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(1)マーセン連邦憲法擁護庁長官罷免問題

難民政策に関する EU レベルでの合意が困難に直面し、国内でも本来庇護審査の対象とならな い難民や庇護申請を却下された難民の国外退去が遅々として進まないなか、2018 年 8 月 26 日に は、ザクセン州ケムニッツ市で35歳のキューバ系ドイツ人がイラクとシリアから来た3人の庇護 申請者と口論になった末に刺殺されるという事件が発生した。この事件で逮捕された容疑者の 1 人である23歳のイラク人男性は、元々ブルガリアに庇護管轄権があり、2016年5月には国外退去 処分が執行可能となったが、同国に送還されないまま 6 か月が経過したことから、ドイツに管轄 権が移り、その後庇護を承認されないままドイツに滞在し続けていた。この人物はこの事件以前 にもドイツ国内で強盗事件等を起こしており、2011年11月に連邦移民難民庁に提出した身分証明 書も偽造されたものであった。

このような人物による犯行であったうえに、当初刺殺された男性は暴行されかけていた女性を 助けようとして殺されたという誤報もあったため、この事件をきっかけとして、ケムニッツでは 右派過激主義者によるデモが発生し、それに対抗する左派のデモ隊との衝突が起こる等して、8 月27日夜には警官隊を含む20人が負傷する事態となった。また、9月1日にもAfD党員等も参加

した約4,500人の右派デモ隊と同程度の規模の左派デモ隊が衝突し、9人が負傷し、25人が検挙さ れた。

このような事態の悪化を受けて、SPD幹事長ラルス・クリングバイルは連邦憲法擁護庁による AfD の監視を要求し、「ケムニッツの事件は、AfD の広範な部分が明らかにフェルキッシュでナ ショナリスティックな思想を代表していることを示している」と非難した。SPD幹部であるカタ リーナ・バーレイ法相やマース外相も同様の見方を示し、AfD の監視を要求した。野党側では、

緑の党が最も明確にAfDの監視を要求し、ベアボック党首は「AfDの監視は最近の出来事からし て緊急に必要である」と発言した(70)

実際、AfDの一部の政治家は右派過激主義的な発言を繰り返しており、例えばAfD連邦議会議 員ゲッツ・フレミングは「移民の暴力は完全にコントロール不可能になっている。われわれは新 たに平和的革命を必要としている」と発言していた。AfD党首ガウラントも現在の「政治体制」に 対する「平和革命」を支持し、彼が目指している「革命」においてメデイァを含めて「メルケル 体制を支えるすべての人々」を責任ある地位から追い落としたいと考えていると発言していた。

このような AfD の政治家の行動や発言に対しては、CDU/CSU の幹部政治家の間からも連邦憲 法擁護庁による AfD の監視を肯定する声があがった。CDU バーデン・ヴュルテンベルク州支部 長であり同州内相でもあるトーマス・シュトロブルは「ケムニッツでの事件に対する関与は新た な事態をもたらした」として、AfDに対する連邦憲法擁護庁による監視の可能性について言及し た。カウダーもケムニッツでの右派デモへのAfD党員の参加は「新たな次元」のものであるとし、

「右派過激主義は連邦議会の政党から多かれ少なかれ公然と支援を受けており、それはすでに憂 慮すべき状態にある」との見方を示した。さらに、彼は「AfDの政策は危険であり、同党はわが 国の基本価値を攻撃している」と指摘した。カウダーはAfDの監視を明確には要求しなかったも のの、それを支持していることは明確であった。さらに、ゼーダーでさえ、「ケムニッツでの事件 以降、わが国における政治文化の状況は変化している」とし、「AfDはついに本当の顔を見せた」

と発言した(71)

しかし、CDU/CSU 内ではこの問題に関して意見が一致しているわけではなかった。ゼーホー ファー内相は「現在AfDを党全体として監視するための前提条件は存在していない」として、連 邦憲法擁護庁による AfD の監視に否定的な態度をとった。さらに、ゼーホーファーは 9 月上旬の CSU連邦議会議員団の会議においても、移民問題がドイツにおけるほとんどすべての重要な問題 に大きな影響を及ぼしているという意味で「移民はすべての政治的問題の母である」と発言した。

また、彼は移民の犯罪行為について公然と議論する人々をただちに極右と見なしてはならないと し、「私が閣僚ではなく市民であれば、もちろん急進主義者と一緒にではないが、街頭に出てい るであろう」とそれまでよりも踏み込んだ発言をした。これに対して、メルケル首相はテレビ・

インタビューにおいて「私であれば、そのような言い方はしない」と述べて、ゼーホーファーを 暗に批判し、「移民はわれわれを様々な課題に直面させており、その点で問題もあるが、成果も

ある」と発言した。ゼーホーファーの発言は間近に迫ったバイエルン州議会選挙を念頭においた ものと推測されたが、連立与党内の対立をも引き起こすこのような発言が州議会選挙にとって効 果的であるか否かについてはCSU内でも意見は必ずしも一致していなかった。AfDに対するゼー ダーの批判は、彼がゼーホーファーとは異なった見方をしていることを示していた(72)

難民としてドイツに入国した人物が引き起こした殺人事件がこのような政治的対立に発展する なかで、9 月はじめにはケムニッツでの騒乱の際に外国人と思われる人物に対する「魔女狩り」

を撮影したとされる動画がインターネット上で公開され、その真偽が問題となった。連邦憲法擁 護庁長官でCDU党員でもあるハンス・ゲオルク・マーセンは9月7日付新聞インタビューにおい て、この問題に関して「そのような魔女狩りが起こったことについての確かな情報は私のもとに は届いていない」とし、「インターネットにアップされた動画の信憑性については証拠がない」と の見方を示した。さらに、彼は「私が慎重に評価した結果、それはケムニッツにおける殺人から 人々の目をそらすという意図を持った偽情報であるという十分な根拠がある」とも発言した。

このようにマーセンが明確な根拠を示さずに動画をフェイクであると示唆したことに対して は、野党だけではなく連立与党内からも批判の声があがり、CDU と SPD の幹事長であるクラン プ = カレンバウアーとクリングバイルはともにマーセンに対して自らの発言の証拠を示すよう要 求した。メルケル首相自身も動画をフェイクであるとする見方を間接的に批判した。これを受け て、マーセンは9月10日に内務省と首相府に対して自らの発言に関する報告書を提出した。この 報告書において、彼は、動画が偽物であるとか操作の結果であると主張したのではなく、この動 画からケムニッツで「魔女狩り」が行われたという結論を引き出すことは許されないということ を指摘しようとしただけであると主張した。マーセンは与野党からの要求を受けて9月12日に連 邦議会内政委員会と統制委員会においてもこの問題に関する証言を行い、同様の主張を繰り返し た(73)

連邦議会におけるマーセンの証言直後、ゼーホーファー内相はマーセンの発言、報告書、議論 からして彼を解任する理由がないとして、連邦憲法擁護庁長官を続けさせる意向を連邦議会内政 委員会に伝えた。しかし、SPD はそれに納得せず、マーセンの辞任を要求することを明確にし、

メルケルに対してこの問題でイニシアティブをとることを要求した。マーセンが議会での証言を 行った9月12日には、彼がAfD議員であり連邦議会司法委員会委員長でもあるシュテファン・ブ ランドナーに対して 2017 年連邦憲法擁護報告書の内容を公表前に伝えていたという報道もなさ れ、彼に対する辞任圧力はますます高まった。SPDがマーセンに対する辞任要求を明確にしたこ とにより、この問題は連立与党首脳レベルでの解決を必要とするものへと発展し、9月13日と18 日には2回にわたってメルケル、ゼーホーファー、ナーレスの三党首による協議が行われた。その 結果、SPDの要求に沿ってマーセンを連邦憲法擁護庁長官から更迭するものの、ゼーホーファー の主張を受け入れる形でマーセンを連邦内務省次官に転任させるという形での妥協が図られた。

しかし、結果として更迭というよりも事実上の昇進を意味するこの人事に対して、野党は一斉

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