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ドキュメント内 棲神 第七號 (ページ 44-64)

せられる0

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事組さの往復風守備的︑宗教的には観心的傾向である︑それは︑後に示す闘に依て知られる事であ

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上人の事業結縁後は宗組に随ひ︑常仁自己の信

行を進め︑且つ︑内治に勉められし如くである0

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上人の態度総ぺての行動に於て︑守勢的であっ

たらしい︒究仁宗姐が︑上人に授輿遊ばされた御書事︑調査して見るさ左の如くであるG

冊 4  4  5 

得 授 職 人 功 徳 法 問 抄 一 文 永 九 年 四 月 一 外 十 七 バ 一 十 三

47

最 房 御 返 事 一 文 永 九 年 四 月 一 外 十 一 一 寸 一 十 三 バ 一 一

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抄 一 文 永 九 年 一 内 十 六 回 ハ 一 一 十 四 介 一 8 9 4 賦 一 文 永 十 年 正 月 百 舟

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一 十 四 バ 一 一 9 1 4 抄 一 文 永 十 年 五 月 一 他 一 一

. バ 二 十 四 点 三 9 5 8 抄 一 文 永 十 年 一 内 廿 三 札 一 十 五 汁 一 9 8 8 紋 一 文 永 十 年

↑ 外 一 一 一

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以上の如︿である︑即も︑文永九年に五遇︑文

永十年に四遁︑文永十一年に一遇︑文永十二年に一通︑建治二年より弘安二年迄︑都合四箇年の聞は一通も無い︑それは︑上人が宗組に︑随行して

2  3 

居られたからであらう︑佐渡赦覚後の上人は︑身

延在の下山に居られた︑弘安三年に一通で︑都合

十二通である︑某内で録内が五通︑録外が六通︑

他受用が一通である︒

(41) 

次氏右の御書は御遺文中に於て︑如何なる地位仁在るものであるか︐三五ふじ︑総べてが︑法義に

附附した御書であって︑而も︑親心的傾向の御書が多い︑故に︑御遺文中の主要の地位にあるもので

ある

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智 随 口

割払は日蓮大上人の御遺文及諸先哲の訓言仁依り

ま・して精進ご一疋ム事に就て御話を致します精進とは如何なる事であるかど尚Tし註すれば御経文の中じも勇猛精進と御設主になりまして捺まず屈せ歩

進むのか精進であるご御敬誠仁占かつて居るのであbます徳川家康は人の一生は重き荷を負℃越さ道を行くか如し急げば必子つまづく事あ・

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ご申されて居ります吾や人生ど云ふ者は恰度重い蕗の荷物を負つ

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遠い這を行︿様歩物であっ

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なら必ず重荷宇負って居る事争れば共の目的地仁建 する事は由来令して途中でつまづいて倒れてしもうのである百里の遣も一歩よb初って居るのであ

るから一歩一歩ご歩みを運ばなげれば遠い目的には蓬す事は出来ないのであ・ります叉﹃孔子日誓コ

如吋 鵡す 山テ 未

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ふ者は山を作る様な物である今一貸を以て其の山か出来上ると一沼ふ時に争って止める芝云ふのは自

分か止めるのである地を平にするのに未

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覆乙ただけ咽であってもそれを捷まず屈せずして進λで行︿ご云ふのは即も自分か準のである故に串

間をするにも浅さより初めて鵠まず屈せ令勇猛精進の心を以て孜々ごし

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吾ゃの目的地仁建せねば

ならんのであhます膿記の中には嘉肴あbと離も

食はぎれば旨き事を知ら令至道なbと雄も串ばぎ

れば其の遣を知らずと一百

λ事かあ・ります如何に山

海の珍味で味か宜しいご申しても食ぺて見なけれ

ば共の美味きは解らません叉何程結構なる道かあ

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るご云ふ事は出来ません世の中には食は十嫌ひご

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bまして僕は食ぺて見ないりれざも鎌ひである全勝食べ℃見ずに鎌ひの好きのご云ム事

は云 へぬ 筈. てあ

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嫌ひであると云ふ人か津山あります﹄れは大中かる に︿わない何故かさ聞きまするご何

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か知らんか 何か知らんか気

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誤解てあ・りまして善悪は串ん

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上ゼ争げれば批評

する事は出来ない筈であるのにもか冶わらず食わず雄ひの人が法華経の何物かを知ら子し

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らやに法華経は厭ひであるつまら

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宗旨でゐるご

誹読する是れか所謂食わず厭ひの人であります共の入か一度法華経は諸経中王最錦第一であhy法華

経以外の諸経は未顕異質の経であり法華経乙を蒋特出世の本懐を御設仁争った瀬真賓の経である諸

山市無待選法華織り刷身成備か出来るのであるとの有難い備訴を聞き又自分︑て宗組の御遺文等を研究

して見れば如何仁も法華艇の有難い事か解るの︑て

あります其の有難い御話を諮問する時は燃へ立つ

様じ思へざち能ゴかる仁つり忘れて信仰の信の字 も無︿守るのであります故仁大上人皆此艇を信じ初むる時は信心有る様に見へ候か中程は信心弱︿借込恭敬せ守供養もな詰ず自慢して悪見をゆかす此れ恐るぺし

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b絡まで捕々信心致すベし左

奇くし

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後悔やあらんずらん警へば鎌倉より京へは十二日の道也それを十一日歩みて媛︑の一日に

争って歩を差乙置レたなら何ごして都の月を詠め

る事か出来様出来ないから十二日道は矢張十二日を以て歩まなければ股識して其の目的地比達する

事は出来奇い故に足許に集をつけ℃疲れの出歩い

様仁し℃彼岸仁到達せよごの御散であります悌道修行も亦以℃如斯き者であるから従浅主深じして

不携不屈の勇猛精進の心を以て宗姐の御本意に通ムベし寺ご言わず備担の前ご言わず行住座臥に商

無妙法蓮華経ピ唱へて偽造の修行か肝要ゼゐbます故に吾じは宗組の御遺文は勿論諸先哲の訓言に

依って勇猛精進の宇ぞ忘れず仁摩問修行を怠つて

はなら奇いのであb

ます 己よ

(43) 

論本宗之宗義飢相承

能 串

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︑ 宗 義

諸て吾が妙法蓮華経宗の宗義を按ずるに︑本宗は法華経本門書量丈底所願の理即も上行所惇の妙法五宇を以℃宗旨ごし本備の遺誠を遵守し諸宗誘

法を珂責して此の妙宗を弘通するを以℃宗義て錯す也而益して共同以は久遠質成大思敬主蒋迦法皇霊

山脅上多賀塔中に於て本門議量三大秘法の南無妙

法蓮華経をば一曾の大衆中じて別して本化の大菩

薩に付嘱し感惑に末法の弘通を納し給ム本化の上首上行菩薩悌刺を奉じて末法の肇の興・数の蓮に嘗℃迩を本朝日本国仁垂れ自ら日蓮ご名来て資対二

議後深草天皇の御宇建長五年凶舟廿八日を以

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帯中別付の紗宗を闘閲乙而して此妙宗を普く一天四海仁弘冥するじ凶大格言を以てし盛仁詩宗人師の

説法に劃し一大獅子帆を典へ給へり︑抑も英一大

発音ごは何哉一再く念備は無間堕獄の業組宗は天魔 の所鴻真言は己闘之嘉浩律宗は閥賦の妄設乃至諸宗無得堕地獄之根源怯華猶一成備の数也是全く日濯が私言仁非守して則も蒋迦金口の明説品一ごご盤仁知ぬ本宗は此の四大格言に則Lリ専心諸宗の誘

法を股誠叱正以て本門書量の骨髄たる妙法を弘宜

し現嘗安穏を期するを以

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宗義ごは錦す也︒

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究じ・本宗の相承を帰やば内外の両相承あり︑

一外用相承者稗曾

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相承する是なら則ち侍教大師秀句の下に云︿

明に如ぬ天台所持の法事の宗は蒋迦世符所立の

天台大師は樟迦に信順し

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法華宗を助けて震 さ叉云く 宗なり

且に数揚し叡山の一家は天台に相承して法華宗

に助 けて 日本 に弘 通す

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我組此相承を紹離して云く︑

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華宗

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末 法三一二加す一テ披弓タ三噛凶師↓南無妙法蓮華経 南無 妙法 蓮華 経︵ 欄鞠 持制 柑︶

ご是れ即も本宗の相承じ於て法華麗累総付三国

間師の外用相承なり︒

二内証相者内証嵐授相承ごもおふ争り︑前述の如く事組は

本地上行ごして二千有鈴の嘗初霊山曾上多賓塔中じ於て敬主蒋曾より妙法五宇を直授相承し給是れ

なり今や之が経樺を一不さば法華経賓塔μ

に云

︿ 稗迦 牟尼 偽乃 至以 立大 音盤 寸普 タ告 す問 衆一 誰

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J此裟婆国土七康タ設サ妙法華経↓

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︶ ご設示し給ひ天台大師文句入に此経文を樟す

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二怠を以てし給へり則も法令有紅ざ近令有在ご

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Aザごは近くは現前在座

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文珠薬王等の二万入 万の恋化の菩薩仁付属せんご欲するを云ひ︑遠Aザとは遠︿は上行等の下方本化の大菩薩仁付属せんご欲するを云ふなb︑但し近令は附文仁して法令は元意なり︑謂︿経の文相じ附て見る時は現座法化の菩薩に告刺し給ふ様杏れざも蒋写の元意は下方本化の大士じ告勅し給ふ仁至︒故に天台は云︿玄を明して付属す聾下方に徹し本弟子を召して

書量

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文句

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ご云 ひ妙 城市 復た 此の 文を 受け て云

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明玄等と言つは暮して経題を畢るに玄に一部

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ご判じ給へる守

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嘗如付属有在の告湖は正︿是れ本化の弟子上行等の菩薩を召し出し唯本一部

具足の題目を付属

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滅後末法に之を弘宣せしめ給

はんが錯め争る事台渓両姐の判蒋明々たh故に此告勅江藤じて二高の菩薩五百の羅漢八千の聾聞及

び他方世界より来集せる過入恒沙の菩薩衆各自誓願を致し以℃此土の弘経を懇望せられしかざも蒋

曾却って之を避け給ひて

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