中村 知繁
1・南 美穂子
2(受付2017年1月15日;改訂4月30日;採択8月28日)
要 旨
近年,スポーツではデータの取得が盛んに行われており,特にアメリカの大リーグの試合 データは全打席一球ごとの記録が公開されている.本論文では,このデータを用いて野球に おけるスクイズ作戦が得点する確率にあたえる影響について
Covariate Balancing Propensity Score
(CBPS, Imai and Ratkovic, 2014)を用いて解析を行った結果を報告する.特に,本解析 においては,どうしても1
点が欲しい状況である得点差が0
点または1
点の場合のスクイズ 作戦の有効性に焦点を当てる(ただし満塁の場合は除く).スクイズ作戦が得点する確率にあた える影響を推定するためには,スクイズ作戦をとった場面と,とらなかった場面を比較すると いうのが簡単な方法である.しかし,スクイズ作戦をとるかとらないかはランダムではなく,打者や投手の情報といった共変量に依存して決定されるのが一般的であるため,単純な
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群の 比較を行ってしまうと,推定されたスクイズ作戦の影響に共変量の影響が含まれてしまい,適 切に推定を行うことができない.そこで,本論文では傾向スコアを用いて共変量調整を行った 上で,スクイズ作戦が得点する確率に与える影響を推定した.さらに傾向スコアの推定をロ ジスティック回帰モデルを用いてスクイズ作戦の影響を推定した場合と,Covariate BalancingPropensity Score
を用いてスクイズ作戦の影響を推定した場合の結果を比較した.その結果,CBPS
を用いて影響を推定する方が,ロジスティック回帰モデルを用いて傾向スコアを推定し た場合に比べて,比較する2
つの群の共変量の分布の平均がよく釣り合い,スクイズ作戦が得 点する確率に与える影響を安定して推定できることがわかった.また,CBPSを用いた解析か らスクイズ作戦は平均の意味で18.2%
得点する確率を上昇させることがわかった.キーワード:野球,スクイズ作戦,因果推論,共変量調整,
Covariate Balancing Propen-sity Score.
1. はじめに
近年スポーツの世界では,プレイデータの取得が盛んに行われるようになり,データを用い た作戦や戦術の評価を行うことができるようになりつつある.特に,大リーグのデータは,過 去の試合記録が
20
年分以上公開されており,これらのデータを用いて野球における戦略や戦 術について,統計的に評価をすることが可能になりつつある.野球における戦略には,手段の有効性の検証が十分になされていないものも多く,野球ファ
1慶應義塾大学大学院 理工学研究科:〒223–8522神奈川県横浜市港北区日吉3–14–1
2慶應義塾大学 数理科学科:〒223–8522神奈川県横浜市港北区日吉3–14–1
ンや,解説者などの間でも意見が割れる戦術が存在する.そのうちの代表的な作戦が,バント 作戦である.バント作戦にはいくつかの種類があり,よく知られたものでは,ノーアウト,ま たは
1
アウトかつランナー1
塁の状況において,バントを行い,打者はアウトになるが,ラン ナーを得点圏に進めるという犠牲バント作戦や,ノーアウト・1アウトでランナーが3
塁にい る状況で,バントをし,ランナーを生還させるスクイズバント作戦(以下,スクイズ作戦)など がある.これらの作戦は,成功した時の華やかさがあり,とくにスクイズ作戦については,成 功すると歓声が上がる.一方で,そのような華やかな側面があるために,実際には失敗してい るケースも少なからずあるが,スクイズ作戦の有効性について過剰に評価している可能性もあ る.そこで,本論文では,スクイズ作戦に焦点を絞り,その有効性について解析した結果を報 告する.野球におけるバント作戦の評価を行った文献には,Albert and Bennet(2001)や,仁志・鳥越
(2012)などがある.これらの文献では,選手の打率と犠牲バントの成功確率を計算した上で,
得点する確率の期待値を計算し,犠牲バントの有効性について解析している.また,
Lee
(2011)では確率的フロンティア分析の手法を用いて,犠牲バントや盗塁などを包括したスモールベー スボール戦略の有効性を,得点数を犠牲バントや盗塁数で回帰することによって推定してい る.この他にも,論文という形式は取られていないが,日本経済新聞が「日本でも「脱バント」
が浸透するか」(丹羽, 2011)という連載を行っていたり,アメリカにおいても,Turner Sports というメディアが「Explaining Why the Bunt Is Foolish in Today’s MLB」(Zachary, 2013)とい う記事を掲載していることから,バント作戦については興味関心が高いことがうかがえる.こ れらの記事で話題にしているのは,犠牲バント作戦であり,バント作戦をとった場面と,取ら なかった場面での進塁率や,生還率について単純な標本平均を用いて比較し,その結果,犠牲 バントは有効な作戦とは言えないという結論を導いている.
これらの手法におけるバント作戦の有効性の評価は,単純な
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群比較をもとにした期待値の 比較や,回帰係数を因果効果として解釈し行われている.では,果たしてこれらの解析によっ て犠牲バント作戦や,今回の対象であるスクイズ作戦の有効性を解析することはできるだろ うか?バントの有効性について議論するためには,有効性とは何かを定義する必要がある.そのた めに以下の記号を導入する.サンプル(場面)
i
に対して,Tiをバント作戦を行ったかどうかの 処置変数,Yiを得点したかどうかの2
値の結果変数,Xiをバント作戦及び,結果変数に関係 する状況を表す共変量ベクトルとする.例えば,共変量としては,打者や投手の情報が挙げら れる.さらに,Yi(1)
をバントをした時に観測される結果変数,Yi(0)
をバントをしなかった時 に観測される結果変数とすると,結果変数Y
iはY
i= T
iY
i(1) + (1
−T
i)Y
i(0) (1.1)
と表すことができる.実際,同一の標本
i
からY
i(1), Y
i(0)
の両方が観測されることはなく,バ ント作戦をとったかどうかで,いずれか一方が観測される.ここで,バント作戦の有効性を,バントをした場合と,バントをしなかった場合に観測された結果の差の期待値であると考える ことにすれば,バント作戦の有効性は以下のように定義することができる.
μ = E[Y
i(1)
−Y
i(0)]
(1.2)
この
μ
を平均処置効果(Average Treatment Effect; ATE)と呼ぶ.この考え方は統計的因果推論 の枠組みの1
つであり,Rosenbaum and Rubin(1983),Hirano et al.(2003),星野(2009)な どが詳しい.ここで,先ほどの単純な標本平均を用いた比較は,上記の記号を用いて以下のように表さ
れる.
1 N
1 N i=1T
iY
i−1 N
0 N i=1(1
−T
i)Y
i(1.3)
ここで,
N
は観測されたデータのサンプルサイズである.また,N
1はスクイズ作戦をとった群の サンプルサイズであり,N
0はスクイズ作戦をとらなかった群のサンプルサイズである(ただし,N = N
1+ N
0である).この推定値は漸近的(N0, N
1→ ∞)に,E[Y
i(1)|T
i= 1]
−E[Y
i(0)|T
i= 0]
へと収束するため,これはバント作戦の有効性を,平均処置効果の意味で表していると考える ことはできない.このような理由から,単純平均を用いた比較では,バントの有効性を正しく 推定できていない.
そこで,中村・南(2016)では,このような問題へ対処するために,傾向スコア(Rosenbaum
and Rubin, 1983)
を用いて,大リーグのデータから犠牲バントの因果効果の推定を行った.傾向スコア
π(X
i)
とは,共変量が与えられた元で処置を受ける確率であり以下で定義される.π(X
i) = P (T
i= 1
|X
i) (1.4)
本論文では,投手や打者の情報(共変量)が与えられたもとで,スクイズ作戦をとる確率に対応 する.
さて,Rosenbaum and Rubin(1983)では,以下の強く無視可能な割り付けの仮定(1.5)が成 立するとき,傾向スコアを用いることで,μの推定が可能であることを示した.
(Y
i(1), Y
i(0))
⊥⊥T
i|X
i(1.5)
これは,スクイズ作戦をとるか,とらないかに関係する変数
X
iを条件付けたもとで,得点のイ ンジケーターである潜在結果変数と,バント作戦を取るか取らないかの割り付け変数が独立に なることを意味する.強く無視可能な割り付けの仮定が成立するもとでは,傾向スコアの真値 が既知であるとき,式(1.6)で定義される推定量はμ
に対する一致推定量となる.式(1.6)で定義 される推定量を,傾向スコアによる逆重み付け推定量(Inverse Probability Weighted estimator,IPW
推定量)と呼ぶ.ˆ μ =
N i=1T
iY
iπ
iN i=1
T
iπ
i − N i=1(1
−T
i)Y
i1
−π
iN i=1
1
−T
i1
−π
i(1.6)
ただし,この推定量は傾向スコアが既知であるもとで定義されているが,解析では傾向スコア は未知であることが多い.そのため,実際にはデータから推定された傾向スコアを用いて推定 量を計算する.一般的には,傾向スコア
π
iをp
次元のパラメータベクトルβ
∈Rpを用いてパ ラメータ化し,データからパラメータを推定することで傾向スコアの推定値を得る.ここで,β
でパラメータ化された傾向スコアをπ
β(X
i)
と表すことにする.π
β(X
i)
を推定する際には,πβ(X
i)
に対して式(1.7)を仮定したロジスティック回帰モデルが 用いられることが多い.以降,ロジスティック回帰モデルを用いた傾向スコアの推定値とは,最尤法を用いて得られたパラメータの推定値を
π
β(X
i)
に代入したものを意味することとする.π
β(X
i) = exp(X
iTβ) 1 + exp(X
iTβ) (1.7)
中村・南(2016)においても,傾向スコアをロジスティック回帰モデルを用いて推定し,犠牲 バントが得点する確率に与える影響について解析を行っている.しかしながら,傾向スコアを 用いた解析においては,傾向スコアに対するモデルを誤特定した場合には,IPW推定量の一致