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大理石 300×200×H200mm

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SWAN:デカルコマニーによるドローイング

『深呼吸』以来、デカルコマニーによるドローイング(平面)から立体にすることを試 みている。『GIRLS』、『ALICE』、『SWAN』もデカルコマニーから立体にしたものである。

これらの作品は、デカルコマニーによるドローイングからの作品という事もあり、視覚的 効果(可視イメージ)が強い。ドローイングから見えてくる、何の脈絡もない様々な像の 発見に面白さを見出し制作してきた。しかし一方で、『深呼吸』で感じたとおり、この三点 については作品自体のサイズが小さいせいもあるが、石の持つ存在感、量感という点では、

“弱い”という感覚が大きくなっていた。このあたりからこのデカルコマニーを利用した、

視覚的刺激による制作に疑念を抱き始めていた。見えるものに気を取られて、深みあるい

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は重みが全くないように思えてきたのである。それはデカルコマニーから見えてくるもの が型にはまってきて新鮮さを失ってきたことが大きな原因であるかもしれない。

レオナルド・ダ・ヴィンチがボッティチェリを批判したという話がある。ボッティチェ リが海綿に絵具を染み込ませて壁に投げつければ、そこにできた染みのなかに立派な風景 が見いだせると語ったのに対し、レオナルド・ダ・ヴィンチは、そういうことがあるのは 確かであるが、それは構造を持った造形とは呼べないものだと。それを認めてしまっては 修練というものが意味を失くしてしまうからである。34

デカルコマニーで、視覚・錯覚遊びをしているうちに、見えない存在(不可視イメージ)

に辿りつけなくなっているように感じた。見えない存在はやはり、レオナルド・ダ・ヴィ ンチのように、修練の先にあるのではないだろうか。

デカルコマニーを取り入れつつ、石の量感をすり減らすことなく、「見えない存在」「気 配」をも感じられる作品をつくりたい。≪深呼吸≫は勢いで制作したので、デカルコマニ ーをもとに、もう一度大きな作品をしっかり作ってみたいと考えた。

そこで次の作品『LILY』に取り掛かる。

34椹木野衣 『反アート入門』 幻冬舎 2010年第一刷p266

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3 浮遊するイメージの再構成

芸術は見えるモノを再現するのではない。(見えないものを)見えるようにするのである。35

- パウル・クレー