時間等を考慮して、A クリニックの A 先生(院長)に診て頂くことになりました。A クリニ ックは介護申請手続きも対応していただきました。以前からフラツキ等で転倒して身 体を打撲し、整形外科や脳外科等にも受診しながら自宅で生活していました。病状も 徐々に進み、平成16年9月、転倒により骨折し、腰痛ひどくやむなく近くの外科病院 に入院しました。このとき A 先生より、高齢での入院は認知症が進むと教えられ、少し 痛みが緩和したところで早めに退院しました。ケアマネージャーのアドバイスで介護 ベッド、簡易トイレ、車椅子等の介護道具をレンタルし、また、A クリニックの往診、医 療介護サービス、リハビリなどを受けて自宅で看病することになりました。また、自宅 のトイレと風呂に手すりをつける介護リフォームも行いました。
平成17年正月には、子ども家族が集まり、例年通り正月を祝いました。その中に 病人の母も加わり、孫やひ孫にお年玉をあげる元気さを見せました。認知症は徐々 に進んでいきましたが、春には車椅子で散歩するのが日課になりました。花、公園、
電車や川などいろいろな所を見せることが出来ました。しかしこのような時でも、A 先 生からは、いつ急変するかもしれないと言われていたので、緊張の日々でした。
9月末、以前からあった意識障害がひどくなり、救急車で二度、K 病院に入院しまし た。しかし母は自宅に帰りたいとの意志があり、それぞれ落ち着いた時点で退院させ、
自宅に連れて帰り、A 先生の往診、医療介護等を受け続けました。
平成17年12月5日、A 先生と家族に看取られて安らかに永眠しました。家族の看 病は、子ども5人(同居2人、別居3人)で、同居の2人が中心になり、それぞれ分担し て対応しました。入院中は苦痛と不安が大きく、24時間付き添いが必要となりました が、5人共倒れすることなく、看病できたことが良かったと思います。
在宅看病は、病状の変化に対する不安や心配で、どうしても入院を考えてしまいま す。しかし母の場合、入院の都度、早く自宅に帰りたいという意志を示し、A クリニック が在宅医療や介護をサポートしてくれたので、在宅医療中心で最期を看取ることが 出来ました。
A 先生をはじめ、お世話 頂いた皆さんに感謝いたします。ありがとうございました。
“在宅介護で大切な夫を見送りました妻として”
Y.K さん
人は皆、一度は迎える死という現実に対して、無防備で、その場その場で対処して おります。
夫は肺がんの治療の為、入退院(長くても1ヶ月間)を繰り返し、退院して亡くなりま すまで、1ヶ月余りでした。あの入院中の病院暮らしを考えますと、ほんとうに自宅で 療養できましたことがどれだけよかったか。医師、看護士さんが毎日、一度か二度往 診して下さいました。また、家族(ワンチャンも含めて)と共に過し、ずっと側にいます 私に、「母さんありがとう。」の一言を最後に、あっという間の臨終でした。病院では看 取る者もなかっただろうと思いますと、家族を愛し、真面目に一生を過された夫を感 謝で見送れたことを亡くなって四年の月日が流れましたが、日が立ちます程に自宅で 看取れましたことがほんとによかったと思います。
病人の家族には種々違ったケースがありますが、80年近く過して参りまして、今考 えますと、昔は親子三代の家族が普通でした。十年、二十年と長患いをされていた方 も家族皆で世話をして温かく見守りながら、お見送りしたものです。しかし、現在は核 家族が多く、老年夫婦がお互い助け合いながら面倒を見るというのが当たり前になっ ています。若い人達もいずれ歳を取って、自分がその道をたどると考えた時、どの様 な社会になっているのかなと思います。病院暮らしなのか、愛ある家族に見守られて 老後を過すことが出来るのか、また何らかの介護の方法が考えられているのか、どう なるのでしょうね。
ただ、長患いで家族の方が疲れて共倒れになってしまわないか、また病人のわが ままが出て、家族に亀裂が出来て大変なことになっていることもあるかもと色々考え ます。二、三人集まって色々話が出ますと、必ず皆の意見として出るのが患うことなく 突然死が出来れば本人も家族も一番良いのではないか、延命治療だけはしてほしく ないとの皆の気持ちです。
願わくは自宅で家族と一緒に最後を迎えることが出来ますれば最高の幸です。
“母の死に際して”
M.A さん
母と90才で同居しました。しかし、既に軽度の認知症があり、A 先生に毎月、往診 していただき、体の方は何とか元気に過ごしておりました。(その間、救急車にて何度 も入退院を繰り返していました。)
96才の時、ショートサービスにてトイレで転倒し、大腿骨複雑骨折で寝たきりになり ました。それからが大変、ショートステイやヘルパー、看護婦さんに週2回来ていただ き、それ以外は妻一人でオムツの処理、食事の世話、着替え等々、目の回る忙しさで ダウン寸前の状態でした。
97才の時、救急車で病院へ。肺炎で即入院。しかし毎日病院へ様子を見に行きま したが、いつも談話室で食事を前に、2~3時間椅子に座らしたままの状態が多く、可 哀想に思い自宅で看ることにしました。それからは A 先生をはじめ在宅医療スタッフ の方々に大変お世話になりました。昼間は看護師さん、夜間は A 先生へ往診にて点 滴治療等のお世話をいただき、本当にありがたく感謝しております。
お陰さまで、自宅にて母の最後を看取ることができ、あらためて在宅医療の大切さ を痛感いたしました。
今後共、在宅医療の大切さを皆様に知っていただくことが大切だと思います。
“大切な父を自宅で母と一緒に看取れたこと”
Y.K さん
父は何度も入退院を繰り返しました。しかし、最後は手術も出来ないし(肺癌)、こ れ以上治療出来ないと言われ、家に帰って自宅で介護しました。医師や看護師が毎 日、点滴や痰取りに来てくれて安心しました。私も急きょ、婦人病で入院することにな りました。手術して退院後、5日目に父は亡くなりました。父は酸素吸入をつけていて も、海で溺れているような状態で息苦しいのに、毎日自分の事より私の事を心配して くれました。(私の退院を待ってくれていたのでしょうか?)弱音を吐かない強い人でし た。
亡くなった時は、何が何だかわからない状態で、心の奥底に大きな穴がドカ~ンと あいたような気持ちでした。
娘としては、母が強い人で、倒れなかった事が何よりの救いです。入院している父 のところへ母は毎日2~3回、自転車で通いました。私も仕事帰りに父の顔を見ると安 心しました。(これも病院が近かったから出来たと思います。)
家と犬が大好きな父でしたから、自宅で介護できたことは良かったと思います。介 護には家族愛や精神的なものがとても大切だと思いました。
家であったからこそ(亡くなる時は一瞬ですから)母に看取られて父は亡くなることが 出来ました。私はもう意識がない父の姿を見守りました。病院ではいつ亡くなったか わからなかったと思います。私達は入院・介護とで3ヶ月弱でしたからこそ励ましあい ながら過ごせたと思います。
今でもあの時は、こうすれば、ああすれば良かったと思います。だけど本心はもっと もっと長生きしてほしかった。
何年も介護している方は看病疲れで病気、ノイローゼや倒れたりすることもあると思 います。介護は大変なことだと思います。
本当に難しいと思いますが、家族皆が協力出来れば最高だと思います。
コラム 1
知っておきたい、自宅での看取りに関する法律
○ 最期の時に医師が立ち会っていなくても、死亡診断書は発行できます。
亡くなった後での訪問で、法律的な問題はありません
末期癌など死に至る病気の経過があり、その病気で亡くなったことが明らかであれ ば、主治医は、臨終に立ちあわなくても死亡診断書を発行できます。亡くなったあと の訪問で構わないのですが、訪問するまでの時間については特に規定はありません。
呼吸停止の連絡を受ければ、医師はできるだけ早く訪問し、患者さんと家族にお会 いしたいたいわけですが、実際には、少し時間がかかることがあります。その場合、
何と言ってもお互いの信頼関係が大切になります。
○ 24時間以内に診察していれば、医師は患者さんの家に行かなくても、死亡 診断書を発行することができます。
亡くなる24時間以内に診察し、その病気で亡くなったことが明らかであれば、訪 問しなくても死亡診断書を発行できます。この法律は、一般常識からは少し驚く法律 かもしれません。医療者の中にも、この法律を知らない人は意外と多くいます。
だからと言って、患者さんが亡くなっても訪問しない在宅主治医は、実際なかなか いないでしょう。おそらく離島や豪雪地帯の山間部を想定しての法律だと思われます が、法律は、大変おおらかな看取りを保障してくれています。
○ 死亡の時間は、呼吸が止まった大体の時間から決定します。
時間死亡時間は、家族、介護者、訪問看護師などから様子を聞いて、呼吸が止まった 時間などをもとに決めます。医師が訪問した時間ではありません。
何時何分何秒という感じではなく、大体何時何分頃という大体の時間で死亡診断書に 書きます。
ドキュメント内
「泉州南地域で、在宅医療 〜看取りを叶えるために、私たちがすべきこと。できること。」
(ページ 45-59)