この小論では先ず植物がどのように上陸し、その後ど のような変遷を遂げ森がつくられたか、更に我々と森の 関係の歴史的経緯の一部について“……であった”とい う記述を行った。主な点は ①最近地球に現れた人が森 を伐り拓いて人口を増やし、快適な暮らしを目指しなが ら森を利用したこと ②過伐が起こると利用の規制や植 林を行い、林業を持続可能なものにしようと腐心したが、
そこには成功と失敗があったこと ③現在では、例えば ブラジルの熱帯雨林は飼料用を含めたダイズ畑・牛の放 牧地・バイオエタノール用のサトウキビ畑などのために 消失し、その規模がかつてないほど大きなものになって いることなどであった。
それらの事実は、我々がこのまま同じように暮らしな がら生態系を維持していくことはできないことを示して いる。増加する人口を地球が支えきれないという問題を 抱え、環境倫理が多くの人の関心を集めるようになって いる。それは我々に“……であった”という記述から、未 来に向けて“……すべきである”という段階に踏み込む ことを求めている。そのためにはできるだけ多くの人が
“……すべきである”という指針をつくる基になる概念 を共有する必要がある。
この論考では、①人は多様な生物の一員にすぎず、責 任について考えられる特徴を持っているが特権的な存在 ではない、②生態系は多様な生物のネットワークにより 成り立っている、ということを強調した。
40億年の生命の歴史は絶滅する種を含みながらも全 体として継続してきた。植物が初めて寂寞とした不毛の 地上に現れてから、1億年以上の長い時間をかけて豊穣 な土壌が形成され、木が森を生み多様な地上の生態系が でき上がった。生態系は決して定まったものではなく移 ろうものである。人はごく最近そこに加わった。このよ うな40億年近い生命の歴史を見ると、移ろってゆく多 様な生き物により生態系が恒存してきたことが分かる。
我々は我々を生み出した多様な生態系を維持する4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4ことを
“すべきこと”の共有できる出発点に据えることができ ると思う。それができれば、試行錯誤をしながらも具体 的な方策を見つけられる筈である。
ここで紹介したように過去の幾つもの文明は生態系を 貪り、それを脆弱なものとした時に文明自体の存在基盤 も大きな影響を受けた。勿論文明の崩壊には多くの要素 が関係する。しかし文明を取り巻く生態系の弱体化は、
看過できない要因であることは確かである。森を伐採し 長い時間かけて形成された土壌を失うと、文明が立ち行 かなくなることはミケーネ文明・マヤ文明等の例からも
明らかである。プラトンやアリストテレスの時代から土 壌流出には警鐘が鳴らされてきた(259)。しかし我々は 経験を活かせず、例えば最近、中国は盛んに傾斜地を耕 作した結果災害がもたらされ、急遽耕作を止め森の再生 を行っている。もはや新天地は残されておらず、急増し た人口が影響を及ぼす範囲も余りにも広くなり、状況は かつて無いほど困難なものになっている。我々は長期的 な視野のもと過去に学び対処する必要がある。
人間だけがひとり勝ちをするような生態系は続き得な い。ここで述べてきたことを踏まえ、以下に具体的な指 針について考えることでこの論考のまとめとする。
多様な現実と向き合う時、ひとつの論理的に完璧な行 動規範に基づいてクリアーカットに行動することは不可 能であろう。例えば米国で薬局が処方する薬の40%以上 は生物由来である(11-下123p)。まだ薬効が調べられて いない生物種に関しては、将来その生物から強力な薬を 開発しうる可能性のためにも、保存しておくことが重要 と考える立場もある。それは我々の利益につながるイン センティブに訴えながら自然を残す人間中心主義的な立 場のひとつである。しかし、我々の利益につながらない ものにも生きる権利があり、そのようなものを如何に保 存するかも生命平等主義的に考えなければならない。
我々は他の生物を食べなければ生きていけない。これ は他の動物も同じで、それは生きることと不可分である。
しかし、他の動物は生きるために必要以上のものは殆ど 消費しない。我々は生存を支えるため以上のものを消費 する。他の生物に対して完全に非暴力的に生きることは できないが、我々のなすべきことは暴力性をできるだけ 少なくすることである。
人以外の生物は行動規範に従って生きているわけでは なく、殆ど自然の摂理に従って生きている。勿論、社会 を構成する動物は利他的な行動もとることは知られてい る。また人間以外の霊長類が萌芽的な倫理的行動をとる とも言われている。だが、チンパンジーが未だ生まれて いない将来世代に配慮して行動規範を作っているとは思 えない。ところが、我々は責任を意識し、正義と公正を 目指して行動できる特徴をもっている。即ち、我々は意 識的に持ち分に従ったニッチに留まり、自然の恵みを自 制的に利用させて頂きながら多くの生物の一員として暮 らしていくために、以下の方策を採る決断を下せるはず である。
全ての地域に同一のルールは適応できないが、健全な 森を維持し多くの生物が生息できる地域は確保されなけ ればならない。①生物を完全に平等と捉え、多くの生物 が人の影響をあまり受けずに本来の姿で生き続けられる 地域を国立公園等に指定し、限られた地域でも原生的生
態系をできるだけ多く残すべきである。②それに隣接す る地域は例えば“限定的な禁猟区”とし、次第に“管理”
の度合いを増しながらも準原生的生態系として堅持す る。③一部の森・自然は生物多様性に配慮しながら人が その資源を循環的に利用させて貰う地域とする。人の利 用を制限した鎮守の森を守り、自然に対し崇敬の念を抱 く精神的風土を再び現代に復権させる機運を醸成する。
あるいは農耕地の後背地に里山など、人手の入った二次 林を森として積極的に残す。④都会でも公園など緑を多 く残した都市計画を立てる必要がある。
特に日本の森を考えると、人工林の割合が40%を越え て世界一であるという大きな特徴がある(6)。それをど のように維持していくかは重要な問題である。いったん 手を入れた森は地域住民により手を入れ続け維持する必 要がある。直接参加できない地域以外の人も物心両面で それを支えるべきである。
上述の多様な地域をどのように区分けするかは簡単で はないであろう。しかし、それぞれの地域の目的に応じ た別個のルールによって階層的な地域を作り、結果的に 森や多様な生物が本来の変遷に近い形で続く将来を目指 す必要がある。
以上のように具体的な指針を考える際に特に重要な ことは、世界には大きな格差があることを銘記すること である(表1参照)。国々の違いを見ると、我々に求めら れていることが明らかとなる。例えばカタールやアラブ 首長国連邦は開発途上国の数百倍のCO2を排出してい るが、森は殆どなくCO2の循環を考えると他国の森にそ の生存が支えられていることが分かる。また森林に恵ま れている国には大きく三つのタイプがある。ひとつはス ウェーデン・カナダ・米国のように自国の森を維持ある いは増加させながら積極的な林業を営み、余剰の林産物 を輸出している国である。特にスウェーデンはCO2排出 量を世界平均の127%と比較的低く抑えながら、HDIは 7位と極めて高く、HPIも世界53位とまずまずである。
スウェーデンの“緑に重きを置く施策”(229)は参考に すべきである。次は日本や中国等である。日本では森林 は十分にあり木は旺盛に成長しているが、その木を十分 に活用せず、他国の森を消耗させながら輸入した林産物 に依存している。また、中国は近年農耕地を減らし、森 を増やしている。しかしその結果、中国は他国からの林 産物・農産物の輸入を急増させて、他国の森に大きな負 荷を与えている。最後のグループはブラジルやインドネ シアのように広大な森をもっているが、その森が先進国 の成長を支えるために減少し続けている国である。
このような現状を見ると、第二、第三のグループの問 題を第一に解決する必要があることが分かる。そのため