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T 題

ドキュメント内 2滋 (ページ 55-61)

5

平城京左京三条四坊七坪遺構変遷

o       50m

平城京左京五条二坊十四坪遺構変

〔木器番号〕翠7ク

8

〔文

  

献〕 同 ̲と

13 

左京五条二坊十 四坪 の井戸

SE02(6AFQ―

F区

 

奈良市調査)

左 京五 条二坊十 四坪 は

8世

紀 中葉 には1坪敷で内裏 に似 た建物配置の邸宅 を形成す るが

,当

初 は

4分

の1坪に 区画 していた。

SE02は

当初 の遺構 で

十 四坪西北部 の 住宅 に ともな う井 戸。1辺

1.8m, 

深 さ0。

95mの

方形掘形 の底 に

,長

径(南北)69 cm, 短径(東西)37 cmの 曲物

をす える。埋土 か ら平城宮土器Ⅲの土師器・ 須恵器が出上 した(fig.148・ 154)。

〔木器番号〕∂δθヱ

〔文

  

献〕金子裕之 「平城京左京五条二坊二十四坪発掘調査概要報告・ 木製品」『奈良市埋 蔵文化財調査報告書 (昭和54年)』 (1980年)p。 32〜 38

14 

左京五条二坊十四坪 の井戸

SE03(6AFQ―

F区

 

奈良市調査)

左 京五条二坊十四坪 を1坪敷 と して利用 した時期

,正

殿 SB06・

SB14の

西 に付設 した井戸。

当初 の井戸

SE03Aは ,一

3.3m,深

1。

3mの

方形掘形 内に

,長

137 cm,幅 25 cm内 外 の長方形 の板 を井籠組 にす る。井戸枠 は

4段

をの こ し

,内

法 は方1,3 mo SE03Aの 内側 に

,後

になって方形縦板 組の井戸

SE03Bを

つ くる。

SE03Bの

構 築 に際 しては

,SE03Aの

内面 に沿 っ て

,垂

直 にと。

3mほ

ど掘 下 げ

,四

隅 に長 さ

1,7m,10 cm角

の柱 を立 て

,上

中下

3段

に横棧 を渡

,そ

の外側 に幅15〜27 cmの 板 を各辺

6枚

前後並べ る。内法 は方

lm前

後。井戸 のなかか ら は

,平

城宮土器Ⅵ を主体 とす る土 師器・ 須恵器・ 施釉陶器

,る

つ ぼ・ 瓦・ 碁石・ ガ ラス玉

,漆

器 とともに

,斎

串・ 独楽・ 刀子輪・ 櫛・ 檜扇・ 曲物・ 釣瓶 な どの木器が出上 した(fig。 154)。

〔木器番号〕

=7θ

=,翠

σ2ヱ

,48θ

ttθ

8

〔文

  

献〕 同

 

15 

左 京五条一坊四坪 の井戸

SE1081(6AFR―

L区

 90次

調査)

左 京五 条一坊 四坪 で四分割の宅地割 りを行 い

主屋 と付属屋か らなる 遺構 を検 出 した。

SE

1081は主屋 に ともな う円形縦板組 の井戸。掘形 は平面楕円形で

,上

2段

に掘込む。上段掘形 は束西

1.8m,南

1.5m,深

0.9m,下

段掘形 は東西

1,Om,南

0.8m,深

1.lmで

,

底 に径 48 cm内 外 の曲物側板 を

3段

に積み

,外

側 に接 して幅20 cm内 外

,長

1.5m以

上 の板21 枚 を

2重

に立 て並べ る。 なかか ら少量 の瓦や土器片が出上 した。

8世

紀 中葉の もの(fig。 148)。

〔木器番号〕θ翠ヱ∂

〔文

  

献〕前掲『奈文研年報 1975』 p,22・ 23

16 

東堀河

SD1300(6ATI―

I・

J,6AHN区  98o141‑23次

調査)

平城京の東堀河。東市北辺 の左 京八条三坊九坪(第93次調査 区

),お

よび左京九条三坊十坪の 九条条 間路 との交叉点 (第

14123次

調査 区

)の 2個

所 で確認。第93次調査 区では

,当

,幅

10m,深

1.4mの

素掘 りの濤であ ったが

,後

8mに

せ ばめて シガ ラ ミで護岸す る。第14ト

23次

調査 区で は

,幅

約 ■

m,深

1.3mの

素掘 り濤で

改修 の痕跡 はな く

,九

条条 間路 との 交又点 に橋

SX2350を

架 ける。堆積土 か ら

, 8世

紀 後半〜

9世

紀前業 の上師器・ 須恵器

,人

面 墨書土器

,土

,金

属製 品な どとともに

,木

器が出土 した(fig。 155・ 156)。

ヱδδ fig.154

遷図

臨 置

〔文

〔 木器番号〕θ

5, 

, 2望

θδ

, 2翠

∂σ

, 2イ

9, 25θ 5, 

δ

, 29θ

δ

翠θヱ 5,5θ θ

2, 5θ θ∂, 5=θδ, 5を0ヱ, 5δθ9, δ8ダ

7

献〕奈良県『平城京左京八条三坊発掘調査概報』(1976年)p.40・ 41 奈良日立文化財研究所『平城京束堀川』(1983年

)p.22〜

24

17 

左京八条三坊十坪 の小路側滞

SDl155(6ATI― H区  93次

調査)

左京八条三坊で宅地 な らびに小路 の発掘調査 を行 い

,庶

民住宅 の宅地 割 りが具体 的 に判 明 し た。

SD■

55は九・ 十坪 の坪境小路

SFl160の

南側濤。幅3.4〜

3.8m,深

1.2mの

素掘 り濤 で

,西

流 して束堀河

SD1300に

合流。十坪 の束半部 を東西

2等

分す る位置 に

小橋

SX■

57が あ る。東端で南北 の坪境小路

SF1331を

横断す る部分 は

杭 と板 とで暗県

SX■ 65に

す る。

堆積土 か ら25点の木簡

, 8世

紀 中葉 を主 とす る 土 師器・ 須 恵器・ 施釉陶器・ 古越磁 とともに 木器が出土 した。漆器工房 に関連す る遺物 の多 い点が注 目され る(fig。 155・ 156)。

〔木器番号〕θ∂θ∂θ∂θ9,  θ∂ダθθθ

=L 

θ∂=2, θ∂ヱ∂ヱヱθ7,  ′∂θ7, =9θ δ,ク∂ヱヱ,

25=2, 37=5, 

∂5θ5, 92θ翠2θ を翠δ

25, 49=δ

, 5δθをδθヱ2,δ

878,

7θ θと, 7θθσ

〔文

  

献〕前掲『 平城京左京八条三坊発掘調査概報』p.40・ 41

18 

左 京八条三坊九坪 の井戸

SE1230(6ATI I区  93次

調査)

左京八条三坊九坪 は

,当

初 は

8分

の1町の宅地割 り

,の

ちに北部 の と画 を16分の1町に細分 す る。

SE1230は

北部 の南東 にあ って

当初 お よび細分後 もひ きつづ いて使 われ る方形縦板組 の井戸。掘形 は上下

2段

をな し

,上

段掘形 は束西

2.3m,南

2.8m,深

0.6m,下

段掘形 は 上段掘形 の北寄 りに

,東

西

1.4m,南

1.7m,深

1.Omの

長方形 に掘込む。下段掘形 の底 に 10 Cm角 の木材 を方形 に組んで土台 と し

,四

隅 に丸柱を立 て

,上

中下

3段

に横棧 を渡 し

,外

側 に幅

5〜

20 cmの板 を羽重 ねに して井戸枠 とす る。内法 は方 0.9m。 底か ら

,須

恵器 。土 師 器 とともに

,黒

漆塗 の薬壷・ 曲物 な どが出土 した。

8世

紀後半(fig.156)。

〔木器番号〕2翠∂翠

〔文

  

献〕 同

 

19 

左 京八条三坊十坪 の井戸

SE1350(6ATI一 G区  94次

調査)

左京八条三坊十坪 の束辺 中央部 にある方形横板組 の井戸。一 辺

90cm,深

3.5mで ,長

96

cm,幅 20cm,厚

1.5cmの

枠板が

8段

残存す る。 掘形底部 の四隅 に方形柱 のあた り痕跡が あ る。埋土か ら奈良時代各期 の土器が出上 し

, 8世

紀後葉 まで存 続 した ことがわか る(fig。 156)。

〔木器番号〕翠∂

=5

〔文

  

献〕前掲『平城京左京八条三坊発掘調査概報』

20 

左京二条五坊北郊遺跡

奈良市法蓮 町の奈良高等学校敷 において

,1954年

に掘立柱建物1棟と井戸1基を発見 した。

建物 は2間×5間以上 の規模で

,南

側 に丼戸がある。井戸 は径約

1.2mの

円形縦板組 で20枚の 板 を用 い。底 には青灰色砂層 があ り

,上

部 に土師器 。須恵器・ 瓦尊 。土馬・ 斎 串 。木履が 自然 木 とともに堆積 していた。 出土遺物か ら丼戸 が8世紀後半 に廃絶 した ことがわか る(fig,149)。

fig.155  平城京跡木器出土地点 俗) (1:25000 (不君卜LLI)

SE1230

El e

0̲̲̲̲̲̲̲̲̲―

――――一― 'pm

fig 156  平城京左京八条三坊九 。 十坪遺構略図

目 凸

7

fig。 157 平城京跡木器出土地点に) (1:25000 奈良)

〔木器番号〕θヱ

〔文

  

献〕 田中一郎 「奈良高等学校校庭発見 の1号丸井戸調査概報」『文化史論叢』奈良国 立文化財研究所 (1955年

)p.139〜

154

岡幸二郎「木履考」『 関西大学考古学,F究年報 工』 関西大学考古学研究会 (1978 勾畠

)p. 48‑50

21 

西隆寺跡 の土竣状遺構SX033・

SX035(6BSR一

東門地 区

 1次

調査)

西隆寺 は神護景雲年 間(767〜770年

),構

徳女帝 が造営 した官営の尼寺。寺地 は平城京右京一 条二坊九・ 十 。十五・十六坪 の

4町

を占め

,南

は一条条間大路

,西

は西二坊大路 に而 し

,西

西大寺

,東

に平城宮が隣接す る。1971年 〜1973年 の

6次

にわた る発掘調査の結果

,金

堂 。塔 。

東 門お よび西隆寺造営以前 の奈良時代 の 掘立柱建物 。塀・ 井戸 。園池や十・ 十五坪 の坪境小 路

,古

墳時代 の遺構 な どを検 出 した。木器 は

,古

墳時代 の土墳(SX037), 西隆寺造営以前 の奈 良時代 の井戸(SE080。

SE130),西

隆寺関連遺構 (SD005。 SE010。 SX033・ SX035)か ら出土 。 SX033・

SX035は ,西

隆寺束門の北側 か ら西へ のびる寺内築地SA004と

,束

門の西方約

10m

の位置 にある南北溝SD005と が交叉す る付近

(SX033), 

お ょびその西北 (SX035)に ある。堆積 土 は木簡・ 檜皮 。土器・瓦・木器 などを多量 におゝくむ黒色土層。西隆寺造営 に関す る塵芥処理 用 の土羨 の可能性がある。天平神護

3年

(767)〜神護景雲

4年

(770)の紀年木簡をおゝくむ西隆寺 造営関連 の木簡 とともに

,杓

子・ 糸巻・ 斎 串・ 挽物盤 。箸・ 部材 な どの木器が出土(fig。 157)。

〔木器番号〕

SX033,θ

8  SX035,7σ

θ翠

,7∂

θ

2  

出土遺構未確認 ;57翠 ヱ

〔文

  

献〕黒崎直「木製品」『西隆寺発掘調査報告』西隆寺調査委員会 (1976年

)p.62〜

66

22 

西 隆寺跡 の土 羨 状遺 構

SX037(6BSR一

東 門地 区

 1次

調 査)

西 隆寺 東 門 の西北 方 にあ る下層 遺構 。土 器 溜 りとかん が え られ るが

,遺

構 の性 格 は明確 で は ない。古 墳 時代 の須 恵 器・ 土 師 器 と と もに

,糸

巻・ 太 刀把 頭 な どが 出土 した(fig。 157)。

〔木器番号〕θ

9==

〔文

  

献〕同

 

23 

西 隆寺跡 の井 戸

SE130(6BSR―

金堂地 Ⅸ

 3次

調 査)

西 隆寺金 堂基 壇 の西側 にあ る方形横板組 の井戸 。東西

2.35m,南

1.8m,深

2.Omの

方形 掘形 内 のや や東寄 りに

,長

さ 120〜130 cm,幅 20〜24 cmの長 方形 の板 を 井 籠組 にす る。

内法 は一 辺

0.8m, 

井 戸 枠 は6段をの こす 。埋土 か ら平城 宮土 器Ⅲ を主体 とす る土 師器・ 須 恵 器

,斎

串・ 部材 な どの木 器 が 出土 。 西 隆寺造営以前 の住宅 に と もな う井戸 で あ る(fig.157)。

〔木器番号〕7=ヱσ

〔文

  

献〕 同

 

24 

右京北辺三坊一坪 の井戸

SE237(6AGS―A区  

2‑4次調査)

北辺三坊一坪推定地 の南寄 りにある方形縦板組 の井戸。一辺約

2.5mの

方形掘形 内の四隅に

径 10 cmの 丸柱 を立 て

,上

2段

に横棧 をわた して

,下

段横棧 の外側 に幅

25 cm,厚

5cm,

長 さ90〜100 cmの 横板 をはめ込み

外側 に幅16〜28 cmの 板 を各辺

5枚

づつ立 てる。

 

内法 は 方約 lm。 堆積土か ら平安時代前期 の上師器

,曲

物・ 斎串などの木器が出土 した(fig,157)。

ヱδ

8

〔木器番号〕を8=∂

〔文

  

献〕奈良国立文化財研究所 掘調査部発掘調査概報』

「 北 辺 三 坊 の調 査 (第 11外

4次

)」『 昭 和53年度 平 城 官 跡 発 1979上昇)p. 28・ 29

25 

右京二条二坊十六坪の井戸

SE540(6AGC―

S区

 187次

調査)

右 京二条二坊十六坪内の中央やや西寄 りにある方形縦板組 の井戸。束西約

2.5m,南

北約3

m,深

2.2mの

不整楕 円形 の掘形 内のやや西寄 りに

東西

60 cm,南

北 70 cmの 井戸枠 を設 け る。井戸枠 は四隅に角柱 を立 て

,上

2段

に横筏 をわた し

,そ

の外側 に幅 15 cm内 外 の板 を 立 て る。掘形 の埋土 か ら平城宮土器 Ⅲの土器

,井

戸 のlg:積土 か ら平城宮土器Ⅲ の上師器・ 須恵 器

,る

つ ぼ

,鉄

,木

製杓子 な どが出土 した(fig.157)。

〔木器番号〕をδ

〔文

  

献〕奈良国立文化財研究所『平城京右京二条二坊十六坪発掘調査槻報」(1982年

)p.23

26 

右京五条四坊三坪の埋納施設

SX30(6AGQ区

Lト レンチ

 100次

調査)

右京五条四坊三坪に建つ掘立柱建物の入 日で発見 された胞衣の埋納施設。一辺

0.4m,深

0.5mの

掘形内に

,宝

珠形つまみの蓋を もつ薬壺形の須恵器 (高さ

15.5cm,最

大径

15.5cm)

を安置する。 須恵器内に和同開弥

4枚

・ 唐墨・筆管・織物をいれる。F御産所 日記』や『貞丈 雑記』などに見 られる胞衣埋納作法に合致す る。須恵器は平城宮土器Ⅲに該当す る(fig。 158)。

〔木器番号〕どを

=∂

〔文

  

献〕奈良国立文化財研究所『平城京右京五条四坊三坪発掘調査概報』(1972年)

p. 12・ 13

27 

右 京五 条 四坊 三坪 の井 戸

SE20(6AGQ区

―Lト レ ンチ

 100次

調 査)

右 京五 条 四坊 三 坪 の中央 や や西北 寄 りにあ る円形 縦 板 組 の井 戸 。掘形 は

2段

を な し

,上

段 掘 形 は長辺

5,4m,短

3.2mの

不 整 矩形

,下

段 掘形 は一 辺

2.5mの

隅丸 方形 で

,深

さは掘形 上 面 か ら約 5,lm。 井 戸枠 は幅28 cm, 厚 さ

6cmの

細 長 い板材 14枚を縦 に組 み

,各

板 を上 中下 3ヵ所 の雇 柄 で 固定 す る。 円形 に組 む た め に

,枠

材 の両 側 辺 を鋭 角 につ くり

,外

面 を中高 に削 って曲面 に仕 上 げ る。 内法 径 は

1,lm,井

戸 枠 高 は

,内

部 に落 込 ん だ上端 部 の板材

6枚

の納 穴

の間隔 か ら

4.5mに

復原 で きる。 板材6枚の うちの

2枚

に は

上端木 日面 に 柄 を 作 り出す の で

,円

形井 戸 枠 の上 部 に

,方

形 の枠 を組 ん で固定 した可 能 性 が あ る。埋土 か ら平城 宮土 器Ⅲ 〜

Ⅳ の上 師器・ 須 恵器 と と もに

,刀

子 柄・ 曲物 な どが 出土(fig。 158)。

〔木器番号〕θ2ヱθ,∂δ,∂ ∂θグ

,35θ

δ

〔文

  

献〕 同上

 p.15

28 

右京八条一坊十一坪 の西一坊坊間大路西側滞SD920(6AII―

NoO区  149次

調査)

平城宮南面西門か ら南へ のびる西一坊坊間大路(SF910)の西側滞。右 京八条一坊十一坪 の東 端 で検 出 した。 九条大路北側濤 との交叉点において も

南延長 を確認 している

(6AIM区

125 次調査Iト レンチ)。 溝上面 の幅 5.5〜 ■

.Om,底

3.0〜

8.Om,深

さ約1.5〜1.75m。

 

埋土

の状況 か ら

A期

(平城京造営当初

,堆

積層 な し

), B期 (8世

紀前半

), C期 (8世

紀後半〜

9世

紀前葉)の

3期

にわかれ る。

 B期

の濤 は両岸 を粘土 で護岸す る。 土器・ 墨書人面上器・ 模造土

fig.158  平城京跡木器出土地点(5)

(1:25000 奈良)

9

ドキュメント内 2滋 (ページ 55-61)

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