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Cluster シリーズ:マルチアイデンティティと自己変身

第5章 . 作品分析:マルチアイデンティティを通じた変身願望の表現

5.3. Cluster シリーズ:マルチアイデンティティと自己変身

現実の自分を維持したまま仮想空間の中で自分の内面のアイデンティティを反映し たペルソナを通じて変身ができるわけだが、これは現実世界でもっている自分のコン プレックスを克服した姿、さらにはさまざまな縛りから自由になれる超身体を夢見て それに近づこうとするのと関連しているとみられる。より美しい姿、より希望通りの 状態に「なりたい」し「変わりたい」わけだが、それは個人がどのような価値観念に 基づいて何を夢見るかによって、その究極は大きく変わってくる。

デジタル仮想空間の匿名性は個人の想像の中の姿を他人に見せることができる機会 を提供し、個人は想像の姿に変身する経験をもつ。仮想空間では本来の身体条件とは 異なるなりたい自分を作り出すことが可能である。したがって、仮想空間では想像の 外観、地位、ライフスタイルを随時変えながらさまざまな役割経験を追求することが できる自由を手に入れる。無意識、空想、幻覚を通じて現実に置換される別の世界を 創ることにより、現実に対する不満を克服しようとする動きであり、創り出した自分 のペルソナを介して「変わりたい願望」を「あらわす」のである。作品の場合も作家 の無意識のなかに存在するものを創造的に可視化する過程で生まれるものである。

社会的存在としてのペルソナについて述べていたユングは、早くから意識と無意識 の相補性に注目し、心の全体性(psychic totality)について強い関心をもちつづけて きた。その考えを最も端的に示すのが、彼による自己(セルフ)の概念である。内向と 外向、思考と感情、ペルソナとアニマ(またはアニムス)などは互いに他と対極をなし、

相補的な性格をもっている。人間の心がこれらの対極の間のダイナミズムに支えられ て、ひとつの全体性・統合性をもっていることは、ユングがつねに注目してきたとこ ろである132。ユングは人の真の個性は無意識にあり、無意識の中に存在するすべては 意識されるすべてのものの糸口になって、どのような形式をもってでもひとつの現象 として表出されるという。これらの属性は、作家の精神と社会的特徴が反映されて投 影される芸術作品の創造的な行為においても例外ではない。芸術創造行為はユングの いう作家個人の営みや経験から生まれる個人的無意識と、人類の進化の過程で生じた すべての霊的遺産である集団的無意識の両方を含んでいる133

ユングは無意識を意識化したときに得られる3つの肯定的な効果を次のように述べた。

132 河合隼雄、『ユング心理学入門』、東京:培風館(1967), p.219

133 朴・ヒョン(박현)、前掲書(2014) p.9

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第一は、以前は知らなかったり、あるいは許していなかったことを理解して受け入れ ることによって得ることができる「意識の拡大」である。第二は、精神的機能におい て無意識の主導的な影響が減るということである。意識が無意識の否定的な動きを看 破することができれば、無防備状態が呼び起こす危険から脱することができる。最後 に、このような変化は最終的には人格に変化をもたらす。つまり窮屈に感じられた無 意識に位置することについて解ることで、 劣った要素をもう拒否せずに受け入れるよ うになる。これは分離や対立に不必要に消費されてきたエネルギーを創造に向けさせ ることである134

個人に内在する可能性を実現し、その自我を高次の全体性へと志向せしめる努力の 過程を、ユングは 「 個性化の過程(individuation process)135」 、あるいは 「 自己実現 (self-realization)の過程」と呼び、人生の究極の目的と考えた。我々の意識の状態が ひとつの安定したものであっても、それを突き破り、そして結局は高次の統合性へと 導く過程が、我々の心のなかに生じてくる。

意識と無意識の分離による乖離は、小説「ジキルとハイド」に登場するジキル博士 の例を通して見ることができる。ジキルは実験を通じて、自分のすべての否定的な性 格を完全分離することに成功して、本人が直接製造した特殊な薬を服用すると、痛み を伴う変身の過程を経て天下無敵の「ソシオパス(半社会的人格障害)」であるエド ワード・ハイドに変貌する。この恐ろしい実験の出発は本来、人間の本性に対する科 学的探求であった。ジキルは成功と名誉だけを重視していた自分の極端な性格を振り 返り、人間の根源的な二重性を自ら体験するようになった。有名になりたい、他人に 認められたいという欲のためにジキルはもうひとつの本性を隠してきたものである。

「素晴らしいジキル」の姿を常に維持したかった彼は善良な本性と悪の本性をそれぞ れ2つの人格に分離させることができるならば人生の葛藤が完全に解消されるという妄 想に取りつかれる。ジキルは両極性を徹底的に切り離すことで、後悔、屈辱、罪悪感 から逃れることができると信じていた。しかし、ユングの考えはこの正反対である。

134 C.G Jung、C.Gユング著作委員会韓訳、『人格と転移 인격과 전이』、ソウル:韓国ユング研究院 (2004) p.

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135 「個性化(Individuation)」という用語は、1921年に発刊された『心理学的類型論(Psychological Types)』

で登場し、ユングの最後の著書である『結合の神秘』(1955‐56)で絶頂に達する。「個性化の過程」の目標は、

自己に到達することである。個性化は、人間の意識と無意識が統合されるものであり、人の個人的な特性を実現 させた状態のことをいう。個性化の過程は、はじめに、外的人格的であるペルソナについて理解することで同一 視を克服し、第二に、一般的にコンプレックスと呼ばれる影の洞察をし、第三に、内的人格のアニマ/アニムスと の出会いを通じて同化または分化し、最後に、自己の原形と出会うことで、人格の統合に至るのである。(Wincke l, Erna van de, 金ソンミン韓訳『ユングの心理学とキリスト教霊性융의 심리학과 기독교 영성』、ソウル:ダ サングルバン (2002)p.34

ユングによると、自己との出会いは、まず自分の「影」との出会いを意味する。「影」とは無意識上の劣等な 人格であり、自己の暗黒面である。自分が知っている自己を自分のすべてだと思って、そのような自己のみを表 に立たせると、その奥の部分までは知る由もないため、心理学的な意味でいう「影」とは、「私、自我、エゴ(E go)」の暗い側面、すなわち無意識的な側面に存在する分身だといえる135。ペルソナとの無意識的な同一視から 抜け出して意識的に精神について真剣に考える過程が、自己実現をなすにあたって始点とすることができる。

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その人間の両極性、和解できない分裂した自我同士を見つめ合わせ、お互いをありの まま受け入れるのが、救いの道だと信じていた136

これをデジタル空間での出来事と関連付けて考えてみると、現実社会で人々がかぶ って生きているのがジキルの仮面なら、仮想空間で自分たちの内面をもとに作り出し て、あるいは無意識のうちに表れるヴァーチャルペルソナがハイドの仮面である。前 述したように、まるでロールプレイングやカーニバルの仮面遊びをするように、ヴァ ーチャルペルソナを通じて表現された自分の内面、すなわち無意識と対面し、それを 分析することで、自分がなりたい存在が何であり、本当の自己はどのようなものなの かを認識するようになる過程が、ユングの述べることであり、その結果がマルチアイ デンティティを生み出すといえる。

第2章で述べたように、ペルソナは本性による本当の自分の姿ではなく、外部との妥 協による影響が大きいため、ペルソナとの過度な同一視は人々の活力を低下させ、形 式的な行動をさせてしまう弊害があるとユングは述べる137。内面の無意識界を無視し て表面上で形成されたペルソナと自分を同一視すると、自動的に自我は萎縮され、弱 くなる。また、一方的にペルソナに偏った自我と自己の違いで精神的解離が発生する こともある。逆に適切にその役割的機能をしていなければ、社会に適応できず自分の 原初的な感情のみに忠実に行動する否定的人格が表出されている。したがって、自分 の内面の世界に耳を傾け、正しいペルソナを形成することは重要である138。ヴァーチ ャルペルソナは それまで隠していた内面の欲求を仮想空間のなかで表出するのに積極 的に活用されて、こういった活動を経て個人は変身願望の解消はもちろん自分の内面 と向き合う瞬間にであう。外的自我である「私」が認めなければならない自分の「裏面」

が目に見えて(場合によっては)手に取れる形で具現化されたものとすることができる。

それまで徹底的に分離されていた外面と内面がヴァーチャルペルソナ(筆者においては 作品)を媒介に互いに向き合って融合されながら、個人はマルチアイデンティティ化さ れていくが、こういった社会現象を比喩するために筆者は本研究の成果として自分の ヴァーチャルペルソナとしての仮面を製作し、これをもって実際の身体を隠しながら オンラインの行為をオフラインで「演技」して新しいキャラクターに変身する作品制作 を行った。

現実の自分の姿を受け入れようとせず、デフォルメされた存在になろうとする考え を投影してヴァーチャルペルソナを生成することで表わしている変身願望は、異質の

136 ジョン・ヨウル(정여울)「心理学で小説読み(1)ジキル博士とハイド氏」、『中央Sunday』 第403号 p. 24 (2 014)

137 金ソンミン(김성민)、『分析心理学とキリスト教 분석심리학과 기독교』、ソウル:ハッジサ (2001), p.34

138 朴・ヒョン(박현)、前掲書(2014) , p.23