さはれ︑誓は空し︑質にや世捨人なりし求道の比正尼にも魔やはあbげん︒っきたるは知らず︒幼
け き 稚 子 や 親 態 し
Z眠畳めに思ふらん︒されど子は捨てんか︒墨染の袖に恥ぢ同道はひたぶるに何
れぞ︒御山下る是か非か︒迷へる母は迭に子の男子になるまでにやと修道の御山を降る︒木の葉をさ
をふ秋風や無常の戚如何ばかbぞ︒彼の比正尼の憎み乙れを云へるらん︒山を下れる母は祖父のもの
せるかたばかbの演の法華堂に︑涙の子守唄に︑成人せよと以たすらに生長らへてあち向︒長らへで
あれば恥多しとか母は御山の人遣につめたき思ひかけられっ︑も︑法の矯め演の堂守に幾年か遺る︒
朝の風つめた
b d
勤め︑黄昏の寒きに法鼓打つ︒備の御慈悲仁喜び︑世間の辛きに悲み︑唯一人の道k
を悲穣哀惜唯々南無妙法蓮華経の信心愈φ強盛に来る年︑来る春を迎へて候︒
さはれ近くの寺に預貯てあbぬ子日々に成人し子は幸ひに本化の志厚︿近年事業成bて専ら師の寺
に師b精勤給侍厭ふととなきは彼の比正尼の厚き信仰の賜にや候はん︒彼と此の吾とは知らや︒母は
子故の愚痴深︿寄る年波の敏いとまさb︑国預髪︑漸︿白︿婁乙そ見ゆるははかなくも悲し︿費え候
此の上は世間の苦みと業因を御題目にまかせてほどかせんばかり申上げ候︒知らや唱題の功徳の如何
ばか
bを︒母や今︑やすらはん春の日を待も給へるなるぺし︒あはれ︑悌天祖師一切衆生に冥加あら
せ 給 へ 南 無 妙 法 蓮 華 経 老 比 正 尼 の 子
0 0 0
子 様 御 侍 香
イ 掲
感
落
弁
良 昭
宗敬は人類に於ける心理的現象なb︑一切の額動的宗敬的現象は総て人類の心理的機能なb
︑是
れ一
に其機能を措任する主体の外に其れが向ふ所の客体ありて始めて生ずる者なb︒然れども此の機能乞
絶封的に宗教的特質を有すと稽す︐へからず︑故に其然ると否とは客体の有無に非や寧ろ如何なる種類
の客体なるやにあb︑開論的自畳辛踊主義の如き主体自己を客体とせるは宗敢的仁非ず客体は主体に
卓越し其卓越も人類的卓越に非令して異等の本体に劃する絶封の卓越ならぎるぺからず之を稀して宇
宙的勢力或は神と稀す︒而も理論的命名に非ず宗教的概念なb︑宗教的機能とは賃に人の神に劃する
交捗即関係の謂なb而して此の閥係は意識的なるを要す︑卸も人なる主体が意識的に神なる客体と交
渉するに於て神の寓象なかるべから十︒これなければ宗教な主なb是れ即ち宗教的機能の稜足貼たる
と共に同時に叉要素なb︑従て宗教的生活の賃質なり︑而してとの寓象の宗敬的機能の前堤には必ら
AV過境的意義と便値とぞ有せまるべからず︑印も遁品川ん的意義に於て異珂ならぎるべからや︑若し其寓
象が皐に合詩的なる意誠の内容に止まるとせ
λ
か間性は直もに之に向て掃除すぺりればなb︑何んと儲
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. . .
、
一五
三
備
感
一五
四
なれば共過境的立義の宗敬的空想仁し℃批評的問性と相闘争し悟性之れが征服者となりて宗教的動機
珍減すぺければなり︑是宗教的蹴係の基として過境的意義の異なるぺ
3
を要するものにしτ
︑先天的観念論︑論理的懐疑論の宗義は宗敬を不可能ならしめ終に二重眼理に迷執すぺけん而巳︑於此乎吾人は
雨者の意義仁封する範園は理論的意識は宗敬的意誠の要せぎる材料をも含有し又前者が其経験材料の
十分ならゴる矯め坂納的明断し待
F
る者をも后者は希望的惜一僚をなして雲霧中に間人すイし︑これ雨者は其核貫一致せぎるべからず︑叉互に交捗せゴる部分に於ても此共通の核質そ普︿事あるぺからゴ
るなり︒故に后者が其最高度に遣し前者が決して迷誌にあらざるを許すに於て︑初めて合一し誌に后者
は前
者以
外に
至ら
.るに至︑従て宗敬的世界観は理論的世界観よ5bb別に標置するを要せや后者は前n
者の心斑的事賃より坂納して強固なるを得ん︒而して宗教の如何を問は令其盛時に於ては即ち其国民
の理論的世界観と投合せしものな・90拘言せば宗教の創確は必らず其闘民営時の理論的世界観ご結合
せしものなb︒然れども其周国仁趨臆して詮化接展せんとするには勢ひ新要素の要求を来たし必然的
に自由討究の健全なる知力の助を借ら
5
るべから予︑市れども宗敬︵殊仁宗教家︶は一切の文化の準歩 及知力の進化は共始は健全なるが如きも︑終には忌むべき結果を呈すとなし︑精紳接達上に少なから5
る病的流街佐を撒布するものとして自家の妄見を脱せぎるが如し︒然りと難色是の衝突は幾許の時間
を経由して後決せらるべき色のにして︑即ち宗教が其信徒に満足を輿へ叉永く戚情に使はれし宗教的
理性的判断は其藤粋に甘んじ︑科皐的確詮と自家宗敬の設定との宰は忽も諭静的通路を求め来たb
て ︑
宗教内部の力は進取的世界観の明白なる詮明に曾ひ︑其嬰守的てム推断中に渡せらる︑に至b
︒例
せば
太古人民の紳詩的世界観は営時に於げる合理的宗敬需要に出でたるも現今此を一科鳳?として研究する
のみなるが如し︒乙れ時代の問題は幾何の時を経れば文化の指導たる小敷が︑絡に文化の上に幾世紀も
遅れ
たる
大多
数−
T服し得べ主に仮して止まん而己︒而るに現在宗敢の代表者︵筈思想家︶が多数の信仰
備は動か
5
るを以℃自家り破るぺから5
るを主張するも︑何等を詮するのカな︿して識者の笑を招くは寧
λ
愚と云ふべきか刊一於此吾人は云はん︑現在宗教の代表者所謂奮思想家は自己程度の宗敬を以τ
絶針無上の宗教なhと信者ヲるが故まりと︒いはい︑歴史的過程を公明に観取するの能力無き者なb
︒従
て
宗教的世界観エの離反を求め科串を恐れて一もこもな︿無限なb絶封なb不可思議℃ふ語の下に神秘
的神して宗敬営評債せんさせ
bo
余は明か彼等台婦問輩に骨げえます︑開論的世界左及科皐の進歩は一宗
教をして固渦ならしめんとするのみならず︑叉絡には従来の不満足を轄ずぺ
3
一路そ敬ゆる込のなbo 其の不満足ケ戚ずるは其宗敢に取りては一時苦痛に似たるが如きも将来躍進の原動力はとれに基せ・9 主云ふべきなb︑媒介榊皐の如
B
は買に此の苦痛を嫌忌して新酒佐官瓶に注ぐが如き憧着をなし彼が偶
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山
一五
五
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一五
六
典へんとせし活生命は麓じて破滅の捧となb︑進化的宗教の稜展を阻害するらのと云はぎるべからや︒
蓋し乙れ周悶が︵諸科皐︶之を屈服せしむるに非守して科皐が宗教に手を借して其れが新世界観に進む
ぺきを助け常に宗敬の雨友として其照管的賛助として存在すぺ予に反せるを以てなり︒吏言せば現代
の奮思想家輩は宗敬なるものを一々の形態に遁じたる普般の性質に於て見る事をなきゃして其一定の
現象形態のみに観察を下せばな
bc
斯︿云は主彼等は目して宗教の第一義諦を︑杢然理論的判断の型に
乗せ一々とれを亦訴細論せんとするものなるべし︒然れども余もとよb狂漢に非ら子︑宗敢の義諦が絶
封無肢にして不定文字的なるは元よ与知悉せる所︑而も其無限絶卦に速する吾人の指導的説明に於て
合理的を要求して止ま
F
るものなbo
苦し斯事にして出来得べからずとせば︑其の宗敬的信仰守惹越
せんには過境的に異聞たらざるぺから子︑元よムリ宗致的世界観等は思想の動揺に従て時代に趨臆すぺ
きものなれば︑数理的真理の絶針を要せ予と雄も少なくとも正確な号質質科事の確定したるが如き︑
正確に近き蓋然を要するものなb︒即ち抽象的絶劃異現在らずとも人生賀行上蓋然さえ慮に於て異質 に近き人生には影響なく行錯を支配する上に於て絶針的異班︑と同じき債値あるを要するな・00過渡時
代に於ける宗教家の主とする所は寛容在く自家のみにて完成し陪史的︑接運上諸の閥係に迎臆せざる
宗教的世界観は制定的にして其一部を代へんと欲せば︑全部を破壊せぎるべから
5
ゐに至る故に一定不鍵の宗教観を主観的並に客観的に信十る︑宗教的材能に支障を生
C
己に反せる信仰は非宗教にしτ
非宗教的行震を生むものごし︒斯の人をして漸次撰充すぺき宗敬的範園を反比例的に狭院ならしむる
の傾向と在bて︑其の勢力極めて薄弱なるに至る︒斯く緯越し来れば現代宗教の幣来人心を化遁する 上に就て不満足なる結論−
e
呈すべきは明白なる事に非やξ雄も︑其の宗教なる第一原理に至b
ては吾人の問ムベ︿も非ぎる所在
h o
只此れに達する手段の不合煙的にして飴bに神秘的なるの雄以ゐるは
会︿宗教の債値を墜落せしむるものなり︒要するに従来何れの遍臓をも退け寓象と戚情の濁立的債値
を承認し而も意志のこれよ・9貴重なるを知る︒宗致的道徳主義は寅に最も異質最も高尚なる宗敬的現
象なbム﹂云ムペし畢荒するに科事を失段としこれによ
bτ
合理的に或る程度迄説明し得べき非榊秘的
︵迷信氏反せる︶宗教師ち合理的信仰に安んじ合理的安心を得らるべき宗教を望むや切︑翼︿ば過渡
時代に於げる奮思想家よ少し︿猛省すると乙ろゐb
て可
也︒
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︵ 完 ︶
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昭和八年仲夏組山皐院厚徳寮北寮十一一概室にて
鍋
感
一五 七