第1節 アミノピリジン骨格を有するMps1キナーゼ選択的阻害剤の創製124) 第1項 アミノピリジン骨格を有するリード化合物の同定
筆者はMps1キナーゼ阻害剤のデザインに際して、c-Jun N-terminal kinase(JNK)
キナーゼ阻害剤を鋳型とすることが妥当ではないかと考えた。Bamboroughらは203種類 のキナーゼに対して577個の化合物のスクリーニングを実施して、SAR相同性ツリーを作 成した101)。このツリーは遺伝子系統樹と類似しており、お互いに近い位置にあるキナーゼ は SAR が類似していることを意味している。この SAR 相同性ツリーにおいて Mps1 と JNK1は最も近い位置にある一方で、キナーゼ遺伝子系統樹では異なる系統である。Mps1 とJNK1はキナーゼドメイン間でのアミノ酸相同性は27%しかないが、SAR相同性ツリー において最も近い位置にあることは極めて興味深い事象である。この理由を説明できる理 由の一つとしてゲートキーパー残基(ヒンジ部位奥に位置するアミノ酸残基で選択性に大 きな影響を与える)の一致が挙げられる(ともにメチオニン)102)。加えて、筆者は、キナ ーゼドメイン全体での類似性は低いが、アデノシン三リン酸(ATP)から近い距離(4.5 Å)
のアミノ酸類似性(similarity)は60~70%と比較的高いことがMps1とJNK1のSAR類 似性が高い要因の一つであると推察した。実際に、第2節で活用するJNK阻害剤SP600125 はMps1とJNKの両方の阻害剤であることが知られている86−88,104)。以上を考慮して、JNK 阻害剤を起点としたMps1阻害剤探索のアプローチに着手することとした。
Abbott社のグループは、アミノピリジン骨格を有するJNK阻害剤を報告した(Figure
30
2-1)105,106)。本阻害剤は、興味深いヒンジ結合様式を有していることがX 線結晶構造から
明らかとなっており、加えてキナーゼ選択性も高い。分子量などのリードプロファイルも 優れていることを考慮して、筆者はアミノピリジン誘導体をリード化合物として選択した。
まず、アミノピリジン3-2106)を合成してMps1阻害活性を評価した結果、本化合物は568 nM のIC50値を示し、良好なMps1阻害活性を有していることが分かった。そこで、アミノピ リジン誘導体についてさらに構造変換を実施することとした。
第2項 Mps1キナーゼ選択的阻害剤3-12の同定
化合物3-2に加えて、Abbott社のアミノピリジン3-3106)と3-4105)を合成して評価した
(Table 2-1)。化合物3-2と3-3の比較からメタンスルホニル基の導入はJNK1阻害を大幅 に向上させるが、Mps1に対しては殆ど効果がないことが分かった。化合物3-3の逆アミド 体となる化合物 3-4 は、Mps1 活性が 8 倍程度減弱するものの、JNK1活性は維持した。
Abbott社の報告したX線結晶構造解析において、アミドカルボニル基がヒンジ部位のメチ
オニンと水素結合を形成していることが明らかとなっている。そこで次に、アミドカルボ ニル基に代わる水素結合アクセプターを探索した。Tableにデータは示していないが、スル ホンアミドやウレア、オキサゾール、オキサジアゾールなどの各種ヘテロを検証したが、
いずれもMps1活性は減弱した。興味深いことに、必須と思われた化合物3-4のアミドカル ボニル基を除去したアミン誘導体3-6について、JNK1阻害活性は消失したものの、Mps1 阻害活性は維持した。そこで、各種アミン誘導体を検証した結果、アニリン誘導体3-7がア ミド誘導体3-3よりも強い阻害活性を示した(Mps1 IC50 = 228 nM)。さらにアニリン上に アミド基を導入した化合物3-9が、対応する無置換体3-7と比較して7倍程度活性が向上し
て37 nMのMps1阻害活性を示した。Mps1阻害活性の改善とJNK1との選択性の改善を
目指してピリジン環2位の側鎖(エトキシ基)のSARを実施した。各種誘導体を検証した
結果、tert-ブチルアミノ基を導入した化合物3-12において6倍程度活性が向上し、さらに
JNK1との選択性も改善することが分かった(Mps1 IC50 = 6.4 nM、JNK1/Mps1 = 36)。
31
MPS1 IC50(nM) JNK1 IC50(nM) Compd
529 350
4200 260
3970 >100000
228 1035
37 190
3-2
3-3
3-4
568 4.7
3-6
3-7
3-12 3-9
6.4 231
Table 2-1.SAR of aminopyridines
N O
O HN
NH2 N
Me S
N O
NH
NH2 N
Me O
Me O
O
N O
O HN
NH2 N
Me
N O
Me NH
NH2 N
N O
Me NH
NH2 N
N O
Me NH
NH2 N H2N
O
Me Me
NH N NH2
NH
N
Me H2N
O
Structure
次に筆者は、Mps1阻害活性の向上した化合物3-9と3-12の細胞活性を検証した。細 胞内でのMps1 阻害活性を調べるために、テトラサイクリン非存在時にMps1 を発現誘導
32
するRERF細胞を作成し、Mps1の自己リン酸化阻害を測定することで細胞内Mps1活性 を定量した。化合物非存在下のコントロールに対して50%阻害する濃度をIC50として提示 した。その結果、tert-ブチルアミノ基を有する化合物3-12は131 nMの細胞内自己リン酸 化阻害活性(pMps1 IC50)を示した。一方で、エトキシ基を有する化合物3-9は、1.8 µM の自己リン酸化阻害活性を示し、3-12より低い活性であった。次にこれら2化合物のin vitro の癌細胞増殖阻害活性について、ヒト肺胞基底上皮腺癌細胞A549を用いて検証した。その 結果、化合物3-9と3-12のIC50値はそれぞれ9.5 µMと0.84 µMを示し、これら2化合物 の細胞内Mps1自己リン酸化阻害活性とA549増殖阻害活性は相関した値を示した。
細胞活性の強い化合物3-12について、95種キナーゼパネルを用いて1 µMの濃度での キナーゼ選択性を検証した。その結果、化合物3-12はFlt3とそのD835Y変異体で50%以 上の阻害活性を示したが、その他の93種のキナーゼは全て50%以下の阻害率で高い選択性 を示した(Table 2-2)。
Table 2-2. Kinase profile for compound 3-12
Kinase 3-12, inhibition % at 1 uM Kinase 3-12, inhibition % at 1 uM
ABL_H396P -3 MAPK11 0.87
ABL_Q252H -0.43 MAPK12 1.4
ABL_T315I 3.1 MAPK13 -3.7
ABL1 3.3 MAPK14 -6.3
ABL2 -5.7 MAPK3 2.5
AKT1 5.7 MAPKAPK2 -2.1
AKT2 -11 MAPKAPK3 0.87
AKT3 -1.7 MAPKAPK5 -5
AURKA -6.8 MARK1 0.58
AURKB 5.5 MARK2 4.6
AURKC -8.4 MARK3 5.6
BMX 0.35 MET -2.5
BRSK1 1.9 NEK2 8.9
BRSK2 3.7 PAK2 -4.4
BTK 5.2 PDGFRA -4.6
CAMK2B 0.91 PIM1 5.7
CAMK2D -29 PIM2 -3.7
33
Kinase 3-12, inhibition % at 1 uM Kinase 3-12, inhibition % at 1 uM
CAMK2G 4.1 PRKAA1 14
CAMK4 -0.51 PRKACA 3.3
CDK2 7.1 PRKCA 4.5
CHEK1 -6.5 PRKCB1 9.9
CHEK2 -10 PRKCB2 2.1
CSNK1A1 -10 PRKCD 4.4
CSNK1D 4.4 PRKCE 39
DCLK2 11 PRKCG 11
DYRK1A 5.8 PRKCH -4.4
EGFR 2.4 PRKCQ -18
FER 0.2 PRKCZ 5.2
FGFR1 2.1 PRKD1 25
FGFR2 15 PRKD2 37
FGFR2_N549H -1.9 PRKD3 16
FGFR3 -9.5 PRKG1 8.2
FGFR4 -0.54 PRKG1A 11
FLT3 50 RAF1 -4.9
FLT3_D835Y 86 ROCK2 -3.5
FYN 0.96 RPS6KA1 0.85
GSK3B 14 RPS6KA2 -0.11
HCK -5.9 RPS6KA3 3.9
IGF1R -13 RPS6KA4 13
IKBKB 16 RPS6KA5 -10
INSR 2.1 RPS6KB1 14
IRAK4 -2.7 SGK 1.9
KDR 12 SGKL -24
LCK 11 SRC 11
LYN -2.6 STK3 -9.5
MAP4K4 21 SYK 16
MAPK1 5 TSSK1B 1.8
TSSK2 -3.3
34 第3項 化合物3-12のin vivo評価
in vivo 薬効評価を実施するために化合物 3-12のマウスPKプロファイルを検証した
(Table 2-3)。化合物3-12は25 mg/kgの投与量で最大血中濃度(Cmax)は3542 ng/ml、
AUCは6604 ng·h/mlを示して良好な経口吸収性を示した。
次に A549 細胞を用いたマウス xenograft モデルを用いて抗腫瘍効果を測定した
(Figure 2-2)。A549のxenograftマウスに対して25 mg/kg、50 mg/kg、100 mg/kgの投 与量で化合物3-12を19日間1日1回投与で実施したところ、投与量依存的に抗腫瘍効果 を示し、100 mg/kgにおいて47%抗腫瘍阻害効果を示した。
Figure 2-2. Tumor growth efficacy of 3-12 in A549 xenograft model. Mice were dosed once daily for 19 days.
Asterisks indicate statistically significant difference from vehicle-treated group based on the Dunnett t-test (** P ≤ 0.01).
35 第4項 アミノピリジン誘導体の合成
アミノピリジン誘導体は、Scheme 2-1−2-3に記載した方法に従って合成した。アミノ ピリジン3-6は、3-5にフェネチルアミンを加熱条件下で付加させることで得た(Scheme 2-1)。
アミノピリジン3-7は、化合物3-5にアニリンを付加させることで合成した(Scheme
2-2)。アミノピリジン3-9は、4-アミノ安息香酸メチルエステルを付加させた後に加水分解
し、アンモニアと縮合することで合成した(Scheme 2-2)。
+ H2N
N O
Me NH
NH2 N R
a or b R
N O
Me NH
NH2 N H2N
O
3-7: R = H 3-8: R = CO2Me
c 3-5
3-9
Scheme 2-2.Reagents and conditions: (a) Et3N, DMSO, 180 °C (microwave); (b) Pd(OAc)2, BINAP, Cs2CO3, dioxane, reflux; (c) (i) aqueous NaOH, DMSO, rt; (ii) HATU, Et3N, aqueous NH3, DMF, rt.
アミノピリジン3-12は、化合物3-10とtert-ブチルアミンをマイクロウェーブ照射下
36
250 °Cで反応させて化合物3-11として、加水分解、アミド縮合反応により合成した(Scheme
2-3)。
第2節 インダゾール骨格を有するMps1キナーゼ阻害剤の創製125)
第1項 SP600125からインダゾール骨格を有するリード化合物4-6のデザイン
SP600125はJNK阻害剤として知られているが、最近、Mps1阻害活性を有すること
が報告された(Figure 2-3A)86−88,104)。SP600125はMps1 IC50値が98 nMを示し、良好 な Mps1 阻害剤である一方で、本化合物はその他のキナーゼに対しての選択性が低いこと が課題で更なる臨床開発やリサーチツールとしての使用が制限される一つの要因となって いる。筆者は、SP600125が分子量、PSA、LEの観点からシード化合物として魅力的であ り、さらに本化合物とJNK1のX線結晶構造解析データも利用できることから合理的なド ラッグデザインも可能であると考え、SP600125を起点としたMps1阻害剤の探索研究に着 手することとした。
37 O
N NH H
N N
Mps1 IC50= 98 nM
R
SP600125 4-5:R = H
4-6:R = OEt
3 5
6 7
4
Figure 2-2. (A) Design of indazoles 4-5 and 4-6 from SP600125; (B) X-ray structure of SP600125 bound to JNK1 (1UKI). Key residues are shown by sticks with green carbon. Hydrogen bonds are shown as dotted lines in red; (C) Docking model of 4-5 bound to JNK1 (1UKI). Residues with green carbon are identical in Mps1, while residues with yellow carbon are different in Mps1. Upper residue labels are JNK1 and lower residue labels are Mps1. (D) Docking model of 4-5 bound to JNK1 (1UKI) with pocket surface colored in orange. The binding pockets and solvent region are indicated. HBA is the approximate position of the hinge carbonyl (JNK1: Met111, Mps1: Gly605). Figures were generated with PyMOL.
SP600125とJNK1阻害剤のX線結晶構造(PDB ID: 1UKI)を基にして、適切な置
換基導入位置を考察した(Figure 2-3B)。まずSP600125の3環性骨格からインダゾール 骨格をデザインした(Figure 2A)。理由として、X線結晶構造においてSP600125のカル ボニル基は明示的な相互作用がないこと、また各種置換基導入に際して縮環型構造は合成 的な制約がかかることが挙げられた。次に、デザインしたインダゾール 4-5(市販品)の Mps1阻害活性を評価したところ(Figure 2-2A)中程度のMps1阻害活性を有することが 分かった(Mps1 IC50 = 2.1 μM)。さらに本化合物を基にした化合物デザインを実施するた
38
めに、化合物4-5とJNK1のドッキングモデルを作成した(Figure 2-2C, 2-2D)。インダゾ ール環 7 位はゲートキーパー残基メチオニンに隣接しており、許容スペースが少ないこと から、この部位への置換基導入は適切でないと判断した。一方で、6位からの置換基導入は キナーゼバックポケットに伸長することが可能であると考えた。加えて、5位からもリボー スポケットへのアクセスが可能であることから、それらの部位への置換基導入は適切であ ると考察した。一般的にバックポケットやリボースポケットはキナーゼ間でアミノ酸残基 が保存されていないことが多く、キナーゼ選択性発現に重要とされている。インダゾール5 位と6位とは異なり、4位からの置換基の伸長は溶媒露出部位に位置することになるため、
活性向上に与えるインパクトは少ないと判断した。以上の結果からインダゾール環5位と6 位への置換基導入を考慮することとした。インダゾール環 5 位にエトキシ基を導入した化 合物4-6を合成し評価したところ(Figure 2-2A)Mps1阻害活性が498 nMを示し、対応 する無置換体4-5と比較して活性が向上した。本結果は上述の化合物デザインがある程度妥 当なものであることを示すものであり、リード化合物4-6を起点としてさらに構造変換を実 施することとした。
第2項 リード化合物の最適化によるインダゾール4-32aと4-32bの同定
インダゾール4-5とJNK1のドッキングモデルを考慮すると、インダゾール環3位の フェニル基はフロントポケットに位置している。このポケットもバックポケットやリボー スポケットと同様にキナーゼ選択性に寄与する部分といわれている10,12)。Figure 2-2Dから ヒンジのカルボニル基(Gly605)との水素結合によりさらなる活性向上が期待できると推 察した。インダゾール環 3 位のフェニル基は、このヒンジカルボニル基と近い位置にある ことから、フェニル基上への水素結合ドナーの導入が適切であると考えた。そこでこの部 位への水素結合ドナーの導入について検討した(Table 2-4)。