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ドキュメント内 奈良三彩の性格についての再考 (ページ 31-40)

(1) ここで「陶器」というのは、土器・炻器・陶器・磁器と分けた場合のものである。

(2) 磐田市教育委員会 1994『御殿・二之宮遺跡 8次発掘調査のあらまし』

(3) 千葉県文化財センター 1987『八千代市井戸向遺跡』。千葉県文化財センター 1994『八千代市権現後 遺跡・井戸向遺跡』

(4) 奈良国立文化財研究所 1960『川原寺発掘調査報告』

(5) 梅原末治氏は、自身の論文で「三彩釉器」「彩釉窯器」、「加釉窯器」等と呼んでいた。

(6)『大日本古文書』1、557・560・573頁。造仏所作物帳記載の瓷坏、瓷鉢については福山敏男氏の研

究(福山敏男 1975「奈良時代における興福寺西金堂の造営」福山『日本建築史の研究』所収)が有 名。

(7) 矢部良明 2002「瓷器」『角川日本陶磁大辞典』角川書店。

(8) 前掲註7。

(9) 古典研究会 1971『和刻本 正史 隋書』

(10) 京都市埋蔵文化財研究所 1995『平成3年度 京都市埋蔵文化財調査概要』

(11) 矢部良明氏が使用している(矢部 2000『唐三彩と奈良三彩』日本の美術 408、至文堂)

(12) 齋藤孝正2004「奈良三彩」佐原真・田中琢『日本考古学事典』三省堂。

(13) 巽淳一郎 2006「奈良三彩」小野正敏ほか編『歴史考古学辞典』吉川弘文館。

(14) 石田茂作 1977「仏具の沿革と新規格の仏具」『仏教考古学論攷』5 仏具編、思文閣出版。

(15) 石田茂作 1977「密教法具概説」『仏教考古学論攷』5仏具編、思文閣出版。

(16) 正倉院事務所 1976『正倉院の金工』日本経済新聞社。

(17) 石田茂作 1977「仏具の沿革と新規格の仏具」『仏教考古学論攷』5 仏具編、思文閣出版。

(18) 岡崎譲治 1978「仏具」『文化財講座 日本の美術』9 工芸(金工)講談社。

(19) 石田茂作 1977「仏教用具(一)『仏教考古学論攷』5 仏具編、思文閣出版。

(20) 宮林昭彦・加藤栄司 2004『現代語訳 南海寄帰内法伝』法蔵館。

(21) 岡崎譲治 1978「仏具」『文化財講座 日本の美術』9 工芸(金工)、講談社。

(22) 柴垣勇夫 2002「多口瓶」『角川日本陶磁大辞典』角川書店。

(23) 前掲註22。

(24) 前掲註22。

(25) 奈良国立文化財研究所 1982『昭和56年度 平城宮跡発掘調査部発掘調査概報』

(26) 奈良県立橿原考古学研究所 1979『1978年度 奈良県遺跡調査概報』

(27) (財)京都市埋蔵文化財研究所 1991『昭和62年度 京都市埋蔵文化財調査概報』

(28) (財)京都市埋蔵文化財研究所 1999『平成9年度 京都市埋蔵文化財調査概報』

(29) 梅原末治 1944「正倉院尊像の所謂三彩器について」『美術研究』第137号。

(30) 大社町教育委員会 2005『鹿蔵山遺跡』

(31) 紀野自由 1994「東京都調布市上石原遺跡出土の二彩多口瓶」『考古学雑誌』第793号。

(32) 梅原末治 1963「日本における多彩釉の窯器」『美術研究』第226号。

(33) 梅原末治 1944「正倉院尊像の所謂三彩器について」『美術研究』第137号。

(34) 三宅敏之 1969「三彩蔵骨器の発見された和歌山県一里山古墓について」『MUSEUM』第223

号。

(35) 間壁忠彦 1988「美作津山近郊出土と伝える奈良三彩蓋付壺」『倉敷考古館研究集報』第20号。

(36) 前掲註32。

(37) 神谷佳明 2018「群馬県内の三彩陶器について」『群馬県埋蔵文化財調査事業団研究紀要』36。

(38) 骨蔵器の名称については、「蔵骨器」とする場合もある。「骨ヲ蔵メル器」と読むには「蔵骨器」

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の方が自然であるが、骨蔵器に関連する論文で「骨蔵器」と「蔵骨器」を使い分けている様子は見ら れないため、厳密な区別は存在しないのかもしれない。『日本考古学事典』や『歴史考古学大辞典』

などの事典類では「蔵骨器」とあるが、圀勝母骨蔵器では器表面に「骨蔵器」と記すことから、本稿 では、「骨蔵器」に統一することとする。

(39) 矢部良明 2000『唐三彩と奈良三彩』日本の美術 408、至文堂。

(40) 楢崎彰一 1974「蔵骨器の起源」『古代史発掘』10 都とむらの暮らし(歴史時代 2)講談社。

(41) 井上光貞ほか校注 1976『律令』日本思想大系 3、岩波書店。

(42) 文化庁監修 2013『発掘調査のてびき』奈良文化財研究所。

(43)「小壺」の読みについては「こつぼ」と「しょうこ」の二通りがあり、「こつぼ」と呼んだ方が自

然であるため、「こつぼ」と呼ぶことにする。

(44) 前橋市教育委員会・佐田建設株式会社 1982『昭和56年度 桧峰遺跡発掘調査報告書』。

(45) 奈良県立橿原考古学研究所 1992『1991年度奈良県遺跡調査概報(第一分冊)

(46) 大阪府文化財センター 2003『粟生間谷遺跡-国際文化公園都市特定土地区画整理事業に伴う古代

から中世の集落の調査-』。大阪府埋蔵文化財協会 1995『粟生間谷遺跡発掘調査』

(47) 岡田登 2000「三重県多気郡多気町平谷出土の奈良三彩小壺について」『史料』158号、皇学館大学

史料編纂所。

(48) 京都府埋蔵文化財調査研究センター 2000『長岡京跡左京二条三・四坊 東土川遺跡』京都府遺跡

調査報告書第28冊。

(49) 府中市教育委員会 2007『備後国府跡 ツジ遺跡』

(50) 鎌木義昌 1970「兵庫県山南町出土の和三彩」『サヌカイト』第2号、岡山理科大学学友会考古学

部。兵庫県史編集専門委員会編 1998『兵庫県史』考古資料編。

(51) 巽淳一郎 1996『まじないの世界Ⅱ(歴史時代)』日本の美術 361、至文堂。

(52) 東大寺 2015『国宝・東大寺金堂鎮壇具のすべて』

(53) 前掲註52。

(54) 高楠順次郎編 1928『大正新脩大蔵経』第18密教部(一)陀羅尼集経巻第四、813~814頁。

(55) 愛知県史編纂委員会 2016『愛知県史』別編窯業1、古代猿投系。

(56) 緑色鉛ガラス骨壺は宮地獄神社境内墳墓(福岡県福津市)や文禰麻呂忌寸墓(奈良県宇陀市)など

で出土している。アルカリ石灰ガラスに比べて粘り気が少ないため、鋳造によってつくられた(由水

1971、谷一 1999)。文禰麻呂忌寸墓の墓誌などから、8 世紀初頭頃に製作されたと考えられている。

(57) 正倉院事務所 1965『正倉院のガラス』

(58) 飛鳥資料館 2000『飛鳥池遺跡』

(59)『大日本古文書』1、564頁。

(60) 城山遺跡(静岡県浜松市)の唐三彩には藍釉が使用されている。

(61) 田庸昊 2012「古代日韓における技術文化の変遷過程」『日韓文化財論集』Ⅱ、奈良文化財研究

所・大韓民国国立文化財研究所、303頁第13表。

(62) 巻付法は「芯となる針金に粘土を塗り、これを回しながら溶けたガラスを巻き付けて玉を作り、冷

え固まってから針金を引き抜く方法」との説明がある(小田 1971)

(63) 田庸昊 2012「古代日韓における技術文化の変遷過程」『日韓文化財論集』Ⅱ、奈良文化財研究

所・大韓民国国立文化財研究所、290頁第5表。

(64) 田中琢 1972「三彩・緑釉」『世界陶磁全集』2 日本古代、小学館。

(65) 座右宝刊行会編1979『世界陶磁全集』17 韓国古代、小学館。

(66) 前掲註65。

(67) 鍑の名称について、近年の報告書、図録では三足炉、三足壺とするけれども、本稿では鍑と呼ぶ

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ことにする。

(68) 池上悟 1986「骨蔵器」『日本歴史考古学を学ぶ(中)』有斐閣、154頁。

(69) 久保常晴 1954「獣脚付陶系蔵骨器」『考古学雑誌』第401号。

(70) 桜井市 1970『安倍寺跡環境整備事業報告』

(71) 小田裕樹 2012「日韓古代火葬墓の比較研究」『日韓文化財論集』Ⅱ、奈良文化財研究所・大韓民

国国立文化財研究所。

(72) 小山冨士夫 1973「慶州出土の唐三彩鍑」『東洋陶磁』1、東洋陶磁学会。

(73) 前掲註71。

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