1 9 7 9 年1 0 月2 6 日に大韓民 国ソウル特別市で、朴正熙大統領が暗殺 された事件。
植野浩三 2 0 0 5 「 韓 国博物館 の現状」 『総合研究所所報』第1 3 号 奈 良大学総合研究所 李蘭嘆 1 9 9 3 『 新版博物館学入 門』 三和 出版社
註 6 と 同 じ
長谷川栄 1 9 8 1 『 美術館 ・美術館学』 至文堂 井 出洋一郎 1 9 9 3 『 美術館学入 門』 明星大学 出版部 註 8 と 同 じ
註 5 と 同 じ
表淳花 2 0 0 9 「 平成2 0 年度博物館支援 策 にかか る各 国等比較調査研 究 韓 国博物館 の現状」
『アジア太平洋地域博物館 国際交流調査報告書』文化環境研究所
朴燦一 ・宮崎清1 9 9 8 「韓 国の博物館 の歴史的変遷 と現状及び課題」 『デザ イ ン学研究』44(5) 日本 デザ イ ン学会
註1 4 学 術 審議会学術情報 資料分科会学術 資料 部会 『ユ ニバ ー シテ イ ・ミュー ジアムの設置 につ い て』 (報告)1996 Ⅲ ‑1「 ユニバ ー シテ イ ・ミュー ジアムの必要性」文部科学省
註1 5 青 木豊 2 0 1 2 「 大学付属博物館 とは一我が国の大学付属博物館の歴史 と展望―」 『平成21年度 採択文部科学省 「組織 的な大学院教育改革推進 プログラムJ 高 度博物館学教育 プログラム最終 報告』 國學 院大學博物館学研 究室
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註1 7 金 花 子 2 0 0 4 「 韓 国における大学博物館の現況 と役割」 『非文字資料研 究 N e w s L e t t e r , 』0 5 神奈川大学
註1 8 パ ク ・シンイ 2 0 0 8 「 2 1 世紀博物館振興 のための法制度的支援方策研 究」 『2 0 0 8 韓国博物館 大 会論文集』
註1 9 註 1 3 と同 じ
参考文献
文部科学省H P 「 諸外 国の文化行政」平成1 8 年度版文部省 白書 第 1 部 特集 2 第 3 節 4 韓 国の文化行政 高橋信裕 ・菊池弥生2009「平成20年度博物館支援策 にかか る各国等比較調査研 究 ア ジア太平洋地域 の博物館 の現状J『アジア太平洋地域博物館国際交流調査報告書』文化環境研究所
( 國學 院大学大学院博士課程前期)
【 論文】
巻子本資料の種類 とその展示法 についての考察
A study of variety of scroll books and their exhibiting strategies
河 合 奈 々瀬 KAWAI Nanase
は じめ に
最古 は飛 鳥 ・奈 良時代 の遺 品 にまで遡 る巻子本 は、長 い間書物 の原始 的形態 として我 が 国で 用 い られ続 け、現在 で も各博物館 施設 に数多 く収蔵 されてい る。 しか しなが らその展示法 は、
主要 となる場面 を展 開 して見せ るだけ とい うもの も多い。
だが本来巻子本 には様 々な情報が内蔵 されてお り、それ らのなか には鑑賞者 に役立つ情報 も 少 な くない。従 って本稿 で は まず巻子本 資料 を、経巻類 ・古文書類 ・和歌集類 ・絵巻類 と種類
ご とに分類 し、それ ら遺品の解説 を しなが ら享受 史に も言及す る。
そ して各巻子本資料 の歴 史 を詳 らか にす ることで、博物館 における巻子本資料展示 の問題点 を明 らか に し、 レプ リカ資料 の活用 や 日本美術 の伝統的 な鑑賞法 の見直 しに論 を展 開 してい く。
さ らに二つの博物館 の学芸員か ら伺 ったお話 を報告 した上、 自ら調査 した巻子本資料 の展示傾 向 を分類化 し、最終 的 には上記 した種類 ご とに巻子本資料 の効果的な展示法の提 唱 を試み るこ
ととす る。
第 1章 巻 子本装訂 された資料 第 1節 経 巻類
巻子本装 を用 いた書物 として まず挙 げ られ るの は、経巻類 であ る。 これ らは我 が国最古 の書 物 である と同時 に最古 の巻子本装 の遺 品 として、後代 の巻子本装 の展 開に も貢献 した。例 えば 絵 巻類 の起源 は、奈 良時代 以 降 に中国か ら輸入 された挿絵入 り経典や画巻か ら影響 を受 けた こ とに始 まる といわれ、それ らの遺品 として名高いのが 「絵 因呆経」 であ る。 これ は釈迦 の伝 記 を記 した 「過去現在 因果経」 に絵 を加 えた作 品で、上下 に二つ に分 け られた料紙 の下段 には経 文、上段 にはその内容 を絵 画化 した ものが描 かれてい る。
また経巻類 の意 匠その もの も、様 々な形態の ものがつ くられた。罫線が引かれた檀紙 (真弓 紙)に ひたす ら写経が された ような もののほか、
巻子本 の展示傾 向を分析す るために作成 し、 4 章か ら詳 し く参照 してい くこ とになる、末尾 の
一覧表 《企画展編》にも好例がある。それは
N o .9 根津美術館収蔵② 「 華厳経 巻 4 6( 二月
「絵 因果経J(1)巻子本資料の種類 とその展示法についての考察
堂焼経)」のことで、紺紙 に銀泥 をもって書写 された華麗 な装飾経 は、美的で鑑賞の対象 とな る資料 として美術館 などで も鑑賞者の注 目を浴びていた。 このような深みのある色合いの料紙 に金銀泥で写経 した遺品は、ほかにも奈良国立博物館1又蔵の 「紫紙金字金光明最勝王経」など が挙 げ られる。 とくに11〜12世紀 は法華経信仰の流行 と華やかな宮廷文化の隆盛 に伴い、 自分 たちの信仰心あるいは財力 ・権力 を誇示 しようとした貴族たちが、 こぞって豪華約爛 な装飾経 の制作 に励 んだ。そのため東京国立博物館収蔵の 「竹生島経」のように、蝶 。鳥 ・宝相華など の文様が金銀泥で料紙に描かれた作品や、神 々しいまでの女性像 。仏像が見返 しに描かれた 「平 家納経」の ような作 品がつ くられ、「絵 因果経」 とはまた違 った形で経文 と絵画が一体化 した 形式の経巻 も遺 されている6
このように多様 な展開を見せた経巻類だが、その鑑賞法は以下の ようなものだった と推定 さ れる。例 えば安珍 と清姫の悲恋 を絵画化 した 「道成寺縁起」の末尾 には、蛇道に転生 した彼 ら を供養すべ く僧侶たちが経 を唱える場面があ り、 ここでは経机 に載せ られた経巻 を熱心 に眺め る僧侶二人が描かれている。登石健三は上記 したような、机上で展開 ・収納 を繰 り返 しなが ら 少 しずつ内容 を明 らかにしてい く鑑賞法 を 「伝統的な作法」 と述べ、 とくに絵巻類 に関 しては
その著書 で詳細 な解説 を してい る( 3 ) 。
しか し管見の 限 り登石 の述べ た机 上 での鑑 賞法 は、 む しろ縁起絵 巻 。伝 記絵 巻 に描 か れた経巻類 を鑑 賞す る場 面 に よ
く描かれているように見受 け られる。 もっとも遺 っ ている絵巻類 とい うのは寺社 とゆか りが深い資料が 多いため、ある意味それは当然の ことなのか もしれ ない。だが市販の絵巻類図版 を中心 に確認 した とこ ろ、机上で鑑賞 されている巻子本 は、やは り経巻類 と思 しきものが多かったことだけは確かである。
第 2 節 古 文書類
続いて挙げ られるのが古文書類である。だが一口に古文書類 といって も、以下の引用か ら分 かるようにこの分類 は非常 に広範 な意味を有 してお り、本稿でそれ ら全てを語ることは難 しい。
広義には古い書類のすべてをさし、文書のほか、記録や系図類、時には典籍 を含めるこ ともあ り、文書館では、通常個人や組織体が蓄積保存 して きたすべての記録資料 を取 り扱 っ ている。 これに対 して古文書学 ・歴史学では、文書 とは、差出人か ら特定の受取人に宛て て、差出人の意思を表示 した手段 と定義 して、特定の受取人を対象 としない記録 ( 日記 な ど) や 編纂物、一般の著述などと区別 し、文書のうち古い ものを古文書 として きた( 4 ) 。 しか しこの多様かつ多義 な書物群 は、巻子本装の有する正式的 。公式的地位( 5 ) を
最 も上手 く活用 している。例 えば有名な事例 として挙げ られるのが、正倉院文書 と総称 される一連の正 倉院宝庫の古文書で、それ らを江戸時代 に巻子本装へ改装 し直 した経緯 には、周知の ようにい ささかの紆余 曲折がある。そ もそ も紙が貴重品だった時代、一定の保存期 間を過 ぎた公文書は 一括 して写経所に引き取 られ、その紙背は切断 。貼 り継 ぎをして新たに事務帳簿 としてリサイ
「道成寺縁起J(2)
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巻子本資料の種類 とその展示法についての考察
クルされていた。従 ってこの時点ですでにオ リジナルの公文書 (一次文書)は 散逸 し、 もと紙 背 を表にした新 しい書物 (二次文書)へ と生 まれ変わっていたのである。 ところが江戸時代末 に一次文書の史料性 を重視 した穂井田忠友によって、紙背 となっていた一次文書は再び表側に され、新たに全45巻の巻子本装 に改装 された。 このことをきっかけに、明治時代以後 も一次文 書 を再度表側 にする成巻作業が、 3回 ほどなされた。そ してこれ ら一連の成巻作業によって、
一次文書は現代に奈良時代の政治 ・制度の実態を教えて くれる貴重な史料 となった一方で、二 次文書は原型が破壊 されて しまい、現在その整理 ・復元研究が進め られている。
以上の事情 により、江戸時代末に一次文書 を整理 した穂井田が、その方法 として巻子本装ヘ の改装 を選択 したことが、歴史的変遷の転換期であると考える。 もともと一次文書か ら二次文 書ヘ リサ イクルする段階で、そのほとん どは貼 り継がれ巻子本装に仕立て られていた。 しか し 穂井田が整理 に関わった時点では、破損 している二次文書 も見受け られたそ うである(6)。
そ れにも関わ らず穂井田は、 これ ら二次文書 をまたさらに豪華な手鏡 とも見紛 う巻子本装 に再度 仕立て直 した(7)。この背景には、やは り巻子本装の有する権威的 。神秘的なイメージ(8)が示 唆 されているように思えてならない。
このほか末尾の一覧表 《常設展編》にも挙げた、No.5神 奈川県歴史博物館の① 「天養記官 宣 旨案」や、No.13浜松市立博物館の① 「飯尾乗連寄進状Jな どの書状 は、正倉 院文書 と同様 に歴史的価値のある史料 として、保存 を兼ねすっきりとした巻子本装に貼 り付 けられていた。
専 ら実務的な史料 と捉 えられがちな古文書類 も、 このようにわざわざ取 り扱いに くい巻子本装 にされると、逆に人々へ敬意を抱かせ る視覚的な働 きかけとなるようである。それは精級 な軸 や料紙による装飾 も、資料の価値 を高める要素になっている経典類や和歌集類 とは異 な り、あ る意味巻子本装の有する特異性 を利用 した形跡 を、強 く感 じ取 ることがで きる資料 となってい る。
第 3節 和 歌集類
次いで挙げ られるのは和歌集類である。巻子本装の和歌集類 についてふれた先行研究では、
佐 々木孝浩の 「勅撰和歌集 と巻子装」が挙げ られる。佐 々木は橋本不美男の、「勅撰集の場合は、
奏覧本は必ず巻物仕立に しなければならなかった。」 とい う主張 と、 『愚秘抄』の 「但凡勅撰の 規式双紙 に書 くこと侍 らず。一段 々々巻物 に書 くべ き也。Jと い う記述 を論拠 に、勅撰集奏覧 本の実態 を他の歌学書類や公家 日記の記述 。現存する遺品か ら検証 している。その結果、「巻 子装の権威 を象徴するものが、勅撰集の奏覧本であった。奏覧本は巻子装でなければならず、
またそ うであったが故 に、巻子装の権威 は維持 されたと言えるであろう」 とまとめた(9)。
佐 々木のこの意見に従 うならば、我が国の人々が巻子本装に特別な価値 を見出 し、頻繁にこ の装訂 を用いて書物への箔付 けをはかろうとした背景には、 この勅撰和歌集の奏覧本の存在が 大 きな影響 を与えていた ということになる。 しか しそのように考えると、我が国でこの装訂が 長 らく愛好 されていたことにも納得がで きる。佐 々木が述べているように、古の記述では奏覧 本 を清書する栄誉 に預かれるのは、その和歌集の撰者か当代の能書家であった。そ して羅表紙 や紫軸檀 。白色紙が用い られ、それ らで仕立て上げられた巻子本装が公式で格の高い もの と見