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T itle
教育相談の理論及び方法 : 保健室を何度も利用する児童
生徒の例から
A uthor(s )
丸山, 広人
C itation
茨城大学教育学部紀要. 人文・社会科学・芸術, 67:
103-114
Is s ue D ate
2018-01-30
UR L
http://hdl.handle.net/10109/13506
R ig hts
教育相談の理論及び方法
保健室を何度も利用する児童生徒の例から
丸山広人*
(2017 年 8 月 31 日受理)
Theory and Method of Educational Counseling
:
Case of Student Who is Frequently Visit to the School Nurse’s Ofice
Hiroto MaruyaMa*
(Accepted August 31, 2017)
1.はじめに
子どもたちの不適応問題だけではなく,その予防も含めた積極的な対応が求められている。学校 ではその対応について様々な側面から研修がなされており,筆者もそのような研修の講師を担当す ることがある。教員免許状更新講習の教育相談にかかわる分野での講師も継続して行い,また,ス クールカウンセラーとして教師へのコンサルテーションや児童生徒および保護者へのカウンセリン グも担当してきた。
学校での実践に何らかの行き詰まりが生じた場合,あるいは自らの実践を理論的に考察したり方 向づけたりしようとする場合にも,教師は心理学の理論や方法の中にヒントを求めることが多い(と くに本稿では臨床心理学や心理療法の理論や方法を想定している)。しかし,いざそれらの理論や 方法を実践に活用しようと思っても,なかなかうまくいかずあきらめてしまった,という話を聞く こともまた多い。
その理由を尋ねてみると,理論が高尚すぎる,理論の説明が難しくて読み取れない,現場や実践 をうまく説明できるような理論がない,理論を活用できそうな場面が教育実践の中にはそれほど多 くない,理論といえども常識的なことしか説明できない,たとえ実践のヒントになる理論や言説が あったとしてもそれだけで実践を説明するには単純すぎたり浅すぎたりして実態に合わない,方法 に手間がかかり実践的でない,など様々なものが挙げられる。
臨床心理学あるいは心理療法の理論や方法が学校での実践から生まれたわけではなく,学級や保 健室での実践に活用されることを第一義的な目的にしているわけでもない以上,このような溝が生 じることは仕方がないが,それでは理論と実践の間にある溝を埋めるためには,どのような橋渡し
が可能となるのだろうか。
この問いに対して本稿では,理論と実践の橋渡しには,いくつかの理論を折衷しながら実態に合 わせて実践するしかないという立場で考えていこうと思う。そこで,どのような理論的な立場を折 衷することが学校での児童生徒支援に活用できそうかという視座から,その立場を大きく三つに分 けて考えていきたい。
2.三つの立場とは
心理療法にはさまざまなアプローチがあり,それぞれの治療者は,自分の働く場に合わせながら
それらを柔軟に活用している。山本(1986)は,心理臨床には二つのモデルがあるとして,それを「修
理モデル」と「成長モデル」に分けている(表1の左と中央)。筆者は,ここにもう一つ,最近の
考え方を付け加えてそれを「変化促進モデル」と名づけている(表1の右)。筆者は,学校での教
育相談実践を考えた時にこの三つの立場が活用されていると考えているため,以下,この三つにつ いてそれぞれ考えていく。
表1 三つの対応モデル
山本(1986)に加筆
修理モデル ・症状の除去・管理 ・コントロール ・対象化 ・Doing
・直線的時間(進歩) ・研修・訓練・指導 ・光の世界 ・私と思っている私
・Activeな知(働きかけの知)
成長モデル ・発達課題の乗り越え ・意味の理解 ・共感的参加 ・Becoming
・円環的時間(死と再生) ・気づき・自己理解を待つ ・影の世界
・生まれつつあるもう一人の私 ・Passiveな知(受け身の知)
変化促進モデル ・新しい現実の構成 ・意味のずらし ・無知的参加 ・Changing ・瞬時的時間 ・相互作用の展開 ・側面の世界
・生きていたけど気づかれなかった私 ・Collaborativeな知(協働の知)
この三つのモデルは,対応する側が問題に対してどのようにアプローチするのかによってそれぞ れに違いがある。その違いとは,たとえば,対応する側が問題行動(症状)に取り組むときの姿勢 の違いとして,問題解決の成り立ちをどのように考えるのかの違いとして,あるいは,対応の仕方 や解決にむかうまでの時間の考え方の違いとして,分けることができる。
それでは,これらの違いについて,一つの同じ事例を想定しながら解説していこう。
3.事例について
次のような事例から考えてみよう。小学校4年生のA君はちょっとでも気に入らないことがある
で怒ってしまい,意地になり,そのまま給食を食べようとしなかった。ソースがまわらなかったの は偶然のことであり,誰かがいじわるをしたということではない。まわりの子どもたちは心配して 「どうしたの?」,「給食を食べなよ」と声をかけていたがA君は黙ったままだった。結局,給食に
はまったく手をつけなかった。
A君は本が好きなのだが,ところかまわず読んでしまうので注意されることがたびたびある。休 み時間が終わっても本を読み続けるので,周りの子が注意するとやはり固まってしまい,時にはそ のままぷいっと教室から出て行ってしまうことがある。しばらく保健室で過ごし,その後,廊下や 校庭を逃げ回っているうちに,いつの間にか何事もなかったように教室に戻ってくる。気分がいい ときにはそれほどトラブルは起こっていないようだが,その気分はちょっとしたことがあるとすぐ に変わってしまう。本人が落ち着いてから,どうして怒ったのかをたずねてみても,その理由ははっ きりしない。学業成績は悪くなく,家庭的に問題はない。
このような状況がしばらく続いて,いつも同じことを繰り返すので担任の先生は困っていた。先 生は「まわりに迷惑をかけてはいけない」,「給食を食べられないのはもったいない」,「作った人の 気持ちを考えなさい」,「友だちが心配している」,「教室から抜け出すのはおかしなことで,友だち がいなくなってしまう」と,時にやさしく諭し時に厳しく叱ってみたがこれといった効果はないと いう。本人は,注意されると神妙にしているので,これで変わってくれるかなと期待するが,しば らくすると同じようなトラブルを引き起こしてしまう。何かいい方法はないだろうかということ。
4.修理モデル
まずは修理モデルでこの事例を考えてみよう(筆者はこのモデルの代表として行動療法や行動分
析学,認知行動療法を想定している)。問題行動に対して修理モデルでは,表1の左にあるように
子どもの問題行動や症状を「修理すべき対象」や「除去すべき対象」と対象化する。そのため,ま ずは何が取り除かれるべき対象なのかとターゲットを明確に特定する。そして,そのターゲットを できる限り除去したり,管理・コントロールしようとしたりして問題にかかわっていく。事例のA 君の場合は,「貝のように固まる」,「教室から抜け出す」という行動をターゲットにできるだろう。 行動をターゲットにせず,A君のもののとらえ方や考え方をターゲットにすることもできる(坂
野,1995;伊藤,2005)。例えば,ソースが回ってこなかった瞬間,A君は「いつもこんなことば
かりだ」,「いつも僕ばかりがこんな目にあう」というネガティブな自動思考が働いてしまっている 可能性を考える。もしそのような非合理的な思考が自動的になされているならば,それがA君を固 まらせ教室から抜け出す行動を引き起こす原因になっているかもしれないので,その認知の歪みを ターゲットにするわけである。
ターゲットとなる行動や認知の歪みが定まったら,それらを構成する要素を取り出して分析し, 原因となる要因を取り除く。あるいはより適応的な行動や考え方を何度も繰り返し教えて,より適 応的な行動や考え方に置きかえられるように訓練・指導する。できるならば,症状や問題行動のコ ントロールを子ども自身が自発的にできることによって,自らの行動を管理できるようにさせてい くことが目指される。
導を進めることによって,その問題行動をなくすことができると考える。時間の流れは,目標に向 かって計画通り進む直線的なものとなる。このような視座から対応する場合,対応する側は問題行 動を特定して新しい考え方や行動を指導・訓練するというように,積極的に子どもに働きかける
activeな知が求められる。A君が自分の課題を自覚し,その課題を自らの力で克服することが目指
されるので,A君の意識できる自分(私と思っている私)に向かって働きかけることになる。 修理モデルでは,行動をターゲットにする場合,行動を具体的な環境の中に入れ込んで考えるの が大きな特徴となる。行動は環境との相互作用によって生み出されるのであるから,具体的な環境 と絡めながら問題行動の成り立ちを考えるのである。子どもの無意識やパーソナリティといったと ころをターゲットにするのではなく,あくまでも行動を変えさえすればよいという発想をとるので, それらと深くつながっている環境,その行動を生み出している環境に介入することを必須事項とす
る。行動をターゲットにした修理モデルの介入ポイントを図1に示した(Sturmey,1996;杉山ら,
1998を参照して筆者が作図)。
図1 行動に影響する環境
図1にあるようにポイントとなる環境にはいくつか想定される。まずは一般的な環境調整の中の
物理的環境である。教室が暑い,湿度が高い,他人との物理的距離が近い,雑音が大きい,刺激が 多い,においがきついなどの環境である。このあたりに問題行動を生起させる原因があるかもしれ ないと考えて,子どもの問題行動を分析する。
社会的環境もある。これは役割やルール,社会的地位が子どもの問題行動と関連があるかどう
かと分析していく。45分の授業は長すぎてA君にはとても耐えられないと担任が判断するならば,
新しいルール(図書室で静かに過ごしてよい,配り係としてA君を任命し落ち着きがなくなってき たら配り物を命じるなど)を導入して,その後,行動にどのような影響があるかを検討していくこ とができるだろう。
最も影響を与える環境としては,人的環境を挙げることができる。これは子どもと周囲の人との 人間関係であり,誰とトラブルが起きやすいか,仲の良い友だちといる時間を増やすとどうなるか, 席替えに効果はあるか,というように問題行動を見ていく。
さらに修理モデルでは,より具体的な環境として二つを想定する。一つ目は「その行動が生起し
た直前の環境」であり,二つ目は,「行動が生起した直後の環境」である。どのような場面でそのター
A君の場合,先に取り上げたターゲット行動の前には,「ソースがまわってこない」,「周りの子 どもが注意する」という環境があり,ターゲット行動の後には,「先生が注意する」,「周りの子ど もが騒ぎ立てる」などがある。ターゲット行動の前に介入するのであれば,たとえば正しく配膳さ れているかを確かめる係を作ったり,そこまでせずとも注意喚起したりすることによっても,この ような事態は防げるのかもしれない。ターゲット行動の後には先生や他児童たちがA君に話しかけ るなどして社会的注目を与えているが,これがA君の行動を強化している可能性もあるので,声を かけずそっとしておくと行動はどうなるだろうか。そのように考えるならば,周りの子どもたちに 対しては,A君の注意は先生がするので友だち同士ではしないこと,A君が教室から出て行っても 騒ぎ立てないことなどを伝えることによって,ターゲット行動がどのように変わるかを検討できる。 このようにターゲット行動の直前,直後環境を変えることによって行動に影響を与えようとする。 環境に働きかけるだけでなく,行動そのものに働きかける手立てもある。たとえば,「貝のよう に固まる」に対しては,A君の行動のレパートリーが不足していることに原因があると考えること もできる。そのように原因を特定するならば,A君の行動レパートリーを増加させることが目指さ れることとなり,実際にソースがまわってこない場合,どのように行動すれば良いのかを練習させ ることになるだろう。A君が落ち着いたときに,ソースがまわってこない場合,どのように行動す れば良いかを一緒に考え,行動の練習をして,まずはお手本を見せた後,本人にも同じようにやら せて,それができたら褒めるといったような訓練を何度もする。このようにすることで,行動のレ パートリー不足を少しでも解消できるかもしれない。A君に仲の良い友だちがいる場合,その友人 に対して,もしにソースがまわってこなかったらあなたらだったらどうするかと尋ねて実演させて みて,A君にも同じようにやってみるようにと促すことで,新しい行動をイメージしやすくなる。 このような働きかけは,アサーショントレーニングやソーシャルスキルトレーニングなどとして学 校でもおなじみのものである。
最後にこれらのすべてに影響するものとして,直前状況より前にある出来事の影響を考慮するこ とも重要になる。最近天気が悪くてずっと外に遊びに行けずイライラしがち,朝,親と喧嘩して家 を出てきたといったネガティブな出来事もあれば,試験の成績が急上昇した,ほしかったゲームを やっと買ってもらったといったポジティブな出来事ものもあるだろう。イライラさせる状況や興奮 しやすい状況を喚起しがちな出来事は,ターゲット行動に影響を与えかねないので,そのような出 来事にも注目を向けておく必要がある。
A君の認知をターゲットにするならば,自動思考を想定せねばならない。われわれはある出来事 に遭遇すると,それをつぶさに吟味することなく情報を極端に悪く処理する傾向がある。先にも述 べたように,A君の場合,ソースが回ってこないということから「どうせ僕のことなんか誰も構っ てくれない」,「いつも僕ばっかりこういう目にあう」などという考えがパッと頭の中にひろがって いる可能性を吟味し,もしそのような思考が働いているならば,よりバランスのとれた現実的な思 考に置き替えるように働きかける。当の本人にとって自動思考は気づきにくいものなので,もしか したらA君にはそのような自動思考が働いてないかという確認を取りながら,より現実的な考え方 を教えていくということも対応の手立てとして考えられるだろう。
にとって環境調整は日々行っていることであるので,このようなモデルは実際の学校にもフィット しやすく使い勝手もよいだろう(例えばWebster-Stranton,1999;Kearney & Albano,2007)。
5.成長モデル
次に成長モデルについても表1にもとづいて考えてみよう。成長モデルの代表としては来談者中
心療法(佐治・飯長,2011)や精神分析的心理療法が挙げられるだろう(平井・上田,2016)。こ
のモデルでは,セラピストとクライアントとの「今,ここ」の関係性を重視すること,問題を発達 段階や発達課題,生育歴と絡めて捉えようとすることが特徴となる。問題となる行動が示している のは発達上のつまずきであり,そのつまずきを乗り越えることによって心が育ち,成長につながっ
ていくと考える。したがって,子どもが表出している問題行動というものは,子どもからのSOSが
発せられていると捉えることになる。
そしてこのつまずきは,子ども自身が自分の力で乗り越えていく人生の課題であって,誰かが取 り除くことやコントロールするものではないと考える。この立場から問題を見ると,問題の除去よ りも,問題の背後にある意味をどのように理解するのかを大切にするかかわりとなる。子どもの生 育歴や育ち方,家族関係などの情緒的な関係の在り方などを情報源としながら,問題の意味を理解 しようとする。
先の修理モデルでは,問題行動を特定し対象化して除去することが目指されるが,成長モデルで は,子どもの問題に共感的に参加するというイメージとなる。このモデルでは,人は誰であっても 生まれながらに自己実現の欲求をもっており,理想の自己をもっていると想定する。その理想の自
己に向かって新しく生成(becoming)するプロセスが自己実現のプロセスであるとする。そして,
なんらかのつまずきがあるということは,そこに何らかの意味が問いかけられているのであるから, その意味を読み解いていくことに重点をおく。
繰り返しになるが,このモデルでは,症状はその人の成長にとって何らかのヒントを与えてくれ ているものであるから,修理モデルのようにすぐに取り除いたり消し去ったりするのではなく,む しろその意味を見いだすことが必要と考えることが基本となる。そして,クライアント自身の問題 に共感的に参加しつつ,その意味を対応者側がしっかりと理解しクライアントとともに吟味し続け るプロセスの中で,問題行動への適切な対応が定まり,やがて問題行動は収まっていくと考える。 成長モデルの時間の考え方は,円環的時間などと呼ばれることがある。円環的時間とは,人の成 長が段階をおって一方向にまっすぐ進歩していくのではなく,死と再生を象徴的に繰り返しながら すすんでいくという意味である。人の成長は,死と再生の繰り返しであり,これまでの自分が象徴
的に死を迎えつつあるときこそ,同時に新たな自己が生成しつつある(図2を参照)。
よう(開こう)とする姿と捉えることもできる。
成長というものを死と再生の象徴的な繰り返しと考えるならば,これは,これまで生きられてな かったもう一人の私,影におかれていたもう一人の私に光が当たり,再生に伴って新たにその部分 が育ちつつあるという考え方も含まれる。われわれは,自分のある側面に光を当てて,ある生き方 を選び取っているわけだが,それは同時に,ある部分を影において生きているということであり, 未だ生きられてない自分がいるわけである。それはその人の可能性,未だ生きられてない可能性を 意味するが,しかし,影においてきたこともあり見たくない側面も含まれるので,それらが立ち現 れるためには不均衡が生じるし,コントロールできない荒々しい暴力的な力も作用してしまう。 このように,不適応という苦しい状況というのは,これまで影におかれてきたもう一人の可能性, つまり生まれつつあるもう一人の私が表に現れようとしている時期かもしれないのである。やみく もに大人に反抗したり,むやみにルールを破ったりといった行動の部分は許さないとしても,その 背後に死と再生による成長の姿を見取ることができるならば,そこに共感しながらつきあっていく ことも可能となるだろう。
教育相談においては傾聴や共感が求められるが,基本的には,このモデルがベースにあると考え てよい。成長モデルのように問題行動を特定し積極的に働きかけるのではなく,その子の抱えてい る困難の意味が何であるか,どのような可能性が生まれ出ようとしているのかと見守りつつ,そこ
に無条件の肯定的な配慮のまなざしを向けながら待つといった,passiveな知(受け身の知)が基
本におかれることになる。そのプロセスの中で,子どもは自分の本当の望みや願いに気づき自己理 解を深めていくと想定されるわけだが,これにはもちろん時間と忍耐を必要とする。
図2 成長モデルの図
A君の事例に戻って,成長モデルで事例を検討してみよう。まずはA君が貝のように固まってい るとき,教室からぷいっと抜け出していく時の彼の気持ちに寄り添って共感的に理解していこうと いう構えが選択されるだろう。自分がどのような気持ちだったかということを振り返って考えるこ とが難しい子どもには,大人がその気持ちを代弁してやることも有効な手立てになる。
たとえば,A君の様子を見ている先生が,「(ぷいっと抜け出した)あのときのA君はなんだかさ
みしそうだったよ」,「先生から見ると,A君はどうしていいか本当は分からなかったんじゃない?」
までの自分ではなくて,新しいA君として頑張ろうとしているように見えるよ」とった言葉かけも 考えられる。そのようにA君の引き起こしている問題に積極的にかかわっていき,無条件の肯定的 な配慮をもって共感的に理解するといった構えで対応することは,これまで生きられなかったもう 一人のA君が生まれやすくなる土壌を提供することになるだろう。
6.変化促進モデル
修理モデルでもなく成長モデルともやや異なるかかわり方も考えられている。このモデルは表1
の山本(1986)の時代にはあまり取り上げて検討さえることがなかった家族療法(吉川,1999;吉川・
東,2001)や短期療法の考え方(宮田,1998;黒沢,2002),社会的構築主義の考え方(Gergen,
1999)を基礎においたものであり,筆者が独自に付け加えたものである。
この変化促進モデルは,修理モデルも成長モデルもA君に対して同じものの見方を採用している ところに限界があると捉える。それは,問題の原因をA君にのみ帰属させて,変わるのはA君であ るという見方を暗々裏に採用している点にある。
確かに問題の原因はA君にあるというのが現実のように思われる。しかし,その現実は唯一無二 のものではなく,単なる一つの現実であると捉え直すことからはじめて,これまでしてこなかった 新たな現実を構成し,新しいかかわり方を模索する。問題が硬直しているのは,問題が硬直するよ うなものの見方を採用しているからだと考える。つまり,担任から見ると「問題のあるA君」がま ぎれもない現実であろうが,それは担任が構築した現実であって,反対に「A君が問題だという見 方の方が問題だ」という現実を構築することも可能というところを出発点とする。
たとえば,A君は教室から抜け出したり,貝のように固まったりして,担任はそのつど様々な言 葉かけをしている。しかし,A君の行動は何をしても変わらない。そのようなことが繰り返されて いるので,先生はA君にあきれてしまい「ちょっと変わった子だ」と考えるようになっている。こ のようにA君を問題視し,A君を何とかしなければならないと考えるわけだが,そのような見方が 問題を固定化しているのではないだろうかという発想に転換する。A君の側から問題を説明すると,
A君の行動の原因は,周り(担任)にあるということになるかもしれないからだ(図3を参照)。
A君は担任から「変わった子だ」と思われていることを十分に感じ取っているだろう。そして何 度も注意されているにもかかわらずいつもダメだしされてしまうので,もはや教室の中に安心でき る居場所を見つけられず疎外感ばかりが募っているかもしれない。その疎外感が不適応の準備状態 となっているが故に,友だちからちょっと注意されるだけで,いたたまれない気持ちとなって,ぷ いっと教室の外に出て行ってしまうのかもしれない。そして,それが担任の「また出て行ってしまっ た」というあきらめの気持ちにつながり,そのような否定的な気持ちが解消されないままA君にか かわるからこそ,それがA君に伝わりA君の疎外感は一層高まってしまうという循環構造になって しまう。
このように考えると,同じような問題が何度も繰り返されている場合,対応する側と対応される 側の双方で,問題行動を維持するためのシステムを作り出しているように見えてくる。すると問題 のありかは担任のA君に対する否定的な気持ちだったり,双方で作り出している悪循環だったり, ということになる。この悪循環の一端を担っているのは対応する担任なので,まずは対応する側が 変わることから介入をスタートすることもできる。
さて,変化促進モデルでは,出来事を固定的な見方(一つの現実)によって対応することを避け ようとするので,この立場からのかかわり方は,自分は何も知らないという無知的な参加を心掛け る。それが一つのものの見方に自分を限定せず,複数の現実に配慮しながら新たな現実を構成する ことにつながりやすいからである。そして,起こっている出来事を当事者たちとは異なった意味づ
けをしながら,できるだけ肯定的なフレームで捉えて新たな現実の構築を目指す(東,2010)。
例えば,「ソースが回ってこなかったので給食を食べなかった」という姿から,「A君はこれと決 めたら意志を貫くタイプなの?」などと質問してその意味を肯定的にずらし,それをA君の資源と して共有しながら,それでは,その意志の強さを今のような活用の仕方ではなく,ほかのどこの場 面で活用しようかというように話を展開できるかもしれない。あるいは,貝になってしまった場面 では,A君にとって不愉快な場面だったにもかかわらず,それを誰のせいにもしなかった優しい子, 本当は強い子なんだというように,A君を捉える枠組み(フレーム)を変えることもできるかもし れない。「教室から勝手に抜け出したり癇癪を起して給食に手を付けなかったりする困ったA君」 ではなく,「誰のせいにもせず自分の意志を貫くところのあるA君」と新しい変化を起こしうる文 脈が,瞬時的に用意されることとなる。
肯定的に捉え直されたA君というのは,A君にとっては,そういう側面を確かに生きていたけど 気づかれなかったもう一人の私に目を向けることになる。これまでは不適応のA君というフレーム で見られていたのだが,そこに意志の強いA君あるいは優しいA君というフレームをあてがわれる ことで,A君はこれまで目を向けてなかったもう一人の自分がみえてくる,もう一人の自分として 生きやすくなるという感じだろうか。
肯定的な意味のずらしによるかかわりはA君にとって意外なものであるだろうが,変化促進モデ ルは資源を開発する視座をもち,新しい文脈を生み出す相互作用の中で瞬時的な変化を期待する。 これはずっと影におかれていた自分というよりも,そういう側面も生きていたけど気づいてなかっ た私を掘り起こす作業となるだろう。変化しやすいような文脈や現実を相互作用の中で協働しなが
ら次々と構築していくcollaborativeな知が変化促進モデルのイメージである。
短期療法的には次のように変化促進モデルを考えられるだろう。最初のスタート地点は,まず解 決された姿とはいかなる姿なのかを考える,解決構築(解決志向)を目指すことにある。解決構築 という用語は問題解決という用語と正反対の意味をもつ。この解決構築は,まず解決された姿を明 確にして,その姿を実現すべく未来志向で物事を進める。決して問題行動の背後にある原因を特定 し,それを取り除く結果として解決が導かれるという発想(これを問題解決の発想という)をしな い。あくまでも,解決された姿(ゴール)とはいかなるものか,そしてそのゴールに到達するには 具体的に何をすればよいのか,というところから対応を考える。注意せねばならないことは,設定 するゴールが現実と離れすぎてしまい,たとえば「教室から出て行かず,教室で固まらず,友だち とも仲良く,学力も高く,誰からも好かれて・・・」と理想ばかりが設定されかねないが,これで は解決構築にならない。このようなときには,例外探しという発想が有益である。
A君の場合,A君はちょっとしたことがきっかけで問題行動にいたるのであるが,それはきわめ て限定的な場面であり,他の多くの場面では,A君は周りの子と変わらずに生活しているはずであ る。落ち着いている場面の方が圧倒的に長いはずであり,その場面の中のA君というのは,すでに 問題が解決されている姿であるのだから,すでに解決はあちらこちらで起きつつあるという発想を とることもできる。問題行動ばかりが目立ち,対応する側はそこばかりに目が向きがちだが,あえ て,その例外部分,つまりうまくできているところに目を向ける例外探しをするのである。そして その例外(すでになされている解決)がもっと膨らんでいくようにかかわり,結果的に問題行動が なくなるといったことを目指す。
解決志向(解決構築)の場合,A君には資源があるということを前提として,その資源を開発す ることが解決の近道とも考える。本事例では,A君の読書好きは資源と考えられる。どのような本 を読んでいるのか,その本の登場人物の中で誰を好きなのか,なぜその人物が好きなのかというよ うに興味をもち,A君の興味や好ましいと思う人物像を把握しておき,何かの時に活用できないだ ろうかとチャンスをうかがっておくことができるだろう。内的資源,外的資源を豊富に見出しなが ら,それを開発しつつ変化の文脈を築くことが,筆者の考える変化促進モデルである。
7.折衷しながらの実践
療法や精神分析的心理療法を,変化促進モデルは家族療法や短期療法を代表的な例として挙げてき た。セラピストは,当然,これらの理論的背景をもって実践しているわけだが,一つの理論的立場 だけで実践するのではなく,これらを統合的に活用しながら日常の実践を行う立場もある(杉原,
2009;平木,2010)。実際,一つのケースを複数の理論的立場からアプローチする場合には,どの
ような事例理解になり介入になるかの議論も進められている(岡ら,2013,2016)。
心理臨床における学びは,教育実践も同様と考えるが,自らの体験から学ぶ部分がとても大きく, たとえ一つの理論を学んだとしても,その理論が自らの実践をうまく説明してくれるとは限らない。 だからこそスーパービジョンを受けながら自らの実践を理論的にも把握できるように訓練されるわ けであるが,ここでもまた自分が受けているスーパービジョンが自分に合うかどうか,自分にしっ くりするかどうかは分からない。つまり,スーパービジョンを受けながら心理臨床のものの見方, 考え方を学ぶにしても,結局は,自分の実践は自分で理解し発展させなければならない。実践しつ つ,同時に他者の事例を読んだり理論を学んだりスーパービジョンを受けたりしながら,ある時ふ と自らの実践の中に理論を発見したり,自分の実践の意味を見出したりして,そこではじめて理論 的な話が納得できるという地道な作業が伴うものである。
理論と実践を以上のようにとらえるならば,われわれの頭の中には,複数の理論や技法の断片が 浮遊していて,目の前のクライアントに対しているとき,それらが非主題的にではあるが影響を及 ぼしていると考えられる。これについては教師も同様で,自らの実践においてうまくいったこと, いかなかったことの思考の断片が頭の中に浮遊していると想定できるのではないだろうか。そして, その非主題的に浮遊する断片の思考を少しずつ主題的に把握できるようになると,今度は,それら が自分にとっての使える道具になるので,それらの道具を用いて,目の前にいるクライアントや子 どもに合った実践を導くことができるようになると思われる。
実際の教育相談やスクールカウンセリングにおいては,上記の三つのアプローチの中の一つを選 んで対応するのではなく,とにかく理論的な背景は不明確なままであっても,何らかの技法がよい となれば,それらをその都度採用し,なんとか実態に合った形につくりかえながら利用するという のが実践感覚にはなじむのではないだろうか。そのようなやり方は小手先のものと考えられがちで あるが,そしてそれはある意味正しいのであるが,しかし,学校という実践の場においては,肯定 的な対応の仕方として捉えておきたい。
8.おわりに
本稿では,学級や保健室での教育相談実践に活用できそうな対応モデルを三つに分類し解説して きた。学校の先生たちは,対応する子どもの個性やその子のおかれた状況に応じて,それとは気づ かずともこれらの視座を複数もって多方向から対応していると思われる。修理モデルで対応するが, 成長モデルの視座ももち合わせているというのは,むしろ当たり前のことかもしれない。
応などどのような場面においてもこれらの立場は活用できる。教育相談の場面に限らず,生徒指導 や教科指導の中でも,自らのかかわりを省察するうえでも十分に利用可能なものになる。特に養護 教諭は,保健室登校の子どもや学級不適応的な児童や生徒にかかわることが多いと思われるが,そ
の実践の中にはこれらのアプローチが埋め込まれているものである(丸山,2016)。これらの視座
をそれぞれの実践の場やそれぞれの強みや好みに応じてブレンドし,自分なりのアプローチ法を生 み出すことが,多様なかかわりを学校に用意することになり,児童生徒を支援する学校の活力につ ながっていくと思われる。
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