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ミロのヴィーナスとマーク・クイン

第五章 大理石の量塊

1 ミロのヴィーナスとマーク・クイン

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66 イギリスを訪れた時、そびえたつ台座の上にあ る像が目を引いた。当時筆者は、その作家も作品 も知らなかった。もし知識を持ってその像を目撃 したら、「ああ、あれがあの作品か。大きいなあ。

やっぱ大理石は存在感があるな。」と、そんな風に 冷静にみていたであろう。しかし、先入観なくそ の作品を目の当たりにし、ソワソワした。あそこ に在って大丈夫なのだろうかと不安に思った。絶 対に物議があったはずである。なぜなら、見れば 明らかに、それが障害を持つ体つきであることが 判ったからである。その作品は、マーク・クイン39 の≪Alison Lapper Pregnant(妊娠8か月のアリソ ン・ラッパー)≫であった。この作品は、両腕がな いためにミロのヴィーナスを思い起こさせた。と はいえ、≪妊娠8カ月のアリソン・ラッパー≫は 生まれつきその体であったので、両腕をただどこ

かへ失くしたミロのヴィーナスと違いはある。しかし、その表情は母の強さの表れであろ うが、短髪で凛々しい顔立ちと、西洋人のせいか顎のしっかりとした骨格が、どこか男性 的にも感じられたのである。ミロのヴィーナスのように、男性女性、どちらとも言いよう のある姿もまた、腕が失われた姿と同様に違和感の原因であり、そこに何か秘密があるの ではないかという謎と神秘性を醸し出す要因であるの かもしれない。

さらに、その素材も気になった。あんなにも高いと ころに在る、あれは大理石だろうか、大理石には見え るけれど、今の時代、やはり軽くて設置も大理石より は比較的簡単なFRP40かもしれない。FRPだったら残 念なような気もする、と、そんなことを想いながら写 真に収めた。後日調べてみれば大理石であることが判 り、安心した。なぜなら、その存在が強かったからで ある。もしFRPであの存在感であったなら、単に見た 目のインパクトだったと思うに違いないからである。

大理石で作られているところに重みを感じるのである。

39 マーク・クイン(Marc Quinn : 1964-)イギリスの現代美術ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YABS)

と呼ばれるコンテンポラリーアーティストに属する。

40 Fiber Reinforced Plastics:ガラス繊維などを混ぜ、プラスチックを強化させた材料。

5-2 マーク・クイン

《妊娠8カ月のアリソン・ラッパー》

筆者撮影(2009年)

5-3 図5-2と角度をかえて トラファルガー広場にて筆者撮影 ( 2009.年)

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大理石の像は内繰り(表面から何センチか残し内側を刳り貫き、空洞にする)をしなければ 中身は詰まっている。それに対し、FRP は表面何センチかだけで中身は空洞である。いわ ばプラスチックの人形である。勿論、作品によってはFRPで良いものはたくさんあるのだ が、この作品はやはり大理石で良かったと思えるのである。単に質量の問題ではない。石 には物質的重量以外の“重さ”がある。

おなかの中の生命は、つまり魂である。魂という塊は、やはり核であると思えるのであ る。中身の詰まった核を持ったその像のまなざしは、どこか遠くの見えない一点を見つめ ている。目が離せない像であった。

図 5-4 マーク・クイン「妊娠八カ月のアリソン・ラッパー」とミロのヴィーナス

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