Wiener 過程
Wiener過程(Wiener process) {W(t), t≥0} は, 次の性質を満たす連続 時間確率過程である:
1. W(0) = 0である.
2. 独立な増分を持つ.
3. s < tに対して増分W(t)−W(s)は正規分布N(0, t−s)に従う 4. t→W(t)はtの連続関数である.
Wiener過程は以下のような性質を持つことが示される.
1. サンプルパス t→W(t)は至るところ微分不能である.
2. マルコフ性を持つ. すなわち, T を任意の停止時刻とするとき,4 Yt = W(t+T)−W(T)はTにおいて入手可能な情報集合FTに対して独立
なWiener過程となる(このような性質を特に強マルコフ性と呼ぶ).
4停止時刻については,例えば, [21, p.6]参照.
3. 自己相似性を持つ(8.2.1節). すなわち, Yt = a−1/2W(at) (a > 0 ), Yt=tW(1/t)はともにWiener過程となる.
4. マルチンゲール性を持つ. すなわち,任意のs < tに対して, E[W(t)|W(u),0≤ u≤s] =W(s)となる.
いま, Wiener過程W(t)がある時, 実数µ, σ̸= 0に対して, X(t) =tµ+σW(t)
によって定義される連続時間確率過程X(t)をドリフトµ, 分散σ2 を持つ
Wiener過程であると言う.
Wiener過程は,離散時間ランダム・ウォークの極限として構築することが
できる. 簡単のため, ここでは次のような単純対称ランダム・ウォークを考 える. 独立でかつ確率分布Pr[Zi = 1] = Pr[Zi =−1] = 1/2を持つ確率変 数列Zi に対して,式(S2.6.1)において初期値x= 0であるようなランダム・
ウォーク{Xn, n= 0,1,2, ...} を定義する. 単位時間[0,1]あたりのジャンプ の回数を表すNに対して,ランダム・ウォークの時間の1刻みを∆t= 1/N とおく. ここで,
Wk∆tN = 1
√NXk
とおくと, Var[ W1N]
= Var[XN N] = 1となる. {
Wk∆tN , k= 0,1,2, . . .}
は, 1ス テップ∆tごとに,幅1/√
N=√
∆tの上下ジャンプを繰り返す離散時間ラン ダム・ウォークである. さらに, このランダム・ウォークの軌跡(サンプルパ ス)を直線で結ぶ(線形補間)ことによって連続時間連続確率過程が作られる が,その ジャンプ回数を発散させたとき(N → ∞,あるいは∆t→0)の極限 として,中心極限定理によって得られるのがWiener過程である.
さて, 離散ランダム・ウォーク{
Wk∆tN , k= 0,1,2, . . .}
のサンプル・パス の傾きは, 1回のジャンプあたり±√
∆t/∆t=±1/√
∆tである. したがって,
Wiener過程(∆t→0)においてはサンプル・パスの傾きは発散(±∞)してし
まうのである. これより, Wiener過程は,時間に関して連続であるが,至ると ころ微分不能な極めて粗いサンプル・パスを持つことがわかる(上の性質1).
そして, そのようなWiener過程に対して,時間軸をどれだけ拡大しようが 縮小しようが, やはり同じように連続だが微分不能な(ギザギザした)サンプ ル・パスが現われること,そしてt= 0の周りのどんなに短い区間をとっても, t= 0においてはW(0) = 0でかつ連続なパスを持ちながらも,正負どちらの 値も取り得ることを示している(上の性質3).
Wiener過程はBrown運動の数学的モデルであり,白色ノイズξ(t)を用い
て形式解は
W(t) =
∫ t 0
ξ(s)ds (S2.7.1)
51 S2.7. Wiener過程と確率微分方程式 と表わされる. 白色ノイズξ(t)は理想的な無相関なノイズの数学的モデルと して
E[ξ(t)] = 0, E[ξ(t1)ξ(t2)] =δ(t1−t2) (S2.7.2) の性質を持つ. ここで,δ(x)は, Diracのδ-関数である.
図S2.7.1はEuler–丸山スキーム(Euler–Maruyama scheme)W(t+ 1) = W(t) +ξt
√∆t(ξtは標準正規乱数, ∆t= 0.1)で計算された, Wiener過程の 標本を示している.
-25 -20 -15 -10 -5 0 5 10 15
0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000
W(t)
t
図 S2.7.1: Wiener過程の標本の例
確率微分方程式
確率過程X(t)が, Wiener過程W(t)と数学的に性質の良い関数µ(x, t)と σ(x, t)とによって
dX(t) =µ(X(t), t)dt+σ(X(t), t)dW(t) (S2.7.3) と書くことができるとき, これをX(t)に関する確率微分方程式(stochastic differential equation)と呼ぶ. 確率微分方程式はWiener過程によって駆動さ れる,ランダムな“ノイズ”を含むを微分方程式である.
µ(x, t)をドリフト関数,σ(x, t)を拡散関数,またはボラティリティ関数,と 呼ぶ. 明らかにµ(x, t) = 0,σ(x, t) = 1のとき式(S2.7.3)はWiener過程とな る.
Xk = X(tk),∆tk = tk+1 −tk,∆Wk = W(tk+1)−W(tk)と書くと, 式 (S2.7.3)は
Xk+1−Xk ≈ µ(Xk, tk)∆tk+σ(Xk, tk)∆Wk Xk ≈ X0+
k−1
∑
j=0
µ(Xj, tj)∆tj+
k−1
∑
j=0
σ(Xj, tj)∆Wj (S2.7.4) のように近似的に表現される. ここでξk∆tk = ∆Wkとおいた. ∆tj →0と したとき∑
を∫
に置き換えて, X(t) =X(0) +
∫ t 0
µ(X(s), s)ds+
∫ t 0
σ(X(s), s)dW(s) (S2.7.5) と書くことにする. このとき,右辺第3項のWiener過程に対する積分は確率 積分(stochastic integral)と呼ばれる.
具体的には, 拡散係数σ(·,·)を各区間[tj, tj+1]の左端点で固定しながら W(t)を動かした際の増分σ(Xj, tj)[W(tj+1)−W(tj)]の総和を取り,さらに
∆tj→0としたときの極限
k−1
∑
j=0
σ(Xj, tj)[W(tj+1)−W(tj)]→
∫ t 0
σ(X(s), s)dW(s),
であり,伊藤積分(Itˆo’s integral)と呼ばれる. 式(S2.7.5)は,確率微分方程式 (S2.7.3)の積分形式表現である.
伊藤積分は以下の基本性質を持つ. いま,a, b∈R, g, hを十分性質の良い 関数t1< t2< t3として,
∫ t3 t1
gdW =
∫ t2 t1
gdW +
∫ t3 t2
gdW, (S2.7.6)
∫ t2 t1
(ag+bh)dW = a
∫ t2 t1
gdW+b
∫ t2 t1
hdW, (S2.7.7) E
[∫ t2
t1
gdW ]
= 0, (S2.7.8)
E [⟨∫ t2
t1
gdW
⟩]
= E
[∫ t2
t1
g2dt ]
. (S2.7.9)
なお,最後の式において, ⟨
·⟩
は伊藤積分の2次変動(quadratic variation)を 表す. 2次変動は, 確率過程をY で表すと, 差分の2乗和∑(
∆Yk)2
の極限 (∆tj→0)として定義される. (7.1.3項の「実現ボラティリティ」参照).
伊藤の公式
53 S2.8. Poisson過程 F(x, t)は, xに関して2階連続的微分可能(C2級), tに関して1階連続的 微分可能(C1級)な関数であるとする. このときF のTaylor展開
∆F = ∂F
∂x∆x+∂F
∂t∆t+1 2
∂2F
∂x2(∆x)2+ ∂2F
∂x∂t(∆x)(∆t) +1 2
∂2F
∂t2(∆t)2+· · · (S2.7.10) を考え,離散近似
∆x=µ∆t+σϵ√
∆t (S2.7.11)
を代入する. ここで, ∆x=x(t+ ∆t)−x(t)である. ∆xに対する2次までと
∆tに対する1次までの項を残すと
dF = ∂F
∂xdx+∂F
∂tdt+1 2
∂2F
∂x2σ(x, t)2dt
= (∂F
∂xµ(x, t) +∂F
∂t +1 2
∂2F
∂x2σ(x, t)2dt )
dt+∂F
∂xσ(x, t)dW これは伊藤の公式(Itˆo’s formula)と呼ばれる確率解析学における基本定理で ある.
以上の簡単な導出の手順において, 形式的には, (dW)2 = dt, したがって, (dx)2=σ2dt となる点が重要である.
伊藤の公式は, 式(S2.7.3)を満たす確率過程よりも広いクラスに対して適 用することができる. これらのより汎用的なクラスは伊藤過程と呼ばれる.