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公開中の記事 安田洋祐の研究室 Yoshikawa 2012April

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鮮やかに描かれた高度成長の「空気」

解説:吉川洋『高度成長 日本を変えた 6000 日』

安田 洋祐

初出: 2012 年 4 月

本書は,日本を代表するマクロ経済学者である吉川洋氏が,「高度成長」期を様々 な視点から分析し,振り返った一冊である.といっても,(私を含めて) 実際に高 度成長を経験していない 30 代以下の読者にとっては,そもそも高度成長という言 葉自体に馴染みが薄いかもしれない.終戦後,焼け野原から出発したこの国をわ ずか 20 年足らずで世界第二位の経済大国に押し上げた高度成長.それは,いった いどのような時代だったのだろうか.文中の記述を一部拝借しながら,まずは駆 け足でこの時代をざっと眺めてみることにしよう.

今から半世紀ほど前,我が国は「高度成長」と呼ばれる超右肩上がりの経済成長 を経験した.1950 年台中頃から 70 年代初頭の約 20 年にわたって,日本経済は平 均で 10 パーセントという未曾有の経済成長を遂げたのである.これは,およそ七 年ごとに GDP が二倍に増えるという驚異的な成長スピードだ.倍々ゲームで経済 が拡大する中で「66 年から 68 年にかけての三年間,日本は一年ごとにイギリス, フランス,西ドイツ(当時)三か国を抜き,アメリカに次ぐ「西側」諸国第二位 の GDP をもつ「経済大国」となった」のである.

高度成長期に生じた変化は経済の拡大だけにとどまらない.著者によれば「今 日われわれが,日本の経済・社会として了解するもの,あるいは現代日本人をとり まく基本的な生活パターンは,いずれも高度成長期に形づくられたのである.高 度成長は誇張ではなく,日本という国を根本から変えた」のだ.本書の単行本が 出版されたのは,高度成長の終焉からおよそ四半世紀後の 1997 年のことである.

「1955 年から 70 年までの 15 年,わずか 6000 日足らずの間に生じた変化に比べれ ば,その後 25 年間に生じた変化は小さい.」高度成長期には,日本をひっくり返す ような,かくも大きな「根本的な」変化が生じていたのである.

では,この戦後日本の命運を大きく左右することになった高度成長という激動

本稿は『高度成長—日本を変えた 6000 日』(中公文庫,2012 年)の解説記事の草稿です.

(やすだ・ようすけ — 政策研究大学院大学助教授)

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の時代を,当代きってのマクロ経済学者である吉川氏はどうやってひも解いていっ たのだろうか.むろん,データに基づいたマクロ経済の実証分析や成長要因に関 する理論分析はお手のものだ.本書の中でもこうした氏のエコノミストとしての 分析能力は遺憾なく発揮されている.しかし,本書の真の魅力はむしろ,等身大 の目線で描かれた当時の人々の暮らしぶり,思わず情景が迫ってきそうなその描写 にある.統計データだけではなく,町の風景写真や広告,漫画,雑誌 (なんと『平 凡パンチ』まで引用されており,恩師である吉川氏への印象が (良い意味で) 少し 変わったことも告白しておかなければならない) など,身近な資料を多数紹介しな がら,高度成長をマクロ・レベルのみならず,ミクロ・レベルでリアルに再現する ことに成功している.本書を読み進めるにつれて,読者は知らず知らずのうちに 当時の雰囲気,現代風 (?) に言うと高度成長の「空気」のようなものを感じ取る ことができるに違いない.

さて,ここで少し著者の学問的な背景についても触れておきたい.吉川氏はケ インズ経済学の大家としてつとに有名である.学部時代に東京大学の字沢弘文教 授,大学院時代には米イェール大学のジェームズ・トービン教授と,日米を代表す るケインズ経済学者に師事しており,自身もケインズ経済学の視点からもっぱら 研究を行ってきた.ケインズ経済学に代わって 70 年代から (アカデミアにおいて) マクロ経済理論の主流となった「新しい古典派」と呼ばれる考え方に対しては,一 貫して否定的な立場をとっている.特に,新しい古典派の躍進の原動力となった リアル・ビジネス・サイクル (実物景気循環) 理論に対しては辛辣で,私自身もゼ ミや講義で何度も「ナンセンスだ!」という吉川氏の力強い批判を耳にした.

マクロ経済理論についてご存知でない方も多いと思うので,簡単に解説を加え ておこう.ケインズ経済学の生みの親であるケインズは,マクロ経済現象の理解 には,需要と供給に代表される従来の経済分析とは異なる,マクロ固有の考え方 が必要であることを訴え,新たにマクロ経済学という分野を確立した.一方で,新 しい古典派あるいはリアル・ビジネス・サイクル理論は,マクロ経済の動きを背 後で担っているミクロ・レベルでの経済主体の意思決定を重視する.結果として, 現代のマクロ経済学では,個々の経済主体の最適化行動に基づいた (マクロ経済) モデルの「ミクロ的基礎付け」が欠かせないものとなっている.吉川氏は,理論 的に一見すると華やかなミクロ的な基礎付けが抱える脆弱さや,このアプローチ の台頭によって現実の描写が蔑ろにされる弊害について,数十年にわたって警鐘 を鳴らし続けてきた.蛇足ではあるが,リーマンショック以降,こうした立場をと る俄かケインズ経済学者が急増したのは周知の通りである.

ここでは紙幅も限られており,私自身もマクロ経済学の専門家ではないので,こ うしたミクロ的基礎付けの是非については立ち入らない.ただ,ミクロ・レベル での経済の動きをリアルに再現し,マクロ・レベルの経済分析と見事に融合させ る,という匠の業を本書で披露することによって,ひょっとすると著者はリアル・ ビジネス・サイクル理論が捉え損なっているリアルな側面や,ミクロ的基礎付け

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が描写に失敗しているミクロの動きを,逆に浮き彫りにしてみせたのではないだ ろうか.そう思わず深読みしたくなるほど,本書では鮮やかに高度成長の雰囲気 が描かれている.

ぜひ本書を通じて,一人でも多くの読者の方(特に若い世代のみなさん)に, 日本を根本から変えた高度成長の空気を感じ取ってもらいたい.バブル崩壊以降, ずーーーーっと閉塞間に包まれているこの国を浮上されるヒントが隠されている かも!?

以下は文庫版解説では未掲載

最後に,まだ駆け出しの研究者に過ぎない私に解説記事を書くチャンスを与え て下さった吉川先生,中央公論出版社の松本佳代子氏に深く感謝致します.経済 学部および吉川ゼミを卒業して今年でちょうど 10 年.研究分野は異なりますが, 本書の再読を通じて,経済分析で何が重要なのか,その本質を改めて学ばせて頂 きました.これからも吉川先生の姿勢を見習い,現実と関わっていけるエコノミ ストを目指したいと思います.理論ばかりに頼り現実を見ない研究者にはならな いぞ,という誓いを込めて.

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参照

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