業員280人)は1960年設立、ミーリングマシーン
(フライス盤)、マシニングセンターを製作。現社長の父が小学校卒業後「振興」に勤務、その
後「T精機」に移り独立開業。当初はT精機の下請として部品を生産。自己ブランド化を目指
し、1966年、フライス盤を製作。旋盤かフライス盤か迷ったが、「K 社」と競合したくなかっ
たので、フライス盤を選択した。日本製のコピーだったが、台湾では2番目だった(一番目の企
業は消えてしまったため、売りやすかった)。M社(日本)もコピーしたかったが、複雑すぎて
できなかった。コストで勝負し、日本にも輸出した(1973 年)。日本に輸出する能力があるこ
www.techplaza.city.higashiosaka.osaka.jp/word/keyword/electrical_discharge_machining.html
とを示したかった。量は多く出なかった。
1980年代、NC化の時代に入り、81年にはマシニングセンターを製作した。これが第2のス
タートになり売上がかなり伸びた。
90年代、横型フライスを開発した。
99年、自分のアイディアに基づく製品を開発した。従来の製品は基本的には日本製のコピー
だった。しかし、まだ売上の80%はコピー製品である。
内需40%、中国向け40%、その他外国20%である。
「わが社の強みは設備が良いこと、部品加工から行っていること(それでも外注比率は30%)
である」。
この企業も独自の技術による製品開発を目指しているのは確かだが、「自分のアイディア」
がどの程度のものなのか、インタビュー調査でははっきりしなかった。しかし、下記のように
アジ研調査では構造設計に関し独自の技術を認めている。
参考:『アジアの自動車・部品、金型、工作機械産業―産業連関と国際競争力―』
D機器で生産されている横形MC は、構造設計の面で次のようにみるべきものがある。
① 図1に示すような、ベ-スの三角セル構造。この構造は、剛性面では確かに大きな
利点はあるが、鋳造上は砂落としが大変な作業となる上に、コストが増加するものであ
る。コスト増加をもたらさずに、この構造形態を採用できる製造技術には着目すべきで
ある。② コラムの二重壁構造は評価に値する。③ H精機の影響が多大と思われるが、鋳
鉄と合金鋼の一体融合鋳物でベ-ス案内面を構成している他に、主軸頭の案内面は八面
拘束方式である。
以上のうち、①~③はコスト・パフォーマンスのよさを追及するという段階を突破し、最先
端の製品を自らの技術知識で作り出そうとしている。④も目立つ部分ではないが構造設計に独
自の工夫をこらす力をつけている。以上の企業は日本製に追いついたわけではないが、日本と
共通の土俵で競争するようになっている。台湾の工作機械工業が新たな発展段階に入ったこと
を示していないか。
2.台中市の産業集積について
統計的な確認は行っていないが、R科技では「部品はすべて外作で30km以内に200社もの
外注先を持っている」という言葉に示されているように、台中市には機械工業の分厚い集積が
形成されている。同社によると「工作機械は3人と電話があれば創業できる。部品はすべて外
注すればよいから」である。
K機電工業の社長によると、日本軍の飛行機修理工場や製糖会社の設備の修理工場が台湾中
部にあったことが機械工業集積の原点になったのではないかとのことだった。
なお、台中の工作機械の始祖企業は「振興」で、それに「T精機」が続くようである。
3.オートバイの完成車と部品メーカの関係は全く日本的な下請分業関係だった。
Y興業(日本のY社が設立、輸出向け製品)27%、S工業(かつてホンダと提携、02年解消)
35%、その他12% 。売上2001年3億元、05年6.5億元。
各種部品を生産しているが、クラッチ用部品に関しては当社が100%台湾Y社に供給してい
る。ダイカストと鍛造を行い、機械加工を加え、組み立てる。外注先は120社で生産額の40%
を占める。台湾ではどの企業も外注割合が高い。
Y社(日本)との関係は日本と全く同じである。
Y社からは週一回、品質チェックなどに来社する。全体監査が1年に1~2回ある。進部品
を生産開始するときには必ず監査がある。
見積もりは工程別に行い提出する。他社にも見積もらせている。したがって協力部品企業は
すべて競争相手だ。しかし、台湾Y社は不特定多数に入札させているのではない。プレス、鍛
造、ダイカスト・・・毎に協力企業を数社決め、一部品毎に2~3社に見積もり依頼を出す。Y
社には下請協力会がある。当社は協力会を組織していない。
価格交渉はあまりない。見積もりを出して結果を待つだけである。しかし、Y社のターゲッ
ト価格にどの社の見積もりも達しない場合、「この工程をこうすればもっとコストダウンできる
はず」ということはよく言ってくる。
納品はJIT納入だが、ラインにではなく倉庫である。Y社の倉庫の近くにデポを設け納品し
ている。時刻に遅れると1分間単位で決められている罰金を支払う。
一個でも不良品があるとロットすべての再検査を要求され、再発防止のためのレポートを提
出させられる。これを経験しなかった協力企業はない。
特定企業への売上依存度が高いことに不安を感じることもあるが、日本企業はめったには発
注先を変えないところがよい。
韓国の下請分業組織と台湾、タイにおける自動車、オートバイの下請分業組織は日本と全く
同じである。
4.国際OEMから自己ブランドへ
R工業股 份有限公司(631人、台中市)は木工機(釘打ち機、のこぎりなど)、健身機(トレー
ニング用機器、アメリカのトレーニングセンターなどへ販売)、気動工具、ボール盤など。
1972年設立、86年末まではOEM 、95年までODM、それ以降自己ブランドで直接販売する
OBMへ。現在OEMゼロ、ODM60% ,OBM40%。創業者は「おしん」のような人で、26歳で
創業・家内工業から出発、バイクに乗って原材料を探した。現在60歳。
販売先:RYOBI,HITACHI,TOSHIBA,MAKITA(日本)、SEARS,BOSCH,DELTA,DREMEL,SKILL
(北米、ヨーロッパ)
4分の3がDIY用、4分の1がトレーニング用
SEARSからPTP(Partners in Progress)に選ばれた。選ばれたのは10000社から124社のみであ
る。
エージェントを通じてシアーズに販売したところ、シアーズが見学に着たのがきっかけで直
品質が悪く売れなかったので、また当社から仕入れることになった。ODM 製品とは別デザイ
ンにしなくてはならないが、このための人材は確保していた。
OBMへの壁はデザイン能力と開発能力である。
外注比率は30~40%で遠くても車で1時間以内のところに外注先がある。
5.その他
①南部にもハイテク基盤あり
K 精密工業股 份有限公司(高雄市)は1978 年設立、金型の台湾でのトップメーカー。創業
者は大学で金型を研究していた。売上構成は金型20~30%、部品70~80%。北部のハイテク産
業に金型や部品を供給しており、南部にもハイテク産業の基盤があることを示している。台北
でも工場を持ったことがあるが、人材は南部の方が豊富で、台北の人間はよく働かないとのこ
とである。なお、日本語で説明に当たってくれた人は元日本陸軍少尉で中国、フィリピンに従
軍(フィリピンへは戦争初期)したことがある。
②南部の重化学工業を代表するのが中国スティールだが、電炉メーカのも出会った。
T鉄工廠股 份有限公司(高雄市、860人)は電炉メーカでステンレスを生産。1940年設立の
老舗企業で、北のD社(炊飯器等生産)、南のT社と呼びなわされていた。しかし、建築、車
輌、レール、バス組み立て、交通へと多角化したが、経営悪化、国有企業から借金をしていた
ため、62年に国営(省営)企業になった。97年には経済部に属する国営企業になった。しかし、
02年まで赤字を継続、不採算部門を売却し、従業員を2000人から860人(現在)へ縮小、02年
12月に2.5億円の利益を計上、それ以後赤字はない。06年に民営化。
現在はステンレス素材のみを生産、我々の経験から言えることは選択と集中が重要というこ
とだ。ステンレス生産では台湾2位。ステンレスメーカは5社あり、各社似たものを作り、価
格は同じ。20数社の客があるが、彼らが他社に乗り換えることはないだろう。
当社が順調に発展していれば「中国スティール」は存在していなかったはず。「中国スティ
ール」のマネジャーを含め、鉄鋼業界の重要人物は当社出身である。
③高付加価値化に逡巡する企業もあった。
Z股份有限公司(250人)はコンデンサーを生産、830人の中国工場も持つ。雇用維持のため
に国内生産維持するが、高付加価値製品は投資が必要でリスクが高いので狙わない。低コスト
で勝負する。しかし、全自動は市場を見て判断する。
台湾・北部の
IT
部品製造業実態調査(
2007年3月5日~9日)担当者:黒瀬 直宏、荒井 久夫
取りまとめ担当:荒井 久夫
はじめに
台湾の中小企業実態調査は、2006 年 8月まで台湾南部の高雄縣から中部の台中市にかけて
金属・機械製造業が中心であった。今回(2007年3月)は、GDP工業生産額の40%弱を占め ているIT産業を中心に調査する。
台湾 IT 産業は、ノートブック・パソコン、デスクトップ・パソコン、マザーボード、サー
バー、デジタルカメラ、携帯端末などを始め、多くのIT製品を大陸でアセンブルしている。(財) 資迅工業策進会によると、2006年大陸の生産比率は85.5%となり、2000年31.3%から6年間 で急速に大陸生産に移行させている。他方で台湾生産は、2000年49.1%から2006年には4.2% まで低下した。
このような急激な変化は、IT産業の空洞化を起こしかねない。そうしたなか、アセンブル企
業に部品を供給している中小部品製造業も、大陸進出に踏み切らざるをえない事態となるなど、
その動向が注目されている。そこで今回の調査は、台湾北部の淡水から新竹にかけて集積して
いる、IT部品製造業の現状をみていくことである。さらにIT部品製造業の中で比較的中小企
業が多く、尚かつ IT 産業のみならず一般機械、医療機器、自動車など幅広い用途に使用され
ている、コネクター製造業を中心に取りあげてみた。
・創業者は ITRI(工業技術研究院)出身で、RCA(米)からスピン・オフし、台湾初の半 導体自動搬送機の開発を成功させた、技術開発型企業 -G精密工業-
1
、
G
精密工業(股)
(
2007
年
3
月
6
日)
(1)企業概要
設立:1978年
資本金:18.86億台湾元
従業員:約1,800人(台湾1,000人、大陸800人)、台湾内4工場、大陸4工場 売上高:54億NMT$、総資本利益率3.55%(2006年度)
主な製品:半導体パッキング設備、フラットパネルデスプレイ装置、ROBOT、プラスチッ
ク用モールド、金型の設計、製造
(2)創業の経緯
創業者の一人であるY総経理は、工業技術研究院(ITRI:Industrial Technology Research
Institute)出身で、台湾RCA(家電メーカー)に勤務後、1978年にスピンオフし、当社を設立
台湾に進出し、当社も外資からのOEM、ODM受注で成長していく。
85年にはプラスチック金型製造も始める。さらに80年代後半から多くの中小企業がアセン
ブル企業の要請により海外進出を始める。当社もマレーシアでプラスチック金型製造を始めた。
90年「投資法」が改正され、中国への投資が解禁されるとともに、怒濤のごとく大陸投資が急
増し、当社も 95 年に蘇州高新区に進出する。それら一連の海外進出が、当社を始め多くの中
小企業の発展に繋がった。
ちなみに、Y総経理は中小企業経営指導員の資格を持ち、その方面でも活躍している。
(3)会社組織
現在、Gallantグループ(GPM GROUP)を組織し、その中心に位置している当社は、GPI、
GMM、Apexi、GPX、GPPなどの子会社を統括している。子会社は製品別に分かれている。
ところで当社は、3事業部制を採用し、IC事業部、(半導体パッキング装置)、LCD事業部 (LCD搬送用ROBOT)、PPR事業部(IC、LCDメンテナンス事業)などがあり、売上げ比 率は、順に20%、60%、20%である。各事業部は、生産、販売、研究開発などを独自に行って いる。
(4)生産と技術
台湾IT関連設備機械の生産高は約1.2兆円であり、日本は実にその5倍の生産量である。 当社はアセンブル(組み立て)が中心であり、各グループ企業がコア部品の生産を担っている。
部品外注先は子会社以外で台湾50%、大陸は10%である。台湾内では企業の技術水準が高いた め、外注比率が高い。他方で大陸は技術水準に問題があり、殆どが内製化している。なお、部
品サプライヤーの中で、当社から6年間で3名がスピンオフして創業し、それら3社に、当社 は資本金の75%を出資している(現在、資本金は引き揚げた)。
さらに、製品の多くは最先端の半導体、LCD関係のパッキング装置とROBOTなどであり、 そのため最先端の技術導入がなされている。コア技術の約20%(約8億円相当)はT社(大
手総合電気)、H 社(大手総合電気)などの日本企業から導入し、特に精密設備技術が中心で
ある。日本企業と共同開発した新製品も生まれている。売上高に占める技術開発費は 5%以上
であり、現在まで約100品目の開発を達成できた。
(5)販売先
販売先は台湾のSPIL、ASE、Chip Mas、Geatek、ITS、KYEC。中国ではIntel、GAPT、
SMICなどである。販売比率は、台湾内70%、輸出30%であり、中国で生産された製品は、中
国内販売と輸出である。製品販売価格は日本の50%程度であろう。
(6)従業員
(7)発展の要因
当社の強みは、得意先別に機械を多少アレンジするなどユーザー主義に徹していることであ
ろう。さらに、得意先と常にコミュニケ-ションを取り、24 時間体制でメンテナンス・サポー トを行っている。他方で日本企業の強みは、高い技術と安定した製品である。
当社発展の要因は、第1に、台湾人が持っている独特な企業家精神、第2に、あらゆる環境
の変化に対し、対応のスピードが早い、第3に、社内ではチームワークを重視し、常に得意先
に対して誠実に対応する、などをあげていた。
ちなみに、同業4社の中で2位の規模である。
(8) 中小企業に対する技術支援について
Y総経理は中小企業経営指導員の立場から、「台湾当局は中小企業の技術導入と、ITRIなど
の独自技術開発に対して、70%の補助金を出している。さらに輸入設備、機械に対しても20% の補助を行っている。また、ITRIなどからの技術移転も活発で、経済部中小企業局は社員の教 育、育成に積極的に協力している」と、述べていた。
中小企業向け融資について「台湾中小企業の多くは弱小資本であるが、大手銀行の融資枠は
5~10%程度であるため、多くは中小銀行が担っている。その融資比率は50%以上であろう」と、
述べている。
いずれにしても、デッドファイナンス(銀行融資)以外は民間の標会など、独特なネットワ
ークを活かした融資仲介システムも機能している。
・ITRI(工業技術研究院)プロジェクトから生まれた典型的なベンチャー企業 -L精密
-2 L
精密(股)
(
2007
年
3
月
6
日)
(1)企業概要
設立:1994年 資本金:1.98億NT$
従業員:180人
売上高:1.4億NT$
製品:歯車、ギア製造、及び工具、切削機製造、スピニングポンプ、CD/R/DVD金型
(2)創業の経緯
94年民間企業6社の依頼で、特殊歯車のハードとソフト両面の開発を目的としたITRIプロ
ジェクトが終了した。そのプロジェクト参加企業6社と、そのITRI開発プロジェクト責任者 が中心となり設立された。
ITRI のプロジェクトは、民間企業が 30%の経費相当分を支払い、期限を決めて開発に取り
組む。契約期限が迫ってきた場合に継続するかどうかは、ビジネス・プログラムを精査し、さ
らに参加企業の同意を得て、見込みがあるかどうかで判断される。他方でビジネスとして見込