Ⅰ. 緒言
本章では Panax属植物EOのβ-secretaseおよび ChEs阻害作用を有する有効成分を 探索した.有効成分の探索にあたり,候補化合物として,第2章の結果から,各Panax 属植物EOに高含有もしくは共通して含まれる化合物を実験に供した.すなわち,セ スキテルペン(Figure 11)からβ-elemene(1),α-humulene(2)およびspathulenol(3), 脂肪酸またはそのエステル(Figure 12)からmethyl linoleate(4),palmitic acid(5)お よびmethyl palmitate(6)を選定した.
Figure 11:Chemical structures of sesquiterpenes determined in this study.
β-Elemene (1) α-Humulene (2) Spathulenol (3) HO
H
H H H
30
Figure 12:Chemical structures of fatty acids and its esters determined in this study.
Palmitic acid (5)
Methyl palmitate (6) Methyl linoleate (4)
HO
O
O O
O
31
Ⅱ. 実験材料および方法
1. 実験材料
第3章に記したものを用いた.
2. 試薬
第1章に記したものを用いた.
3. 実験方法
3-1. β-Secretase阻害試験
第1章第1節に記した方法を用いた.
3-2. Acetylcholinesterase阻害試験
第1章第2節に記した方法を用いた.
3-3. Butyrylcholinesterase阻害試験 第1章第2節に記した方法を用いた.
4. 統計処理
第1章第1節に記した方法を用いた.
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Ⅲ. 実験結果
1-1. β-Secretase阻害試験
3種のセスキテルペンにおけるβ-secretase阻害作用を検討した(Figure 13).試験し たすべてのセスキテルペンは,250 および 500 μM の濃度において有意な阻害作用を 示さなかった.
Figure 13: Inhibitory activities of sesquiterpenes on β-secretase.
Data are shown as the mean with standard deviation (SD) as error bars. Significantly different from the control group, **; p<0.01.
-10 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90
β-Elemene α-Humulene Spathulenol Inhibitor-I
**
100 nM 250 µM 500 µM
% Inhibition
33
3 種の脂肪酸またはそのエステル(Figure 14)の結果を示した.Methyl linoleateお
よびmethyl palmitateの500 μMの濃度においてのみ有意な阻害作用を示したが,それ
ぞれ20.9%および21.6%と弱い阻害作用であった.
Figure 14: Inhibitory activities of fatty acids and its esters on β-secretase.
Data are shown as the mean with standard deviation (SD) as error bars. Significantly different from the control group, *; p<0.05, **; p<0.01.
Methyl linoleate Palmitic acid Methyl palmitate Inhibitor- I 0
10 20 30 40 50 60
50 nM 100 µM 500 µM
**
*
*
% Inhibition
34 1-2. Acetylcholinesterase阻害試験
3 種 の セ ス キ テ ル ペ ン に お け る 50%阻 害 濃 度 (Fifty percent inhibitory concentration :IC50)を算出した(Table 6).最も強い阻害作用を示したのはβ-Elemene でIC50値が77.2 μMであった.ついでα-humuleneがIC50値298.2 μMを示し,spathulenol においては500 μMの濃度で有意な阻害作用を示さなかった.
Table 6: Fifty percent inhibitory concentration (IC50) values of sesquiterpenes on inhibition of acetylcholinesterase.
Compound IC50 (µM)
β-Elemene (1) 77.2
α-Humulene (2) 298.2
Spathulenol (3) ―1)
Galantamine hydrobromide2) 3.6
1) No inhibitory activity at 500 μM . 2) Positive control for AChE assay.
3 種の脂肪酸またはそのエステルにおける IC50値を算出した(Table 7).その結果 methyl palmitate が本試験において最も強い阻害作用を示し IC50値は 68.8 μM であっ た.また,palmitic acidおよびmethyl palmitateは弱い阻害作用を示し,IC50値は>500 μMであった.
Table 7: Fifty percent inhibitory concentration (IC50) values of fatty acids and its esters on inhibition of acetylcholinesterase.
Compound IC50 (µM)
Methyl linoleate (4) 68.8
Palmitic acid (5) >500
Methyl palmitate (6) >500
Galantamine hydrobromide1) 3.6 1) Positive control for AChE assay.
35 1-3. Butyrylcholinesterase阻害試験
3種のセスキテルペンにおけるIC50値を算出した(Table 8).AChE阻害試験と同様,
β-elemeneが最も強い阻害作用を示しIC50値は137.3 μMであった.α-Humuleneにおい ては弱い阻害作用でありIC50値は>2000 μMであった.また,spathulenolにおいては
500 μMの濃度で有意な阻害作用を示さなかった.
Table 8: Fifty percent inhibitory concentration (IC50) values of sesquiterpenes on inhibition of butyrylcholinesterase.
Compound IC50 (µM)
β-Elemene (1) 137.3
α-Humulene (2) >2000
Spathulenol (3) ―1)
Tetraisopropylpyrophosphoramide2) 23.6 1) No inhibitory activity at 500 μM . 2) Positive control for BChE assay.
3種の脂肪酸またはそのエステルにおけるIC50値を算出した(Table 9).Palmitic acid が最も強い阻害作用を示し,IC50値は11.8 μMであった.ついでmethyl linoleateがIC50
値247.8 μMを示し,methyl palmitateにおいては>500 μMと弱い阻害作用であった.
Table 9: Fifty percent inhibitory concentration (IC50) values of fatty acids and its esters on inhibition of butyrylcholinesterase.
Compound IC50 (µM)
Methyl linoleate (4) 247.8
Palmitic acid (5) 11.8
Methyl palmitate (6) >500
Tetraisopropylpyrophosphoramide1) 23.6 1) Positive control for BChE assay.
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Ⅳ. 考察および小括
本章では,Panax 属植物 EO の β-secretase および ChEs 阻害作用を有する有効成分 探索のため,成分含有量が多い3種類のセスキテルペンおよび3種類の脂肪酸とその エステルの6化合物についてスクリーニングを行った.しかし,β-secretase阻害作用 を有する成分の同定は出来なかった.一方でα-humuleneにおいてはMurataらによっ てIC50値が2300 μMと弱い阻害作用を示すことが報告されており[36],α-humuleneは オタネニンジンEOのβ-secretase阻害作用に少なからず寄与していると考えられる.
AChE阻害試験ではβ-elemene,α-humuleneおよびmethyl linoleateの3化合物につい てIC50値を決定することができた.特にβ-elemeneのAChE阻害作用に関する報告は 本研究において初めての報告である.
また,BChE阻害試験ではβ-elemene,methyl linoleateおよびpalmitic acidの3化合 物についてIC50値を決定することができた.
現在日本において臨床使用されている rivastigmineは AChE およびBChE の両酵素 に阻害作用を有しており,ADによる認知機能障害の緩和において成果を上げている.
β-Elemeneにおいてはrivastigmineと同様にAChEおよびBChEの両酵素に阻害作用を 有していることから認知機能障害の緩和に有用である可能性が示唆された.
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総括
世界の認知症患者は右肩上がりに増加している.その中でもADの罹患者が急増し ており,2015年には4600万人を突破し,認知症患者の7割以上がAD患者だと言わ れている.増加の一途をたどるAD患者のケアに関わるコストも社会的な問題となっ ており,世界のAD患者のケアには81兆円にもおよぶ費用が必要と試算されている.
また,AD を含めた認知症による社会的損失として特筆すべき点は,認知機能に障害 を受けるため,患者自身が経済活動に参加できないことである.さらに経済活動への 影響は患者のみにとどまらず,日本における推計では,家族などの身内やボランティ アによる介護費用(インフォーマルケアコスト)が6.4兆円と試算されており,医療 費や公的な介護費を含めた認知症に関わる社会的な費用のうち全体の 42%を占める とされている.また,当然のことながら,家族が介護に関わっている時間は経済活動 に参加できないため,社会的な損失はさらに大きいものになる.このような社会的背 景から,AD の治療に向けた研究が日進月歩で進んでいるが,いまだAD の根本治療 につながる医薬品は開発されておらず,AD に伴う認知機能障害の緩和という対症療 法しか打つ手がない.
近年,ADの罹患にはAβオリゴマー仮説が提唱されており,AD発症はAβの産生 にはじまり,その後の Aβ凝集の初期において神経細胞は最もダメージ受ける.すな わちAD患者の病理所見において老人斑と呼ばれる AD患者脳に特徴的なAβの凝集 物が形成される頃には,神経細胞はすでに不可逆的な障害を受けてしまっている.こ れまでの認知症治療薬開発では,AD の根治を目的とし,すでにAD が発症した患者 を治験対象としてAβをクリアランスさせるaducanumab抗体やBAN2401抗体などの 研究が精力的に研究されてきた.しかし,障害を受けた脳から Aβをクリアランスし ても,不可逆的に受けた脳神経細胞の障害は回復せず,認知機能も回復しないことか ら AD治療薬としての研究開発は軒並み中止されている.また,AD 患者では神経細
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胞に障害をうけることで ACh の産生量が低下している.近年,臨床利用されている ChEs阻害薬はAChの分解酵素である,AChEおよびBChEの働きを抑え,AD患者の 脳内の ACh 量を維持することによって,認知機能障害を緩和し,一定の成績を残し ている.一方,ChEs阻害作用はあくまで認知症における認知機能の緩和であり,AD の根本治療には至らない.
そこで本研究では ADの予防という観点に重点を置き,AD 発症においてより上流 に位置する,Aβ産生とAβの凝集機構に着目した.Aβ産生においてはAPPからのAβ の切り出しの開始点である,β-secretaseに着目した.また,Aβは凝集することによっ て毒性を発現するため Aβの凝集抑制作用にも着目した.さらにすでに凝集している Aβの凝集解離作用も検討することで,Aβの凝集抑制作用に関わるメカニズム解明の 一助とした.また,ADを発症した患者のQOL(Quality of Life)を向上させるため,
すでに臨床利用されているChEs阻害作用にも着目した.
本研究では,東アジアにおいて広く薬用利用されているPanax属植物に着目し,そ の香り成分にADの予防および認知機能障害の緩和作用を求めた.Panax属植物にお いては特徴成分であるジンセノシド類に関する研究が広く行われているが,ジンセノ シド類以外の含有成分に関する研究例は少なく,香り成分に関わる薬理作用研究はほ とんどない.著者らはPanax属植物が特有の香りを有すること,また,古来よりPanax 属植物は湯に煎じる形で服用されてきたことから,立ち上がる香気成分にも何かしら の機能性があったのではないかと着想した.そこで本研究では中国,日本および韓国 において頻用されている,オタネニンジン,チクセツニンジン,サンシチニンジンお よびアメリカニンジンの4種類のPanax属植物のEOついてβ-secretase,ChEs阻害作 用およびAβの凝集抑制および解離作用について評価を行った.
第1章第1節では,Panax属植物EOのADの予防につながる作用を比較および評
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価するため,β-secretase阻害作用,Aβ凝集抑制および解離作用を評価した.その結果,
β-secretasse阻害試験ではすべてのPanax属植物のEOが有意な阻害作用を示し,その
中でもチクセツニンジンEOの阻害作用が最も強かった.また,Aβの凝集抑制試験で は,チクセツニンジンEOおよびサンシチニンジン EOが有意な抑制作用を示し,そ の中でもサンシチニンジンEOが最も強い抑制作用を示した.一方でfAβの解離作用 試験ではすべてのPanax属植物のEOが有意な解離作用を示さなかったことから,チ クセツニンジン EO およびサンシチニンジン EOの Aβ 凝集に関わる作用は凝集の抑 制作用のみであることを明らかにした.
第1章第2節では,ADによる認知機能障害の緩和につながる作用を比較および評 価するためAChEおよびBChE阻害作用を評価した.その結果,すべてのPanax属植 物の EO が AChEおよび BChE に対し有意な阻害作用を示した.AChE および BChE ともにオタネニンジンEOが最も強い阻害作用を示し,AChEでは50 μg/mLで70.4%,
BChEでは10 μg/mLで79.5%の阻害率であった.オタネニンジンにおいてはhexane抽
出物のChEs阻害作用が報告されており[44],AChEに対し250 μg/mLで18.1%,BChE
に対し100 μg/mLで20.3%の阻害率であったと報告されている.一方で,本研究では
水蒸気蒸留抽出によるEOにより強い阻害作用を見出しており,オタネニンジンの低 極性成分においては水蒸気蒸留抽出による EO が ChEs に対してより強い阻害作用を 示すことが明らかとなった.
第 2 章では,EO の構成成分を明らかにすることを目的として GC/MS 分析による 成分同定を行った.その結果,Panax 属植物に高含有な化合物として,1 種類のモノ テルペン,10 種類のセスキテルペン,6 種類の脂肪酸およびそのエステルの合計 17 種類の化合物を同定した.また,本 GC/MS 分析からオタネニンジン EO においては セスキテルペンが,チクセツニンジン,サンシチニンジンおよびアメリカニンジンの 各EOにおいては脂肪酸およびそのエステルが主たる構成成分であることを明らかに