2. 実習⽣の問い
問うことは相⼿の思考を促す有効な⼿段である。⼩学校の授業においても,問うことを 通して児童の思考を促そうとするのは教師にとって有効な⼿段の⼀つである。だが,教師 を⽬指す学⽣の⾏動を⾒ていると,児童に問うことがなかったり,問うたとしても児童の 思考を促すのに適切ものでなかったりする。さらには,児童の思考を促すためではなく,
⾃⾝の計画した授業を進めるのに必要な⾔葉を引き出すためだけに問うていることすらあ る。その最たる例が「他にありますか」である。
実習⽣ 「…の答えはどうなりますか?」
児童 A 「◯◯です。」
実習⽣ 「ありがとう。他にありますか?」
児童 B 「△△です。」
実習⽣ 「なるほど。他にありますか?」
児童C 「□□です。」
実習⽣ 「そうですね。」(板書する。)
実習⽣に時折⾒られるやりとりだが,「他にありますか」を繰り返し,⾃分の授業を進める のに必要な⾔葉が出たらそれを捕まえて授業を進める。⾃分が授業をするのに必要のない
⾔葉は,児童がせっかく考えて発⾔したにも関わらず取り上げることはしない。
ここまで極端でないとしても,学⽣が問い,児童が答え,学⽣が次の問いを出し,とい う,いわゆる⼀問⼀答形式で授業を進めるケースもしばしば⾒かける。次の例は,学⽣が
⼩学校におけるインターンシップで実践した授業(⼩学校 6 年⽣社会科,歴史)のプロト コルある。
実習⽣ 「Y さん,その結果,何が発展したって⾔ってくれたかな?」
児童 A 「重⼯業。」
実習⽣ 「ちなみにみんな重⼯業って⾔葉わかる?」
児童 B 「⾦属,鉄。」
実習⽣ 「そう,⾦属とか,鉄とか。逆の軽⼯業っていうのもあるんやけど,それは服 とかです。じゃあ,他に何か調べた事⾔ってくれる⼈いる?Cさん。」
児童C 「重⼯業が発展したことで,⾜尾銅⼭鉱毒事件が起きて,⽥中正造が動いたこ とだと思います。」
実習⽣ 「ちなみに,⾜尾銅⼭って何が悪かったんやったっけ?」
児童D 「カドミウム。」
実習⽣ 「それはどういう⾵に出たって書いてた?」
児童D 「⼯場から出る有毒な煙や⽔。」
実習⽣ 「有毒な煙とか排⽔からの問題だね。煙とか⽔で,有毒な物が出てきちゃって,
健康に被害が及んだっていう⾵になってました。他に何か調べたことある?」
このケースでは,実習⽣が問うことによって児童は知っていることや教科書に載っていた ことを答えている。⾔い換えれば,児童は記憶していることや教科書で⾒つけた⾔葉を⾔
っているのであり,児童が考えたことや感じたことは表出していない。また,このやりと りをきっかけに思考が促されて疑問が⽣じたり,その疑問やそれに続く思考が表出された りすることもない。
3. 問いと学びについての仮説
教室における学びに関して,我々は次のように仮定している。教師の問いに対する児童 の発⾔は,その背景にある児童⾃⾝が経験したことや価値観,思考や感情などによって⽀
えられている。(特に教室場⾯という協働的な場⾯において)学ぶ・理解する,ということ は,児童が背景に持っている経験や価値観,思考,感情を表出して,それを共有しあい,
それに基づいて思考し,⾃⾝の考えを精緻にしていくことである。
この我々の知識観に関する仮説は,シェド ロフ(2001)の,⼈間へのいわゆる“情報”の⼊
⼒とそれに対する理解のレベルに関する「理 解の外観」という図(Figure 1)によって説明 することができる。シェドロフは,理解は「デ ータ(Data)」「情報(Information)」「知識
(Knowledge)」「知恵(Wisdom)」の順に深ま っていくと考えている。「データ(Data)」は,
その出どころやなぜ伝えられているのか,ど のように並べられているのかといった様々な コンテクスト(⽂脈あるいは背景; Context or Background)から切り離された事実の⼩⽚の ことである。データは,分類されたり整理され たりして「情報(Information)」となる。分類
や整理は,当然意図を持って⾏われる。そのため,情報はデータと異なり,特定の⽅向性
(=コンテクスト; Context)」を持って意味付けられている,と⾔える。「知識(Knowledge)」 は⾃⾝の経験を通して情報を内化したものであり,会話(Conversation)やストーリーテリ ング(Storytelling)によってやりとりできるものである。「数多くの経験や疑問を通して初 めて,知識の⾜跡のパターンを⾒ることができる。そうして得た情報のパターンこそ知識
Figure 1. The understanding spectrum (drawn by one of authors based on Shedroff, 1999). On the diagram, Shedroff said “Understanding is a continuum that leads from Data, through Information and Knowledge, and ultimately to Wisdom.”
なのであり,それにより,ものごとをより深く理解できるようになるばかりでなく,その パターン⾃体を理解することで,他の問題における異なった⽂脈上にも当てはめて使うこ とができるようになる。教育がすべきことは,これなのだ。」(シェドロフ,2001,p. 63)。 したがって,情報は他者にも当てはまる⼀般的・形式的な知であるのに対し,知識は⾃⾝
の経験という個⼈的な⽂脈に彩られた知であると⾔える。(「知恵(Wisdom)」については ここでは割愛する。)
先に挙げた実習⽣と児童とのやりとりにおいて,児童から引き出された⾔葉は断⽚的で あり,教師や他の児童は背景にある⽂脈なしでその⾔葉を受け取るしかない。シェドロフ の⾔葉で⾔えば,「データ」をそのまま記憶するしかない。それでは児童は深く理解したと は⾔えない。深い理解のためには,児童の発⾔の背景にある経験やそれに関連して考えた こと,感じたこと(これらも経験の⼀種であろう)を引き出し,それを含めて児童の考え の全体像をとらえる必要がある。
4. Reask
そのための⼿段として,我々は Reask を提案する。Reask とは,教師の問いに対する児 童の発⾔を受けて,続けて問い返すことである。単なる問い返しと異なる点は,Reask で は,深い理解のためには,児童の発⾔の背景にある経験や関連して考えたこと,感じたこ と(これらも経験の⼀種であろう)を引き出そうとする点である。
前節に⽰した知識観に基づき,我々は次のような授業観を持っている。児童の発⾔に対 して,それに関わる個⼈的な経験や根拠となる考えを再度問うことで,データを情報とし て位置付け共有し,知識としてクラスの児童の中に定着させることができるようになる。
授業における教師と児童の発話を分析するために,(模擬)授業の映像記録をもとにプロ トコルを起こし,Figure 2 のような図として視覚化する。この図は,プロトコルを⽂に分 割し,教師の問いを起点のノードとしてそれに対する児童の発⾔,またそれに対する教師 の発⾔…とノードを接続している。別の児童が発⾔した場合には,起点とした教師の問い のノードに接続するノードとして表す。また,教師の別の問いをした場合には,それを新 たなノードとして表す。これにより,授業全体のやりとりを全体としてネットワーク状に 表現したものである。
学⽣が Reask した場合に は,教師の問いにつながる⼀
連のノード群の⻑さが⻑くな る。⼀⽅,先述した「他にあ りますか」の例では,教師の 問いのノードに3つのノード がつながるような図となる。
Figure 2. Visualization of protocol. Utterances by teacher are underlined and Reask are shown in bold. Utterances from students are surrounded by frame.
5. ⽬的
本研究では,Reask を組み込んだトレーニング法である Reask モデルを構築し,Reask モ デルを⽤いたマイクロティーチングを通して,児童の思考を授業進⾏に活かす⼿法を獲得 し,また児童が主体的に考え知識を修得していく授業観を学⽣たちの中に醸成させること によって,児童の思考に寄り添った授業を⾏う⼒を育成することを⽬指す。
より具体的には,次の2つの⽬的を持って⾏われた。
⽬的 1 Reask モデルを⽤いたマイクロティーチングを開発し,実践を通して修正を図る。
⽬的 2 模擬授業及び授業実践を通して,マイクロティーチングの効果を検証する。
6. 実践の実際と考察
研究は,学部学⽣を対象とする調査Ⅰと,学卒院⽣を対象とする調査Ⅱに分けて⾏われ た。以下,調査ⅠとⅡを分けて記述考察し,最後に総合的な分析考察を⾏う。
6.1. 調査Ⅰ 6.1.1. ⽅法
調査Ⅰは,N ⼤学学部2 年⽣8 名を対象に,Table 1の通り2017年 12⽉〜2018年 1⽉ にかけて,正規の授業時間を使い実施した。
授業の1回⽬,2回⽬は学⽣が⾃由に考えたマイクロティーチングを⾏い,3回⽬の授業 で Reask モデルについての教⽰を⾏い,引き続いて Reask を意識したマイクロティーチン グを⾏った。
Table 1. Schedule and Contents of Survey I.
授 業 (Lesson)
実施⽇
Date
実施内容 (Contents of Lesson)
教 材 (Teaching material) 授業1
(Lesson 1) 2017年 12⽉15 ⽇ マイクロティーチング (Micro-teaching)
6 年社会『聖武天皇と⼤仏づくり』(導⼊) Grade 6, Japanese History [8th century]
授業2
(Lesson 2) 2018年 1⽉19⽇ マイクロティーチング (Micro-teaching)
6 年社会『武⼠があらわれる』(導⼊) Grade 6, Japanese History [11th century]
授業3
(Lesson 3) 2018年 1⽉26⽇
Reask モデル教⽰+
マイクロティーチング (Reask instruction + Micro-teaching)
授業2に同じ same as Lesson 2
Reask モデル教⽰の内容としては,先に述べた知識観,授業観に関することに加え,『⼤
仏づくり』『貴族の屋しき』の教材を例に,「仏教の⼒で平和な世の中にしようと考えた。」
という学⽣の意⾒に対して「その頃は平和じゃなかったの?」「どんな世の中だったの?」
「仏教ってどんなもの?」「仏教には世の中を平和にする⼒があるの?」など筆者らが質問 しながら Reask の仕⽅や Reask の例を⽰した。
その後,Reask を意識しながら導⼊部分の細案を書き,学⽣ A がマイクロティーチング を⾏った。
6.1.2. 結果と考察
(1) 授業 2 と授業 3 における発話数の変化
学⽣ A は,Reask モデルの教⽰のなかった授業2と Reask モデルの教⽰を⾏った授業3 においても,同じ教材を扱ったマイクロティーチングを⾏った。
Figure 3は,授業2のマイクロティーチングにおける教師の主発問に対する児童役の発
⾔とそれに対する教師の受け答えを話題ごとに⾏を変えて記録したものである。そのうち,
Reask の様⼦がわかる部分について拡⼤したものを Figure 4に⽰した。
Figure 3. Diagram of a part of protocol from a lesson by Student A [Before Reask instruction]
Figure 4. A part of Figure 3 (magnified).