抑うつの促進について,これらの概念を組み合わせて提唱されたのが「ABC」モデルで ある(Wells, 2009/2012)。Aとは,Activating event(スキーマを活性化させるトリガーと なる,外的事象)である。B とは,Belief(信念≒自己スキーマ),およびそれが活性化さ れた帰結としての自動思考であり,レベルが異なる 2 つの認知概念を包摂している点に注 意 が 必 要 で あ る 。C と は , 感 情 や 行 為 面 の 症 状 と い う 自 動 思 考 が も た ら す 帰 結
(Consequences)である。
ABC モデルでは,ストレスフルなライフイベント(Activating event)によって,潜在 的なネガティブな自己スキーマ(Belief)が活性化され,ネガティブな自動思考として意識 に浮かぶことで,抑うつ症状が生じる(Consequences)と考えられる(Beck et al., 1979)
(Figure Ⅰ-ⅰ)。
Figure Ⅰ-ⅰ ABCモデル
言うなれば,認知の歪み理論は,様々な症状の中で,認知面の問題(認知の歪み)を,
感情面や行為面の症状に対して原因系に置き,(因果連鎖の上流に位置する)認知の歪みが,
感情面や行為面にどのような帰結をもたらすかを検討する理論である。
自己スキーマ Belief Activating
event
(外的)
Conseque
抑うつ症状 自動思考
ストレッサー
(内的)
臨床メタ認知理論 AppendixII
臨床メタ認知理論は,抑うつや不安という臨床的問題を,認知の制御困難性という観点 で,一貫して,メタ認知の概念を随所に折り込みながら捉える。本研究のテーマである思 考コントロール方略も,臨床メタ認知理論に由来する。ここでは,まず,「メタ認知の諸概 念」でメタ認知の諸概念を短観し,次に,「メタ認知の感情障害への適用(メタ認知による 感情障害の概念化)」で臨床メタ認知理論についてまとめておく。
II-i メタ認知の諸概念
メタ認知の性質 メタ認知の研究は,発達心理学に端を発し(Flavell, 1979),記憶,加齢,
神経心理学など,多様な領域で発展した(Dunlosky & Metcalfe, 2009)。近年,Wellsはメタ 認知の視点を援用して,感情障害を説明する理論を構築した。
「メタ認知」とは,相互に関連し合う,認知の解釈,モニタリング,制御に関与するあ らゆる知識または認知過程である(Dunlosky & Metcalfe, 2009)。メタ認知は多面的な概念 である。そのため,下位概念について未整理の部分がある(三宮, 2008)。メタ認知に関する 下位概念について,ここでは,「メタ認知的モニタリング,メタ認知的コントロール,メタ 認知的知識」という3つ組で整理する枠組み(Dunlosky & Metcalfe, 2009)と,「メタ認知的 経験,メタ認知的方略,メタ認知的知識」という 3 つ組で整理する枠組みとを概述する。
次に,「3.1.(4) メタ認知の感情障害への適用(メタ認知による感情障害の概念化)」にお いて,これらの枠組みに即して感情障害の問題を整理する。
Nelson & Narens(1990)は,認知に対して,対象レベルobject levelとメタレベルmeta
levelという区分を導入し,これら2つのレベル間で情報が流れる方向によって,(メタ認知
的)モニタリングと(メタ認知的)コントロールという概念を定義した(Figure Ⅱ-ⅰ)。 まず,対象レベルとは,目下進行中の認知過程(e.g., 注意,学習,言語処理,問題解決な ど)である。一方,メタ水準とは,人が遂行している課題や,人が課題の達成途上で携わ っている進行中の認知過程についてのモデルも含む。
そして,対象レベルからメタレベルに情報が流れる方向性,言い換えればメタレベルが 対象レベルから情報を得ることを,モニタリングと呼んだ。これは,対象レベルで起きて いることに基づき,対象レベルの活動のモデルを更新することである(e.g., 認知について の気づき,フィーリング,予想,点検,評価など)。これに対して,メタレベルから対象レ ベルに情報が流れる方向性,すなわちメタレベルが対象レベルを修正することを,コント ロールと呼んだ。これは,メタレベルからの情報が働いて対象レベルで進行中の活動を左 右することであり,具体的には,何らかの行為を始発する,継続する,止める,のいずれ かであり,目標設定,計画,修正を行う。コントロールがなされた対象レベルの状態が新 たにモデルに反映されることから,モニタリングとコントロールは循環的な関係にあると 言える。
メタ認知的知識とは,認知についての知識(あるいは信念)である。より具体的には,
どのような要因(i.e., 人,課題,方略)がどのように(相互に)働いて,認知的な過程と 帰結に影響を与えるかを内容とすると考えられる(Flavell, 1979)。メタ認知的知識は,モニ タリングに対しては,メタレベルに構成されたモデルを特徴づける役割を果たす。コント ロールに対しては,具体的な方略やプランの源泉となる。
Figure Ⅱ-ⅰ 対象レベルとメタレベル間の情報の流れによるメタ認知的モニタリングと
メタ認知的コントロールおよびそれらに対するメタ認知的知識の役割
メタ認知の下位概念に関して,「メタ認知的経験,メタ認知的方略,メタ認知的知識」と いう分類枠組みもある(Dunlosky & Metcalfe, 2009)。メタ認知的経験とは,自己の精神 状態について,状況ごとに生じる評価や感情である。健常な例としては,Tip of the Tongue
(TOT)やFeeling of Knowing(FOK)が挙げられる。メタ認知的方略とは,情動面およ び認知面の自己調整を目的として,認知の様々な要素をコントロールし,変化させる反応 である。メタ認知的方略の結果,認知活動が増強されることも,抑制されることも,変容 されることもある。例えば,自分の理解を確かめるために自問自答することが挙げられる。
メタ認知的知識とは,自身の思考およびその帰結についての信念(i.e., その人なりの素朴 理論)である。例えば,自身の記憶に関する効力感や,集中力についての信念が挙げられ る。
臨床メタ認知理論(Wells, 2009/2012)は,感情障害における認知の問題を,こうしたメタ 認知の諸概念を随所に援用しつつ,一貫して制御困難性という観点から定式化している。
そこで,感情障害における認知の制御困難性という問題が,これらメタ認知の諸概念によ ってどのように整理されるのかを以下で詳述する。
メタレベル
対象レベル モニタリング
コントロール メタ認知的知識
モデル