まず量子群のnegative partをZ[q, q−1]上で定義しよう. これは量子群 のKostant–Lusztig formと呼ばれる.
定義 6.5.1. Uq−(g)Z⊂Uq−(g)をfi(n) (i∈I, n >0)で生成されるZ[q, q−1] 部分代数とする.
これのウェイト空間を(
Uq−(g)Z)
λ := Uq−(g)Z ∩ Uq(g)λ で定義すると, Uq−(g)Zも同様にウェイト空間分解
Uq−(g)Z = ⊕
β∈Q+
(Uq−(g)Z)
−β
を持つ.( Uq−(g)Z)
−β が有限生成Z[q, q−1]加群であることは自明である. 実は, 次の定理が成り立つ.
定理 6.5.2. (
Uq−(g)Z)
β はZ[q, q−1]上の自由加群であり, Q(q)線形空間 Uq−(g)βのZ[q, q−1]格子をなす.
この証明は略するが, あとに述べる大域基底の存在と密接に関連して いる.
そこでKostant–Lusztig formについても双対空間を以下で定義する.
定義 6.5.3. 各β ∈Q+に対しウェイト空間ごとに双対を取り, その直和
を取ったものを
Uq−(g)∗Z := ⊕
β∈Q+
(Uq(g))∗Z)
−β, (Uq−(g)∗Z)
−β := HomZ[q,q−1]
((Uq−(g)Z)−β,Z[q, q−1])
と書く. Q(q)⊗Uq−(g)∗Z ≃Uq−(g)∗なので, Uq−(g)∗Z⊂Uq−(g)∗と思える. こ れもZ[q, q−1]格子をなす.
補題 6.5.4. Uq−(g)Zはe′i, fi(n)の作用で閉じている. またUq−(g)∗Zはe′i(n), fiの作用で閉じている.
Proof. Uq−(g)Zがfi(n)で閉じているのは定義から明らか. またe′iの作用に ついても補題 6.2.2の交換関係から従う. Uq−(g)∗Zについての主張はその 双対である.
次の補題は 定義から明らかである.
補題 6.5.5. β ∈ Q+とu ∈ (
Uq−(g)∗)
−β にたいして次の二条件は同値で ある.
(a) u∈(
Uq−(g)∗Z)
−β, (b) ∑
k=1,rmkαik =βとなる任意のr ∈Z≥0, mk ∈Z>0, ik ∈I (1≤ k ≤ r) に対して
e′i1(m1)· · ·e′ir(mr)u∈(
Uq−(g)∗Z)
0. 従って次の命題が成り立つ.
命題 6.5.6. K ⊂Uq−(g)∗をe′i(n), fiの作用で不変なZ[q, q−1]加群で,次の 条件(a)–(c)を満たすとする.
(a) 重み分解K =⊕β∈QKβ (Kβ:=K∩(
Uq−(g)∗)
β)をもつ.
(b) K0 =(
Uq−(g)∗Z)
0.
(c) β ∈ Q+\ {0}, u ∈ (Uq−(g)∗)−βとする. e′i(n)u ∈ Kが任意のn ∈ Z>0
とi∈Iに対して満足されれば, u∈Kである.
そのときK =Uq−(g)∗Zである.
Uq−(g)∗Zには大域基底と呼ばれる良い基底が定まることが知られている9. 定義 6.5.7. Q代数としてのinvolution •: Uq−(g) → Uq−(g)をq := q−1, fi := fi によって定義する. またこれを用いて, •: Uq−(g)∗ → Uq−(g)∗を φ(u) = φ(u)で定義する. これらを量子群のbar involutionと呼ぶ.
注意 6.5.8. このbar involutionは内積による同型Uq−(g)∗ ≃ Uq−(g) (命 題 6.4.6) では保たれない.
定理 6.5.9 (柏原 [Kas91, Kas93]). 次の条件(a)–(g)を満たすUq−(g)∗Zの Z[q, q−1] 加群としての基底B が唯一つ存在する. 以下bはB の任意の 元10とし, εi(b) := max{k ≥0|e′ikb̸= 0}とおく.
(a) Bはウェイト分解を持つ. すなわちBλ := B∩Uq(g)λとおくと, B =
⊔
β∈Q+B−β.
9詳しくは柏原自身による解説[Kas95]を参照.
10通常の記法では大域基底の元はGup(b)やGlow(b)などと書かれる.
(b) 1∗ ∈B. ここで{1∗} ⊂Uq(g)∗0は{1} ⊂Uq(g)0の双対基底である.
(c) e′ib ̸= 0のとき, ˜eib ∈Bで e′ib= [εi(b)]ie˜ib+ ∑
b′∈B, εi(b′)<εi(b)−1
Ebb(i)′b′ (
Ebb(i)′ ∈qqi1−εi(b)Z[q])
を満たすものが唯一つ存在する.
(d) ˜fib∈Bで
fib =qi−εi(b)f˜ib+ ∑
b′∈B, εi(b′)<εi(b)+1
Fbb(i)′b′ (
Fbb(i)′ ∈qq−i εi(b)Z[q])
を満たすものが唯一つ存在する.
(e) ˜eif˜ib=b.
(f) e′ib ̸= 0ならばf˜i˜eib=b.
(g) b=b.
このB をUq−(g)∗Z の(上側)大域基底という. またこれの双対基底を Uq−(g)Zの(下側)大域基底という. gのCartan行列が対称であるとき,下 側大域基底はLusztig [Lus90a,Lus90b]が幾何学的に構成した標準基底と 一致することが知られている(9.2節参照).
例 6.5.10.
• A1型(g=sl2,I ={1})のとき,下側大域基底は{
f1(n) |n≥0} であ る. また上側大域基底は{qn(n−1)/2f1n·1∗ |n≥0}と書ける.
• A2型(g=sl3, I ={1,2})のとき, 下側大域基底は {f1(a)f2(b)f1(c), f2(c)f1(b)f2(a) |b≥a+c}
で与えられる. ただしb =a+cのときはf1(a)f2(b)f1(c) =f2(c)f1(b)f2(a) が成り立つ.
なお, このように単項式で下側大域基底が書けるのはA2型までである.
7 章 NilHecke 代数の表現論
半単純Lie代数や量子群の表現論において,もっとも基本的なのはsl2と Uq(sl2)の表現論である. したがって量子群のcategorificationを考えるに あたっても, まず考えるべきはsl2-caseである. この場合, 対応するKLR
代数はnilHecke代数と呼ばれる代数になっている. その性質と表現論を
調べよう.
7.1 定義と基本的性質
この章全体を通じてI = {i}はただ一つの元iからなるとし, A1型の ルート系を考える. I ={i}だからIn={(i, . . . , i)}も1元集合であり,し たがってRn =R(nαi)が成り立つ. A1型ルート系に付随するKLR代数 Rnは生成元x1, . . . , xn,τ1, . . . , τn−1と関係式
xkxk′ =xk′xk,
τkxl =xsk(l)τk if l̸=k, k+ 1, τkxk+1−xkτk =xk+1τk−τkxk = 1,
τkτk′ =τk′τk if |k−k′|>1, τk+1τkτk+1 =τkτk+1τk,
τk2 = 0
で定義される代数であり, degxk =−degτk = (αi, αi)により次数が定ま る. この代数をnilHecke代数という.
NilHecke代数では組紐関係式が厳密に成り立つため,τw:=τk1τk2· · ·τkl はwの最短表示w=sk1sk2· · ·skl ∈Snの取り方によらずwell-definedで ある. 今の場合τk2 = 0なので
τwτw′ =
{τww′ if ℓ(ww′) = ℓ(w) +ℓ(w′), 0 if ℓ(ww′)< ℓ(w) +w(w′)
が補題2.3.3と同様にして成り立つ. またKLR代数の基底定理2.3.1は今
の場合
Rn= ⊕
w∈Sn
k[x1, . . . , xn]τw となる.
Rnの多項式表現(定理 2.4.2)はnilHecke代数の場合Pn =k[x1, . . . , xn] となる. この作用はτkに差分商作用素∂kを対応させることに他ならない.
注意 4.2.4で注意したとおり, Pnは次数付きRn加群である. Rn加群と して
Pn ≃Rn/ (∑n−1
k=1
Rnτk ) (7.1.1)
という同型がある.
またPnは忠実であるから,補題 2.4.3より次の交換関係が従う.
補題 7.1.1. 任意のf(x1, . . . , xn)∈Pnと1≤k ≤nに対し, Rnの中で τkf =sk(f)τk+∂k(f)
が成り立つ.