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x間接被害者のネグリ Wェンスにもとつく請求 ヘ認めない。※5

(一)本章で検討の対象とした,現在のイギリス不法行為法の法状況を大まかに図表で示 すと上記のとおりである。本章の冒頭で示したように,アメリカ法とも異なり,イギリス 不法行為法は,故意による経済的利益の侵害に対しても一般的な訴えを認めないのが原則 である。故意さらには害意により,経済的損失を加えることは一応の不法行為を構成する という見解には,否定的である。ただし,過失不法行為について責任を否定する理由とは 異なり,自由競争の維持という観点からこの立場が採用されていることは,前述した。し

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たがって,単純に故意不法行為と過失不法行為との責任否定原理を同一視することは,危 険であるといえる。

 それでも,イギリス不法行為法は,故意による加害の場合において,数々の事実関係に おいて経済的利益に対して保護を与えている。議論の中心となっている場面は,P(原告)

−C(第三者)←D(被告)という三当事者間の場面であった。ここでは,自由競争を維持 したいという観点と,契約法上の諸原理を過度に動揺させたくないという観点から,主と して偶発的に被害を被った者が原告となることを排除するために,数々の制御装置が組込 まれていることが分かる。

 まず,原告Pの利益が既存の契約上の権利でない場合,あるいは契約上の権利であって も第三者Cの履行が妨害されたに留まる場合には,被告Dが不法行為責任を負わされるの は,DがCに対して不法な手段と呼べるものを行使した場合だけである。何が不法な行為 を構成するかという点は,イギリス判例法においてもなお未解決の問題といわざるを得な いが,近時の貴族院は,制限的な解釈を示すに至っていることを見た。また,ここでの故 意のレベルとして,Pに対して加害を加える意図が,被告Dに要求される。この結果, D の行為によって偶発的に経済的損失を被った者,すなわちDの加害の標的でなかった者は,

不法行為法による保護の対象から外される。この場面は,不法取引妨害が適用される場面 であり,上記の図表において※1で記した場面であるが,この不法行為法類型は,ある意 味で受皿的[catch−all]なものであり,侵害された経済的利益が何であるかを問わずに,成 立し得る。

 これに対して,既存の契約上の権利が侵害された場合(図表※2)には,不法な手段を 行使したかは問題とならず,要求される故意のレベルも,契約の存在を現実に知りながら その違反を誘致することを意図すれば足り,無思慮320)の場合もこれに含まれるとするのが,

近時の貴族院の一致した見解である。このことから,イギリス不法行為法は,既存の契約 上の権利については,特別に厚い保護を与えているということができる。ただし,この場 面においては,Cが契約「違反」と呼べる行為を為したことを要件とすることで,やはり Dの行為によって偶発的に経済的損失を被ったにすぎない者は,不法行為法による保護の 対象から外される321)。故意の内容とレベルの設定,契約「違反」の有無,不法な手段の有 無が,これらの場面においては「水門論」の懸念を払拭しているといってよいだろう。

 期待のうち,契約締結自体を妨害する場合には,不法な手段の要件を必要としないもの も変則的ながら存在する(単純共謀の場合。図表※3)。しかし,ここで要求される故意は,

原告への加害が支配的な目的でなければならないというものであり,不法な手段の要件よ り,証明が容易なものとはいえないだろう。結果的に,イギリス不法行為法において,契 約締結の期待も十分保護される場合があるが,原則的には不法な手段の要件が加重されて いることから,契約上の権利〉契約締結の期待,という序列になっていると見るのが正当

であると思われる。期待のうち,詐欺的不実表示(図表※4)によって不利益な契約締結 が誘導されたという場面において,不法行為責任成立のために要求される故意のレベルは,

無思慮でもよいとされていることから,不法取引妨害の場合に比べると,要求されるもの が低いといってよいであろう。ここでは,不法な手段が別個に行使されることは要求され ないが,これは,詐欺的不実表示自体が不法なものであるとの評価が存するからというべ きである。自由競争は,競争相手を打ち負かすために嘘や欺岡を用いることを,許すもの ではない。不法取引妨害の場合よりも要求される故意のレベルが低いことに鑑みると,将 来の契約締結の期待く不利益な契約締結が誘導された場合の期待,という序列になってい るといってよいかもしれない。前者の場面における期待は,将来の不確かな経済的利益で あるのに対して,後者の場面における期待は,現実に期待を裏切られた場面であり,その 後始末の場面であることを考えると,あり得る序列かもしれない。

 金銭的財貨の保持に関しては,害意[malice]を故意のレベルとして要求する場合もあ るが,不法取引妨害や詐欺の訴えもこの場面で用いられる場合があることに鑑みると,期 待と比べて,保護の程度に差異があるかどうかという点は,各種不法行為法類型に課され た要件の比較だけからは即断できない。ここでは,金銭的財貨の保持に関する利益も,イ ギリス不法行為法は保護する場合がある,と述べるに留めざるを得ない。

(二)しかしながら,偶発的な加害の場合に目を向けると,イギリス不法行為法の印象は 相違する。もっとも顕著な例は,前章で取り扱った関係的経済損失(第1事例群)の場面 である(図表※5)。ここでは,もはや経済的利益の序列は考慮されない。それが既存の契 約上の権利であれ,契約に関する期待であれ,金銭的財貨の保持に関する利益であれ,一 貫して不法行為責任の成立を認めない。

 関係的経済損失についてイギリス不法行為法が,責任成立に否定的な理由については,

2.3.2で既述した学説の見解に現れているので,ここでは繰り返さない。ただし,次の点を 追加的に指摘できるように思われる。故意による加害の場面において,議論の中心となっ ているのは,P(原告)−C(第三者)←D(被告)という三当事者間の場面であると,先 に述べた。この場面で不法行為が成立するためには,Dの説得を受けてCが契約「違反」

を自らの意思で為す場合を除けば,Pに対する加害の意図がDにあること,並びにDのC に対する行為が不法な手段といえる場合に限られることを,本章において見てきた。実は,

関係的経済損失(第1事例群)の場面は,この三当事者間の場面と,事実関係において何 ら異なるところがない。関係的経済損失(第1事例群)の場面において,Dが典型的に為 す行為とは,Cの財物を過失により殿損することであり,その結果, Pが当該財物を利用 できなくなることによって経済的損失を被るというものであった。しかし,故意による加 害の場合の準則に従えば,Dが, PではなくCに対して加害の意図があり, Cの財物を故 意により鍛損したという場合でも,Pに対する加害の意図がない限り,(Cではなく)Pの

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訴えは認められない。つまり,過失不法行為の場面で関係的経済損失に対する責任が認め られないのは,イギリス不法行為法においては,DのCに対する加害が故意の場合であっ ても,Pに対する不法行為責任は当然には認められない,ということのコロラリーである

ということができる。実際,DのCに対する行為が過失行為である場合に, DがPに対し て加害の意図を持っていたという場面は,およそ想定不可能であろう。したがって,多少 大胆な言い換えかもしれないが,イギリス不法行為法においては,故意不法行為法におけ る責任制限的な立場も,また,過失不法行為の場面における責任否定準則を生み出す素地 を提供しているということができるように思われる。

 不利益な契約締結の誘導によって,契約に関する期待が偶発的に害されたという場面に ついて,イギリス法においては,不実表示に関する諸規定がかなり整備されている。議論 の中心となっているのは,制定法により一定の解決が図られた契約当事者間の不実表示の 場面ではなく,契約当事者となる者以外の第三者が,不実表示を為した場面である。さら に,その中でも,とりわけ問題があるとされ,純粋経済損失に対する責任問題と結びつけ て論じられる場面とは,原告以外の者に宛てられた情報を原告が利用して,何らかの自己 に不利益な契約を締結したことによって経済的損失を被ったという場面であった(図表※

6)。Caparo事件(事件26)並びにSpring v. Guardian Assurance plc事件(事件27)が 例証しているように,イギリスの裁判所は,ケースバイケースの判断をしており,一概に はいえないが,不特定多数の者に向けられた情報については,Hedley Byrne準則の適用に 慎重な姿勢を見せているというべきであろうか。

 期待に関するやや特殊な例として,一連の遺言事件が存在する。イギリスの裁判所は,

この類型の事件においても,Hedley Byrne準則を拡張して責任肯定的な姿勢を示すが,同 準則がこの事件類型において責任を肯定するために適切なものであるかは,疑問である。

むしろ,裁判所は,実践的な正義の実現を迫られて,イギリス契約法の欠陥を埋め合わせ るために,責任肯定的になっていると見るのが正しい見解のように思われる。契約外の期 待については,一九七六年死亡事故法によって,被扶養者の関係的利益が救済されること も,指摘した。同法は,不法行為によって直接被害者が死亡した場合に,遺言執行人また は遺産管理人が加害者を訴えることを認めるものであり,死亡した本人に代わる訴えを認 めるという性格が強い。この点において,前者の遺言事件の場合とある種の共通点が存す ることに気付かされる。前者の遺言事件においては,Hedley Byrne準則の拡張が謳われた が,実際のところは,死亡した本人も遺産も過失ある弁護士を訴えることができないとい

う事実が,受遺者の訴えを認めるための実質的な理由であったように思われる。死亡事故 法自体も,訴えることのできない死亡した本人に代わって訴えを認めるという発想に出た 制定法であり,この点で一種の符合を感じさせるものである。結局,契約外の期待に対し て過失不法行為責任が認められるのは,直接の被害者が,現実に訴求することが不可能な

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