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第1部 意味特徴の記述
0. 前 お き
0.1記述法
1対の単語の意味を守門する特徴を「意味特徴」または略して単に「特徴」とよぶ。
この1対をなす単語は,両方または一方が1語のこともあり,侮語かになることもある。
特徴をみつける手つづきは,つぎのとおりである。
いま,A・Bという1対の単語(または単語群)をとって考える。この両者は,ある 文脈では,おたがいにおきかえても,ほぼおなじ事実をあらわすものとする。このような 文脈は,1つにはかぎらない。すなわちA・Bをおたがいにおきかえても,おなじ事実 をつたえるような短文は幾組かつくることができる。このようにA・Bにとっていわば おなじ環境をなす例文のグループを例(AB)とあらわすことにする。一一方, Bの例文 としては使えるがAをBのかわりに代入することはできない,という文もあるはずであ る。これを例(B)であらわす。A・Bの意味の差は,この{列(B)と例(AB)とを 比較することによってえられる。すなわち,Aが例(B)に現われないのは, Aの意味 がこの点で積極的な麟限をもっているからである。この制限が,Aにとっての意味的な 特徴を示していると考える。
たとえば「ほえる」と「なくMという1対の動詞をとったばあい,「犬が〜Jf けもの が〜jというような文脈では,このどちらをいれることも可能である。すなわち,これら の文は例(AB)である。一方,「ねこが〜」という文脈では, Fなく」をいれることは できるが,「ほえる」をいれることはできない。これが例(B)である。このようなち がいから,「ほえる」と「なく」には,その動作の主体の面におけるちがいがあること,
「ほえる」は猛獣や犬にかぎられ,それ以外の小動物についてはつかわれないこと,一一一■
方「なく」の方は,すくなくとも「ほえる」にくらべれば主体の範囲が広いことがいえ る。AとBとのあいだで}・このようにBの意味が広いこと, BとAとが上位下位の関係 くhyponymy)にあることを
また,ときとしては,いわゆる反対語の関係にある動詞を1対のものとしてくみあわ せたこともある。このばあいには,
おす一ひく
のようなかたちであらわした。このような対立は,いうまでもなく,動詞にみられるだ けではない。もっとも典型的な例を名詞の方からひろうと,たとえば,「eejは「人」
よりも下位にあり(男く人),「男」と「おとな」とはおなじレベルにおいて対立してい るばあいであり(男/おとな),「男」と「女」とは反対の関係にある(男一女)。
なお,ここで趣意しなければならないのは,多義語の処理である。たとえば「自動車が はしる」「この布地は湿気をきらう」「文字をよむ機械」などというように,本来入間ま たは動物についてつかわれていた動詞が7生産物・機械などの類についてっかわれること が少なくない。このばあいの処置については,つぎの3とおりが考えられる。第1に,こ れは臨時のぎ人化した比ゆ的方法だ,とするものである。そのばあいには,これらの動詞 は人間または動物だけを主体とし,無生物とは結びつかないといえる。第2に,これらは 基本的な意味から派生した意味においてつかわれている,とするやり方である。こう考 えれば「はしる」や「きらう」は基本的意味では人聞または動物に,派生的意味では,広 く無生物についてつかわれることになる。第3の解決法は,意味が広がり,変化したとす るものである。この立ち場をとれば,「はしる」「きらう」「よむ」などは,とくに人間 や動物に限定されず,広く生物無生物をとわずいろんな主語と結びつくことになる。し かし,そのばあいの意味は,たとえば「はしる」についていえば,「あるく」と対立さ せて,「ある瞬問には両足とも空中にあるような状態で早く移動する」のように規定す ることはできない。早く移動すること,または単に移動することの意味だとしなければ ならない。以上3とおりの解決法のうち,どれが妥当かは,実はその単語単語により,
また用例用例によってまちまちだろう。いまのところ,1つの意味であるか,それとも 2つの意味に分けるべきかということについての基準が立たないので,ここでは,ごく 常識的に考えて処理することにする。
0.2 この方法の性質
このような詑蚕齢をとったのは,つぎのような理由からである。1つ1つの単語を金 面的に記述する方法はたしかに必要ではある。しかし,これをくわしくやるには,労力 も記述のスペースもかなりの鍛を必要とする。このことは,この報告書の第2部をみて いただければわかるとおりであって,そのような方油によって記述できる単語の数は,
動詞全体からみれば,わずかなものにすぎない。したがって,一一方ではこれをおぎなうよ うなかたちで,一面的,部分的ではあっても,多くの単語を問題にしうるような記述が のぞましいと考えた。
また億々の動詞の記述にあたっては,その動詞の意味のあいだの相互関係はとらえる ことができるが,その動詞とほかの動詞との相互関係は正衝にでてこない。このような 体系性をあきらかにするためにも,意味特徴をひきだして記述するという方法は役に立
16 第ユ部 意味轄徴の記述
つものである。単語問の相互関係をあきらかにすることは,直接比較されている「ほえ る」と「なく」とをむすびつけるだけではない。同様にしてたとえば「さえずる」もま た「なく」の下位にはいるのであり,「なく」を媒介にして「ほえるjと「さえずる:
「いななく」などがむすびつけられるのである。「ほえる」と「なく」との関係を問題 にしているかぎり,主体の面における制限ということは,いわば「ほえる一.1の示差回
(弁鋼的)特徴だといえる。しかし,特徴を単に示差的とだけ考えるのは一面的である。
「あがる」におけるく上〉という方向性は,これを「さがる」や「かえる」に対する特 徴たらしめているかぎりにおいて示三階である。しかしこれが非移動的な「あおむく」
と「あがる」とに共通にはたらいているという意味においては,示同的,包括的な特徴 でもある。
さらに,「あがる」が「上への移動」だというとき,「あがる」と「上」との意味的な つながりが,しめされている。方向の分析のさいにのべるように,「上」ということば の内容もけっして単純ではなく,その意味的派生は,ちょうど「あがる」という動詞が 方向の面でいろんなニュアンスをともなってつかわれることに苅応しているのである。
言語の記述において,記述される対象雷語と,それを記述する手段としての記述言語と を区別するならば, 「あがる」は対象轡語, 「上」は記述言語に属する。しかし,われ われが下冷語を自国語によって分析するとき,対象言語も記述言語も,ともにおなじ言 語である。意味の特徴をひきだすというしごとは,客観的な単語の意味の分析であると ともに,それの記述法の研究でもある。「ほえるJや「いななく」や「さえずる」の上位 語が「なく..1であるということ,これらが「なく」動作の一種であることを確認するこ
とは,対象言語における問題ではあるが,同時にそれは,これらの意味を記述する記述 言語において「なく..1ということばを使ってよいこと,「なくJという動詞をなにかの かたちで限定することによって「ほえる」などの動詞の意味が説明できることをもしめ
している。
意味から特徴をひきだすことは,複雑な対象を側面に分析するということである。そ のことによってほかの単語の意味と関係がつけられるのである。たとえば石油を燃料と 規定することによって,この物質は,木・石炭などと関係がつけられ,さらに消極的な 意味では,水や牛乳とも関係づけられる。ちょうどそれとおなじように,「あがるJを
「上への移動」と規定することによって,このことばは「上」「うかぶ」「いく」「お りるsその他多くのことばと関係づけられるのである。
単語を対立させ,そこから意味的な特徴をさぐろうとする研究は,音韻論にピン}を えたいわゆる成分分析の方法にちかいものである。しかし,この報告書での記述法と,
いままでにされている成分分析とのあいだには,ちがいがある。それは,成分分析が単 語を特徴(成分)に分析しつくし,その成分を再構成することによって完全に単語の意 味を記述することを冒標としているのに対し,ここでの記述はかならずしもそうではな い,という点にある。「ほえる」はすくなくとも主体の藤における限定がある。と同時 に,そのなき方におけるはげしさ,おそろしさといった凝における限定もある。それ