8. 実験哺乳類および in vitro 試験系への影響
8.5.2 in vivo 試験
三価クロムの遺伝毒性作用に関する、実験動物での
in vivo
試験は、数件のみ確認されてい る。Bayer AG
の内部報告書(Herbold, 1992)によると、酸化クロム(III)が98.9%含まれた酸化ク
ロム緑を、非常に高い用量(10 g/kg体重)で雌雄のNMRI
マウスに単回腹腔内投与し(媒体:コーン油)、16、24、および
48
時間後に試料採取を行ったところ、骨髄多染性赤血球に小 核は認められなかった。酸化クロム(III)による処理は、正染性赤血球数に対する多染性赤 血球数の比の低下を引き起こしており、この毒性影響から、骨髄への細胞毒性作用が示唆 される。塩化クロム(III)について、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)を用いた羽体 細胞突然変異・組換え試験が何件か実施されているが、結果は陰性であった(Graf et al.,
1992; Ogawa et al., 1994; Amrani et al., 1999; Katz et al., 2001)。硝酸クロム(III)についても、
キイロショウジョウバエを用いた翅毛体細胞突然変異・組換え試験が実施されているが、
決定的な結果は得られなかった(Yesilada, 2001)。
Sprague-Dawley
ラットに塩化クロム(III)を80 mg/kg
体重の用量で腹腔内投与し、1 時間後、腎臓の
DNA
のアルカリ溶出を行って調べたところ、DNA 鎖切断、DNA 鎖間架橋、DNA-タンパク質架橋は、いずれも認められなかった(Tsapakos et al., 1983)。Sprague-Dawley
ラットに塩化クロム(III)(80 mg/kg 体重)を腹腔内投与したところ、クロムがゆっくりとした速度で肝臓および腎臓の組織に入り込み、肝臓および腎臓のクロマチン や
DNA
との結合が認められた(Cupo & Wetterhahn, 1985)。塩化クロム(III)に由来するクロ ムの肝臓のクロマチンへの結合は、40 時間にわたり増加していった(これ以降の試料採取 時間は検討されていない)。腎臓では、塩化クロム(III)での処理後、クロマチン内のクロム 濃度は、24 時間まで経時的に増加した後、減少に転じた。塩化クロム(III)の注射から4、
24、および 40
時間後の試料をアルカリ溶出で検討したところ、肝臓においても腎臓においても、DNA-タンパク質架橋、DNA 鎖間架橋、および
DNA
鎖切断の増加は認められな かった。Sprague-Dawley
ラットの雌に、塩化クロム(III)六水和物(895 mg/kg体重)を単回経口投与したところ、投与後
48、72、および 96
時間の時点で、脂質代謝物であるホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、およびアセトンの尿中排泄量の増加が認められ、また、投与後
72
時 間の時点で、マロンアルデヒドの増加が認められた。これらの結果からは、酸化的ストレ スが示唆される(Bagchi et al., 2002)。尿中代謝物に関するこれらの影響は、処理後24
時間 の時点では確認されなかった。処置後48
時間の時点では、腹腔マクロファージ、および、肝臓のミトコンドリア・ミクロソーム脂質過酸化による、スーパーオキシドアニオンの産 生量の増加も認められている。
塩化クロム(III)を
62.5、125、および 250 mg/kg
体重の用量で1
日1
回、2日間連続して腹腔内投与した試験では、Slc:ddY マウスにおいて、最後の注射から
24
時間後の時点で、骨 髄多染性赤血球における小核の誘発は認められなかった(Itoh & Shimada, 1996)。Fabry(1980)の試験では、BALB/c
マウスに、硝酸クロム(III)が250~500 mg/kg
体重の用量 で腹腔内投与されたが、骨髄多染性赤血球における小核の誘発は認められなかった。この 試験の詳細な情報は得られていない。本文書では、有機の三価クロム錯体のリスク評価は行わないが、これらの化合物を用いて 行われた試験のデータから、付加的な関連情報をいくつか得ることができる。ピコリン酸 クロムおよびピコリン酸クロム一水和物について、米国国家毒性プログラム(NTP)によっ て、in vivo小核試験が行われている。Fischer 344ラットの雄に、ピコリン酸クロムが、156、
312、625、1250、または 2500 mg/kg
体重の用量で、24 時間間隔で3
回強制経口投与された。最後の投与から
24
時間後に採取した骨髄中に、小核は認められなかった(NTP, 2004)。ピコリン酸クロム一水和物については、B6C3F1 マウスの雌雄を用いて、末梢血赤血球の 小核試験が行われた。80~50,000 mg/kg の用量で
90
日間混餌投与され、最終投与から24
時間後に試料を採取した。結果は、雄では陰性雌では不確定的と判断された(NTP, 2004)。これは、雌では、ピコリン酸クロム一水和物の最高用量で、小核を有する正赤血球の平均 数が
1.6
倍に増加したことによる(P = 0.0396)。8.6
生殖・発生毒性8.6.1
受胎能への影響8.6.1.1
酸化クロム(III)
酸化クロム(III)のラット
13
週間吸入毒性試験(Derelanko et al., 1999)において、卵巣/精巣 重量への影響、病理組織学的所見、および精子パラメータへの影響も検討されている。酸 化クロム(III)は、最高用量の30 mg/m
3(Cr3+として6.6 mg/kg
体重の吸入用量に相当)でも、卵巣重量、精巣重量、病理組織学的所見、および精子パラメータのいずれについても、変 化を引き起こさなかった。
セクション
8.3.1.2
で述べたIvankovic & Preussman(1975)の試験では、ラットの雄 9
匹と雌9
匹を、酸化クロム(III)に60
日間曝露後に交配させた。すべての雌が妊娠した。8.6.1.2
無機三価クロム塩塩基性硫酸クロムのラット
13
週間吸入毒性試験(Derelanko et al., 1999)では、いずれの用量の塩基性硫酸クロムでも、精巣の絶対重量には統計学的に有意な変化は認められなかった が、Cr3+として最高用量の
30 mg/m
3(Cr3+として6.6 mg/kg
体重の吸入用量に相当)では、精 巣の相対重量の増加が認められた。この増加は、顕微鏡的病理所見を伴っておらず、体重 の減少が原因である可能性が最も高い。精子パラメータには、曝露に関係した影響は認め られなかった。雌においても、卵巣への影響は認められなかった。性成熟した雌雄の
Swiss
マウスを用い、塩化クロム六水和物への12
週間曝露が実施されて いる。被験物質は、2000 mg/L または5000 mg/L
の濃度で飲水に溶解して投与された(Elbetieha & Al Hamood, 1997)。三価クロムの
1
日用量は、Cr3+として雄では82 mg/kg
体重および
204 mg/kg
体重、雌では85 mg/kg
体重および212 mg/kg
体重と推定された。曝露したマウスを曝露していない逆の性別のマウスと交配させて、塩化クロム六水和物の受胎能 への影響が調べられた。主な知見として、曝露していない雌を高濃度曝露群の雄と交配さ せた場合の、妊娠雌数の減少、曝露群の雌を曝露していない雄と交配させた場合の、着床 数や生存胎仔数の減少が認められた。曝露を受けた動物に、死亡や毒性の臨床徴候は認め られなかった。高濃度曝露群の摂水量は、対照群より低かった。12 週間の曝露後に屠殺さ れたマウスで、生殖器の相対重量にいくつかの変化(雄における精嚢および包皮腺の相対 重量の減少、雌における子宮の相対重量の増加と卵巣の相対重量の減少)が、低濃度曝露群 および高濃度曝露群の両方、または高濃度曝露群だけで認められた。明確な用量反応デー タがなく、また病理組織学的データも全く存在しないため、これらの変化の意義は不明な ままである。
同じ研究グループによる後発の試験(Al Hamood et al., 1998)では、妊娠中のマウス
25
匹に、塩化クロムの六水和物が、1000 mg/L の濃度で、妊娠
12
日目から仔が離乳する出生後20
日まで、飲水投与された。妊娠期間中および授乳期間中の1
日あたりのCr
3+の推定用量は、それぞれ
36 mg/kg
体重と31 mg/kg
体重であった。主な知見として、曝露群の仔の雄で、体重の減少、および精巣、精嚢ならびに包皮腺の相対重量の減少が認められ、仔の雌で設 定したサブグループ(被験動物数 = 8)で、体重、卵巣の相対重量、および子宮の相対重量 の変化が認められ、仔の雌のもう1つのサブグループ(被験動物数 = 10)で、膣開口遅延が 認められた。出生前と出生後に曝露した
F1
雄(n = 9)を、曝露していない雌と1
対2
で交 配させたが、受胎能に統計学的に有意な変化は認められなかった。F1 雌(n = 16)を曝露し ていない雄と交配させたところ、妊娠した雌の数が統計学的に有意に減少し、再吸収数が 増加したが、雌1
匹あたりの着床数および生存胎仔数は変わらなかった。雄ラット(1群
10
匹)に塩化クロムを1000 mg/L
の濃度で12
週間飲水投与し、その後未交 配の雌と1
対2
で交配させた試験(Bataineh et al., 1997)では、妊娠した雌の数、雌1
匹あた りの着床数、および雌1
匹あたりの生存胎仔数のいずれにも、有意な変化は認められなか った。塩化クロムが六水和物の形で存在したと仮定すると、Cr3+の1
日摂取量の推定値は、24 mg/kg
体重であった。投与群の雄の体重、精巣の絶対重量(相対重量は変化なし)、精嚢 の絶対および相対重量、包皮腺の絶対および相対重量が、有意に減少した。投与群の雄で は、射精後不応期の有意な延長、観察期間中に射精した雄の数の減少、意欲の低下も認め られた(Bataineh et al., 1997)。以上3
件の試験(Bataineh et al., 1997; Elbetieha & Al Hamood,1997; Al Hamood et al., 1998)のいずれにおいても、生殖器官の病理組織学的検査や精子分析
は行われていない。マウスを用いた経口投与による受胎能試験(Zahid et al., 1990)では、三価クロムによる精巣 への組織学的影響や、精細胞数および精巣上体精子数への影響が示唆された。ただし、こ の試験では、方法に明らかな欠陥があることと、用いられた化合物が不明確であることか ら、これらの知見の意義は依然として不明である(Riihimäki & Luotamo, 2006)。
ラットに対し、塩化クロムまたはピコリン酸クロムが、Cr3+として飼料中
5~100 mg/kg
の 範囲の4
段階の濃度で20
週間混餌投与された(最高濃度の場合、クロムの1
日摂取量はCr
3+として約7 mg/kg
体重)が、精巣重量への影響は認められなかった(Anderson et al.,1997)。
Ernst,(1990)による腹腔内投与試験では、ラットに対し、塩化クロムが、1、2、または 4
mg/kg
体重の用量で5
日間連続投与されたが、組織学的な変化も精巣上体精子数の変化も認められなかった。同じ用量レベルの六価クロム(クロム酸ナトリウムとして)では、精細 管の萎縮と精巣上体精子数の減少が認められた。
8.6.2
発生毒性Ivankovic & Preussman(1975)の試験では、酸化クロム(III)が含まれたパンを妊娠期間中ずっ
と摂取した雌ラットの出生仔に、明らかな奇形は認められなかった。クロム摂取量の平均 は547 mg/kg
体重/日または1216 mg/kg
体重/日、各群の個体数は9
匹であった。高用量腹腔内投与による発生毒性試験では、胚毒性、胎仔毒性、および催奇形性の影響が 認められている(Matsumoto et al., 1976; Iijima et al., 1983)。しかし、これらの試験は、LD50 のレベルに近い非常に高用量で行われており、また、腹腔内投与で行われていることから、
三価クロムによる発生に関するリスク評価には用いることはできない。