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I区

ドキュメント内 緊壻誠絆 (ページ 42-45)

西 大 寺 境 内 の調 査

本 年度 の防災 工 事 は、 本 堂 と護 摩 堂 を 対 象 と した もの で 、 貯 水槽 か ら東 塔 跡 の 東 を通 って本 堂 と護摩 堂 に い た る配 管 予 定 地 で 調 査 を行 な った。 防 災 工 事 関 連 調 査 報 告書 は工 事 最 終 年 度 に刊 行 予 定 で あ るの で 、 こ こで は各 区 の調 査 成 果 の 概 要 を簡単 に述 べ るに とどめ た い 。

SB 8は 1間

分 を確 認 した に と ど ま るが 、 本 来 は さ らに

1間

東 に延 び

2間

の 妻 柱 と考 え られ る。

SA12は

南 北 方 向 の 築 地 塀 で 、 西 辺 を 近 世 以 降 の 土 娯 に破 壊 さ れ て お り、基 底 部 の 幅3.8m、 高 さ0。

3mが

残 る 。 SA 12の 北 延 長 部 は Ⅲ 区 の 東 拡 張 区 と

V区

の 西 端 にか か って お り、 北 で 西 に 約

2度

振 れ る 。 SD 13は 幅1.8m、

深 さ

0.5mの

南 北 溝 で あ る。 奈 良 時 代 後 半 の 土 器 が 出 土 した 。

SD 5と

の 心 々 距 離 は

19.5m(65尺 )で

あ り、 両 者 は 西 大 寺 造 営 に よ って 埋 め 立 て られ た西 三 坊 坊 間 路 の 東 西 両 側 溝 に あ た る可 能 性 が あ る。 Ⅱ区 西 端 で 検 出 した

SA14は

掘 立 柱 南 北塀 で あ ろ う。柱 間 は不 明 で あ る。

Ⅲ区

東 塔跡の 東 を通 る、 幅

2m、

長 さ

42mの

南 北 トレ ンチで あ る。 表 上 下 に は 中世 以 降の遺物 を含 む淡 褐 色 砂 質 土・ 黄 灰 色 砂 質 土・ 暗 褐 色 土 等 が堆 積 し、 そ の 下 が 西 大 寺 造 営 時 の 整地 上 (黄褐 色 粘 質 土)、 地 山 (黄 褐 色 粘 土

)で

あ る。 整 地 土 上 で奈 良 時代 後 半 以 降 の 、 地 山上 で は古 墳 時 代 の 遺 構 を検 出 した。

SA20は

表 土 下 で 検 出 した江 戸 時 代 の 南 北 塀 で あ る。 奈 良 時 代 の 遺 構 に は 、 Ⅲ 区 中央 に設 け た 東 西 の 拡 張 区 で 検 出 した 築 地 塀 SA 12と 南 北 溝SD 13があ る。 と もに Ⅱ区で 検 出 した もの の 北 延 長 部 に あ た る。 南 北 溝 SD 21は 、

V区

の SD 22と

1.5m(5尺 )を

隔 て て 平 行 す る 幅0。

2mの

細 溝 で 、 SA 12の 堰 板 痕 跡 で あ る。

SX19は

東 塔 の 八 角 形 基 壇 の掘 り込 み 地 業 の 一 部 で あ るが 、 拡 張 区 が 短 く八 角 形 基 壇 の本体 に は とど いて い な い 。

SD 15、 SB 16・ 17、 SD 18は古 墳 時 代 の 遺 構 で あ る 。SB 16は 南 北

3.5mの

方 形 の竪 穴住 居 跡で 、西 辺 を検 出 した。 床 面 に は貼 り床 を して お り、 周 囲 の 壁 沿 い に溝 が め ぐる。

5世

紀 中 ご ろの 上 師 器 が 出 土 した。

SD15も

竪 穴 住 居 跡 の 床 面 周 囲 の 満 が 残 った もの で あ ろ う。 掘 立 柱 建 物SB 17は 妻 柱

2間

分 を 確 認 した が 、 調 査 区 が 狭 く棟 方 向 は わ か らな い 。SD 18は幅0.8m、 深 さ

0.6mの

溝 で あ る 。 SB16の西 辺 とほぼ直交 し、

5世

紀 中 ごろの上 師器 と須恵 器 が 出土 した。

Ⅳ 区

本 堂 の 東 に設 け た、 幅 1.5m、 長 さ

40mの

南 北 トレ ンチで あ る。 Ⅲ区 の 北 端 に

―‑ 80 ‑―

SA14

xニ199300 

so13

S011 SD10

S805

SA04 SA03

9  た望P Cて

'

BR   日ピ.

甲甲 回 路 甲

離 日  ピn

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図41 西大寺境内発掘位置図および発掘遺構図(1:200)

連 続 す る。 表 土 下 に は 中近 世 の 包 含 層 が0.2〜

0.3mの

厚 さで 堆 積 し、 遺 構 の ほ とん どは黄褐 色粘 質 上 の 地 山 上 で 検 出 した 。

SA23は 1.8m(6尺 )等

間 の 南 北 塀 で あ る。 Ⅳ 区 の 南 端 か ら南 へ 延 び ず 、 こ こで 西 に折 れ 曲が る可能 性 が 高 く、 本 堂 の 足 場 穴 列 か も しれ な い。 柱 穴 か らは江 戸 時 代 の 上 器 が 出 土 した。

SD26は

3m以

上 の 東 西 溝 で 、 北 岸 を 江 戸 時 代 の 溝 に切 られて い るため 本 来 の 幅 は明 らか で はな い。 埋 土 に は多量 の 焼 土 と、 13〜14 世 紀 を 下 限 とす る土 器・ 瓦 が 含 ま れ る。

SA27は

この 溝 の北 岸 に接 した東 西 方 向 の 築 地塀 で あ る。 基 底 部 の 幅

1.2mで

あ る。

SD24は

2mの

東 西 溝 で あ る。

SA

25は この溝の 北約

2mに

あ る掘立 柱 東西 塀 で あ る。 と もに奈 良 時代 の溝 で あ ろ う。

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