2)
平城京 内での平城宮土器Ⅲの実態は不明な点が多いが
,ま
とまった資料 としては,前
川遺跡3)
(左京九条一坊
)や
左京八条一坊六坪SK3300の
出土土器 な どをあげ る ことがで きる。 また,4)
関連 資料 としては
,左
京 四条 四坊九坪SK2412出
土土器 があ る。SK2001出
土 土器 は,
こ うし た平城官土器Ⅲの解 明に資す る好資料 であ り,上
師器椀A(以
下椀Aと
省略 す る)を
中心 とし て分析を行 なってみたい。まず
,平
城宮土器Ⅲ の基 準資料 であ る平城宮SK 820出
土土器 では,椀
AI(口径 18.7cm), 椀AⅡ
(口径16.8cm)が
あ る。 それに対 し,SK 2001で
は,椀 AⅡ ,椀 AⅢ
(口径12.5cm)
が主体 で,椀 AIは
その可能性 のあ る小破片が2個
体 あ るにす ぎない。前川遺跡,SK3300に
おいて も同様 の傾 向がみ られ る。 こ うした椀
Aの
あ りかたの差 が平城官 と平城京 との上器 の差 のひ とつ としてあげ られ るか もしれ ない。 あ るいは,SK 820に
た また ま椀AⅢ
が欠落 してい た とい うことも考 え られ るが,
む しろ椀AXが
特殊 な存在 であ って,
基本的 に椀Aは ,椀 AI
・ 椀
AⅢ
の2種
で 構成 され,
推移 してい った とい うのが,
平城京 におけ る 実態 では なか ろ う5) 6)
か。杭
Aが,金
属器 の模倣 形態 として 出現 した とすれ ば,正
倉院宝物や興福寺金堂鎮壇具 にみ るよ うに,祖
型 にな った と考 え られ る金銀器椀 に椀AⅡ ,椀 AⅢ
と法量が近似す るものがあ る ことが注 目され る。金属器 を志 向 した とい う考 えに依拠すれば,椀 Aの
出現期 にす でに椀AI,
椀
AⅡ ,椀 AⅢ
の3種
の区分 が成立 していた とみ られ る。椀AIが
平城官 におけ る特殊 な存在 で,出
土量 も限 られ る とい うことが明 らかにな りつつある現在,特
に平城京域 においては椀A
Ⅱ
,椀 AⅢ
を主体 として推移 してい った とす るほ うが妥 当であろ う。また
,平
城宮 土器Ⅲ は,椀 Aを
組成 に含 む ことが重要 な指標 として あげ られ て い る。 しか し, 椀Aを
器種構成 に もたず,「
ほぼ天平年間中頃」で平城宮土器 Ⅱの新相 とされてい る左京四条 四坊九坪SK2412出
土 土器 は土師器杯・ 皿類 に連llrk暗文 が皆無 で,須
恵器杯B蓋
に顕著 な屈 曲 がみ られない とい う特徴 を もち,法
量分布 か らみて も,平
城宮土器Ⅲ の古相 とす るべ きか もし れ ない。 そ うす る と,椀 Aの
出現を もって平城宮土器Ⅲを2期
に細分 で き,SK2001出
土土器 はその新相 とす ることがで きるが,平
城宮 内での良好 な資料 が不足 してお り,
ここでは以上 の 見通 しを述べ るだlrtにとどめ,将
来 の検討 を待 つ こととした い。1)SK2001に
おいては上師器杯・皿に漆が付着 し た ものはみ られないが,本
遺跡の他の遺構の出土 例では薄い膜状に付着 し,須
恵器食器 と同 じ使用 形態であった ことがわかる。2)奈
良市『平城京朱雀大路発掘調査報告書』1974。3)奈
良国立文化財研究所『平城京左京八条一坊三′0∂
・六坪発掘調査報告書』1985。
4)奈
良国立文化財研究所『平城京左京四條四坊九 坪発掘調査報告』1983。5)宮
内庁『正倉院の金工』1976。6)帝
室博物館『天平地宝』1937。2
外 国 製 品 に つ い て平城官・平城京 内における奈良時代の外国産の土器には
,唐
お よび統一新羅の製品が知 られ ている(Tab.9)。 唐 の製品には,三
彩,青
磁,白
磁があ り,
大安寺,左
京八条条間路東堀河 など7遺
跡か ら計200片以上が出土 している。統一新羅の製品には緑釉陶器 と陶質土器があ り,4遺
跡か ら計5点
が出土 している。未だ資料不足の感が強いが,唐
三彩の出土は平城京 内だけ であること,統
一新羅 の製品については,平
城官では緑釉陶器・ 陶質土器 ともに出土 している が平城京 内は陶質土器に限 られ る,な
どの特徴を指摘できよう。陶質土器の器形は,重
・ 瓶で あ り,新
羅では 日用上器 としてのほか,蔵
骨器 としても多 く用 い られ る器種 も含 まれ る。今回1)
報告 した統一新羅陶器は
,そ
の伴出土器からみると従来の年代観 とは合致 しない。 この点 も今 後問題になろ う。この ような外国製品の平城京への流入の背景 とその使用形態に関 しては
,今
後 の資料の増加 に待つ所が大 きい。調 査 数 次 査 条 坊 位 置 遺 構 種 類 器 種 文 献 10
110
32
172
1962
1978
1965
1986
平城宮 内裏北方 平城宮
東
院 平城宮
東
院 平城宮
内裏東方 溝
整地 層
溝
SD 2700 唐 白磁
碗
唐
青磁
双耳壷 統一新羅
緑釉
壷 統一新羅
陶質
壷
奈文研『平城宮報告Ⅶ』1976 奈文研『 昭和53年度平城概報』
同『年報1979』 1979 奈文研『年報1966』 1966 奈文研『 昭和61年度平城概報』
奈 良市
127
156‑32
奈良市
73
奈良市
130
奈良市
93
93
奈 良市 東 市 4
160
1987
1985
1966
1984
1987
1985
1975
1983
1985
右京五条 一坊十五坪 右京八条
一坊十四坪 大安寺
(左京六条)
左京二条 二坊十二坪 左京三条
四坊十一坪 左京七条
二坊六坪 左京八条
三坊十坪 左京八条
条間路位置 左京九条
三坊十坪
欝 劫 麟 幹 欝 壕 S D・ .5
枷 鞠
唐 三彩
杯 統一新羅
陶質
瓶 唐 三彩
陶枕
唐 三彩
陶枕
唐
白磁
円面硯 唐
三彩
輸花杯 唐
青磁
壷 統一新羅
陶質
壷 統一新羅
陶質
壷
奈良市『奈良市埋蔵文化財調査概要報 告書
昭和62年度』1988
本書
奈文研『奈文研年報1967』 1967,大 安 寺史編集委員会『大安寺史・史料』1984 奈良市『平城京左京二条二坊十二坪発 掘調査現地説 男会資料』1984 奈 良市『奈良市埋蔵文化財調査概要報 告書
昭和62年度』1988
奈良市『奈良市埋蔵文化財調査報告書 昭和60年度』1988
奈文研『平城京左京八条三坊発掘調査 概報―東市周辺東北地域 の調査』1976 奈良市『平城京東市跡推定地の調査Ⅱ
―第4次発掘調査概報』1984 奈文研『平城京左京九条三坊十坪発掘 調査報告』1986
奈文研『年報1986』 1987
Tab.9
平城宮・ 京出土唐 。統一新羅陶器一覧表1)金
元龍「統一新羅上器初考」『考古美術』162・ 163,1984。′09
3
土 器 の胎 上 分 析出土土器の一部について胎土分析を行ない
,産
地推定など今後 の検討 に備 えた。試料はSK
2001出
土須恵器を主 とし,統
一新羅陶器なども扱 った (Tab。 10)。試料をそれぞれ約
0.5gず
つ採取 して,ほ
う酸 リチ ュウムと混合 し,
ビー ドサ ンプラーを用 いてガラス化 した。 ガラス化 した ものを,蛍
光X線
分析法に より測定 した。 なお,標
準試料 と キ して,」G‑1,JB‑1を
用いた。この分析では
,
資料No.7の A1203の
合有量が 他に比べて高 く,
粘生成分が多いことを 示 している。またCaOが
少ない ことも注 目され る。これ らのデータは
,今
後の産地推定のデ ータとして基礎的知見に資す ることができると考え る。今後,土
器の胎土分析にあたっては,こ
こで試みた ような定量分析を進め,分
析データの * 集積をはかることが必要である。番 号 成 分
1 2 4 7
Si02 Ti02 A1203 Fe203
MnO MgO CaO
Na20K20
P205 Rb20 SrO Zr02
71.0 1.2 19,0 3.9 0.030 1.5 0,54 0.62 1.8 0.047 0,013 tr O.026
67.0
0。97 21.0
6,0 0.031
1.1
0。35 0.43 2.5 0,049 0.016 tr O.029
69,0 1.3 20.0 4.8 0.031 1.3
0。34 0.65 2.6 0,061 0.015 tr O.026
72.0 1.0 19.0 4.0 0.034
0。83
0。44 0.86 2.2 0.058 0,014 tr O.028
69.0 0.88 20,0
4.8 0.028 0.71 0,75 1,3 2.6 0,046 0.016 0,014 0.031
66.0
1.1
23.0 4.5 0,030 1.3
0。37 0.89 2.4 0.065 0.017
tr O.028
67,0 1.0 26.0 4.3
0.56 0.089
0。24 1.5 0,046 0,012 tr
O.022 71.0
0.98 20,0
3.7
1.1
0.38 0.48 2.6 0,054 0.018 tr O,028
72.0 1.0 17.0 5,9 0.068
1.1
0,51
0。90 2.1 0.085 0.014 0.011 0,028
合 計 99.676 99。475 100,123 100。464 100。175 99.7 100。769 100。34 100,716 1〜3・
6;須
恵器壷K 4;須
恵器董P(PL.38227)5。 8;須
恵器壷L 7;須
恵器董B(Fig.45‑
338) 9;統
一新羅陶器 (PL.43望05) 1〜6・8;SK 2001 7,SK 1942 9;SK 2084Tab。
10
土器 の蛍光X線
に よる定量分析結果 (数値は重量比を示す)ど′0
5木 製 品
今回報告す る各調査区か ら
,工
具,紡
繊具,服
飾具,部
材など,100点 を こえる木製品が出土 した。その大半は井戸に埋没 していたもので,ほ
とん どが破損品である。SE 1870で
は井戸の 側板に大形曲物容器の底板が数枚転用 されてお り,SE 1375の
井戸側板の一枚には多足机の天*f板
が再利用 されていた。いっぽ う,10基
の井戸か ら出土 した斎串の中には完形品が多 く,埋
没 していた理由が,破
損 したために投棗 された他の木製品 とは異なっていた ことを示 している。なお
,い
くつかの木製品について年輪年代測定を行なっているので参照 されたい。A 木工具 TL.45)
a
錐柄
(1)丸
棒状の木柄で,
現状では3片
に割れてお り,
完全には接合 しない。心 持丸材を利用 し,周
側面を維方向に細か く削 って,断
面をほぼ円形に整形 している。一端の木 口面に不整円形の茎孔を とどめ,茎
を焼 き込んで挿入 した痕跡がある。SE 1550出
土。現存長 さ15 cm,径
1.0〜1.2cm,茎
孔の直径0.4cm,同
長 さ5,lcmで
ある。ム ラサキシキブ材。b
刀子
(2〜 7)刀
子は7点
出上 した。 いずれ も破損品で,
刀身を欠 くもの もある。1)
2・
3は ,側
面形 が柄 の中央部分 で刀背方 向に曲折す るI型
式 に属す る。2は
柄 の中に鉄 刀身 の茎だけが残 る。SE 1385出土。長 さ12.8cm,幅 1.6cm,厚
さ1.3cm,茎
孔 (柄元)縦
0.8cm,横
0.5cm。3は
柄元 を欠損 し,割
れ 口に焼 き込みに よる茎孔 の一部を とどめ る。SE 1550 出土。 現存長 さ12,Ocm,幅 1.7cm,厚
さ 1.4cm。 41よ刀身 の大半 と柄 の後半部を欠 く。柄 は 残存部分 では曲折 して為 らず,長
さか らみて,柄
元 か ら柄頭 まで直線状 の九棒 であ るⅢ型式 と 推定 され る。柄 の断面形 は卵形 であ る。 刀身 は柄 元 に近 い部分 が残 るが,銹
化 が進 み,本
来 の 形状を とどめていない。SE 1305出
上。柄 の現存長 さ7.5cm,幅 1.4cm,厚
さ 1.Ocm。 5も 刀身の前半部 と柄 の後半部 を欠損 してい る。刀身は平造 り。棟厚2.5mm。
柄 はて いね いに肖1って断面精 円形 に整形 し
,柄
元か ら柄 頭 にかけて少 しずつ太 くつ くる。SE 1917出土。現存長 さ6.lcm,柄
元 での幅1,Ocm,同
厚 さ0.8cm,柄
の中央付近 での幅1.2cm,同
厚 さ 1.Ocm。6は
刀身 の一部 が残 り,茎
部分 に柄 の木質 が付着す る。刃関 と棟 関をつ く り出 した角棟 の平造 り。棟厚0.3cmo SE 1550出
土。7は
刀身を欠 き,
柄 も後半部 を折損す る。 柄 の断面 は円形 に近 く,柄
元木 口に茎孔 が残 る。柄 の現存長 さ5.5cm,厚
さ1,lcm,茎
径 (柄 元)0.65 cm×0.3cm,茎
孔 の長 さ4.2cmo SE 1385出
土。PL.3321の
刀子 は柄 を欠 く刀身 の一部。刃関・棟 関 をつ く り出 した角棟 の平造 り。現存長
4.6cm,刀
身 幅1.lcm,棟
厚0.2cmo SE 1550出
土 。2・ 6・
7が
ム ラサキシキブ材, 3が
ア カガシ亜属材, 5が
カキ ノキ材, 4が
ケヤ キ材。C
刀子輪(8)二
枚合 せ の輪 と考 え られ る。 小片 であ るために全容 を知 りが たいが,
外 面 は縦方 向にて いね いに削 り平滑 に整形す る。 内面 は浅 く参1り熾 くだけで,細
かい調整 を施 さ ない。2枚
合 わせ る と,幅 1.5cmほ
どの刀身を納め ることがで きる。SE1870出
土。現存長 さ4.Ocm,幅 2.3cm,厚
さ 0,7cm。 スギ材。d
箆(9)ヒ
ノキの板片を細長 い機状 に加工 した もので,
身 の部分 は先縁 にむけて やや 薄 く削 っている。柄尻は両側面 か ら斜めに削 り落 して圭頭状 につ くる。身の片面 と両側面,先
と
う
す
ら