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デジタル仮想身体に現れたマルチアイデンティティ

第4章 . 芸術に表現されたマルチアイデンティティ

4.4. デジタル仮想身体に現れたマルチアイデンティティ

芸術作品の表現媒体がデジタル技術領域にまで拡張され、アイデンティティの表現 において合成、ヴァーチャルリアリティ・シミュレーション、カメラとセンサーを使 用するなど、技術を通じたデジタル仮想身体の表現が積極的に行われている。これら のデジタル仮想身体は作家が表現しようとするところをより一層解かりやすく伝える だけでなく、それ自体で無定形的であり、マルチアイデンティティになる。ここから は先にヴァーチャルペルソナの生成を介して行われる現代のコミュニケーションへの 考察に基づき、アバター、個人によるコンテンツ、仮想身体とテキストをベースにし たコミュニケーションの観点からいくつかの作品を例に見ている。

ドイツの二人組みアーティスト、ロウィク・ミュラー(LawickMüller;Friederike van Lawick and Hans Müller)111は、デジタル画像合成技術を介して身体の変形と変 化の自由を表わしている。彼らの<Perfectly super natural>(2000)シリーズは、ア テナ、アポロ、アフロディーテといったギリシャ彫刻の顔と平凡な人々の顔を合成し た作品だ。この作品で、彼らはギリシャ女神の顔に一般女性の顔をランダムに合成し て多様に変形した顔を表しているが、その顔は偶然的な交配を介して新しい顔、新し い理想として生まれ変わったものだ112。これは古典的な美とされてきた理想のイメー ジと見知らぬ他人の顔を交配させることで、あいまいなアイデンティティを提示し、

さまざまなルーツから選択されたアイデンティティが互いに混合されて結合されたマ ルチアイデンティティを示す。まるで仮想のアバターを介して理想的な身体を具体的 に体現するように変形の結果はパーフェクトで時間を超越した姿であり、黄金比によ って構成された女神のような今日の少女像を完成する。

111 LawickMüller:パートナーであるFriederike van Lawick(1958〜)とHans Müller(1954〜)を合わせたグ ループ名で、ドイツのベルリンで活動している。1990年以来、フォトグラフィとデジタルプロセッシングを介し て複合的なアイデンティティ(complexity of identity)をテーマにコラボレーション作品を行っている。

112 http://www.lawickmueller.de/LawickMuller_English/perfectlysupernatural_-_LawickMuller.html

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図34の<La foile à Deux>(1992-96)も二人が共同作業した肖像画シリーズで、

全ヨーロッパから集めた作家たちの写真を用いて、ひとりからもうひとりへ16段階に 分けて合成によって顔が変形していくものだ。各メタポートレート(metaportrait)

は一連の配列を通じて対人関係の場で行われる相手との協力と個人の自己主張の間の 緊張感をみせる。これはアイデンティティの複雑さを比喩的に表現したものだといえ る。

「ララ・クロフォード」シリーズ、<Lara's Club>(2006)[図35]コンピュータゲー ムで最も有名な女性キャラクターを使用したもので、マルチアイデンティティとポス トヒューマンアイドルが、実際の人と合成されている。ゲーム「トゥームレイダー」の 主人公ララ・クロフォードは、マルチアイデンティティと身体イメージをもった、人 工的に作られたポストヒューマンアイドルである。子供のような顔に対してありえな いほど大きな胸をもつ女性の身体と、男性的でアグレッシブな戦士の両面をもってい

図33 LawickMüller『Perfectly super natural: Athena Velletri』(2000)

図34 LawickMüller『La foile à Deux 』 図35 LawickMüller『Lara's Club』

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て、着用している衣装も豊満な女性性と男性的コードピースの混合を示す。仮想キャ ラクターである彼女は、デジタルアバターのように年をとらずもしゲーム中に彼女が 死んだとしてもララ自身は延々と生きている。このような観点からロウィク・ミュラ ーはアイデンティティと変形体の相互侵犯を試みた。ポストヒューマンやポスト進化 の議論の中で、彼らは“生成されたアイデンティティを実際の身体を考慮して構成し ても、そのアイデンティティは時間不可逆の法則に従った説上に存在するのか、もし 毛穴一つない3Dの表面に質感が生じ、しわやいぼがあったらどうだろうか”という考 えを持って113、実際の人物と仮想の人物を合成した。またこの作品は、メディアによ って操作されてモデル化されたヒーローイズムとそのイメージの本質、そしてまたマ スメディアを媒介に私たちの意識を制御する無限の意識や形態をめぐる探求でもある。

ロベルト・グライゴーロヴ(Robert Gligorov)114は図36の<Orenge face>(1996)で、

コンピュータモーフィング技法を用いて自分の肌をオレンジの皮に変えている。オレ ンジの顔をした身体は、生物学的種の境界を崩して、人間と植物体の破格的な混成を 成し遂げた状態で、人間のアイデンティティには規定されていない見知らぬ体である。

また、現実には存在しない歪曲された身体に生物学的なアイデンティティの限界を超 えて、想像力からうまれた別のアイデンティティを示すことによって、アイデンティ ティの分裂を図り、人間の精神的な価値と存在性を開放された空間構成にまで拡張さ せて内面のアイデンティティを象徴的に表現することで、内面に潜む無意識の欲望を ペルソナであらわしたものである。これらの異質な突然変異体は、人間と自然物の単 純な組み合わせではなく、両者の区別をなくすことで人間をひとつのアイデンティテ ィに定めず、人体の限界を超えた創造的生成を介して拡張された身体概念を示すので ある。

113 http://www.lawickmueller.de/LawickMuller_English/laras_club_-_LawickMuller.html

114 ロベルト・グライゴーロブ(robert gligorov、1959〜):マケドニア出身で、イタリアのミラノで活動中の フォトグラファー。ビジュアルコミュニケーションによる洗練されて極端な形になれている社会に対抗して、私 たちの視野をぼかすイメージの洪水に立ち向かう手段として 衝撃的なテーマを取り上げている。ときには宗教、

暴力や性的表現などで問題を起こしているが、彼が作り出すイメージは衝撃的であると同時にユーモラスであ る。

図36 Robert Gligorov『Orenge face』

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女性の美しさをテーマに、仮想身体を製作するドイツの作家キルスティン・ガイス ラー(Kirsten Geisler)115の作品<Dream of Beauty-Touch Me>(1999)は、視覚/触 覚、画像/身体、実際/仮想と呼ばれる色々な対立をストレートかつアイロニに扱って いる。まず、観客は小さなフレームのスクリーンの中にいるシミやシワひとつない完 璧な美しい顔の女性と視覚的に出会う。ガイスラーが作り出す仮想身体は、美的な原 理には合っているが、まだ見るひとにとっては気に障るものだ。あるものは過度に人 工的で怪物のような金属性の外観であり、あるものは人間ばなれの完璧さが不気味だ が自然でもある。ガイスラーはこれらの仮想女性を「マヤ・ブラシ(Maya Brush)」

[図37]と呼び、仮想美女のマヤ・ブラシは、人間の個人的な、物質的なサンプルをも とに制作していない、美の理想指向に基づいてデジタル技術を介して生まれた仮想の 美、仮想身体である。

図37 Kirsten Geisler『Maya Brush』 (2011)

「Touch Me」というタイトルのように彼女の顔、すなわちスクリーンに触れるよう に誘われる。指がスクリーンに触れた瞬間、彼女の顔はすぐに表情を変える。顔のど の部分に触れるかに応じて泣いたり、笑ったり、シビアになったり、楽しがったり、

口を触るとキスをするように唇を出す。静止画面では、完全な美しさという美術史の 古い夢を達成しているようだが、実際その像に触れる物理的な欲望はいつも、その夢 が挫折する結果を呼ぶことを、パーフェクトな幻影で表現している116。マヤ・ブラシ

115 キルスティン・ガイスラー(Kirsten Geisler、1949〜):ベルリン出身。ハーグにあるブリーアカデミー(V rije Academie)とアムステルダムのリツイートベルトアカデミー(Rietveld Academy)で勉強した。彼女の主な テーマは、美しさを引き立てるように設計された女性の顔と身体である。彼女の作品は、コンピュータの技術的 な可能性に依存している新たなメディアを使用して、ビデオ彫刻と設計されたイメージを生成するもので、この ときのイメージは、材料の表現と彼女が作った体との非物質的存在との間の境界をあいまいにする。

116 全・ヘスック(전혜숙)前掲書(2013)、pp.251-252

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とのコミュニケーションは完璧な身体の体現と仮想身体と接続を通じて観客に実在感 を感じさせる。

図38 Kirsten Geisler『Dream of Beauty-Touch Me』(1999)

SNS時代に来ては、メディアコンテンツの提供者と受容者(視聴者)の概念を超えて、

受容者であった個人がコンテンツを制作して個人同士で共有して共感を得るというの が拡散されているが、これにはコミュニケーションが可能な空間の大きさが無限に広 がり、階層間の境界が消えていく現象がある。デジタル技術が一般化され、人々がコ ミュニケーションする空間が物理的な空間と仮想空間の間になっているように、作品 に登場する仮想身体、あるいはデバイスそのものとのコミュニケーションをしたとき、

仮想空間に接続していることを実感する。そして相手の反応が即決的で、ポジティブ なときに「作品が生きているようだ」というは実在感が増加する。また、作られた仮 想身体が視覚的にリアルに近ければ近いほど実在感が生まれる。

図39のポール・サモン(Paul Sermon)117の<Telematic Dreaming>(1992)は、イン スタレーションとともにパフォーマンスを行ったもので、参加者をして仮想身体を経 験させる作品だ。ふたつの離れた部屋に置かれたベッドにパフォーマーや観客が横に

117 ポール・サモン ( Paul Sermon、1966〜 ) : イギリスのオックスフォードで生まれ、ニューポート大学

(Newport School of Fine Art)でロイ・アースコット(Roy Ascott)の指導のもと絵画を専攻し、リーディン グ大学(The University of Reading)で修士号を取得。2013年以来、ブライトン大学(University of Brighto n)の芸術人文大学でビジュアルコミュニケーションの教授を務めている。1990年代以降、ポール・サモンの研究 は情報通信技術の創造的な使用にフォーカスを合わせた現代メディアアートの分野に基づいているもので、彼は ビデオ通話技術を用いる独特な手法でテレマティックアートインスタレーションを制作した。(http://www.pauls ermon.org/sermon/)