(~)
Vgl. Huffer, AktG, 2. Aufl. (1995), §76 Rz. 25.
(~)
BGHZ 116, 86, 88; 136, 254,257; BGH WM 1997, 2220, 2221.
(;:!:)
Vgl. §§130, 173 HGB
§130 HGB (1) Wer in eine bestehende Gesellschaft eintritt, haftet gleich den anderen Gesellschaftern nach MaBgabe
der§§128 und 129 fiir die vor seinern Eintritte begriindeten Verbindlichkeiten der Gesellschaft, ohne Unterschied, ob die
Firma eine A.nderung erleidet oder nicht.
(2) Eine entgegenstehende Vereinbarung ist Dritten gegeniiber unwirksarn.
§173 HGB (1) Wer in eine bestehende Handelsgesellschaft als Kornrnanditist eintritt, haftet nach MaBgabe der§§171
und 172 fiir die vor seinern Eintritte begriindeten Verbindlichkeiten der Gesellschaft, ・ohne Unterschied, od die Firma eine
Anderung erleidet oder nicht.
(2) Eine entgegenstehende Vereinbarung ist Dritten gegeniiber unwirksarn.
ぼ)
BGHZ 74, 240, 241.
,J~ 迂BGHZ 117, 168, 176 f.
山~(\臼輝ゃ#匹内゜ぼ)BGHZ 74, 240,241; 79, 374, 378.
(~) 怜稟Ill'~忌溢(:::)-W~'6(~)$睡゜
(::S)§736 BGB (2) Die fiir Personenhandelsgesellschaften geltenden Regelungen iiber die Begrenzung der Nachhaftung
gelten sinngerniiB.
(~)
Vgl. BGHZ 79, 374, 379.
(~)§129
HGB (1) Wird ein Gesellschafter wegen einer Verbindlichkeit der Gesellschaft in Anspruch genommen, so
kann er Einwendungen, die nicht in seiner Person begrtindet sind, nur insoweit geltend machen, als sie von der Gesell‑
schaft erhoben werden konnen.
(:;1) BGH NJW 1998, 2904 f.
(器)
BGHZ 79, 374, 378.
据栞器
‑RAJ 坦‑<恕以
(¥:,¥..I・吐器国~(国~)匡坦嫁洪Ill~I
alt>
I‑RO (は0)(羽)
A.a.O. 379.
(~)
A.a.O. 379 und 378.
(Kl)
BGHZ 45, 311 ff.=
WM1966, 859; vgl. VersR 1963, 951.
(器)§425 BGB (1) Andere als die in den§§422 bis 424 bezeichneten Tatsachen wirken, soweit sich nicht aus dem
Schuldverhiiltnis ein anderes ergibt, nur fiir und gegen den Gesamtschuldner, in dessen Person sie eintreren.
(2) Dies gilt insbesondere von der Kiindigung, dem Verzug, dem Verschulden, von der Unmoglichkeit der Leistung in
der Person eines Gesamtschuldners, von der Verjiihrung, deren Neubeginn, Hemmung und Ablaufhemmung, von der
Vereinigung der Forderung mit der Schuld und von dem rechtskriiftigen Urteil.
(~)
Vgl. BGH NJW‑RR 1990, 701. Vgl. Zollner, Festschrift Kraft (1998) S. 701, S. 712.
(終)Vgl. BGHZ 56, 355,362£.
(器)BGH NJW‑RR 1990, 701; BGHZ 97, 273, 279£.
ぼ)
BGH NJW‑RR 1990, 701.
(;:;,) BGHZ 45, 311 ff.=
WM1966, 859.
(斜)§847 BGB (1) Im Falle der Verletzung des Korpers oder der Gesundheit sowie
imFalle der Freiheitsentziehung kann
der Verletzte auch wegen des Schadens, der nicht V ermogensschaden ist, eine billige Entschiidigung in Geld verlangen.
(怨)
§831 BGB (1) Wer einen anderen zu einer Verrichtung bestellt, ist zum Ersatz des Schadens verpflichtet, den der
andere in Ausfiihrung der Verrichtung einem Dritten widerrechtlich zufiigt. Die Ersatzpflicht tritt nicht ein, wenn der
Geschiiftsherr bei der Auswahl der bestellten Person und, sofem er Vorrichtungen oder Geriitschaften zu beschaffen oder
die Ausfiihrung der V errichtung zu leiten hat, bei der Beschaffung oder der Leitung die im V erkehr erforderliche Sorgfalt
beobachtet oder wenn der Schaden auch bei Anwendung dieser Sorgfalt entstanden sein wiirde.
(苫)BGHZ 45, 311, 313.
(埒)
§31 BGB Der Verein ist fiir den Schaden verantwortlich, den der Vorstand, ein Mitglied des Vorstands oder ein
anderer verfassungsmiiBig berufener Vertreter durch eine in Ausfiihrung der ihm zustehenden Verrichtungen begangene,
権利能力と法人格について・序説
五
五
五
zu m S ch ad en se rs at z v e rp f l ic h t en d e H an dl un g e in em Dr i t te n z u f i i g t .
( 3 6 ) 7
28 HGB
Di e G e se l l sc h a ft e hr af te n f i i r d i e V er bi nd li ch ke it en de r G e se l l sc h a ft de n Gl au bi ge m a l s Ge sa mt sc hu ld ne r p er s o nl i c h. Ei ne entgegenstehende
V e
re in ba ru ng i s t D r i tt e n gegeniiber
n u wi rk sa m.
( 3 7 )
Hu be r, . a a . O. S .
133
Fn .
92は︑判例学説を引用して︑合名会社のある社員が合名会社に関連して行った不法行為に関する合名会社ならびにその社員の責任に関して︑合名会社︵合資会社︶の責任は︑ドイツ民法三一条の類推に基づいて︑不法
行為に関与していない社員の個人的責任は︑ドイツ商法︱二八条に基づいて認められていることを詳細に説いている︒
( 3 8 ) BGH N
45 , 3 11 , 3 12 .
( 3 9 ) BGH N
45,311•
31 2. ( 4 0 )
8忠
Sa tz
1 BGB
Au
£V er ei ne , d i e n i ch t re c h ts f a hi g si n d , f i nd e n d i e Vorschriften
i b i e r d i e G e se l l sc h a ft A
nw en du ng .
‑ ︑
Hu be
rによる現行ドイツ法におけるいわゆる合有原則
(G es am th an ds pr in zi p) (1 )
ことができるであろう︒
すなわち︑民法上の組合は︑それが合有的組合
(G es am th an ds ge se ll sc ha ft )
の理解は︑次のように要約する
として組織されており︑そのような
ものとして︑法取引に参加している限りは︑当然に
(o hn
Wenn e
un d A be r)
﹁権利能力﹂を有しており︑したがっ
て︑固有の権利義務の担い手でありうる︒しかしながら︑民法上の組合は︑法人ではなく︑また何か法人に似たもの
でもない︒その法人との違いは︑合有的組合
(G es am th an ds ge se ll sc ha ft )
は︑何時でも︑正にそれに帰属している
構成員の全体と同じであるという点にある︒合有的組合に固有の権利能力を認める実際的な意味は︑とりわけ︑それ
に基づいてのみ組合債務に関する責任の問題
( di e Fr ag en e d r H af tu ng i i f r d ie Gesellschafts
sc hu ld en )
を適切に提起
本稿の目的は︑
Hu be
rの見解を理解することにあり︑わが国の実定法に立ち返った検討は︑筆者の今後の課題で
ある︒しかし︑権利能力なき社団や民法上の組合には︑権利能力は認められるが︑法人格は認められないとする
Hu,
be
rの見解は︑たとえば︑設立中の会社をめぐる諸問題の法律構成など︑わが法における具体的な問題との関係にお
いても︑きわめて示唆に富むのではないかと考えている︒
なる
ほど
︑ Hu be
rもいうように︑多くの問題は︑概念法学的に民法上の組合の﹁権利能力﹂に言及するだけで解
決できるのものではないが︑権利能力を認めることによって︑始めて︑本来︑検討すべき問題の議論が可能になるこ
(5 )
ともあるのである︒ といったレベルの議論にも当然︑関係するであろう︒
第 五 三 巻 一 号
し︑また︑答えることができるという点にある︒
( s .
13 9)
二︑本稿に対しては︑権利能力と法人格の関係といったその概念的な問題設定に対して︑すでに批判がありうると考
える︒ここでその見解を取り上げた
Hu be
rも︑そのテーマとの関係においてではあるが︑合有の法的性質の決定か
ら︑具体的な個々の問題の解決を導き出そうとする概念法学的な議論には︑
1あるいは︑﹁新しい合有に関する理
(2 )
論があるとして法律を軽視する誤った考え﹂には︑1厳に警戒すべきことを強調しているのである︒
いうまでもなく︑
Hu be
rの所説は︑具体的な現行のドイツ法の解釈学的研究であり︑法律を異にするわが法にこ
れを直ちに当てはめることには慎重でなければならないであろう︒わが法とドイツ法とを比較するとき︑合名会社︑
(3 )
合資会社の法的取扱の相違は無視できず︑また︑権利能力なき社団︑民法上の組合をめぐる法的理解の相違が小さく
( 4)
ないであろうことも想像に難くない︒さらには︑ありうべき合有︹合手︺理論の評価の違いは︑権利能力とか法人格
関法
五
五
権利能力と法人格について・序説
五
五
(1
)
Ul ri ch Huber
, R e ch t s fi i . hi g k ei t , j u r is t i sc h Pe er so n u nd Ges am th an d, e s F t sc h r if t fi i r M ar cu s L ut te
r (
20 00 ) S.
1 0 7 ,
S . 13 9.
(2
)
この関係で興味深いのは︑
Hu be r, a .a . O . S. 136
f f .
におけるドイツ法上の合有︹合手︺との関係で主張されている﹁附従
性理論﹂に対する
Hu be
rの
批判 であ る︒
ドイツ法学上︑民法上の組合の組合員の責任を議論する場合に﹁附従性理論︵A百
e ss o r ie t i it s t he o r ie )
﹂と呼ばれる考え方
が行われている︒
Hu be
rは︑民法上の組合に権利能力を認め︑組合債務なるものを認めるのであるが︑組合員の責任は︑
組合債務に附従するものなのであろうか︒
Hu be
rによれば︑独立した﹁組合債務
( Ge s e ll s c ha f t ss c h ul d e n)
﹂を認めることに意味があるのは︑組合員がその私的
︹個 人的
︺財 産 (P ri va tv er mo ge n)
をもってその債務の責任を︵少なくともその全額についての責任を︶負うものでない
場合である︒しかし︑通常の場合には︑とりわけ契約上の債務
(V
er tr ag ss ch ul de n)
の場合には︑組合員の私的財産をもっ
てする完全な無限責任
( di e v oi l e u nb es ch ri in kt e H af
t
g
gde r G es el ls ch af te r m it de m Privatvermogen)
は︑組合債務と一
致しているのである︒そして︑その場合には︑︹組合員の︺個人的な責任は︑その根拠においても︑その金額においても︑
その時その時の組合債務の存在によって境界付けられている︒組合債務と組合員の個人的な責任義務との間には︑それゆえ︑
連帯債務関係
( Ge s a mt s c hu l d ve r h ii l t ni s )
は存在しない︒むしろ︑組合員の責任は︑その限りでは︑合名会社および合資会
社の場合における社員の責任と違うものではなくて︑組合債務との関係では︑﹁附従的
( ak z e ss o r is c
h )﹂なものである︒こ
の附従性は︑場合によれば︑無限定であり︵﹁上に﹂だけでなく︑﹁下に﹂も機能する︶Iとりわけ︑ある組合員の脱退後
も組合に帰属する組合員の契約上の債務の場合にそうであるー︑場合によれば限定的である︵﹁下に﹂だけ機能する︶︑
ーとりわけ︑脱退した組合員の責任の場合にそうであるー︒
( s .
13 6£ .)
このように︑附従性と呼ばれており︑本稿においても︑紹介してきたような情況を再確認した後︑
Hu be
rは︑このよう
な情況をいわゆる附従性理論によって説明することに厳しい批判を加えている︒
Hu be
rによれば︑要するに︑附従性とい
う概念は︑その責任が﹁いかなるものであるか﹂を記述するものではあるが︑その責任が﹁生ずるかどうか﹂を決定するも
のではない︑というのである︒概要︑次のように説明している︒
印象深い簡潔な表示を好むのであれぱ︑これを﹁附従性理論﹂と呼ぶことはできる︒しかし︑組合員の私的財産︹個人的
財産︺をもって負う責任
( di e Ha ft un g d es Ge s e ll s c ha f t er s mi t d em Privatvermogen)
は ︑
1とりわけ︑新規加入し︑脱
関法 第五三巻一号 退する組合員の例が示すように︑組合の債務以上に出ることはほとんどありえないのである︒そして︑この﹁組合員の 私的財産をもって負う責任﹂は︑不法行為の例が示すように︑完全に欠けることもあるのである︒およそ組合員が個人的に 責任を負うかどうかという問題に関しては︑いかなる﹁理論﹂も何かを言うことはできないのであり︑﹁附従性理論﹂もま た何かを言うことはできない︒われわれは︑合名会社の組合員の責任をもまた︑ドイツ商法ニ︱八条︑一三
0条をもって根
拠付けているが︑その責任が組合債務に附従しているということをもって根拠づけているのではない︒附従性という概念は︑
その責任が﹁いかなる﹂ものであるかを記述するものではあるが︑その責任が﹁生ずるかどうか﹂を決定するものではない︒
そもそも責任があるかどうかは︑現行の法律の規定にのみ基づいて︑現行の法律規定の基礎にある一般的な責任原則に基づ いて︑そして個々の事案において関係する諸利益の分析と評価に基づいて答えることができるととも︑答えることが許され る問題である︒前述のように︑ドイツ民法四二七条︑四三一条に基づいて契約債務に関する組合員の責任は生ずるのであり︑
他方︑他の組合員の不法行為に関与していなかった組合員の責任は︑不法行為法上の過失原則
(d as de li kt sr ec htliche
Ve rs ch ul de ns pr in zi p)
のために成立しないのである︒
( S . 13 7£ .)
決まり文句や法的レトリックによって︑視野を曇らせてはならない︒ある権利または義務
bがある権利または義務a
との
関係において﹁附従的﹂であるという場合には︑aの存在がbの存在にとって必要条件であるという意味であって︑a
の存
在がb
の存在にとって充分条件であるという意味ではない︒主たる債務がなければ︑保証債務もありえないが︑しかし︑主 たる債務があるところあらゆる場合に保証債務があるのではない︒組合員の責任と組合債務の関係も何らそれと異ならない︒
ドイツ連邦通常裁判所(BGH)は︑最近﹁二重債務負担理論
(T he or ie de r D op pe lv er pf li ch tu ng
)﹂と決別したのであるか
ら
( V g l
. N JW 1 99 9,
3483
f f .
=
N IP1
99 9,
1755
f f .
) ︑それと同じ由来の兄弟姉妹である﹁附従性理論﹂もまた隠退させる時で
あろう︒二つのライヴァル的な理論のうち︑一方が間違いであるということからは︑まだ︑他方が正しいに相違ないという
結論は出ないのである︒
( s .
137
f f . )
(3
) この問題に関しては︑上柳克郎﹁合名会社の法人性﹂商法・保険法の諸問題︵大森先生還暦記念︶︵有斐閣・昭和四七年︶
一頁︵上柳克郎・会社法・手形法論集︹有斐閣・昭和五五年︺一六頁以下所収︶参照︒
(4 ) なお︑私見は︑わが国においては︑ドイツにおけるにも増して﹁合有の概念ないし理論は︑一定の権利関係の属 性や一定の主体者間の結合関係の本質から導き出されるものではなく︑⁝⁝実定法の規定および人的結合体の実態に即して
五四
五四