は じめに
第 1章 で人間が ad teの 存在であるがゆえに課せ られ る laudareの 課題 を議論す る ことを通 して、ad
teの存在形成運動 にお ける神探求 と人間存在 の可変 的構造 につ いて考察 した。第
2章
にお いて は、laudareの 課題 をもって、神 に向かって進んでいく途上で現れ る人間の心の不安 とその不安か ら生 じる ad teと そ の反対 の勢力である abs teに つ いて検討す る。
金子晴勇 によると、アウグスティヌスは 自身の初期の作品『ソ リロクィア』(Soliloquia,386‑387) や 『魂 の不滅 』 Oe ilnmortalitate animae,38の にお いては、観想の生活のよ うに、理性 による認識を 重視 し、感性的な ものによって生 じる情念 の動揺は低 く評価する新 プラ トン主義の観点 に立っていた211。
ところが 司教叙階後 に書 いた 『告 白録 』(Confessiones,397‑400)にお いては、新 プラ トン主義的要素 を保存 しつつ も、初期 とは違 って根本的に変わ った精神的な雰囲気が表れ出、そのような変化 は特 に実 存的性格 をもつ、内面性 としての心 の概念 を通 して現れて いる とい う212。
本研究 においては『告 白録 』に表れ る心 の概念そ の ものではな く、アウグスティヌスの心の理解 にお いて欠かせない心の不安 につ いて論 じることか ら始めたい。序論で詳細 に議論 した通 り、この心の不安 は、(1)心の概念の根本規定 として、(2)人間存在 の原理 (das Gesetz)と して、(3)神によって揺 り動 か され る 「上へ の胸騒ぎ」 として、(4)人間実存 の基礎概念 (Grundkategorie)と して、(5)神への傾 向 楓ichtun」 と神崇拝への衝動 Oran」 を意味す る人間内面の素質lAnlage)に逆行す る結果 として、(6)
そ して神 自身によって意図された一つ の存在法則 (Seinsgesetz)213と して理解 されてきた。 これ らの 意味 として捉 え られてきた心 の不安 をよ り正 しく解 明す ることができれ ば、アウグスティヌスにおける 人間の実存的特徴 をもつ心 の内面性 に触れ ることができるであろう。
特 にマ クスザイ ンや金子な どの研究者 は この心の不安か ら、心 の志向性 としての ad te、 神への対向 性 と して の ad teが引き起 こされ ると主張す るが、本研究 は、『告 白録 』にお いて心の不安か ら引き起 こされ るad te214とそ の反対 の意味 を持つabs te(a te)の用例 を分析 し、ad teと abs te(a te)の 意味 を探 る。そ してその議論 を通 して浮かび上がる存在形成運動である ad teの 二つの構造、すなわち 神探求 の構造 と人間存在の可変的構造 を明 らか にす る。
第 1節
『告 白録 』におけるabs te(a te)の 用例分析215216217 2H金子 晴勇,前掲書,230頁
212同 上,230‑231頁.
213 wo schultz, Die Theologia Cordis bei Augustin und SchleierⅢ
acher, in Schノ θノθrmaθ力θr〃″ググ♭r PrO′θs′′″′ノsmυs,
1957, S。 105.
214 cf.Ao Maxsein,op.cit.,S.46。 ア ン トン・ マ ックスザイ ン (Anton Maxsein)は、『心 の哲学 :ア ウグステ ィヌス にお ける人格性 の本質 』という著作 において、心が人間個人の中心的な もの として硬直 しているのではな く、運動、すな わ ち内的強 さとい う意味を持つダイナ ミズム (DynaⅢika)を持つ といい、それ を明 らか にす るため『告 白録 』1:1:1に
出て くる 「不安な心」(cor inquietuⅢ)につ いて論 じる。マ ックスザイ ンによると、人間は この心 の不安 (Unruhe)によ つて個 人的 に何か に励むが、 この励みは心 の志 向 (intentio cordis)を意 味 し、心 の志 向はad te(あなた に向か って)
とい う用法 として表れ るという。金子晴勇は『告 白録 』に表れ る心 の概念が、「私の心」(cor Ⅲeum)であ り、存在 の全体 である ことを指摘 しなが ら、それが万人 に共通す る一般的な意味を持たず、アウグスティヌス個 人の実存 を示す と強調す る。(232頁)そして金子晴勇氏 はマ ックスザイ ンの主張 しているよ うに、心 の不安がad teすなわち神への対 向性 を引 き起 こして いる ことを認める。(金子 晴勇,前掲書,240頁 .)このよ うにマ ックスザイ ンは心 の不安か ら、心 の運動 (ダ イナ ミズム)や心 の志向性 としての ad teが 、金子晴勇氏 も心の不安か ら神への対向性 としての ad teが 引き起 こされ る
と論 じる。
215原 文は次のテクス トを引用 し、訳は私訳である。L.Verheilenにd。 ),SANCTI AVGVSTINI:CONFESS10NVM LIBRI XHI, Brepols, 1981.
本研 究 は、『告 白録 』にお いて 、 神か ら離れ て"、 神 か ら遠 ざか って
"な
ど神 か らの分 離や 堕落 の意 味 を持 つ abs te(a te)の 45箇所 (abs te:18箇 所 、a te:26箇
所 、ab te:1箇所)と
、 神 に向かって"、 神 の もとに
"な
どabs te(a te)の 反対 の意 味 と して神 へ の還 帰や 上 昇 の意 味 を持 つad teの36箇所 とad eumの 5箇所 を分 析 す る。
(abs teの状 態)
①abs te(a te)は空間的概念ではな く、神の似像 としての人間存在 の変質 を意味す る218。 それ は欲情 (暗
闇
)の
中にいる こと (I,18,28①)や
、神 に似て いない こと (XII,7,7、 VII,10,16。)や
、人間の存在が 神の中で変わ って いな い こと (VII,10,16。)と
関係が ある。「つ ま り暗い欲情の中であなたの顔か ら遠 くな りました。足 によって、ある場所の空間によって、あ なたか ら離れて (abs te)行 かれ るので も、あなた に向か って戻 られ るので もあ りませ ん。…欲望の感 情 の中にいる ことは暗闇の中にいる ことであ り、あなたの顔か ら遠 ざかることです。」(I,18,28。 );「し か しあなた に似て いな けれ ばいな いほ ど、あなたか ら (a te)さ らに遠 ざか ります。つ ま りこれ は場所 的な ことではあ りませ ん。」(XH,7,7.);「 私は愛 と恐れで震えま した。そ してあなたか ら (a te)遠 く 離れ、似て いな い領域219に 自分が いる ことに気づきま した。まるで高い ところか らあなたの声を聞いて いるよ うで した。「・…そ してお まえはお まえの肉体が食べ る食べ物のよ うにわた しをお まえの中に変え る ことな く、お まえが私 の中に変え られ るのである。」 (VH,10,16)
② abs te(a te)は 神 に対す る人間の不貞 を指す220。 この不貞 とい うのは神 を愛 しな い こと (I,13,21。 ① 221)ゃ、 この世への友情 (I,13,21。 ①
)や
、神の外か ら純粋で確 かな ものを探す こと (H,6,14.)や 、 占い師のよ うに虚構 をあえぎ求める こと (IV,2,3)や 、一時的で無意味ないたず らと汚 い利益 を愛す る こと (VI,12,22。)な
どと関係がある。「私はあなたを愛 していませんで した。そ してあなたか ら遠 ざかって (abs te)不 貞を犯 していまし た (fornicabar)。 」 (I,13,21。
);「
この世への友情 はあなたか ら離れて (abs te)犯 す不貞です。"(I,13,21。
);「
あなた に(abs tO背 き、あなたの外か ら純粋な ことを求め、確か さを探 さな い時、魂 は不貞 を行 います。しか しあなた に(ad te)戻る時でな けれ ば、それ らは見つか りません。」(II,6,14。 );「(占い師のよ うに。。。
)実
はそ のよ うな虚構 をあえぎ求める魂 は、あなたか ら離れ (abs te)、 不貞 を 行 い」 (IV,2,3.);「それで も確か に彼 らは (ローマ の学 生たちは)野
卑です。そ して彼 らは一時的 で無意味な いたず らや汚 い利益 を愛す る ことによって、あなたか ら離れて (abs te)不 貞 を犯 していま す。」(V,12,22。 )216 in teは
究極的には天上での安息 を意味 し、この世において ad teを 完成するとは考え られないため、本研究におい ては、ad te,abs te, in teの 構図ではな く、ad te,abs teの構図を採択する。
217そ のほか に a vultu tuo(I,18,20.)、ab eo(IV,12,18.)、 a luⅢine tuo(V,3,4。 )、ab i1lo(XH,15,19)、 ad deum(IV,12,19①
③ 、XI H,13,14。 )、 ad eum(4箇所IV,12,18、 IV,12,19① ①③)、 ad aures tuas(IV,5,10。 )、 ad luceⅢ (X,1,1.)、 ad illuⅢ
(X,7,H)などの箇所 もあるが、内容の重複な どの理 由によって本研究 にお いては省略す る。
218 confessiones I, 18,28. naⅢ
longe a uultu tuo in affectu tenebroso. Non enim pedibus aut a spatiis locoruⅢ itur abs te aut reditur ad te, ¨・in affectu ergo libidinoso, id eni■ est tenebroso atque id est longe a uultu tuo。 ;
XII,7,7. Sed tanto a te longius, quanto dissiⅢ ilius; neque enim locise ;VII, 10, 16. et contreⅢ ui amore et horrore:
et inueni longe me esse a te in regione dissittilitudinis, tamquam audirem uocem tuam de excelso:‥ ・Nec tu me in te Ⅲutabis sicut cibum carnis tuae, sed tu ttutaberis in tte.
219 cf.J.J。 0'Donne H,op.cit.(vol.H),pp.443‑444.こ の神 との非類似性は、創造 にお ける神の似像 とい う キ リス ト教的教理 とつなが る。
220 confessio■es I, 13,21. Non te amaba■ , et fornicabar abs te; I, 13,21。 Amicitia eniⅢ mundi huius fornicatio est abs te; II,6, 14。 Ita fornicatur anima, cumauertiturabsteetquaeritextrateeaquaepuraet liquidanoninuenit, nisi cuⅢ redit ad te. ; IV,2,3. Talibus eniⅢ fignentis suspirans anima nonne fornicatur abs te ;V, 12,22. Certe tamen turpes sunt tales et fornicantur abs te aⅢ ando uolatica ludibria teⅢporuⅢ et lucrutt luteuⅢ,
221同 じ箇所 に複数の用例がある場合が①①③で区分する。
42
③ abs te(a te)は 霊的死 を意味す る222。
「あなたか ら (a te)離 れて死 につつある (morientem)私 」(I,13,20。 )、 「私 は私の死 の性の鎖が立 て る騒音 によって、すなわち私 の魂 の傲慢な罰 によって、私 の耳は遠 くなって しまいま した。そ して私 はあなたか ら(a te)も っと遠 くに行 って いま した。しか しあなたはそれ を許 して いま した。」(II,2,2。 )、
「あなたは教訓の中で悲 しみをつ くり、治すため突き刺 し、私たちがあなたを離れて (abs te)死 なな いよ うに私たちを殺 します。」(II,2,4。 );「しか し私 はあなたに向かお うとしま したが、あなたか ら(abs
te)追い出され ま した。それ は死 を味わ うためで した。」(IV,15,26/)
④ abs te(a te)の 人 間 は光 で あ る神 に付 き従 わ ず 、 暗 闇 の生 (uitam tenebrosae)を 生 き る存 在
(XI H,2,3。
)で
あ り、暗闇の存在 (VI H,10,22。 ①①)で
あ り、暗 い深淵 の中に去 って い く混沌 とした 存在 (XI H,34,49。)で
ある223。「 (霊的な被造物 にとって 良いのは、いつ もあなた にくっつ くことです。それ は回心 によって得た光 を失わな いため、そ して淵 のよ うな暗闇の生活 に滑 り落ちないためです。ところで魂 に関 して霊的被造 物である私たちは、私たちの光であるあなた に (a te)背 きま した。私たちはかつてその生 にお いて暗 闇で した。)(XHI,2,3。 );「彼 らはそ のよ うに深 い暗闇 とな りま した。なぜな ら彼 らは恐 ろ しい傲慢 によって、 この世 に来ているすべての人間を照 らす真 の光であるあなたか ら (a te)、 ます ます遠 く離 れ去 ったためです。」 (VHI,10,22。
);「
そ のあなたは時間の中で予定 された ことを実行 し始 めま し た。それ はあなたが隠れた ことを現 し、混沌 とした私たちを秩序付 けるためで した。なぜな ら私たちの 上 に私たちの罪があって、あなたか ら (abs te)暗 い深淵の中へ去 っていったためです。」 (XHI,34,49)⑤ abs te(a te)は 神 ご自身の啓示が示 されな い ことや 自分 に傾 くことや神の永遠 に参加する神の家では ない ことと関わ る224。
「なぜな ら、神様、あなたはあなたが命 じるほど、あなたを愛 している者 に、 ご自身を啓示 し、満た すためです。それ ゆえそ の人は、あなたか ら (a te)遠 ざかる ことも、 自分 自身 に傾 くこともないで し ょう。それ はあなたの家であ り、そ の家は地上や天上の物質的なある塊で出来た ものではな く、霊的な もの として あなたの永遠性 に参加 して います。」 (XH,15,19。 )
⑥abs te(a toは安全な場所を失 うことであ り、神か ら人間存在の分散 (H,1,1、 dispersio)を意味 する225。
「あなたの助言を求めなが ら、駆け回るこれ らのすべてのものの中においては、私の魂の安全な場所 を見つけることができません。あなたの中においてでなければできません。あなたによって分散された 私は集め られ226(conligantur sparsa mea)、 私に属するいかなるものもあなたか ら (a te)離れ去る
222 3。n/bssノθ〃θs I, 13,20. cuⅢ interea tte ipsum in his a te morienteⅢ ; II,2,2。 Obsurdueram stridore catenae mortalitatis tteae, poena superbiac animae Ⅲeae, et ibam longius a te et sinebas, ; II,2,4. praeter te, qui fingis dolorett in praecepto et percutis, ut sanes, et occidis nos, ne ■oriamur abs te. ; IV, 15,26。 Sed ego conabar ad te et repellebar abs te, ut saperem ttortem,
223 1bid。
, XIII,2,3. Bonum auteⅢ illi est haerere tibi seⅢ per, ne quod adeptus est conuersione, auersione lu■en amittat et relabatur in uitam tenebrosae abysso simile皿 。 Natt et nos, qui secundutt animam creatura spiritalis suttus, auersi a te, nostro luttine, in ea uita fuiⅢ us aliquando tenebrae et ;VIII,10,22。 ita facti sunt densiores tenebrae, quonia皿 10ngius a te recesserunt horrenda arrogantia, a te , uero lumine inluminante omnem homineⅢ uenientem in hunc Ⅲundu皿. ;XIII,34,49. Vbi autett coepisti praedestinata tettporaliter exequi, ut occulta
Ⅲanifestares et incomposita nostra coⅢ poneres――quoniam super■ os erant peccata nostra et in profunduⅢ tenebrosum abieramus abs te,
224 1bid., XII, 15, 19。
Quoniam tu, deus, diligenti te, quantuⅢ praecipis, ostendis ei te et sufficis ei, et ideo non declinat a te nec ad se? Haec est dottus dei non terrena neque ulla caelesti mole corporea, sed spiritalis et particeps aeternitatis tuae,
225 1bid., X,40,65。 Neque in his omnibus, quae percurro consulens te, inuenio tutum locum animae meae nisi in te, quo conligantur sparsa ttea nec a te Quidquatt recedat ex me.
2260'Donne Hは
分 散 され た 自分 が 集 め られ る とい う表 現 が 、追 放 され 、散 らされ て いたイ ス ラエル 人 た ちが 神 によ って
ことはあ りません。」 (X,40,65)
⑦abs te(a te)の 人間は悲 しみ、傲慢、落胆、不安、怠慢などの状態にある227。
「その時あなたは沈黙 していました。そ して私はあなたから離れて (a te)実 を結べない悲 しみの種 の中に、落胆によって傲慢で、怠慢によって不安な種の中に、ますます遠 くに行っていました。」(2。 2。 2)
③abs te(a te)は 不便 (不安
)で
ある (dura sunt omnia)228。「オー、 くね くね道よ、あなたか ら (a te)離 れ去ったならば、もっと良い何かを手に入れることが 出来ると期待 した、大胆な魂たちよ。寝て体をあちこち動かしてもすべてが不便です。そ してあなたの みが安息です。」(VI,16,2。 )
⑨abs teは 遍歴の旅である。貧 しく悲惨な人生 (HI,6,H)、 欲情の人生 (IV,16,30。
)で
あ り、神よ り 自分 自身に近い (X,5,7。)こ
とを意味する229。「そ して私はあなたか ら (abs te)追 い出されて、異郷の地を彿往っていました。」(IH,6,H。 );「あ なたのために私の勇気 (力
)を
守れず、娼婦の欲望の中にそれを浪費するために、あなたを離れて (abste)、 遠 い国に行きました」 (IV,16,30);「 それゆえあなたか ら離れて (abs te)遍 歴の旅をしている間 (quamdiu peregrinor)は 、私はあなたによ り私にもっと現実的です。」(X,5,7)
⑩abs tett toは 人生の街往いである230。
「私の神よ、私はあなたか ら (abs te)流れ出て、街径いました (erraui)。」(H,10,18。 )
①abs te(a toは神を間違って模倣する (Peruerse te imitantur)こ とと関わる231。
「あなたか ら (a te)自 らを遠ざけ、あなたに対抗 して傲慢になるすべてのものは、間違ってあなた を模倣 しています。」(2。 6.14①)
(abs teの 原因)
⑫abs te(a toは、金 と銀、名誉な どに対する欲望による232。
「しか し主よ、これ ら (金と銀、名誉な ど
)の
すべてを獲得するにおいて、あなたを離れて (abs te)出て行ってはな りません。また主の法か ら逸脱 してもな りません。」(H,5,10。 )
⑬abs te(a te)の 原因はこの世における快楽や虚栄 (I,18,28。 ①)、 傲慢 (VII,7,H、 VI H,10,22。 )、
自分の重 さ(肉の習慣、pondus hoc consuetudo carnalis VH,17,23)、 被造物の美 しさ (X,27,38。 )、
肉の欲 (X,35,54。 )、 手 (XI H,1,1。
)な
どである233。集め られ る こと して理解す る (イザヤ 11:12)(Cf.J.J.0'Do■ ne H,op.cit.(vol.HI),p。 240.)。 そ して.に お い て 「あなたは私た ちを分散 させず、一つ に集め ます。」 (Confessiones I,3,3.nec tu dissiparis sed conligis nos。 )
とい う表現が、神聖な存在 の物質的破片への分散 と全体性への回復 (a doctrine of dispersion of di宙 ne being into material fragⅢents,and the hope of restoration of wholeness)と い う新 プラ トン主義的キ リス ト教の概念である こ
とを指摘す る (Cf.J.J.0'Donne H,opo cit.(vol.H),pp。 21‑22。)。
227 3on/bssノθttθs I I,2,2 Tacebas tunc, et ego ibam porro longe a te in plura et plura sterilia settina dolorum superba deiectione et inquieta lassitudine.
228 1bid。
, VI, 16,26. O tortuosas uias! Vae aniⅢ ae audaci, quae sperauit, si a te recessisset, se aliquid Ⅲelius habitura皿! VerSa et reuersa in tergutt et in latera et in uentreⅢ , et dura sunt ottnia, et tu solus requies.
229 1bid., III,6, 11。 Et longe peregrinabar abs te exclusus ; IV, 16,30. et fortitudineⅢ ⅢeaⅢ non ad te custodieba皿,
sed profectus suⅢ abs te in longinquam regione■ , ut eam dissipareⅢ in Ⅲeretrices cupiditates. ;X,5,7. et ideo,
quaⅢdiu peregrinor abs te, mihi suⅢ praesentior qua■ tibi 230 1bid., II, 10, 18. Defluxi abs te ego et erraui, deus meus,
231 1bid。
, II,6, 14。 Peruerse te iⅢ itantur omnes, qui longe se a te faciunt et extollunt se aduersuⅢ te.
232 1bid., II,5, 10。 et tamen in cuncta haec adipiscenda non est egredienduⅢ abs te, dottine, neque deuiandutt a lege tua
233 1bid., I, 14,23。 a lucunditate pestifera, qua recessiⅢus a te. ; 1, 18,28。 Quid auteⅢ Ⅲiru皿, quOd in uanitates ita ferebar et a te, deus Ⅲeus, ibam foras ;VII,7, 11. et tuⅢ ore ■eo separabar abs te et nittis inflata facies claudebat oculos meos. ;VII, 17,23. sed rapiebar ad te decore tuo Ⅲoxque diripiebar abs te pondere meo et ruebam in ista cutt gemitu; et pondus hoc cOnsuetudo carnalis。 " ; X,27,38。 et in ista Formosa, quae fecisti, deformis inruebamo Mecum eras, et tecutt non eram. Ea me tenebant longe a te, quae si in te non essent, non essent。 ; X,35,54. Praeter enim concupiscentiam carnis, Quae inest in delectatione omniuⅢ sensuutt et uoluptatum, cui
44
「私 た ちがあなたか ら (a te)離 れ るよ うにな った原 因で ある伝 染病 のよ うな快楽か ら (a iucunditate pestifera)」 (I,14,23。 );「 と ころが 、わ た しがそ の よ うに虚 栄 へ 運 ばれ て いて 、神様 、 あな た か ら離 れ て (a te)外へ行 って いた ことは何 の不 思議 で もな いで しょう?」 (I,18,28.);「私 は私 の傲慢 のた め あなた か ら (abs te)分離 され て い ま した 。」
(VH,7,H.);「
しか し私 は あな た の美 しさ によ っ て あな た に (ad te)弓│き寄 せ られ て い ま した が 、す ぐに私 の重 さ によ って あな た か ら (abs te)突き 放 され 、嘆 きな が らそ の 中 に転落 して い ま した。この重 さ とい うの は 肉体 の習慣 です」(VII,17,23。);
「醜 い ことにあなたがつ く られた美 しい被造物 の中に突進 して いま した。あなたは私 と共 にいま したが、
私 は あな た と共 に いませ んで した 。そ れ ら(被造物 の美 しさ)が私 をあな たか ら (a te)遠 くにいるよ う に して い ま した。そ れ らは も しあなた の 中 にいな けれ ば、存在 して いませ ん。」 (X,27,38。
);「
肉の 欲 の ほか に、そ れ(肉の欲)は す べ て の感覚や快 楽 の快感 に属す る もので あ り、 自分 自身 をあな たか ら(ate)遠 ざけた 人た ちはそれ に奉 仕 しなが ら滅 びて いき ます。」(X,35,54);「主 よ、あなた は あな た に背 い た (a te)私の手 に罰 を もって報 いな いよ うに、私 のす べ て の悪 い過 ち を消 して くだ さ い ま した。」
(XHI,1,1)
⑭abs te(a te)は 神の道ではな く自分の道 を愛 し、神か らの逃亡を愛することである234。
「その (危険の
)中
で私はさまよっていました。私の自信満々な首をもってあなたか ら (a te)遠 く に去っていました。私はあなたの道ではな く、私の道を愛 し、逃げる自由を愛 しなが ら」 (HI,3,5.)⑮abs te(a te)の 人間は古い自分 を殺 さないため、永遠を味わえない235。
「外部で喜びを求める人たちは…オー もし彼 らが内側にある永遠を見ることができるな らば。私はそ れを味わったのですが、それを彼 らに見せることができないので、じつに残念に思いました。もし彼 ら があなたか ら離れ (a te)外 に向けた 目のうちにもつ心を私に持ってきて、だれが私たちに良いものを 示すだろうかと言っていたな らば。…古い自分を殺 しなが らいけにえをささげたところで…そ こであな たは私に甘美 とな りはじめ、私の心に喜びを与えました。」(IX,4,10.)
⑬abs te(a te)は もっと劣っているものに向か う意志の運動 (motusque uoluntatis)で ある。 このよ うな意志 の運動は罪 と過ちである236。
「存在 しないもの、これのみが、あなたによるのではあ りません。存在するあなたか ら (a te)離 れ、
もっ と劣 って いるものに向か う意志 の運動 もあなた によるものではあ りませ ん。このよ うな運動は罪 と 過 ちであるか らです。」 (XH,H,H。 )
(abs teの 克服の可能性)
①モニカは自分の子供たちのabs te(a te)を 防ぐために取 り組む237。
「彼女は、子供たちがあなたから (abs te)外れると判断するたびに、その分彼らを産み出す鎮痛を 感じなが ら、育てました。」(IX,9,22.)
⑬abs te(a te)を防ぐことは教会の中で養われることと関係がある238。
seruientes depereunt qui longe se faciunt a te, ;XIII, 1, 1. Tu enim, doⅢ ine, deleuisti ottnia■ ala Ⅲerita Ⅲea,
ne retribueres manibus Ⅲeis, in quibus a te defeci,
234 1bid。
, III,3,5. in quibus uagatus suⅢ praefidenti collo ad longe recedenduⅢ a te, attans uias tteas et non tuas, attans fugitiuatt libertate皿.
235 1bid., IX,4, 10. Volentes eniⅢ
gaudere… 00 si uiderent internum aeternu皿 , quOd ego quia gustauera皿 , frendebaⅢ, quoniaⅢ non eis poteraⅢ ostendere, si afferent ad me cor in oculis suis foris a te et dicerent : quis ostendet nobis bona?・ …ubi sacrificaueram Ⅲactans uetustatem Ⅲea・…ibi Ⅲihi dulcescere coeperas et dederas ノ′θ′ノ′ノamノ ″ θθrdθ 〃θa
236 1bid。
, XII, 11, 11. et hoc solum a te non est, quod non est; motusque uoluntatis a te, qui es, ad id quod minus est, quia talis motus delictum atque peccatuⅢ est,
237 1bid., IX,9,22。 Nutrierat filios, totiens eos parturiens, quotiens abs te deuiare cernebat.
238 1bid。
, IV, 16,31. Aut quid tantu皿 Oberat paruulis tuis longe tardius ingenium, cuⅢ a te longe non recederent,