E子 合 奏 G男
A子
図2‐3.A 子の対人関係と参加度の変容(①~④)
①は、セラピストの声掛けに対し、一度は活動に参加するが、次のタイミングが見いだ せないため、再び拒否反応を示している状態である。
②は、B男が「やろう」と声掛けし、参加を促すが、やはりそれに応じることができず、
グループの輪の中に入れずにいる状態である。
③は、セラピストが C子、D 男を呼び、A子を含むグループを作り、間接的に参加を促 すと、それに消極的に反応し、何とか活動に参加している状態である。
④は、合奏の活動に移り、同じグループの E子、F子、G男と共に、好きな楽器を手に 演奏している状態である。この時の A子は活動に対し、積極的な参加をしている状態であ る。
A 子のような「快」の感情は、他の子ども達にも見られ、他の活動の中で、子どもの視 線、表情、言動、音楽的行為(声や歌)、身体的な動き等を通して感じ取ることができた。
(2)セラピストが活用した技法の検討
もう一つの視点である「セラピストの技法」に着目した結果、各活動から表2-11に示 すような技法が抽出された。
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表2-11.活動内にみられたセラピストの技法
セラピストの技法 活 動 事 例 即興的な対応 トーンチャイム(4、5 歳)→EP1-1、EP1-2
ゴム鈴(3 歳)→EP3
曲調の変化 ツリーチャイム(1 歳)、リボン(5 歳)マラカス(2 歳)、
レインスティック(3 歳)、シンバル(2、3 歳)
転調 フィンガーベル(5 歳)
太鼓(1、3、5 歳)
変奏 グループ合奏(2 歳)
テンポの変化 トーンチャイム(4 歳)→EP1-1 マラカス(1、3 歳)→EP2-2 ゴム鈴(2 歳)
曲のサイズの調節 カスタネット(3 歳)
グループ合奏(4、5 歳)→EP4
タイミング カスタネット(3、4 歳)、シンバル(1 歳)、太鼓(4 歳)→EP2-1 間の取り方 ゴム鈴(4 歳)、カスタネット(3 歳)、シンバル( 4 歳)、太鼓(2 歳)
レパートリー使用 グループ合奏(3、4、5 歳)
1 つ目は即興性が重視されている点である。活動のほとんどが即興演奏によって支えら れている。ある時は間をつくって子どもが表現する時間を確保し、ある時は子どもの表現 をつなぐようにタイミングを見計らって音楽をつけ ている。このようなテクニックは、療 法的アプローチの特徴の一つである。活動がスムーズに進行していると、実践者の力量を 見落としがちだが、実践者が代わることによって活動の質が変化することから、即興演奏 の能力は活動の重要な核であると言える。
特に特徴的なのは、EP1-1、EP1-2 の波線部分にあるように、トーンチャイムの音に即 興的にピアノを入れる場面である。既存の曲は使わず、その場で創り出された子どもの音 楽に応じ、ペンタトニックの音階を使って伴奏が奏でられていた。トーンチャイムとピア ノの音量のバランスについても、トーンチャイムが 1音ずつ鳴ることに配慮し、その音を かき消さないよう、多くの音を使わずに伴奏を入れていた。
また「即興的な対応」にカテゴライズされていない活動でも、セラピストの直感的判断 によるものが多く、曲調やテンポ、調性や曲の長さを即興的に変化させていた。セラピス
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トの歌やピアノは、活動全体を通して即興的に演奏され、常にその場に応じて形を変えて いたことになる。それは、規定の曲の場合にもみられ、楽譜通り演奏することはほとんど なく、その場に応じて音域やテンポ、曲の長さ等を調整して使用していた。
2つ目は音・音楽に対して操作性がみられる点である。表 2-11 にある曲調、転調、変 奏、テンポ、サイズ、タイミング、間、レパートリー等がほとんどの活動の中で操作され ていた。(例として、EP1-1、EP2-1、EP2-2 の波線部分)一曲を繰り返し弾く場合でも、
同じパターンを弾かず、曲調や調性に変化をもたせる。これらの工夫は、言うまでもない が、セラピストの演奏能力を誇示するためのものではなく、子どもの活動が停滞せず、常 に前進し展開していくようにするためのものである。また、テンポやタイミングを変化さ せることで、常に活動に緊張感をもたせ、子ども達の集中力を喚起していた。
4.考察
(1)子どもの表現に対する肯定的な受容
この活動において重要視されていたのは、子どもから発信される音や音楽への注目であ る。保育者が提示するモデルを正確に模倣するような活動では、子どもの発する音や音楽 が正確であったかどうかに関心が向けられがちである。だがこの活動では、子どもの出す 音や音楽の正確性ではなく、子どもの表現における創造性を重視している。これは、EP2-1 にあるように、子どもが太鼓の枠を叩いたり、バチの反対側で叩いたり、音が聞ききとれ ないほど優しく叩いたりする等、本来の太鼓の叩き方を逸脱していても、セラピストがそ の行為を否定的に捉えず、肯定的に捉えている。
そして、子どもから発信された音や音楽を丁寧に受容し、応答しようとしている。音楽 的活動では、子どもの表現や演奏に対して、「良くできたね」「上手だね」等、言語によっ て受容、応答をする光景をよく見かける。しかし音楽表現活動では、子どもの表現に対す る言語的な介入だけでなく、テンポ、タイミング、間をつくることで、音楽的な応答を多
94 く取り入れていた。
(2)自己肯定感の促進
EP2-2に見られたように、保育者の模倣から子ども同士の模倣へ発展させる技法を取り
入れた活動は、音楽的なコミュニケーションを成立させる下地ができ、自己肯定感が促進 される活動だといえる。子どもの表現に発展の可能性があることを信じ、タイミングを見 計らいながら、新たな音楽や活動を取り入れている点も特徴的である。
また自己肯定感を裏付ける「快」の感情は、EP4 の例だけでなく、それ以外の場面でも 感じ取ることができた。例えば、太鼓の活動で関心をもって参加し、自分の番が来るのを 楽しみにしながら待つ子どもがいたり、合奏の活動で、3 番まである歌を時間の都合上 2 番で止めると、「もう、終わり?」と残念そうに言う子どもがいたり、次の活動が示される 度に歓声をあげ、音楽に合わせて体を揺らしながら参加する子どもがいたりした。このこ とから、子ども自身が「快」の感情をもって活動に参加していたことがわかる。
(3)セラピストの応答的能力
音楽表現活動の中で、セラピストは音楽の機能を用いて、その場をコントロールしてい たことが明らかになった。セラピストが使っていたのは 、その場で起こっている子どもの 姿を瞬時に捉え、それに対して音や音楽で的確に応答する能力である。この応答的能力を 使うことにより、子ども達は主体的に動き、創造的な表現を生み出す機会を得ていた。こ の技法は、予め練習したり準備したりするだけで習得できる能力ではないだけに 、使いこ なすまでに時間を要するが、楽譜通りに弾けること、手遊びや表現遊びのレパートリーを もつことと同様に大切な能力である。
5.まとめ
音楽療法的なアプローチは、子どもの表現を肯定的に受容し丁寧に応答することで、自 己肯定感を促進する活動であることを指摘した。この活動は、子どもの自己表現を喚起し、
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コミュニケーション力を育み、創造性と心身の成長を促すために非常に有効であるといえ る。それは、この活動内に子どもの表現を尊重し、表現するための自由な時間と空間があ り、選択した道を全うする責任をもたせる要素が含まれているからだといえる。
「子どもの表現」を核にして音楽活動を展開するスタイルは、先に示した「ミュージッ ク・チャイルド」の考え方にも重なる。下川自身は、音楽療法における様々なアプローチ を学び、トレーニングを受けた上で、保育の場で独自のスタイルを確立している38。した がって、必ずしも創造的音楽療法の概念に依拠して活動を行っているわけではないが 、根 底に流れるものには共通性が見られた。
このように、保育者側の提示する「モデル」を模倣することから始まる音楽活動とは別 の、子どもから発信される音や音楽に耳を傾ける活動は 、保育の中で大きな意味をもつと 言える。
また、活動の中心に音や音楽を置き、セラピストが声を荒げて指示する場面は全くなく、
活動自体に子ども達を能動的にさせる時間と空間が包含されていたことも重要な点である。
これは音楽の構造性と関係しており、自由にして良い時間的空間を与えていたことになる。
さらに、保育の目的の達成のために、合図のように音楽を使うのではなく、音楽表現の 経験そのものに意味を見出していた。これは、「音楽経験そのものに意味がある」とする「音 楽中心音楽療法」の考え方に関連づけることができる。「音楽療法の実践における音楽的な プロセス、音楽的構造、音楽的経験に意味がある」とする考え方は、保育における音楽の 位置づけを考える上で重要な示唆を与えてくれる。音楽による表現の活性化は 、音による コミュニケーションが可能になった状態から生まれる。また 、音によるコミュニケーショ ンがスムーズにかわされることにより、子どもたちは能動的に動き、ある一定の方向性を もった活動が保障されるのである。
38 2012年の保育園での実践観察後、下川英子氏へのインタヴュー(2013年2月12日実施)の中で得た ものである。「ご自身の実践は 、ノードフ・ロビンズの『創造的音楽療法』から影響を受けていらっ しゃいますか」との質問に対し、「このアプローチは学んだが、即興を活かす部分では影響を受けて いるが、自身の実践の全てではない」と答えている。