第2章
地震・津波被害想定
本章では、本市における過去の地震・津波、現在想定されている最大級の津波に
よる浸水想定とその被害について示します。
2-1
過去の地震津波記録
県内及び本市における主な地震・津波に関する主な記録は表
2-1
のとおりです。
表
2-1
県内及び本市における地震津波一覧(出典:宮崎市地域防災計画)
年 月 日 ・時 刻 震 源 地 震度 及 び
規 模 被 害 概 況
寛 文 2年 9月20日 (1662・10・31)
(外所 地 震)
日向 ・大 隅 (日向 灘) 北 緯 31.7° 東 経 132.0°
M=7.6
宮崎 下 別府 の 湊に 泊 せし 船 舶10隻 破損 、 汐入 と なり し 麦220俵余 、 米500俵 余、
堤防 破 損13ヶ 所670間 、そ の 他道 路 、橋 の崩 壊 して 通 行な り 難き 所 又多 し 、倒 家1,300余 軒 、 半壊510軒 、 死亡5人(500人?)
(日 本 震災 凶 饉録 よ り)
明 和 6年 7月28日 (1769.8.29)
日 向 ・豊 後 、肥 後 (豊後 水 道) 北 緯 32.3° 東 経 132.0°
M=7.4
七ッ 時 大地 震 、村 角 町、 北 中4軒 程 崩れ る 。南 中2軒 、其外 北 中稍 々 くず れ 、村 角に て 前代 未 聞と 沙 汰す 。 (日 向 雑 記よ り)
明 治32年 3月24日 (1899年)
宮 崎県 南 部 北 緯 31.8° 東 経 131.1°
M=7.2 家屋 の 壁剥 落 、器 物 落下 に よる 被 害が 若干 あ り。
明 治32年11月25日 (1889年)
3時43分
宮崎 県 沖 北 緯 31.9°
東 経 132.0° M=7.6
同日3時55分 にもM=7.5の 地 震 。2回 の地 震 で 、 宮崎 市 で家 屋 の破 損 、瓦 ・壁土 の 落 下
他の地 方で も 石垣 の 崩壊 、家 屋 ・土蔵 の 破損 あ り。 津 波あ り ・・・細 島で 波 高32㎝
明 治32年11月25日 (1899年)
3時55分
宮崎 県 沖 北 緯 31.9° 東 経 132.3°
M=7.5 被害 は 前の 地 震と 重 複
明 治36年10月11日 (1903年)
1時41分
宮崎 県 沖 北 緯 31.8° 東 経 132.0°
M=6.3 宮崎 県 鞍崎 灯 台で 微 小被 害 。 日向 ・大隅 地 方で 震 度5
明 治42年11月10日 (1909年)
宮 崎県 西 部 北 緯 32.3° 東 経 131.1°
M=7.6
煙突 の 倒壊 、 壁の 崩 壊剥 落 また 屋 根瓦 の 墜落 な ど 多 く、 海 岸 地 方 にお い て 地盤 に 亀 裂 を生 じ たと こ ろも あ り、 半 壊家 屋 もあ り 明 治44年 2月18日
(1911年)
宮 崎県 東 岸
北 緯 31.9° M=6.1
年 月 日・時 刻 震 源 地 震 度及 び
規模 被 害 概 況
大 正 2年 4月13日 (1913年) 15時40分
宮 崎 県沖 北緯 32.0° 東経 132.0°
4
M=7.1
宮 崎市 で 壁亀 裂 など の 軽被 害 最 大地 震 Ⅳ:熊 本
昭 和 4年 5月22日 (1929年)
1時35分
宮 崎 県沖 北緯 31°40' 東経 132°05'
深 さ 20㎞
5 M=6.9
煉 瓦、 煙 突、 墓 石倒 壊 多数 、 ガラ ス 窓破 損 、土 壁 亀裂 あ りな ど 。
昭 和 6年11月 2日 (1931年) 19時03分
足 摺 岬沖 北緯 32°15' 東経 132°38'
深 さ 40km
5 M=7.1
市 内の 電 灯は 同 時に 消 灯。 工 事煉 瓦 煙突 倒 壊。 鳥 居、 石 灯籠 、 墓石 の 倒壊 多 数。 大 淀 川 鉄 橋 一 部 沈 下 し 列 車 運 転 に 支 障 あ り 。
海 岸沿 線 地区 の 家屋 で は無 被 害の 家 屋は ほ とん ど なか っ た。
昭 和14年 3月20日 (1939年) 12時22分
宮 崎 県沖 北緯 32°17' 東経 132°58'
深 さ 20km
4 M=6.5
家 屋の 壁 に割 れ 目が 入 り 、ガ ラス 戸 の破 損 、 煙 突の 倒 壊な ど あり 。
昭 和16年11月19日 (1941年)
1時46分 (日 向 灘地 震)
宮 崎 県沖 北緯 32°01' 東経 132°05' 深 さ 0km
5
M=7.2
青 島の 煉 瓦煙 突 の倒 壊 あり 。 大部 分 の家 屋 の壁 に 亀裂 剥 落あ り 。全 振 幅約1m の津 波 が あり 、 青島 で は34隻 の漁 船 が転 覆 。
昭 和36年 2月27日 (1961年)
3時10分
宮 崎 県沖 北緯 31°36' 東経 131°51'
深 さ 40km
5
M=7.0
約5分 間 に わ た っ て 人 体 に 大 き く 感 じ ら れ た 。 土 壁 、 屋 根 瓦 の 剥 落 、 タ ン ス 、 テ レ ビ 受 信 機 な ど の 比 較 的 安 定 度 の 大 き い も の ま で 倒れ た 。
負 傷者3、全 半 倒住 家2、一 部 破損3、 非 住家 被 害5、 道路 破 壊2、 橋 梁損 壊1、 堤 防決 壊4、 山 がけ く ずれ1、 鉄道 被 害2、 船 舶被 害1 (宮崎 署 管内)
昭 和45年 7月26日 (1970年)
7時41分
宮 崎 県沖 北緯 32°04' 東経 132°02'
深 さ 10km
5 M=6.7
西 日 本 一 帯 で 人 体 に 感 ず る 強 い 地 震 が 起 こ り 、特 に 宮崎 市 で震 度 が強 く 、震 度5。起 こ っ た の が 日 曜 日 の 朝 で あ っ た た め 、 家 に い る 人 が 多 く 、 戸 外 に 飛 び 出 す 際 に 転 倒 す る な どの 負 傷者12、道 路 決壊1、
山 がけ く ずれ1。 (宮崎 署 管内)
昭 和62年 3月18日 (1987年) 12時36分
日 向灘 北緯 31°58' 東経 132°04'
深 さ 48km
5
M=6.6
年 月 日 ・時 刻 震 源 地 震 度 及び
規 模 被 害 概 況
平 成 8年10月19日 (1996年) 23時44分
日 向灘 北緯 31°48' 東経 132°01'
深 さ 34km
5 弱 M=6.6
被害 記 録は な い。 死者 ・ 負傷 者 なし 。
平 成 8年12月 3日 (1996年)
7時18分
日 向灘 北緯 31°47' 東経 131°38'
深 さ 35km
5 弱 M=6.6
被害 記 録は な い。 死者 ・ 負傷 者 なし 。
2-2
宮崎市における津波想定
(1)浸水域
平成24年3月に内閣府が公表した南海トラフ巨大地震による地震・津波想
定に、日向灘で発生する地震を加味した宮崎県による想定では、浸水面積は表
2-2
のとおり、自治体単位では全国最大クラスの4,010ha(内閣府想定
では3,710ha)となっています。
表
2-2
県内の津波浸水想定面積
出典:宮崎県地震・津波及び被害の想定について(平成25年10月)
浸水想定の概況としては、図
2-1
のとおり、人口や各種都市機能が集積して
いる大淀川河口周辺は、概ね2~5mの浸水が想定されています。
また、青島以南では概ね5~10mと浸水深が深くなっており、最大浸水深
◎市役所
●県庁
◎●
一ツ瀬川
石崎川
大淀川
清武川
加江田川
青島 宮崎空港
宮崎港
また、平成25年度に宮崎市がインフラ構想を策定するに当たって、県と同様の実施
条件により津波想定の再現シミュレーションを実施しており、浸水面積については同じ
結果となっています。
(2)沿岸部における最大津波高
宮崎県による想定では、最大津波高は表
2-3
に示すとおり、16mとなっています。
表
2-3
津波の最大津波高
本市による再現シミュレーションでは、図
2-2
に示すとおり、概ね最大津波高が11
m未満となる想定結果となり、宮崎県公表の最大津波高16mは白浜地区のみとなる結
果となっています。また、宮崎港内の一部では3~6mとなっています。
図
2-2
沿岸部の最大津波高
出典:宮崎市地震津波対策インフラ構想(平成25年10月)
宮崎空港宮崎港
加江田川 清武川
石崎川
大淀川
一ツ瀬川
(3)沿岸部における津波到達時間
宮崎県による想定では、津波到達時間の最短値は表
2-4
のとおり18分です。
表
2-4
津波到達時間
本市による再現シミュレーションでは、図
2-3
に示すとおり、沿岸部における最大津
波の到達時間は、概ね22分~25分となる想定結果となり、宮崎県公表の最短津波到
達時間である約18分は小内海地区沿岸と想定されました。
一ツ瀬川
約22分
石崎川
約23分
大淀川
宮崎港
清武川
約25分
宮崎空港
加江田川
青島
約25分
約22分
約18分