法政研究
負わせ るものであり、また、②危険責任 (責任無能力者 という「人的危 険源」の継続的「管理者
Jの
責任)を
負わせるものであるという立法趣 旨を考慮すると、7И条の責任を負 うのは監督を行 う実質的な地位がある 場合に限られるという。そのうえで、後述するように、本人の保護や支 援を前提 とした現在の成年後見制度や精神保健福祉制度の展開を前提 と すると、「① を強調することによる714条の適用範囲の拡大 には慎重であ ることが必要である」 とするm。このほか、前田陽一教授 も、「事実上の監督者」や「法定の監督義務者 に準 じる者
Jに
ついて714条の責任が問題 となることを指摘 したうえで、特に精神障がい者 については、(1)で述べた 「精神保健福祉法改正 とのパ ランスからも、714条の適用はもちろん、709条の適用にも慎重になるベ きである」 と指摘する21。
ω
JR東
海列車事故第一審判決の立場に対する疑間JR東
海列車事故第一審判決は、学説の大勢 とは異な り、裁判例① と 同様 に、Y3が
「社会通念上、民法7И条1項
の法定監督義務者や同条2 項の代理監督者 と同視 しうるAの
事実上の監督者」であると認定 した。もつとも、すでにωで述べたように、成年後見や精神保健福祉に関す る考え方が大 きく変わってきていることを考慮すれば、できるだけ本人 の意思決定を尊重するようにすべきであり、成年後見人や保護者 はそれ を支援する者 として位置づけるべきであろう。そうであるならば、特に 法的な手続 を経ていない
Y3を Aの
「事実上の監督者」 と安易に捉える べきではない。さらに進んでいえば、法的な手続を経ていない「事実上20潮見・ 前掲注12)420〜424頁 (引用は424頁)。
a前
田・前掲注12)144H。 なお、「事実上の監督者」は714条ではな く709条の責任 を負いうるとしたうえで、そのような場面をカロ害者である精神障がい者の同居の親 族が現実に監督が可能なときに限定する見解 として、飯塚・前掲注10271〜273頁。‑62(545)―
認知症高齢者の列車事故と不法行為責任.成年後見制度のあ)方―「JR東海列車事故第一審判決」がもたらすもの一 の監督者」 に法的な責任 を負わせ ること自体 には、
2(Jで
述べ た観点 も ふ まえて慎重 な態度 を とるべ きである。 また、本判決 の事案が財産上の 損害 にとどま り、人間の生命 。身体 にかかわ る重大 な損害ではない こと をふ まえると、 なお一層慎重 な対応 が必要 であろ う。(V)Y3の
免責可能性――監督義務違反の有無●
)監
督義務違反の立証責任をめ ぐる見解ところで、仮 に「事実上の監督者
Jと
して責任が認められる可能性が ある場合であっても、7M条 1項
ただし書にいう「監督義務者がその義務 を怠 らなかった」 こと、または「その義務を怠 らな くても損害が生ずベ きであったJこ
とを監督義務者側が立証すれば、免責されることになる。この監督義務連反の立証責任の程度については、学説では、大 きく2 つの類型に分 ける立場が一般的である。例えば、吉村教授は、まず監督 義務の及ぶ範囲について、①未成年者の親権者のように被監督者の全生 活領域 について監督義務 を負 う者 (「身上監護型」
)と
、②学校の教員や 保育所の保育士のように被監督者の生活領域のある局面でのみ義務を負 う者 (「特定生活監護型」)の
2つ に分かれるとする。そのうえで、①「身 上監護型Jで
は、監督者が生活関係全般 について監督義務 を怠 らなかっ たことを立証 しないと免責されないが、② 「特定生活監護型」では、具 体的な危険行為に対する監督義務が主 として問題 となるので、義務違反 を否定 して免責が認められる範囲が広 くなるとい う22。 また、潮見教授 は、監督上の義務の意味を包括的な監護義務 と捉えたときには、監護義 務者 が義務を尽 くしたことの立証を尽 くしたことの立証に成功するのは きわめて困難であるとする。その一方で、未成年者の監督義務者 と異な り、一般的には監督義務者 自身が精神障がいについての知識が乏 しいこ22吉村
前掲注18)196〜198頁。同旨のものとして、前日
前掲注12)142頁。
- 63 (544)
-法政研究 (2014年)
とか ら、精神障がい者 の行動 に若干の異常が現れて もそれ を発見 し病状 の悪化 を察知す ることが困難であることを理 由 として、精神障がい者の 監督義務者 については免責立証 の余地 を実質的に残 してお くべ きである
と説 く23。
(b)「事実上の監督者」 による監督義務違反の判断要素
JR東
海列車事故第一審判決では、①事故に関する予見可能性 と②介 護体制の強化可能性が考慮された結果、免責は否定された。もっとも、その内容 を詳細にみると、い くつかの疑間がある。
まず、①事故の予見可能性 について、本判決は具体的な事件の予見可 能性 は必要ないと判示する。たしかに予見可能性 というのは一般人を基 準にしたものではあるが、はたして徘徊により事故を起 こす可能性があ ることを抽象的に予見 しているだけで足 りるといえるのであろうか。(a)
で述べた潮見教授の見解 を例にとれば、本判決の事案のように認知症の 患者が具体的にどのような危険行為をするか予測することは困難である し、 また、一般的にみても徘徊をしたことによって、例えば列車事故の ような形での大 きな被害が発生することは通常想定されないところであ ろう。
次に、②介護態勢強化の可能性について、本判決では玄関にセンサー を設置するなど結果回避の努力をしているだけでは足 りず、実際に介護 職 として働いている
Y4の
役割を増やす、あるいは訪間介護の回数を増 やすというような対応を求めている。この点は次の0)で述べるように、介護の担い手の数が不足 している現
23潮見・前掲注12)418頁 。なお、潮見教授 の理由づけは、山田知司P情神障害者の 第二者に対する殺傷行為」山口和男編「現代民事裁判の課題(7)損害賠償』(新日本 法規、1989年)486頁 に依拠 している。