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6 9  の故

ドキュメント内 世親『法華論』訳註(1) (ページ 50-57)

に ︑ 諸 の 仏 ・ 如 来 の 浄 妙 法 身 ︑ を 開 示 し て ︑ 倍 ︑ む を 生 ぜ し む る が 故 な り ︒

十七に︑﹁最上法門

L

と名づくるは︑摂成就の故なり︒摂成就と

は︑の名句字身を摂取す︒頻婆羅阿関婆等の辞麗迦の有るが

故 に

此の十七句法門は︑是れ総なり︒余匂は︑是れ別なり︒経の如く ︒

﹁諸の菩寵の為に大乗経の無量義と名づくるを説く

L

︑是くの如き

等 の

故 な

り ︒

役毅﹃法華論﹄訳渋川

︹ 現

代 語

訳 ︼

﹁如来が法を説こうとする時が来ているという[特性の︺完成﹂というのは︑諸々の菩薩の為に大乗の経を説く[と

吋法華経﹄に説かれている︺からである︒この大乗のスートラには︑十七種類の名があって︑甚︑深な功徳を顕示してい

る︒マ﹂のことを︺まさに知らなければならない︒十七とは鰐か︒どの様に顕示しているのか︒

に︑

﹁無

量義

Lという名であるのは︑字という意義を完成しているからである︒この法門(﹃法華経﹄)によっ

て︑きわめて奥深い法のすぐれた境界が説かれているからである︒きわめて奥深い法のすぐれた境界とは︑諸仏︑如

来の最もすぐれた境界のことである︒

(﹃

法華

経﹄

)

の中で善く完成しているからである︒

‑70‑

第二に︑﹁最もすぐれたス!トラ﹂という名であるのは︑一一一蔵の中で最もすぐれて見事な︹教えの︺蔵が︑この法門

一に︑﹁大方広の経﹂という名であるのは︑無量なる大乗の門は︑衆生の機根ふさわしいように従って︑失わない

ように止まって完成しているからである︒

第四に︑﹁菩薩を教誠ずる法﹂という名であるのは︑つ法華経﹄が︑︺機根が熟している菩薩を教化するために︑法

を受容する器に応じたことを普く完成しているからである︒

第五に︑﹁仏に護り念われるものLという名であるのは︑知来に依拠してこの法が存在するからである︒

第六に︑﹁一切諸仏の秘密の法Lという名であるのは︑この法は甚深であって︑ただ仏だけが知っているからである︒

第七に︑﹁一切諸仏の蔵Lという名であるのは︑如来の優れた特性と一一一味の蔵が︑この経の中に存在しているからで

ある

第八に︑﹁一切諸仏の秘密の場所﹂という名であるのは︑機根が未だに熟していない衆生等は︑法を受容する器では

ないので︑つ法華経﹄を︺授与しないからである︒

第九に︑﹁能く一切諾仏を生じる経Lヒいう名であるのは︑この法門(﹃法華経﹄)を開いて︑諸仏の大いなるさとり

を成

︑ず

るこ

とが

でき

るか

らで

ある

第十に︑﹁一切諸仏の道場﹂という名であるのは︑この法門(﹃法華経﹄)は︑諸仏としての無上の正しいさとりを完

成させ︑部余の経典は︑そうではないからである︒

第十

一に

︑﹁

切諸仏が転じられた法輪Lという名であるのは︑この法門(﹃法薬経﹄)は︑すべて︑諸のさとりの障

なるものを打ち破るからである︒

第十ニに︑﹁一切諸仏の堅間なる舎利﹂という名であるのは︑如来の真実の法身がこの経典において︑襲われること

がないからである︒

71 

第十一一一に︑﹁一切諸仏の大いに巧みな方便の経﹂という名であるのは︑︹諸仏は︺この法門に依拠して︑大いなるさ

とりを成し遂げて︑衆生の為に︑天と人と声問問︑辞支仏等の諸の善法を説くからである︒

第十四に︑﹁説一乗経Lという名であるのは︑この法門は︑如来の無上の正しいさとりという究極のそのもの自体を

顕示

して

いる

が︑

それに対し︑彼の二乗(声間関乗と独覚乗)のさとりは究極のものではないからである︒

第十

五に

︑﹁

の住

Lという名であるのは︑この法門が︑そのまま諸仏︑如来の法身の究極の住処であるからである︒

第十六に︑﹁妙法蓮華経Lという名であるのには︑一一種の意味がある︒二種とは何か︒第一には︑水から出るという

意味である︒︹仏の教えは︺尽くすことができないということによって︑小一梁という濁った泥水から離れ出る︑

とい

﹀フ

北大文学研究科紀要

世毅﹃法禁論﹄訳注

ω

理由による︒別の意味もある︒蓮華が泥水から出てくるというのは︑芦間たちが︑如来の大勢の聴衆たちの中に入る

の上に坐り︑如来が無上なる智慧・清浄なる境界を説きことができて︑坐ることに喰えるのである︒菩薩たち

明かすのを開き︑如来の奥深い秘密の教えの蔵をさとる︑という理由による︒

第二には︑蓮華が開くという意味である︒衆生たちは︑大乗の中にあっても心が弱く︑信の心を生み出すことがで

きない︒それで︑諸仏︑如来の浄らかで妙なる法身を開示して︑信の心を生じさせるという理由による︒

第十七に︑﹁最上法門﹂という名であるのは︑摂成就であるからである︒﹁摂成就﹂とは︑量一りしれないほどの︑一部開・

文・文字の集まりを取り摂めることである︒十の十七乗︑十の十九乗といった数多くの偶頒があるからである︒

このような十七の匂の法門は︑総論的なものであり︑これ以外の匂の法門は︑各論的なものである︒吋[法華]経﹄

‑72 

に﹁諸菩薩のために大乗の無量義と名づける経を説くしと︑このようにあるように︒

動那

摩提

訳で

は︑

﹁何

等十

七︒

云伺

顕示

﹂を

欠く

動那

摩提

訳で

は︑

﹁法

妙境

界﹂

を﹁

妙境

界法

﹂と

する

︒次

の︑

﹁後

援深

法妙

境問

介者

L

も隠

様に

︑﹁

甘盟

深妙

境界

法者

﹂と

する

動那

摩提

訳で

は︑

﹁於

三蔵

中最

勝妙

蔵︒

此法

門中

養成

就故

L

吾︑

﹁一

ニ蔵

中国

最妙

勝蔵

成就

L

とす

る︒

動那

摩提

訳で

は︑

﹁無

量大

乗門

中盤

百成

就故

︒随

順衆

生根

L

を﹁

無重

大乗

門随

衆生

根﹂

とす

る︒

動那

摩提

訳で

は︑

﹁以

﹂の

字を

欠く

勤那

摩援

訳で

は︑

﹁随

順法

器警

戒就

﹂を

﹁随

器法

成就

L

とす

る︒

勤那

摩提

訳で

は︑

﹁以

依如

来﹂

を﹁

依仏

如来

L

とす

る︒

勅那

摩提

訳で

は︑

﹁喰

仏知

﹂を

﹁如

来知

﹂と

する

勃那

摩提

訳で

は︑

﹁諸

仏之

L

を﹁

仏蔵

﹂と

する

1  3 2  5  7 6  9 8 

30  29  28  27  26  25  24  23  22  21  20  19  18  17  16  15  14  13  12  11  10  志 向 十 ぷ 七 勃 勃 勃 勃 勃 勃 戦 車 主 戦 勃 勃 勃 勃 勃 勃 勃 勃

g三宮芸雪襲撃襲撃霊童書益還車産車産車産車産

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八 大 桃っ 『 就 で で で で で で で で で で で で で で で で で

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7 3  

北大文学研究科紀要

世親

﹃法 禁論

﹄訳 日夜

ω

33  32  31 

﹃妙

法華

﹄に

は見

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ない

が︑

耕凡

本に

は∞

口門

司間

三国

召と

ある

︒(

同州

Z

℃日

L ‑

∞ )

﹃妙

法華

﹄に

は回

見ら

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いが

︑林

凡本

には

ヨ田

宮同

司白

日間

)円

同日

可出

向唱

とあ

る︒

(穴

2・ 匂

・ 印

L '

∞ )

底本では︑﹁無釜大乗法門中益百成就故︒題願衆生相仮住持成就放Lと﹁中養成就放﹂という句があるが︑動那摩提訳では︑﹁無量大乗法

門随衆生根住持成就故﹂(﹃大正蔵﹄第二六巻︑十二頁中︑八行自)であり︑また土口蔵の疏中の法華論の引用文も︑﹁無量⁝大乗法門施順

衆生根住持成就故﹂(﹃大正蔵﹄第悶

O

巻︑七九三頁上︑十七行自)であって︑﹁中養成就放﹂という匂を欠く︒ここでは︑勅那摩援等

に従って﹁中養成就故L

の匂 を削 徐す る︒

﹃妙法華﹄(﹃大正蔵﹄第九巻︑二真中︑八行自)︒焚本にはぴO

門安

田忠

守悶

︿告

‑忠

‑即

日と

ある

︒(

州内

Z ‑

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w N S )

﹁随順法器養成就故﹂を勃那麻原援訳では﹁隠器法成就故﹂とする︒(﹃大正蔵﹄第二六巻︑十二真中︑九行自)

﹃妙 法華

﹄(

﹃大 正蔵

﹄第 九巻

︑ニ 官民 中︑ 八行 自

)o

党本

には

印担

当同

ぴロ

注町

田℃

由江

崎田

町田

ヨと

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︒(

Z・ ℃

・ 印

w

)

﹃妙法華﹄﹁安楽行口問﹂には︑﹁此法華経誇仏如来秘密之蔵﹂(吋大正蔵﹄第九巻︑三九百民上)とある︒ぬ向(二頁中︑八行自)︑又︑

粛斉の曇摩倣陀耶会訳﹃無量義経﹄(﹃大正蔵﹄第九巻︑一二八三賞以下)がある︒尚︑党本にはHHM

岳山

口町

門山

由抽

出自

口出

自由

岳民

同出

血句

史五

百円

HM

とあ る︒ (間

2・

℃・

日・

∞)

叶妙法整﹄神力口問(﹃大正蔵﹄第九巻︑五二頁上)には次のようにある︒﹁如来一切所有之法︒如来一切自在神力︒如来一切秘国立之歳︒

如来一切議深之事︒皆於此経宣一示顕説﹂

﹁舎利﹂(身品開)には二種類あると言われる︒全身の舎利を︑いずれ壊れるという意味で﹁砕身Lといい︑法身の舎利を︑完全な身体

と宮 口う 意味 で﹁ 全身

Lという︒この額所では︑後者の舎利を指して述べている︒

﹁辞

支仏

Lとは︑独党あるいは縁覚︑買え

M H m w

同 ぴ

E a F

同の こと を指 す︒ 声関

︑縁 覚︑ 笠口 薩の 一一 一乗 に人 乗︑ 天乗 を加 えて 五乗 とい う︒ 天乗

︑人 乗は 投開 乗︑ それ 以外 の一 一一 乗は 出投 開同 乗と いう

﹁二乗道﹂とは︑最高のきとりである何務多羅三毅三菩提に対し︑他の声問問︑縁覚のさとりを指す︒なお︑遂とはさとり︑あるいはさ

とりへの道︑教え︑の意味︒

勤那摩提訳では︑﹁経L

の学 を欠 く︒

紡那摩擦訳では︑﹁以﹂の字を欠く︒

‑74 

37  36  35  34  38 

39  42  41  40  44  43 

動那摩提訳では︑﹁又L

の字 を欠 く︒

勃那摩提訳では︑﹁如彼﹂を欠く︒

勤那摩援訳では︑﹁於L

の字 を欠 く︒

勅那摩擦訳では︑﹁得L

の字 を欠 く︒

勃那摩提訳では︑﹁如来L

を欠

く︒

勅那摩擦訳では︑﹁得L

の字 を欠 く︒

勤那摩擦訳では︑﹁深L

の字 を欠 く︒

勅那摩擦訳では︑﹁二葉樹間義︒以諸衆生於大乗中英心怯弱不能生倍︒固定故掲示諸仏如来浄妙法身﹂を︑﹁二葉問問者︒諸衆於大乗中心怯

弱不能全信故︒開示諸仏如来浄妙法身L

とす

る︒

動那摩援訳では︑﹁最上﹂を欠く︒

動那摩提訳では︑﹁有L

のん

予を

欠く

勅那摩擦訳では︑﹁鋒慮迦L

を﹁

府間

﹂と

する

紡那摩提訳では︑﹁法門﹂の後に﹁者L

の字

を﹂

加え

る︒

紡那摩提訳では︑﹁別Lの後に﹁故L

の字 を加 える

勃那摩提訳では︑﹁故L

の字 を欠 く︒ 司円 安田 吋山 の立 日写 で︑ 十の 十七 乗と いう 桁の 名称

書出阻害百の立臼写で︑十の十九乗という桁の名称

m z r m

凶の 立臼 写一 議︒ また

︑﹃ 妙法 華﹄ 薬支 菩藤 本事 口聞 に﹁ 復関 走法 華経

︒八 百千 万億 那出 他︒ 甑迦 羅媛 婆盟 組問 問盟 刀法 憲司 偽﹂ とあ る︒ (吋 大正 蔵﹄ 第九 巻︑ 五一 一一 頁中 )

﹃妙 法華

﹄序 口出 (﹃ 大正 蔵﹄ 第九 巻︑

52  51  50  49  48  47  46  45  61  60  59  58  57  56  55  54  53 

62 

北大文学研究科紀要 二支中︑七

1

八行自)

‑75‑

にそのままの形で存在する︒

ドキュメント内 世親『法華論』訳註(1) (ページ 50-57)

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