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る。

サヤ詰めは素地を上か ら装入す るが

,棚

板 の 場合 は棚板 を組んだ まま横か ら挿入す ることも で きる。横か ら装入で きるとなると

,異

な る形 状 や サ イズ の もの などの詰 め合 せが容易 にな り

,ス

ペース・ ユーテ ィリテ ィを高めることが 可能 になる。

「生素地」 を乾燥す ると「素地」 にな り,「素 地」 を焼成す ると「 白素地」 になる。 自素地の 検品は

,ガ

ス窯導入後の ことで

,石

炭窯ではな か った ことである。石炭窯の場合

,窯

出 し人 も 多 か ったため に

,検

品 も兼 ねて いた とみ られ る。

LPG貯

蔵 の 3ト ンタンク

ガ スは

,ブ

タンとプ ロパ ンを ミックスした も のである。

LPG(比

0.5の液体

)と

して ロー

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リー車

(7‑8ト

)で

運び込 まれ

,窯

場の裏 手に設置 された横長の

LPGタ

ンク(3ト ン

,図

18)に 入れられる。気化器 (Vaponzer)は 直径

lmで

窯場のそばに配備 され

,気

化 したガスを 焼成に使 うのである。冬場にはガスの再液化防 止に気を付けねばならず

,配

管を保温材で巻い て対処 した。

「油煙巻き」一ガス乾燥に伴う問題―

ガスによる乾燥では,「油煙巻 き」 といって,

ガスによって人形の指先や鼻頭などが黒 くなっ て不良品化する問題が発生 した。 これは

,泥

漿 の流動性を良 くするために入れる珪酸 ソーダに よるもので

,尖

頭部 に集 まりやすいためであ る。導入時の頃は

,不

良品が

20‑30%も

あった が

,や

がて

5%以

下に抑えることができるよう になった。生素地の乾燥を早 くすることにより

47

,7

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図17『デ ュポー式 ガ ス窯 の焼成 と ノベ リテ ィ磁器素地 の諸性質』 の 目次

(注

)今

井俊夫氏が 1963年 にまとめたノー トの目次である。 ノー トには平面図,立面図

,側

面図や表

,考

察などがきれい な字で丹念にまとめられている。

,3

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タタ

77̀

名古屋学 院大学論集

18 LPG貯

3ト ンタンク(製陶工場の南側上段)

(注

)1988年

に撮影されたもので

,加

藤豊氏の提供による。

油煙巻 きは減 るが

,素

地 の亀裂は起 こりやす く なる。

乾燥室の設置―ガス窯操業への対応一 生素地の乾燥室をつ くったのは

,ガ

ス窯導入 後 の ことであ る。 それ以前 の石炭窯時代 は

,生

素地 は天 日乾燥が主体であ った。

 1週

間サ イク ルの焼成であったために

,天

日乾燥で もなん と か対処で きたのである。 それで も雨天が続 くと 乾 きに くいために

,練

炭で乾 か した りもした。

しか し

,ガ

ス窯を導入 して焼成が 1日 サ イク ルになると

,生

素地 の乾燥時間を大幅に短縮す ることが必須 にな った。乾燥室 は

,ガ

スを燃料 として使 い

フ ァンで空気を循環 させ室内温度 と湿度を均一化 させ る。乾燥室の両端 に 120cm の フ ァンを置 き

,そ

の間にガスバーナー

4基

を 均等間隔で配置す る。 また各ガ スバーナーの中 間 に排気 口を

8箇

所設置 し

,そ

こに吸収 された 湿 った空気は1本のダク トにまとめて屋外 に排 出す る。 日中は生素地を乾燥 し

,夜

間には石膏

型 を乾燥すると 1日 中利用で きる。

乾燥室 は

,高

木製作所 につ くって もらった。

乾燥 のためのエネルギ ーは

,練

炭か ら電熱 に切 り替え

さらには電熱か らガスに切 り替えた。

石炭窯 の時代 は練炭を使 うと

,工

場 の中が煙 っ て しまうし

,練

炭の火をお こすのに も手間がか か った。電 気 は

1961‑2年

頃 まで使 って い た が

,ガ

スの方が安 いためにガスヘ切 り替えた。

石膏型での鋳込 みは7回/日 が可能 であ った が

,石

膏型が表面だけ乾 いて中 まで乾かないと

5回

/日 で湿 って しまう。 そ こで

,温

度 を下げ て乾燥時間を長 くしじっくりと乾かすようにし た。

4.4.丸

山陶器 の工場 レイア ウ トとその変遷

―ガス窯への転換 と工場の拡張合理化―

高度成長期の工場 レイアウ ト

1950年代 の工場 レ イア ウ トを示 したのが図

19(1階 )お

よび図

20(2階 )で ,上

空か らみ

瀬戸 ノベルテ ィのパ イオニア・ 丸山陶器船論

区団□

豊陶稲荷社

N

生素地 天 日乾燥場

湯沸場

WC

匿罫 ¬

原型室[

トラックか ら石炭を下 した。

19 

石炭窯時代 (1950年 代

)の

丸山陶器の工場 レイアウ ト(1階) (注

)工

場の設計図をもとに

,今

井俊夫氏が作成したものである。

※の部分は

,2階

建て。

斜線の部分は

,地

下室あり。

外注用 白素地倉庫

倉庫"

荷造工場

置 場

絵付工場(北)

生素地置場

製土工場 電気炉上絵

製陶見本場 焼成工場

製陶(種全)工

絵付工場(南)

試験室

□ 焼成工場

角目   角曰

石膏 型工場

臓 室一 室

展示室

(商談室)

20 

丸山陶器の工場 レイアウ ト(2階)

(注

)工

場の設計図をもとに

,今

井俊夫氏が作成したものである。

石膏型 ケース 置場

倉 庫

車 庫

外詮品 倹収工場

駐 車場

車 庫

たのが図3である。道路を挟んで南側 に各種原 材料置場

,製

土工場

,石

膏型工場

,生

素地天 日 乾燥場

,施

釉場

,焼

成工場

,絵

付工場

,上

絵焼 成工場 などが並ぶ。道路 の北側 には

,事

務所,

外 注 品検 収 部 門

,荷

造 工場

,各

種 倉庫 などが あ って

,南

側 の工場で出来 た絵付完成品 (人形 が主

)は

道路を横断 して北側に運搬 され

,荷

りされた後

,出

荷 され る。

1960年にガ ス窯が導入 され るが

,各

工場の レ イアウ トは焼成工場を除 き大幅な変化 はみ られ なか った。焼成工場では

,石

炭窯(角窯 と丸窯)

を壊 してガス窯を

3基

導入 した。

工場 レイアウ トの刷新・ 拡張合理化

その後

,1970年

には さらに拡張合理化のため に

,工

場 レイア ウ トの刷新 を図 っている(図21,

ただ し

2階

は変 わ らず)。 これによ って

,物

流 の合理化

,効

率化が進んだ。第一 に

,道

路 の南 側 に社内生産部門を集結 させた ことである。道

豊陶稲荷社

路の北側 (事務所側

)は ,外

注生産部門のみと した。 これによって

,荷

造 り 。出荷のために,

道路を越えて北側に製品を運ぶという物流のロ スが省略されたのである。

第二に

,道

路の南側では西方に拡張 し

,各

場の配置を大幅に変更 して

,生

産工程にそって 西か ら東へ と物が流れ るように した ことであ る。物流合理化のポイントは,ま ず製陶(鋳込・

仕上

)工

場を西端に新設 し

,製

陶工場→乾燥室

→施釉場→素地焼成工場→絵付工場→上絵付焼 成工場の各工場を工程にそって配置 したことで ある。 これによって

,製

陶工場から素地焼成工 場への物流がスムーズになり, とりわけ素地焼 成工場から絵付工場への物流が大幅に改善 され た点が注目される。以前は素地焼成工場 と絵付 工場は別棟で

しかも絵付工場は一段高い敷地 にあり

,絵

付工場への白素地の運搬には難儀 し ていたのである。道路の北側にあった荷造・ 出 名古 屋学 院大学論集

ゴ ミ置場

守 衛 室

私 有道 路

│ガス貯蔵 │

̲44重

図21 1970年以降の丸山陶器の工場 レイアウ ト(1階) (注

)工

場の設計図をもとに,今井俊夫氏が作成したものである。

※の部分は,2階建て。

斜線の部分は

,地

下室あり。

1材料置場1撃1鳳至上LE為

荷造(出荷)工 場

荷造材料 置場

絵 付工場

=コ

)絵

=

電気:炉1

荷造材料置場

Ⅸ 隅 茎﹄ WC女

一友 町 Ш 脱

乾燥 室ユ 乾 燥 室,T

製陶(椰f)工素地焼 成工場

ガス炉2M83基.35M3

□□□□

焼成地 置 場 原料 置場

瀬戸 ノベル テ ィのパ イオニア・ 丸 山陶器(′閑論

荷工場は

,道

路 の南側の上絵焼成工場跡に移転 された。 さらに一段高いところにあ った絵付工 場

2棟

,荷

造材料置場 に転用 された。 こうし て

,社

内生産品については道路 の南側で

,出

荷 に至 る全作業が完結 す るよ うにな ったのであ る。

以上 にみ るよ うな拡張合理化 (1970年

)で

面 目一新 した丸山陶器 ではあ ったが

,1971年

のニ クソンシ ョックを契機 とす る変動為替相場制へ の移行

さらに第1次

02次

石油危機 などの激

動 に もまれ

,つ

いには1980年代後半以降 の急 激 な円高を乗 り切 ることはで きなか った。

5。

おわりに

窯業原料調合のエキスパー ト。今井俊夫氏 と の面談 は

,落

ち着 いた雰囲気 の中で進 め られ た。数冊の ノー トにまとめられた詳細 な技術管 理資料 と明晰な思考を もとに しての静かな語 り の中に

,仕

事 にかける深 い愛着 と思 い

,誠

実 な 仕事ぶ りと自負が伝わ って くる。今井氏 には番 外編 として

,丸

山陶器の工場 レイアウ トも設計 図を もとに まとめていただ いた。画家・ デザ イ ナーの上野山エイシ氏か ら拝聴 した色彩論や丸 山陶器 の人形論 は

,技

術者や職人 とは一味違 っ た興味深 いものであ った。

各 ヒア リングに同席 していただいた加藤

 

豊 氏 は

,重

要 な論点 になると身を乗 り出 し

,当

時 の状況や歴史的に入 り組んだ糸をほぐそ うと真 剣 なまなざ しで コメン トされ るなど

,テ

ーブル

を挟んで白熱 した雰囲気が醸 し出され る。筆者 は といえば

,そ

うしたプ ロセスに参入す るも,

しば し固唾を呑んで見入 り質問を重ねるなど,

歴史的な意味を解 こうとあが くのである。加藤 豊氏 とはまた

,差

しで何回 も対話を重ねた。本 稿 は

,そ

うしたプ ロセスの中で紡ぎ出された彼

らとの協同の産物 といえる。

なお

,丸

山陶器の経営・技術の沿革(第

2章

)

およびその製品の評価 (第

3章

第 1節

)を

まと めた本稿の前半は

,1997年

の小論に加筆修正を 加 え編集 し直 した ものであ る。本稿 はまた,

1996‑7年

の調査 と今回調査 との協同の産物で もある。丸山陶器を系統的に深 く論ず ること は

,瀬

戸 さらには 日本の ノベルテ ィ産業の経 営・技術・ 文化を論ずることでもある。次号で は

,そ

の課題 とより深 く切 り結びたい。

参考文献一覧

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大せ ともの祭協賛会 。せ とものフェスタ97実 行委員 会『 セ ト・ ノベルテ ィ』1997年 。

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14代 酒井田柿右衛門『余自の美

 

酒井田柿右衛門』集 英社,2004年。

滝澤浩幸「輸出統計にみるノベルテ ィの生産」『 セ ト・ ノベルテ ィ』1997年 。

十名直喜「瀬戸の地場企業にみる伝統 と新地平

‑4企

業モデルにみる陶磁器産業の求心力 と遠心カー」『地 場産業研究』第19号,1997年。

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丸山陶器 に見る今昔 と文化的資産」『 日本人形玩具学会年報』

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十名直喜「セ ト・ ノベルティの絵付職人 と絵付職場―

丸山陶器にみるノベルテ ィ絵付の技能 と労働の足跡

―」『地場産業研究』第20号,1998年。

日本陶器株式会社編『 日本陶器70年史』日本陶器株式 会社,1974年。

長谷部楽爾監修『世界やきもの史』美術出版社,1999 年。

服部文孝「セ ト・ノベルテ ィの歴史」『 セ ト・ ノベルテ ィ』

関連したドキュメント