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c層(弥生時代後期 )の遺構・遺物

ドキュメント内 KANTO_21539.pdf (ページ 66-162)

Ⅳc層ではA・B−3・4区とA−14・15区の2か 所で水田跡1・2,A・B−1・2区で木材集積遺構 1,杭列3・4,A−14〜16区で杭列5〜7を検出 した(第42図)。Ⅴ層上面の地形はA・B−3〜9区 が最も高く,そこから南北へ緩やかに下降していく。

特に自然流路2の旧河道部分は最も低くなり,そこ からA−18区に向かって再び高くなる。水田跡1は 最も高い場所に,水田跡2は最も低い場所につくら れ両者は対照的な立地である。出土遺物は弥生時代 中期〜終末の土器,平安時代の土師器,木製品があ る。

なお,水田跡の報告に用いる 擬似畦畔B の概念 は,以下の報告書に準じる。

・仙台市教育委員会1987『富沢−富沢遺跡第15 次発掘調査報告書』

また,杭列の個別の木杭については出土遺物の項 で報告する。

第36図 自然流路1出土土器

第15表 自然流路1出土土器観察表 ( )は復元径

挿図 番号

遺物

番号 種類 器種 出土

色調 調整・文様 法量(㎝)

口径 底径 胎土 焼成 備考

115 弥生

土器 A‑1 1 内:にぶい黄褐

外:黒 内,外:横ナデ (22.8) 石英・角閃石・長石・

白色砂粒を含む 良好 煤付着 116 弥生

土器 A‑1 1 内:灰黄

外:黒 内,外:横ナデ (27.2) 角閃石・長石を含む 良好 煤付着 117 弥生

土器 A‑1 1 内,外:灰黄褐 内:ナデ

外:横ナデ 石英・角閃石・長石を

多く含む 良好

118 弥生

土器 A‑1 1 内:褐灰 外:オリーブ黒

内:ナデ

外:ミガキ (4.4) 精製された胎土 良好 36

0 1 ㎝

1:3

115

116

118

117

第16表 自然流路1出土木製品観察表 ( )は残存長

挿図 番号

遺物

番号 遺物名 出土

層位 法量(㎝)

長さ 厚み

加工痕 の種類

工具幅

(cm) 樹種 備考

119 直柄平鍬 A‑1 1 25.0 a:5.6b:5.6 a:3.3b:0.8 不明 1.7 ブナ科コナラ属 アカガシ亜属

直径2.8㎝ の 柄 孔有り。

120 直柄又鍬 A‑1 3上面 44.0 a:3.4b:9.4 c:3.8d:3.3

a:1.4b:1.8

c:1.8d:1.8 不明 不明 ブナ科コナラ属 アカガシ亜属

3.5×3㎝の方形柄 穴有り。

121 曲柄又鍬 A‑1 3上面 61.9 a:2.9b:(7.5) c:3.5d:2.4

a:1.3b:1.7

c:1.2d:1.0 不明 不明 ブナ科コナラ属

アカガシ亜属

122 板状木製品 A‑1 1 (39.5) a:4.3b:3.9 c:8.5d:7.0

a:1.1b:1.0

c:1.6d:1.1 不明 1.7 クスノキ科 タブノキ属

全面に幅 1.7 ㎝ の加工痕が残る。

123 不明品 A‑1 1 (16.8) a:2.5b:2.5 c:2.6

a:2.3b:1.3

c:2.0 不明 不明 上部に長さ5㎝程

の抉りが入る。

124 不明品 A‑1 1 (14.8) a:2.4b:(4.3) a:1.8b:1.2 不明 不明 腐食が著しい。

125 A‑1 1 (13.8) 9.50 0.80 不明 不明 柾目板

126 不明品 A‑1 1 (9.4) a:2.0b:1.2 a:1.4b:1.3 不明 不明 上部に直 径 1.5

㎝程の穴が有る。

37

0 2 ㎝

1:5

126

a   b

123 124 122

a  

a  

a

 

b   b  

b

 

  c d

  c

125 121

a

 

a

 

b

 

c

 

d

120 119

a   b

 

c  

a

 

b

1 出土遺構

(1)水田跡

水田跡1(第43・44図,図版8・9)

A・B−2区でⅣc層を掘り下げ中に,曲柄又鍬や 木材集積遺構1,杭列3を検出した。この時点で,

周辺に水田跡の存在が想定されたため,Ⅳc層まで掘 り下げを行っていなかったA・B−3・4区に幅20

㎝の先行トレンチを東西方向に4か所設定しⅤ層上 面まで掘り下げた。トレンチの断面観察を行ったと ころ,Ⅳc層と自然堆積層であるⅤ・Ⅳb′層との層界 には,小さな凹凸が顕著に認められた。このうち,

第38図 自然流路1出土木製品⑵

第17表 自然流路1出土木製品観察表 ( )は残存長

挿図 番号

遺物 番号

遺物

出土

層位 法量(㎝)

長さ 厚み

加工痕 の種類

工具幅

(cm) 樹種 備考

38 127 網枠 A‑1 1 83.3 a:3.7b:1.5 c:1.1d:1.0

a:2.5b:1.7

c:1.3d:1.2 不明 1.7 イチイ科カヤ属カヤ 先端に繊維が残っている。

0 20㎝

1:5

127 d

 

c  

b   a

写真1 紐かけに残された緊縛痕

第39図 土坑3〜5と出土遺物

第18表 土坑3・4出土木製品観察表 ( )は残存長

挿図 番号

遺物

番号 遺物名 出土区 層位 法量(㎝)

長さ 厚さ

加工痕 の種類

工具幅

(㎝) 樹種 備考

128 丸杭 A‑1 (35.7) a:4.7 b:4.4 c:4.6

a:4.1 b:4.3 c:2.7

不明

湾曲有 2.5 右側面が8㎝程削られている 39

129 割杭 A‑1 (51.1) a:5.2 b:8.3 a:1.3 b:2.4 不明 不明 板状で先端はほとんど加工され ていない

土坑3・4の地層

① 黒褐色土(10YR3/1) 砂,砂利,木片,小石,白色粘土のブロック,炭 化物を含んでいる。粘性強

①ʼ黒褐色土(10YR3/1) ①層よりも砂,砂利を多く含むためにザラザラ している。粘性強

② 褐灰色土(10YR4/1) きめが細かい。白色粘土のブロック,木片を所々 に含む。粘性強

③ 黒褐色土(10YR3/1) きめの細かい黒色粘土 縞状に 積。粘性強

④ 灰黄褐色土(10YR4/2) 木片,砂,砂利,木の実,白色粘土のブロック を多く含む。粘性強

土坑5の 層

① 灰黄褐色(10YR4/2) 質土 木片等の有機物を多く含む。

② 暗褐色(7.5YR3/4) 質土 灰白色の粗 粒と有機物を多く含む。

③ 褐灰色(10YR1/4) 砂土 きめが細かく,Ⅵ層の粘土を多く含む。

0 3 ㎝

1:8

129 128

a

 

b  

a

 

b   c 2.7ⅿ

2.7ⅿ

坑3

坑5

南側 北側

0 1ⅿ

1:20 2.6ⅿ

0 1ⅿ

1:20

①ʼ

129

坑4

第41図 杭列2出土杭

2.7ⅿ 0 5 ㎝

1:20 2.7ⅿ

2.7ⅿ 2.7ⅿ 2.7ⅿ 2.7ⅿ 2.5ⅿ

0 2 ㎝

1:5 a

 

b

130

a

 

b

 

a

 

b

132 131

a

 

b

 

a

 

b

133 134

炭化部分

Ⅴ層上面の凹凸は耕起痕である可能性を考えた。さ らに,Ⅳc層は黒褐色粘質土とⅤ層を起源とする1㎝

大の不定形ブロックが複雑に入り混じってマーブル 状を呈していることから,人為的に撹拌された水田 耕作土であると判断した(図版9−①②)。同時に,

畦畔の確認も試みたがⅣc層上面の凹凸が著しく特 定することは困難であった。

そこで,先行トレンチ沿いにベルトを残し,ねじ り鎌でⅣc層を慎重に掘り下げた。Ⅳc層の最下部で 一部が幅40㎝程の灰白色を呈する帯状に変色し,

2×7ⅿ程の範囲を方形に区画している様子がみら れた。灰白色の変色部はⅤ層そのもので,わずかで はあるが高まりが認められることから,この変色部 をⅣc層に形成された水田の擬似畦畔ではないかと 考えた。再度ベルトで観察を行うと,断面にみられ るⅤ層上面の高まりと平面で検出したⅤ層の変色部 が一致していることが確認できたため,平面で検出 した方形プランを擬似畦畔Bと判断した。

擬似畦畔BはA・B−3〜5区で検出され,さら に東西方向へ広がることが予想される。擬似畦畔B によって区画された水田面は9区画を数え,1区画 の平面形や面積は一定していないが,方形を基調と する小区画水田である。1区画の面積は検出状況が 良好であった④・⑦でそれぞれ約9㎡と20㎡である。

水田跡周辺の地形は,3区と4区の境が最も高く,

そこから南北へ緩やかに下降する。3区北部では擬 似畦畔Bの区画が小さく明確に検出することができ なかったことから,2時期の畦畔が重複している可 能性がある。

土層断面3にみられる擬似畦畔Bは,高さ約8㎝,

幅40㎝である(第44図)。自然科学分析の結果,Ⅳc 層でイネのプラントオパールと花粉が多量に検出さ れた。西壁土層断面では畦畔と考えられるⅣc層の 高まりが3ⅿ〜6ⅿ間隔でみられる。この畦畔状の 高まりの間は,Ⅳc層上面に凹凸があってもほぼ平坦 な面を形成している(第43図)。

Ⅳc層上面の凹凸や畦畔状の高まりは,北側は木材 集積遺構付近まで,南側はA−5区までみられ,水

田跡1はA・B−2〜5区の間に広がることを考え た。

(2)水田跡2(第48〜50図,図版10)

水田跡1の調査によってⅣc層が水田耕作土であ ることが明らかとなったため,調査区南半部では,

当初から畦畔の検出を目的とした調査を行った。

A−17〜18区はⅣc層の大部分が古代の溜め池状遺 構によって削られているために,A−14〜16区を調 査対象とした。

調査は東西方向のグリッドに沿って残したベルト で土層を確認しながら,Ⅳc層を慎重に掘り下げた。

途中,杭列5〜7を検出したが畦畔の検出を優先さ せ掘り下げを続けた。Ⅴ層上面近くまで掘り下げた ところ,A−14・15区で黒褐色を呈するⅣc層にⅤ 層の灰白色粘土がブロック状に混入する変色部がみ られた。周辺の精査を行うと,この変色部がいくつ かの方形区画を形成していることが確認された。水 田跡1の調査例からこの変色部が擬似畦畔である可 能性を考え,ベルトで確認を行った。

Ⅳc層はⅤ層起源の不定形ブロックを多数含み,Ⅴ 層とⅣb′層との層界に小さな凹凸があることから,

人為的に撹拌されていると判断した。さらに,Ⅴ層 上面に小さなブロックが積み重なってできた畦状の 高まりを確認した(第48図)。その直下には,擬似畦 畔Bと考えられるⅤ層の高まりがみられたので,小 ブロックによって構築された高まりを土盛り畦畔

(畦畔A)と判断した。土盛り畦畔と平面的で検出し た変色部は一致していることから,方形区画を形成 する変色部をⅣc層に形成された水田の擬似畦畔B であると判断した。

水田跡2で確認した擬似畦畔Bは,自然流路2が 埋没した窪地部分で検出し,さらに東側へ広がるこ とが予想される。調査区の中で最も低所に営まれた 方形基調の小区画水田である。第49図擬似畦畔Bに よって区画された水田面は7区画を数え,水田1枚 の大きさは地形傾斜の緩い場所では広く,急な場所 では狭くなっている。1区画の面積は最も良好に検 出できた③と④の区画で約2.6㎡と3.3㎡である。③

第19表 杭列2出土木製品観察表 ( )は残存長

挿図 番号

遺物

番号 遺物名 出土区 層位 法量(㎝)

長さ 厚み

加工痕 の種類

工具幅

(cm) 樹種 先端の加

工面数 備考

130 丸杭 A‑1 1 (41.9) a:4.1b:3.2 a:4.5b:2.1 不明 不明 1 杭先炭化。樹皮が残る。

131 丸杭 A‑1 1 (23.8) a:2.2b:2.5 a:2.2b:1.3 不明

湾曲無 1.2 1 樹皮が残る。

132 丸杭 A‑1 1 (31.3) a:3.1b:2.5 a:3.1b:1.5 不明 不明 1 杭先炭化。樹皮が残る。

133 丸杭 A‑1 1 (59.5) a:3.5b:2.7 a:3.7b:1.7 不明 不明 2 杭先炭化。樹皮が残る。

134 丸杭 A‑1 1上 (39.4) a:3.6b:3.0 a:3.4b:2.6 不明 不明 1 杭先炭化。樹皮が残る。

41

列7 列6 水田2 2.2ⅿ 2.4ⅿ

2.6ⅿ 2.7ⅿ 2.8ⅿ 3.2ⅿ 3ⅿ 3ⅿ

3.1ⅿ 3.3ⅿ 3.4ⅿ 水田1 3.5ⅿ

列3 遺構 列4

2.8ⅿ 2.7ⅿ

A   B

列5

の区画の北西部で擬似畦畔Bが途切れる一角があり,

水口と考えられる。Ⅳc層から未炭化の籾殻が2点出 土したが,籾殻は年代測定を行っていないことから 新しい時期のものが混入した可能性もある。

断面で確認できた畦畔Aは高さ16㎝,幅90㎝程で 両端には杭(杭列5)が打ち込まれている(第50 図)。細かな土質の違いによって少なくとも18層に細 分でき,全体的にⅤ層のブロックと黒色粘質土が入 り混じることから,Ⅴ層とⅣc層を積み上げて構築し た様子がうかがえる。

畦畔Aの西側は途中でⅣb′とⅣb層の層界が不 明瞭になるがⅤ層からⅢ層までは比較的安定して堆 積している(第48図)。Ⅳc層はほぼ水平に堆積し,

約3ⅿ間隔で畦畔と考えられる高まりが確認できた。

(畦畔B・C)。Ⅴ層とⅣb′層との層界は緩やかに凹凸 し,Ⅴ層上面の凹凸はⅣc層基底部の耕起痕によるも のと考える。Ⅳc層は畦畔Bを境に東西で土質が分か れ,畦畔Bより東側は西側よりも色調が明るくシル トを含むため粘性が弱い。また,Ⅴ層のブロックを 西側より多く含んでいる。

一方,畦畔Aの東側はⅤ層とⅣc層がみられず,ほ ぼ同じレベルで⑨層が堆積している。この⑨層は溝 状の窪地1の埋土である。Ⅳb′層の下位にあるため 水田跡2と同時に存在した可能性が高く,西壁では

Ⅴ層を削り込んでいる。以上から,畦畔A西側のⅤ 層とⅣc層は溝状の窪地1によって削平されたもの と考える。また,水田跡2の西端は溝状の窪地1も しくは杭列5を境とすると判断できる。

水田跡2は撹拌されたⅣc層上面の凹凸がA−

14・15区の窪地でのみ形成されていることから,自 然流路2の旧河道面を中心として展開すると推測で きる。

(3)木材集積遺構1(第45図)

A−2区でⅣc層を掘り下げ始めると,その上部で 長さ1〜2ⅿの丸太が東西方向に並んで出土し始め た。中央に並ぶ3本の長い丸太は西端を揃えてあり,

その南側では短い丸太が直線的に並んで出土した。

北側は木材の一部が流失し形が崩れているが,丸太 が意識的に東西方向に並べられていると判断し,木 材集積遺構1とした。木材にレベル差はなく,表面 に加工は施されていない。丸太を取り上げると,そ の下から一対の膝柄三又鍬が出土した。

(4)杭列3(第43・ 46図)

A−2区でⅣc層掘 削中に14本の杭が並ぶ 杭列3を検出した。杭 は水田跡1の西側でま ばらに出土し,並びの 方向や間隔は一定して いない。いずれも直径 3㎝程の丸杭で,Ⅴ層 上面で止まっているも のとⅤ層まで深く打ち 込まれているものがあ る。杭列3は水田跡1 との関係が考えられる が,畦畔を区画するよ うな規則的な配置では ない。

(5)杭列4(第43・ 47図)

A−1区でⅣc層を 掘削中に南東から北西 方向にのびる7本の杭 を検出した。杭列は自 然流路1の旧河道面に 位置し,全体の長さは 80㎝で,割杭が主体を 占める。杭列の両端は 3〜4本の杭を矢板状 に密着させ,その間に 2本の割杭を6〜10㎝

間隔で配置している。

杭は標高4.1ⅿまで打 ち込まれ,Ⅴ層下位の 自然流路1まで達して いる。

(6)杭列5(第50図)

A−14・15区で水田 跡2を検出中に南東か ら北東方向にのびる31 本の杭を検出した。こ れらの杭は直立して2 列併行に並んでおり,

擬似畦畔Bと重複して

第42図 弥生時代後期の 遺構配置図

2.6ⅿ

1:800 19

18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1

2.5ⅿ 2.6ⅿ 2.6ⅿ

2.4ⅿ 2.6ⅿ 2.4ⅿ

ドキュメント内 KANTO_21539.pdf (ページ 66-162)