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帝国書院 | 高校の先生のページ 高等学校 世界史のしおり 2006年 1月号

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Academic year: 2018

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− 1 − イスラーム世界は、17世紀以降「植民地主義」、「共 産主義」、いわゆる「アラブ・イスラエル紛争」、「近 代化・西洋化」、「グローバリゼーション」のような外 部との政治、経済、社会、文化的摩擦と、内部の停滞 感、挫折感にさいなまれてきた。イスラーム復興運動 と呼ばれる運動には、このような内外の状況を解決し イスラーム世界の繁栄を取り戻そうとする運動として の側面がある。一方、西洋諸国やイスラーム世界の諸 国は、たびたび暴力的な反抗をみせるイスラーム復興 運動に対し、あるときは対抗・弾圧、またあるときは 利用・協調することを通じ、イスラーム復興運動の中 から「イスラーム原理主義」、「テロリスト」とよばれ る集団が派生することを促進してきた。従って、イス ラーム復興運動は近現代の政治、外交、軍事情勢の中 での重要な運動としての側面をも帯びており、表面的 な現象だけでなく歴史的背景、政治情勢をも踏まえた イスラーム復興運動の理解が必要と思われる。

オスマン帝国の軍事的伸張が止まり、アフリカ東岸 やアジア島嶼部にも西欧諸国が進出してくるようにな った16∼18世紀にかけて、イスラーム世界では西欧諸 国からの圧迫に対抗するために西洋の技術や法制度の 導入を図る近代化の動きがみられた。オスマン朝が行 ったタンジーマートや、エジプトのムハンマド=アリ ー朝が進めた近代化政策はこの代表例といえる。しか し、国家権力によって進められた近代化は、多くの場 合、社会の混乱と国家の財政破綻、それを口実とした 西欧からの更なる圧迫、西欧に対する隷属という結果 をもたらした。その最中、危機的状況の原因は社会の 停滞、すなわちイスラームの停滞という内的原因であ るとして、イスラームの復興を状況打開の道と考える 動きが現れ、これがいわゆるイスラーム復興運動の端 緒となった。このような動きの中には、既存のスーフ ィー教団を改革し社会・政治勢力として成長させた動

き、信仰上の逸脱を排除し、イスラーム勃興期の行い に回帰しようとする動き、伝統墨守を批判し、革新的 なイスラーム解釈や実践を通じて社会を活性化しよう とする動き等の複数の傾向がみられた。また、イスラ ームを結集の旗印とした反植民地反乱も、西欧に対抗 する上でのイスラーム復興運動の一端と考えられた。

第一次世界大戦後、イスラーム世界でも西欧諸国に よる分割が行われた。同時期、トルコではムスタファ ー=ケマルが世俗主義を標榜するトルコ共和国を建国、 カリフ制を正式に廃止した。これによりイスラーム世 界は政治的統合の象徴を失い、イスラーム復興運動は 西欧諸国が設定した勢力圏や、その後樹立された各国 の国境の範囲内で展開することが多くなった。また、 アラビア半島でもサウード家が英国と妥協、サウジア ラビア王国を建国したことにより、ワッハーブ主義運 動の領域的拡大は終息した。著名なムスリム同胞団も、 大衆運動の組織として発展、発足の地であるエジプト 以外にも拡大したものの、拡大のあり方は既存の国境 線を前提とし、各国で独自のムスリム同胞団が結成さ れる形態をとった。このほかにも、イスラーム復興運 動や反植民地運動で活躍した団体としてインドネシア のサレカット=イスラーム、パキスタンのジャマーア テ=イスラーム、アルジェリアのムスリム=ウラマー 協会があるが、これらも既存の領域を越えて思想や運 動を拡大させる性質のものではなかった。こうして、 各種のイスラーム団体は既存の国境線の枠内で活動を 活発化させ、同時期に発展した各種の民族主義、社会 主義団体と競合しつつ勢力を拡大した。しかし、その 後誕生したイスラーム世界の近代国家では、民族主義、 社会主義、開発独裁のような世俗的政権が発足し、イ スラーム復興運動の目標の一つであるイスラームによ る統治が実現したところはほとんどなかった。その後、 イスラーム復興運動と各地の世俗的政権との対立関係

イスラーム世界の近現代とイスラーム復興運動

中東調査会

 高 岡 豊

イスラーム復興運動の勃興

(2)

− 2 − − 3 − はしだいに先鋭化し、エジプトではアラブ民族主義を

標榜するナセル政権によるムスリム同胞団弾圧が強ま り、その過程でサイード=クトゥブの思想のような過 激な思想が現れ、程度の差こそあれ同様な環境にある 各国に拡散した。イランでも、世俗的王政政府が急速 な近代化を推進、これに反対するホメイニが国外に追 放されるなどした。

しかし、イスラーム世界各地の世俗的政権は多くの 場合望ましい成果を上げることができなかった。開発 が進んだ地域でも、機会不均衡、富の偏在、文化や道 徳の西洋化に対する不満等の問題が顕在化した。とく に、中東では第三次中東戦争でアラブ陣営が大敗、ア ラブ陣営を主導してきた世俗的な民族主義の威信が失 墜した。こうした中で、アラブ諸国ではイスラームか ら乖離した統治が大敗の原因であるとの問題意識が生 じる、イスラーム復興運動の野党的役割が期待を集め る、政権側が権力基盤の強化のためにムスリム同胞団 のような団体と一時協調する、といった動きが生じ、 アラブ地域を中心に、既存の政権とイスラーム復興運 動との間に新たな緊張関係が生じた。こうした緊張関 係が一挙に顕在化したのは、1979年である。同年には、 イラン革命、ソ連によるアフガン侵攻、イスラーム過 激派によるメッカのカーバ神殿占拠事件のような、イ スラーム世界を揺るがす事件が頻発したのだが、この ような事象には、シーア派内で社会・政治団体の形成 が進みウラマーがこれを指導してきたこと、イスラー ム世界各地の政府が厄介払い的な形でアフガンでの対 ソ連「ジハード」に送り出した不満分子が増加してい たこと、既存の諸政策がイスラーム復興運動の批判や 反発を招くものだったこと等の長年にわたる背景があ ることを見逃してはならない。また、この時期米国が アフガンに赴く「ムジャーヒディーン」や関連団体を 積極的に利用・育成したことは、以後現在に至るまで 状況を複雑化させている。以上のような不穏な雰囲気 の中、イスラーム世界各地でイスラーム団体の武闘志 向が強まり、各地で武装集団の形成が進んだ。これら の中には、シリアのムスリム同胞団のように大規模な 武装反乱に及ぶものもあった。

イラン・イラク戦争の終結とホメイニの死去、アフ ガンからのソ連軍撤退の後、「イラン革命の輸出」や「共 産主義者によるイスラーム世界への攻撃」の脅威は低 下した。しかし、米国やイスラーム世界各国の政府は これらの「脅威」に対抗するために利用・育成したイ ラクのフセイン政権、アフガンに送り出した「ムジャ ーヒディーン」に対し、有効な事後処理を行わなかっ た。米国やアラブ諸国に支援されてきたフセイン政権 がクウェートに侵攻、「ムジャーヒディーン」が多国 籍軍を「新十字軍」とみなし米国と敵対したこと、こ の敵対が「イスラーム・テロ」や「対テロ戦争」とよ ばれる今日の状況の遠因となったことは、「ムジャー ヒディーン」と関連団体を育成した米国やイスラーム 世界の各国政府にとって皮肉な結果であろう。しかし、 イスラーム復興運動は「原理主義」や「テロリスト」 と称される集団に限られるものではない。実際、選挙 に参加し議会で議席を獲得する団体、福祉や教育で活 躍する団体も多いし、イスラーム復興運動とよばれる 現象の大部分は、個人の振るまいやムスリム同士の連 帯感高揚等に現れるものである。従って、表面的な事 件や報道とは異なり、極端でも暴力的でもない圧倒的 多数の一般的ムスリムの行為の中にこそイスラーム復 興運動とされる行為が見出されると考えられる。重要 な点は、イスラーム世界における「外部との摩擦と内 部の停滞感」という、イスラーム復興運動の出発点と なった問題意識そのものは現在も変わっていないこと である。「グローバリゼーション」の名の下で進む経済・ 文化の西洋化や、特定の集団や家系が政権や利権を独 占し続けることが多い政治状況、欧米におけるムスリ ム移民の生活状況などを考えると、イスラーム復興運 動やこれを通じた異議申し立てへの需要は今後さらに 高まるかもしれない。イスラームやイスラーム復興運 動を「テロ」等の狭い文脈でのみ捉える昨今の風潮は、 「外部との摩擦と内部の停滞感」というイスラーム復

興運動が持つ問題意識の解消に貢献せず、この問題意 識を否定的な方向へ向けて強めてしまうおそれすらあ る。今日、歴史的背景も踏まえてイスラームやイスラ ーム復興運動を認識する必要性が従来になく高まって いるように思われる。

各国の世俗主義政権の行き詰まりと

イスラーム政治運動の伸張

参照

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