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( 3 ) 検出遺構(図 1 8

1 9 )

〈ト レンチ

17>

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街地区の綱策

トレンチ

17

は、工学部研究綿

I

町西側の田区に位位し、北から

2

つ自のトレンチである 。遺構は検 出していないが、古代および縄文時代の遺物包含厨を確認した。それぞれ悦重に掘削した結果、古代 の遺物包吉暗から須恵器壷片(図 2 0 : 2 2 . 2 3 ・ 2 4 ) 、地山土層から縄文土器片(同 4.  7  .  1 2 ) を検 出した 。

〈 トレ ン チ 1 9 >

トレンチ 1 9 は

E

区に位置する、最も南町トレンチである 。本トレンチでは、古代の竪穴住居祉の一 部と思われる遺構を確認した。住居の立ちあがりと硬化面を検出した 。黒髪南地区における既往の調 査では、古代の住居祉は主軸が北から若干西に傾くことが判明しており、この住居祉も同様に古代の 住居祉で、南墜に相当する部分を検出したと考えられる。出土遺物には須恵器蛮の口縁部片 ( 図

20

2 2 ) などがある。

〈 トレ ンチ 2 0 >

トレンチ

20

は、工学部資料館町南側の

N

区に位置し、東側町トレンチである。古代の竪穴住居祉の 陪と思われる硬化面を確認し、さらに掘削をおこなった。すると、地山土居から縄文土器片(図

20

5  . 

6)

や石器 ( 黒曜石!jJ J 片)などが出土した ( 図

20:

25‑3 1  ・

33)

。地山土層は、遺物が検出きれ なくなるまで、遺物取り上げと掘り下げを繰り返した。

〈 トレ ン チ

21>

トレンチ 2 1 は、トレンチ 2 0 の西側に位置する。古代の;n物包古届を掘り下げ、地山土層を 0 . 3 m は ど掘削すると縄文時代の土器石器約

30

点が出土した(図 2 0 :8‑17 . 3 2 ) 。地山土層は、遺物が検 出きれなくなるまで、遺物取り上げと掘り下げを繰り返した。

(4)

出土遺 物 ( 図

20)

図 2 0 :1‑20 は縄文土器である。 1.  2 は、器面は内外面ともに丁寧に磨いている 。 3 も外面面は 磨いており、内面は丁寧にナデにより平滑に仕上げている。

4

. 1 9 は同一個体で、外面は丁寧に磨き、

内面はナデで平滑に仕上げている。

7

は 、 1‑3 と同じく、外面は磨いており、内面はナデにより平 滑に仕上げている。

5

は底部である。底商は条痕があり、凹凸がある。

6

は、内外而ともに貝殻条痕 があり、春日式の胴部の可能性がある。 Bも、外面は員禄条痕がある。器面は凹凸がある 。内面はナ デにより平滑に仕上げている 。

9

は山形状にな った中期中葉町春日式的口縁部である 。胎土に滑石が 混入しており、脂質光沢がある 。表面には細かい抑引文が施士されている 。

10

は、外而には小さな点 列による文様らしきものがあるが、明瞭ではない。表面は非常に荒れている。内面は平滑にナデられ ている。 I Iは 、 外面は員殻条痕、内面も貝段条痕がある 。

12

の外面は粗いナデ、内面は外面に比べ平 滑にナデられている。 1 4 も春日式、 1 3 も春日式の可能性が高い。 1 5 は、外国はナデており小さな凹凸 がある 。内面は員般条痕がある 。

16

は、内外面ともにナデによる調整である 。

17

は粗い条艇による調 盤で、器壁が

1cm

をこえ非常に厚い。珪灰鉄鉱が胎土中に入っており、押型士以前の早期前半の土器 である。 1 8 は、内外面ともに磨いている 。 4. 1 9 と良〈似ている 。 2 0 は内外面ともにナデている。以 上の土器のなかで、員殻条痕により器表面を調整しているものは、春日式と考えられ、ほかの磨きゃ

ナデによる調整のものは、 f 長晩期の土器と思われる。

2 1 ‑ 2 4 は須恵器である。 2 1 は畏頚壷の頭部、 2 2 は誕の口縁部である。連続する山形町ヘラ記号があ

る 。 2 3 . 2 4 は喪の口縁。頚部である。 2 4 は外面に自然紬が全面にかかっている。 2 2 は 6 世紀後半、

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陸爾地区の鋼査

23.24

8

世紀後半と考えられる。

25‑33は石器である。 25‑27は打製石鋭、 28‑おは号制j片である。

(5)まとめ

全部で2

1

箇所のトレ ンチを綾置し、その中の

4

つのトレンチで遺構や遺物を確飽できた。トレンチ

が大きく 4地占に分かれたことで、試掘割査と同輔の成畢を得た。 17.19

トレ ンチは、土製印が出土 した9

412

調査地点(現工学部研究棟

I 熊本大学構内遺跡尭掘調査報告J)の西側に位置し、古代の 遺跡がさらに西側に広がることが確認できた。トレンチ20.21では、工学部資料館南側の緑地帯一帯 が、撹乱などを畳けずに良好な状態で遺跡が保存されていることが確包できた。本地点では、地山土 層の上位に縄文時代の造物が含まれることが確包できた。出土状態から、縄文時代の包宮崎として良 いであろう。先に報告した0302聞査地点は、本地点の成果を受けて調査を実施した。その結果、縄文 時代の早期から後期に至るまでの土器石器が多量に出出土した。 1112調査地占(熊本大学構内遺跡

発掘調査報告 110 のうち、工学部賢料館南側の緑地帯における掘削では、僅5レ~がら黒曜石町剥片が

出土した。その他、近慌の調査において、地山土居から縄文時代の遺物が出土する事例はなし現況

では

0302

調査地点および本調査地点ト レンチ

20.21

周辺におい て、地山土層に縄士時代の遺物が含ま

れると考えられる。しかし、今回の地点は、出土した土器は春日式が多く、そのた桂晩期のものがあ るが、 0302調査地点のような、時期幅はない。そうすると、縄文時代の遺物出土地占は時期ごとに小 規模な範囲で変わる可能性がある。狭い関査範閉であっても、このように各地占を綿奮に調査する通 常は地山土居上面までを鰐査対卑としており、以下町掘削は行っていない。今龍は各地占において確

認作軍を行う必要があろう .

ドキュメント内 熊本大学埋蔵文化財調査報告書第 (ページ 72-76)

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