本研究は、音楽的活動における保育者の発信的能力・応答的能力の必要性を論じ、その 能力が、保育者養成校においてどの程度育成可能なのかを探ることを目的とするものであ る。その背景として、保育者の専門性には発信的能力だけでなく、応答的能力も求められ ていること、保育における音楽的活動の場で、音楽の位置づけと音楽的な関わりに問題が あること、音楽療法分野の保育への導入が進んでいることが挙げられる。これらの状況を 踏まえた上で、ノードフ・ロビンズの「創造的音楽療法」の概念とセラピストに求められ る「クリニカル・ミュージシャンシップ」を援用しながら、保育者に必要な音楽性につい て検討した。
本章では結論に先立ち、まずは第1章から第 3章までの内容を振り返っておきたい。
第 1節 総括的考察
第1章では、保育者の専門性が音楽的活動の場でどのように機能するのか、また保育者 の保育観や音楽観は、音楽的活動の実践にどのような影響を及ぼしているかという問いに 対し、関連文献と保育者への質問紙調査に基づいて考察した。
その結果、保育者の専門性として、第 1に子どもの独自性や個性を尊重することを保育 の出発点にすること、第 2に柔軟で豊かな発想をもつことが示された。そこから、子ども の個性を保育者のもつ豊かな基盤によって育てていくためには、発信的・応答的能力が必 要であることが示された。また、音楽的側面においては、保育者養成校がこれまで力を入 れてきた発信的な音楽的能力ばかりでなく、子どもの表現との間で音楽的能力が発揮でき る応答的能力の育成が望まれることが導き出された。現職の保育者による意識調査結果か らは、子どもの表現に対する「音による応答性の欠如」と、応答するための「音楽的資源 の乏しさ」が導き出された。
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このことから本研究の課題として、第1に保育における「音楽による応答性」を具体的 に示すこと、第 2に保育者の音楽的資源を具体化すること、第 3に前述した両者を含めた 全体像を示すこと、第 4に保育者養成校における指導の可能性について、実践を通して考 察することを挙げた。
第 2 章では、「音楽に特有の応答性」を重視する「創造的音楽療法」の概念とセラピス トに求められている「クリニカル・ミュージシャンシップ」が、保育者の音楽性を考える 上で有用なのではないかという仮説のもと、これらを考察し、保育者の音楽的能力と関連 づけて検討を行った。
その結果、第 1 節では保育者の専門性を考察する際に、「創造的音楽療法」を援用する 利点として、第 1に音楽中心性、第2に音楽の様々な機能を的確に用いて、クライエント の自己成長を促そうとしている点を挙げた。特に「創造的音楽療法」の中核的概念である
「ミュージック・チャイルド」における子どもの表現の捉え方は、「子ども自身が感じるこ とを重視すること」、「子どもなりの表現を大切にすること」等の保育の子ども観との間に 共通性が見られた。
第2節では、セラピストは音楽的資源をどのように用いて「音による応答性」を可能に しているのかという問いのもと、ノードフの音楽観を探り、「クリニカル・ミュージシャン シップ」の全体図を概観することによって考察した。
その結果、ノードフの音楽観として、①音や音楽のもつ本来の力を体験的知識として感 じること、②①の体験的知識を自身の音楽的資源にし、臨床場面に持ち込んで効果的に用 いること、③用いた音楽が、常に新鮮な音楽であること、それが子どもとの創造的な行為 の中で生まれること、④セラピスト自身の表現におけるレベルアップを目指すことが示さ れた。
第 3節では、下川氏が保育の場において実践している「音楽表現活動」の先行事例を考 察した。ここでは、子ども達に対するセラピストの具体的な関わりが明らかになり、即興 性と創造性を帯びたセラピストの応答的な関わりが みられた。事例の考察から、第 1 節、
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第2節で言及してきた療法的アプローチを、保育の場に導入するための具体像が示された。
セラピストと保育者が双方への理解を示すことで、療法的な活動を保育へ導入する可能性 が導き出された。ただしこの事例から導き出された課題として、セラピストのもつ技法を 保育者へどのように伝授するのか、また保育者が自立的に活動を行うためにどのような手 立てが必要なのかという点を挙げた。
第 4 節では、「創造的音楽療法」の援用をめぐって、子どもや音楽の捉え方との比較を 行い、保育者に必要な音楽性についての全体図を示した。子どもの表現の捉え方における 共通性として、第 1に表現の主体が子どもであること、第 2に表現のプロセスを重視して いること、第 3に表現のゴールは、自己表現のための体験にあること、第4に、表現を通 して、他者との関係の拡大と深化を目指していることが導き出された。また、音楽の捉え 方の共通性は、表現力と創造性を養い、自己表現を目指している点、表現手段として声、
ピアノ、楽器、身体等を用いる点が挙げられた。子どもの表現に対する保育者の関わりの プロセスは、①臨床的かまえをもって観察する、②子どもの表現を受容し、読み取る、③ 子どもの表現に対し音楽的応答をする、④①~③の段階を繰り返しながら相互反応性を促 す、⑤状況をみて方向性を見極める、⑥これらのプロセスを経て、子どもに「快」の感情 が生まれるように関わることを示した。保育者の応答的能力の育成のために、新たに追加 した項目は、「子どもの状況とニーズの把握」、「直感的な表現の受容」、「音楽的な反応」、
「方向性をもった活動」である。これまで保育者養成校 で指導されてきた項目としては、
「表現に反応するための音楽的資源」、「音楽的アイディア」を挙げた。
第3章では、保育者養成校において、保育者に必要な音楽性がどの程度習得可能なのか という問いのもと、保育者養成校の学生に対して質問紙調査と授業実践を行った。
その結果、第 1節では、保育者養成校の学生による意識調査から、学生が保育の音楽的 活動に対してもつイメージは、本人の幼少期以降の経験が反映して いる可能性が高いこと が明らかになった。そのため保育者養成校では、学生の意識改革をめざし、新たな音楽の 捉え方や音楽の使用方法について提示していく必要性を述べた。
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第 2節では、即興性を重視した「トーンチャイムで音のキャッチボール」という活動の 分析、検討を行った。学生の変化は、①即興演奏に対するイメージ、②それぞれの楽器の 機能、③創造性を生む構造、「音や音楽を自分でコントロールする」仕掛け、④自己と他者 による相互反応性の過程で起こる音楽的なコミュニケーションの面でみられた。
さらにこの活動を通して、学生の学びに階層レベルがあることが明らかになった。表層 レベルは、「子ども体験」としての学びであり、深層レベルは、「保育者体験」としての学 びである。学びの質を深化させるためには、指導者が事前に活動の意図や目的について説 明をすることと学生自身の十分な考察が必要である。それと同時に、子ども体験、保育者 体験の両方を段階的に体験し、保育者に求められる音楽的能力の習得へとつなげていくこ とを示した。
第 3節では、音による描写性を重視した「ストーリーに音響的効果を伴って」という活 動の分析、検討を行った。この事例の独自性は、セラピストの視点で音創りをし、創られ た作品を保育者・子どもの両視点から鑑賞するという点である。
その結果、学生が獲得したのは、①音に対する認識の拡大、②音で描写することへの関 心、③音の様々な機能についての理解、④相互反応性の重要性の 4点であった。子どもと 音を介してやり取りをしながら、表現を深めていくためには「観る」「観られる」の両方の 視点が必要であり、相手への「伝わりやすさ」と、相手からありのままを「受け入れる」
ことが求められることが明らかになった。
第 4節では、保育者養成校における音楽性の育成について言及した。即興性を重視した 事例は、子どもの内側に起こる様々な感情や思惑を疑似体験するのにふさわしい「主観的 な体験」として意味があったといえる。音による描写性を重視した事例では、作品創りは 保育者の視点で、作品鑑賞は保育者・子どもの両方の視点で捉えることで、学生自身の感 性や創造性を伸ばすと共に、子どもの表現をどう発見し、どのように理解するかという点 において、観る目を養うことができ、「客観的な体験」として意味があった。
以上のことから、保育者における音楽性の育成は、音楽的知識や技能の習得と共に、音