課題演習 P3 実験ゼミ 2.1,2.2
京都大学理学部四回生 鈴木一輝
2016 年 4 月 14 日
2 物質内の放射線の過程 (Passage of Radiation Through Matter)
この章では放射線が物質と出会った時に起こる基本的な反応と、それらの過程によって生じる効果を扱う。 原子核、素粒子実験物理学者にとって、これら相互作用の知識は非常に重要である。なぜならば、これらの過 程は粒子検出器の基礎となっており、検出器の感度や効率を決めるからである。同時に、これらの反応が測定 の邪魔をし、放射線の物理状態をかき乱してしまう。したがって、実験計画、測定データの修正のために、こ れらの反応とその大きさの理解は重要である。
これらの反応は、放射線の種類、エネルギー、物質の種類に依存する。同じ種類の粒子による反応であって も、電磁相互作用、原子核反応など様々な反応が起こる。どの反応がおこるのかは量子力学の確率と基本的な 相互作用間の相対的な強さで決定される。例えば、電荷を持った粒子と光子においては、電磁相互作用、特に 物質の原子内電子との非弾性衝突が圧倒的に多く起こる。中性子においては、強い相互作用が優先的に起こ る。これらの起こる相互作用の違いは、物質に対する放射線の透過能や検出の難易度、生物に対する危険性を 説明する。
この章では、当面の問題に関連した考えと、原子核、素粒子物理に便利な結果を説明する。また、エネル ギーの範囲は、原子核、素粒子物理で使われる、数keV以上を扱う。
2.1 考え方や定義の準備
2.1.1 断面積図1 散乱断面積の定義
2粒子間の相互作用による散乱は断面積という用語により説明される。断面積は以下のように定義される。 図2.1のように、粒子のビームが標的に向かっている様子を考える。ビームは標的よりも非常に大きく、一様 であるとする。入射粒子のフラックスは単位時間、単位面積当たりFとする。ここで、単位時間に立体角dΩ に散乱されてくる粒子の数を考える。Nsを単位時間当たりに散乱された粒子の数の平均とすると、これは、 dNs/dΩとなる。そして、微分断面積は以下で定義される。
dσ
dΩ(E, Ω) = 1 F
dNs
dΩ (1)
つまり、微分断面積は単位時間、単位フラックスFあたりにdΩに散乱される粒子の平均数である。フラッ クスFの次元により、dσは面積の次元を持つ。
一般的に、微分断面積の値は反応のエネルギー、粒子の散乱された角度に依存する。また、全断面積は、あ る決まったエネルギーEでの微分断面積を全立体角で積分することによって、以下のように定義される。
σ(E) =
∫ dσdσ
dΩ (2)
図2 起こる相互作用の数
実際の状況では、標的は多数の散乱中心を含んだ厚みのある物質である。したがって、何個の相互作用が起 こったのかを知る必要がある。ここで、標的の厚さは十分薄く、散乱中心が重なる可能性は低いとする。散乱 中心の密度をN、標的の厚さをδxとすると、ビームから見た単位面積当たりの散乱中心の数はN δxである。 ビームが標的よりも大きいとし、Aを標的の全面積とすると、FA個の入射粒子が相互作用に関係する。以上 から、単位時間あたりにdΩに散乱されてくる粒子の数Nsを考える。粒子が1つ入ってきた時の短時間に散 乱されてくる個数がdσ/dΩであった。したがって、入射粒子の内、FA個が単位面積当たりN δx個の散乱中 心と反応するので、
Ns(Ω) = F AN δxdσ
dΩ (3)
全立体角に散乱される粒子の合計は
Ntotal= F AN δxσ (4)
となる。
次に、ビームが標的よりも小さい時を考える。nincを単位時間当たりの入射粒子の数とすると、このとき は、相互作用に関係する粒子の数がninc個となる。したがって、前のFAをnincに変えればよい。また、入 射粒子の数でこれを割れば、1個の粒子が厚さδxあたりに散乱される確率を与える。
(δxで相互作用する確率) = N σδx (5)
2.1.2 距離xで相互作用する確率、平均自由行程
前節を一般化して、任意の厚さxで考える。そのために、逆に、1つの粒子が距離xの間相互作用を受けな い確率を求める。これは、生存確率として知られている。以下のように定義する。
P (x) : 距離xの間相互作用しない確率 wdx : xとx + dxの間で相互作用する確率
まず、x+dxまで相互作用しない確率を考える。これは、P(x+dx)と書ける.一方で、この確率は、(xまで相
したがって、
P (x + dx) = P (x)(1 − wdx) P (x) +dP
dxdx = P − P wdx dP = −wP dx
P = Cexp(−wx) (6)
初期条件としてP(0)=1を課すと、C=1となる。したがって、距離xの内どこかで相互作用を受ける確率は
Pint(x) = 1 − exp(−wx) (7)
一方で、xからx+dxの間で初めて相互作用する確率は、xまで生き残り、その後dxで相互作用する確率で あるので、
F (x)dx = exp(−wx)wdx (8)
となる。
次に、平均自由行程として知られている、粒子が衝突をせず運動できる平均距離λを計算する。それは、
λ =
∫∞
0 xP (x)dx
∫∞
0 P (x)dx
= 1
w (9)
ここで、
∫ ∞ 0
xP (x)dx = 1 w2
∫ ∞ 0
P (x)dx = 1 w
を使った。λは相互作用の確率を与えるので、散乱中心の密度N、断面積σと関係しているに違いない。その ために、前節と同じように厚さδxで相互作用する確率を(7)から求めると
Pint∼= 1 − (1 −
δx λ) =
δx
λ (10)
とかける。これを(5)と比較すると、
λ = 1
N σ (11)
が得られる。これから、
P (x) = exp(−wx) = exp(−xλ ) = exp(−Nσx) (12) が得られる。同様にして、
Pint(x) = 1 − exp(−Nσx) (13)
F (x)dx = exp(−Nσx)Nσdx (14)
2.1.3 表面密度の単位
吸収物の厚さの単位として表面密度、あるいは”’質量厚さ(mass thickness)’が使われる。質量厚さの定 義は、
(質量厚さ) = ρ・t (15)
である。ここで、ρは密度、tは厚さである。質量厚さは散乱中心の密度と密接に関連しているので便利であ る。後で見るように、異なる物質でも、同じ質量厚さなら放射線の効果はほぼ同じように起こる。
2.2 重い荷電粒子の原子衝突によるエネルギー損失
一般に、以下の2つが物質中の荷電粒子の経路を特徴付ける。
• 粒子によるエネルギー損失
• 入射粒子の方向の変更
これらは基本的に以下の過程の結果である。 1. 物質の原子内電子との非弾性衝突 2. 原子核との弾性散乱
3. チェレンコフ光の放射 4. 原子核反応
5. 制動放射
この中では、1と2の過程が非常に多く起こる。したがって、チェレンコフ放射を例外として、他の反応は無 視できる。
議論を明確にするために、荷電粒子を以下の2つに分類する。
• 電子と陽電子
• それらより重い粒子
まず、1の物質の原子内電子との非弾性衝突を考える。この過程はほとんど単独で重い粒子のエネルギー 損失を担うことが出来る。この過程では、粒子のエネルギーは、原子をイオン化、励起することに使われる。 個々の反応でのエネルギー損失は小さいが、この反応は非常に多く起こるので、積み重なって観測されうる値 となる。これらの原子衝突は、励起しか起こさないやわらかい衝突(soft collisions)と、イオン化ができるほ ど十分なエネルギーのある硬い衝突(hard collisions)の2つに分類できる。
次に、2の原子核との弾性散乱を考える。これは、1ほどではないが頻繁に起こる。しかし、一般的にはこ の過程でのエネルギー損失はほとんどなく、あったとしても、1が支配的である。したがって、1の原子内電 子との非弾性散乱を考えることが重要である。
この非弾性散乱は統計的であるが、マクロスケールではその数は膨大であるため、エネルギー損失の総和の 揺らぎは小さく、単位長さあたりの平均エネルギー損失を定義できる。この量は、阻止能、あるいはdE/dx と呼ばれている。これはボーアが古典的に初めて導出し、のちにベーテ、ブロッホが量子力学に基づいて導出 した。以下では、このボーアの計算を行う。
2.2.1 ボーアの計算(古典的な場合)
図3 重い荷電粒子の原子内電子との衝突
電荷ze、質量M、速度vの重い粒子が何らかの物質を通過することを考える。図のように、原子内電子は、 粒子から距離bの位置にあるとする。この電子は、自由で、最初は止まっていると仮定し、電子の電場は、電 子の最初の位置によって与えられる。また、粒子は電子の質量よりも非常に大きいので、粒子の運動方向はこ の衝突によって変わらないとする。これが電子と、それより重い粒子を分けた理由の一つである。
重い粒子との衝突によって電子が得たエネルギーを求める。これには、まず重い粒子との衝突によって、電 子が受け取る力積を考えて、
I =
∫
F dt = e
∫
E⊥dt = e
∫ E⊥
dt dx = e
∫ E⊥
dx
v (16)
ここで、E⊥は、電場の、粒子の入射方向に垂直な成分である。また、平行成分E∥による力積は、対称性に より0になる。次に、∫ E⊥dxを求めるために粒子の入射方向を中心にした無限に長いシリンダーを考え、こ れにガウスの法則を適用する。
図4 無限に長い円柱に対するガウスの法則
すると、
∫
E⊥2πbdx = 4πze
∫
E⊥dx = 2ze
b (17)
が得られるので、
I = 2ze
2
bv (18)
となる。したがって、電子が得たエネルギーは、
∆E(b) = I
2
2me
= 2z
2e4
mev2b2 (19)
である。
図5 微小体積dV
次にNeを電子の数密度とすると、厚さdx、距離b ∼ b + db内の空間にある電子による粒子のエネルギー 損失は、
−dE(b) = ∆E(b)NedV = 4πz
2e4
mev2 Ne db
b dx (20)
となる。ここで、dV = 2πb db dxである。次に、これをb = 0 ∼ ∞で積分すれば、求めたいdE/dxが得ら れると思うかもしれない。しかし、bが非常に大きい時、衝突には長い時間がかかってしまうので、先ほどの 力積の計算は使えない。一方で、b=0の時、(19)に代入するとエネルギー損失は無限大になってしまう。し たがって、(19)を適用できる範囲をbminからbmaxに制限しなければならない。この範囲で積分すると、
−dEdx =4πz
2e4
mev2 Neln bmax
bmin
(21) が得られる。bmin、bmaxを得るには、物理的考察を行う。
まず、bminを考える。2体問題を考えたとき、最もエネルギーが多く失われるのは、正面衝突である。この とき、相対論的を考慮すると、電子が得たエネルギーは2γmev2である。したがって、(19)でのエネルギー
を最も失う場合の∆E(b)max= 2z2e4/mev2b2minと比較すると、 2z2e4
mev2b2min = 2γmev
2
bmin= ze
2
γmev2 (22)
が得られる。
次にbmaxを考える。電子は自由ではなく、原子に束縛され、振動数ν で原子を周っている。電子がエネル ギーを吸収するためにはτ = 1/νよりも短い時間で摂動が起こらねばならない。そうでなければ、摂動は断 熱的で、エネルギーは移行しない。これは断熱不変量の原理である。典型的な相互作用時間はt ∼= b/vであ り、これは相対論的に考えるとt → t/γ = b/γvである。よって、電子の平均振動数をνとすると、
b
γv ≤ τ = 1
ν (23)
が得られる。したがって、bの上限、
bmax= γv
ν (24)
が得られる。以上の結果を(21)に代入して、
−dE dx =
4πz2e4 mev2 Neln
γ2mv3
ze2ν (25)
が得られる。これが、ボーアの古典公式である。これは、α粒子や重い原子核といった重い粒子のエネルギー 損失には良い結果を与えるが、陽子といった軽い粒子は量子効果のためにこの公式は使えない。
2.2.2 ベーテ・ブロッホの公式
ベーテ・ブロッホの公式は以下で与えられる。
−dEdx = 2πNare2mec 2ρZ
A z2 β2[ln (
2meγ2v2Wmax
I2 ) − 2β
2] (26)
普通、さらに2つの補正が入る。
−dE
dx = 2πNar
2
emec2ρZ A
z2 β2[ln (
2meγ2v2Wmax
I2 ) − 2β
2− δ − 2C
Z] (27)
また、2πNar2emec2= 0.1535MeVcm2/gであり、
re :古典電子半径= 2.817 × 10−13cm me :電子質量
Na :アボガドロ数= 6.022 × 1023mol−1 I :平均励起ポテンシャル
Z :吸収物体の原子番号 A :吸収物体の原子量
ρ :吸収物質の密度
z :入射粒子の電荷素量eを単位とした電荷 β :入射粒子のv/c
γ : 1/√1 − β2 δ :密度補正 C :殻補正
Wmax:一回の衝突による最大エネルギー移行 以下にこれらの用語の説明をする。
最大エネルギー移行Wmaxは正面衝突によって得られる。入射粒子の質量をMとすると運動学により、
Wmax= 2mec
2η2
1 + 2s√1 + η2+ s2 (28)
が得られる。ここで、s = me/Mであり、M ≫ meのとき、 Wmax= 2mec2η2 となる。
平均励起ポテンシャルIは、理論的には振動子強度というものを使って求めるが、それを計算するのは難し いので、以下の経験的な式によって与えられる。
I
Z = 12 + 7
ZeV Z < 13
I
Z = 9.76 + 58.8Z−1.19eV Z ≥ 13 (29)
密度補正δと殻補正Cは高エネルギー、あるいは低エネルギー時においてベーテ・ブロッホの式を用いる ときに重要な補正である。
図6 ベーテ・ブロッホの公式における、補正なしと殻補正と密度補正ありのグラフの比較
まず密度補正δを考える。これは、入射粒子の電場が原子を分極することにより電場の遮蔽が起こってしま うことに対しての補正である。遮蔽効果により、遠くの電子が受ける電場は小さくなり、それに伴いエネル ギー損失も本来のベーテ・ブロッホ公式のものよりも小さくなる。粒子のエネルギーが増加すると、(24)によ り、bmaxが増加するため、遠方にいる電子が多くなる。したがって、密度補正は高エネルギーにおいて重要 である。また、物質の密度が大きい時、分極する原子が多くなり、遮蔽効果が大きくなるため、これは密度に も依存する。δは以下で与えられる。
図7 分極による遮蔽効果
X < X0, δ = 0
X0< X < X1, δ = 4.6052X + C0+ a(X1− X)m
X > X1, δ = 4.6052X + C0 (30)
ここで、X = log10(βγ)である。また、X0, X1, C0, a, mは物質に依存した量である。C0 は以下で与えら れる。
C = −(2 ln I + 1) (31)
hνpはいわゆるプラズマ振動数といわれるもので、それは、
νp=
√ Nee2
πme
=√80.617 × 106cm3NeHz (32) ここで、Ne= NaρZ/Aであり、電子の密度を表している。
次に、殻補正Cについて考える。これは、入射粒子の速度が束縛電子が原子を周る速度と比較して遅い時 に生じ、以前考えたような電子が止まっているという近似が使えなくなるために必要な補正である。したがっ て、これは低エネルギーにおいて必要な補正である。しかし、この補正は一般的に小さい。η ≥ 0.1における 実験的な C は以下で与えられる。
C(I, η) = ( 0 .422377η−2+ 0.0304043η−4− 0.00038106η−6) × 10−6I2
+ (3.850190η−2− 0.1667989η−4+ 0.00157955η−6) × 10−9I3 (33) であり、ここでη = βγであり、Iは、eV単位の平均励起ポテンシャルである。
他の補正については、様々なことが考えられるが、上で挙げたもの以外の補正は普通1%未満であり無視で きる。ただし、遅い速度での重い粒子による電子捕獲の影響は例外である。したがって、”基本的な”粒子に とっては、殻補正と密度補正を含めたベーテ・ブロッホの式は使用に十分耐えうるものである。
2.2.3 エネルギー依存性
図8 様々な粒子におけるエネルギーを変数と見た静止能
それぞれの粒子のdE/dxのエネルギー依存性は図の通りである。エネルギーを基準に考えると、低いエネ ルギーでは、(27)の中で1/β2項が支配的であるため、エネルギーが増加するにつれdE/dxは減少する。そ して、dE/dxは最小値に達する。この点での粒子を、最小電離(minimum ionizing)という。その後、logの 中身が効いてきてdE/dxは増加するが、これは先ほどの密度補正による修正が入る。dE/dxの最小値は、同 じ電荷を持ったすべての粒子でほとんど等しい。
最小電離より下のエネルギーの粒子は、それぞれ異なるdE/dxのふるまいを示す。これは、粒子を特定す
低エネルギーではベーテ・ブロッホの式は使えない。このとき、実際にはあるエネルギーまではdE/dxは ある最大値まで上がり続け、その後急激に減少する。これは、粒子が電子を受け取ってしまうため、粒子の有 効電荷が減少してしまうからだと考えられる。
図は侵入長とdE/dxの関係を示している。これはブラッグ曲線と呼ばれている。図のように、粒子は侵入 の後半になるにつれ多くのエネルギーを失う。しかし、一番最後にはエネルギー損失は小さくなる。これは、 陽子や重イオンによって腫瘍を破壊する治療などに使われる。
図9 侵入長を変数としたdE/dxのグラフ(ブラッグ曲線)
2.2.4 dE/dxのスケーリング則
粒子が同じ物質を通過するとき、ベーテ・ブロッホの式は以下の形で見ることができる。
−dE dx = z
2f (β) (34)
ここでf (β)は粒子の速度のみの関数である。したがって、同一の物質中では、エネルギー損失は粒子の電荷
と速度にのみ依存する。運動エネルギーはT = (γ − 1)Mc2と書けるので、速度はT /Mの関数である。した がって、(34)を
−dE dx = z
2f′(T
M) (35)
と表せる。ここから、スケーリング則が導ける。質量M1、電荷z1の粒子1のdE/dxを知っているとする。 すると、同じ物質を通る質量M2、電荷z2の粒子2のdE/dxは、
−dE
dx(T = T1) = z
2 1f′(T1
M1
) にT = T2MM12 を代入すると、
−dEdx(T = T2MM1
2
) = z12f′(T2 M2
) となるので,
−dE
dx(T = T2) = z
2 2f′(
T2
M2
)
= −z
2
2dE(T M1) (36)
とかける。
2.2.5 質量阻止能(Mass Stopping Power)
ここで、2.1.3で定義した質量厚さ(mass thickness)でdE/dxを表現すると、様々な種類の物質でほとん ど変わらない。質量阻止能は以下で与えられる。
−dE dϵ = −
1 ρ
dE dx = z
2Z
Af (β, I) (37)
ここでdϵ = ρdxは質量厚さである。Zが大きく異ならなければ、Z/Aはほとんど変わらず、Iも、logに入っ ているので、これもほとんど変わらない。したがって、dE/dϵは物質の種類にほとんど依存しない。
2.2.6 化合物、混合物のdE/dx
いままで、考えてきた物質は純物質だけだったが、前節を利用して、これを化合物や混合物にも応用するこ とを考える。前節を考慮に入れると、良い近似が与えられる。化合物のそれぞれの元素に1,2,‥と名前を付け る。質量阻止能で考えると、化合物のそれは、構成要素のそれに重み付けをし、足し合わせたもので表せる。 (ブラッグの法則)
1 ρ
dE dx =
w1
ρ1
(dE dx)1+
w2
ρ2
(dE
dx)2+‥‥ (38)
ここで、ai、Aiをそれぞれi番目の原子番号、原子量とすると、 wi= aiAi
Am
(39) であり、Am= ΣaiAiである。さらに、(38)を拡張することを考えると、以下のように書き換えれば、直接 (27)で考えることができる。
Zeff = ΣaiZi (40)
Aeff = ΣaiAi (41)
lnIeff =ΣaiZilogIi Zeff
(42) δeff =ΣaiZiδi
Zeff
(43)
Ceff = ΣaiCi (44)
2.2.7 ベーテ・ブロッホの公式の制限とその他の効果
素粒子や原子核、α粒子において、速度が(相対論的)∼ (β ≃ 0.1)の範囲では、ベーテ・ブロッホ公式は数 パーセント以内の誤差で一致する。また、電荷依存補正を含めれば、Z≃ 26の粒子にまで適用できる。
β ≤ 0.05では、ベーテ・ブロッホの式は使えなくなる。しかし、β ≃ 0.01ではLindhardの理論を代わり に用いることができる。
2.2.8 チャネリング
結晶の場合 普通の物質の場合
図10 結晶物質内のチャネリングの模式図
ベーテ・ブロッホの式の適用において重要な例外は結晶中でのチャネリングである。これは、粒子がある結 晶の対称軸で決まる臨界角より小さい角度で入射したときのみに起こる反応である。このとき、粒子は図のよ うに小さな角度で散乱され続ける。この規則的な小さな散乱のおかげで、粒子が電子と出会う回数が普通の物 質(ベーテ・ブロッホの計算で考えた)よりも少なくなる。したがって、粒子がチャネリングをしている間は、 エネルギー損失の割合が飛躍的に減少する。したがって、物質として結晶を用いる場合には、チャネリングを 避けるようにすることが重要である。
一般的に、チャネリングが起こる角度は小さく、エネルギーの増加により減少する。チャネリングが起こる 角度は、
ϕc=
√zZa0Ad
1670β√γ (45)
で与えられる。ここで、a0はボーア半径、dは原子間隔である。ϕ > ϕcではチャネリングは起こらない。
2.2.9 飛程距離(Range)
図11 典型的な飛程距離の図
粒子がそのエネルギーを失うまでに、果たしてどのくらいの距離を侵入することが出来るのだろうか。この 距離のことをrangeという。実験的には、求めたいエネルギーの粒子を様々な厚さの物質に通し、透過した粒 子の割合を数えることのよって測定する。その結果が図である。図から、薄い物質にはすべての粒子が透過 するが、ある厚さ以上の物質にはだんだんと透過しなくなっていき、ある幅のあと0に落ちることがわかる。 この幅は、エネルギー損失が連続的ではなく、統計的に起こっていることを示している。したがって、飛程 距離は、平均値を中心とした統計分布を示す。この現象は、距離の不規則性(range straggling)と呼ばれてい る。第一近似では、この分布はガウス分布で近似できる。この分布の平均値は平均距離(mean value)として 知られており、下がっている間の曲線の中点と一致する。これは、約半分が吸収された厚さである。また、全 ての粒子が吸収される厚さは、曲線の中点で接戦を引き、厚さの軸と一致した点とする。これを、推定距離 (extrapolated range)、実質距離(practical range)という。
理論的には、エネルギーT0を持った粒子の平均飛程距離は、
S(T0) =
∫ T0
0
(dE dx)
−1dE (46)
で与えられる。ここで、多重クーロン散乱は、ジグザグ運動のために直線で定義された飛程距離は小さくなる ので無視する。しかし、重い荷電粒子にとってはこの効果は小さい。
図12 多重クーロン散乱
実際には、準実験的な式が用いられ、
R(T0) = R0(Tmin) +
∫ T0
Tmin
(dE dx)
−1dE (47)
で与えられる。ここで、Tminはベーテ・ブロッホ公式が有効な最小のエネルギーであり、実験により決めら れる定数である。この方法で、数%以内の正確さで結果が得られる。
図13 数値計算によって得た、アルミニウムに対する様々な重粒子の飛程距離曲線
図は、ベーテ・ブロッホ公式を数値計算することによって得た、エネルギーと飛程距離の関係を表してい る。これは、log-logスケールで与えられ、それが直線となっている。したがって、
log R = b log E から、
R ∝ Eb (48)
が得られる。ここで、低エネルギー領域ではベーテ・ブロッホ公式がβ−2に大きく依存していることを考慮 すると、
−dE dx ∝ β
−2∝ T−1 (49)
Tは運動エネルギーである。積分すると、 R ∝
∫ (dE
dx)
−1dE
∝
∫ T dE
∝ T2 (50)
が得られる。これは粗い近似であったが、より正確な値は
R ∝ T1.75 (51)
であるので、かなり良い値であることが分かる。
これは、粒子のエネルギーを測定するためにも使えるため便利である。後で見るように、この関係は他にも 様々なことに使える。
また、(36)を使うと、同じ物体に侵入する異なる粒子間における、飛程距離のスケーリング則も導くことが 出来る。
R (T ) =M2z
2
1R (T M1) (52)
同じ粒子が異なる物質を通過するを通過するときの関係はBragg-Kleemanの法則として知られており、そ れは
R1
R2
= ρ2 ρ1
√A1
√A2
(53) で与えられる。ρとAは物質の密度と原子番号である。化合物の場合は、
Rcomp=Acomp
ΣaRiAii (54)
で与えられる。Acompは化合物の分子量、Ai、Riは構成元素の原子量、飛程距離である。aiは化合物分子中 の元素の原子番号である。
example2.1
宇宙線のミューオンを検出する実験では、2 cmのプラスティックシンチレーションが使用される。この物 質内でミューオンが失う平均エネルギーはどのくらいだろうか。
宇宙線のミューオンは非常に高エネルギーであるので、全てがminimum ionizingになっていると考えて も良い。こう仮定すると、ミューオンは、v ∼ 0.96cでminimum ionizingとなり、この時のエネルギーはお よそ300MeVである。このエネルギーの時のdE/dxの値は約1.9MeV/g − cm2である。この値付近では、
dE/dxの値はほぼ一定であるとして良いので、エネルギー損失は、
∆E =
∫ x 0
dE dxdx ≈
de
dxx = 1.9 × 1.03 × 2 = 3.9 MeV (55) となる。ここで、プラスティックシンチレーションの密度は、1.03 g/cm3とした。300 MeV以上のエネル ギーのミューオンは毎回大体同じ量のエネルギー損失をするので、プラスティックシンチレーションからくる スペクトルのピークが予想できる。これは宇宙線のミューオンをエネルギーの目盛として使うことができるこ とを示している。
example2.2
600 MeVの陽子を、銅ブロックを使って400 MeVにするには、どのくらいの厚さが必要だろうか。
厚さを求めるためには以下の計算をする必要がある。
∆x = −
∫ 500 600
(dE dx)
−1dE
これを、20 MeVごとに積分を長方形として近似し、数値積分すると、表を使って、
∆xtotal= 105.73 g/cm2= 11.88 cm が得られる。
ここで、さらに簡単のために500 MeVでの値を(10.69 + 10.52) ÷ 2 = 10.61とし、定数とみなして積分す ると、
∆xtotal= 106.1 g/cm2= 11.92 cm となり、さほど変わらない。
ここで注意しておくべきことは、いま使ったのが、”平均”エネルギー損失であったことである。したがっ て、陽子のエネルギーは、銅ブロックにより400 MeVを中心としたガウス分布となる。本当に400 MeVだ