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E 一

ドキュメント内 1  遺跡の形成 (ページ 39-42)

は方

1.2m,深

さ0.57〜

lmで

あ る。柱 痕 跡 はか な らず しも明 瞭 で は な い が

,径 38cmの

もの が

δ7

 

 

殿

南北棟建物

SB8245  (PLAN 21,PL.73・ 83)  6ABP―

A・ B地 区 東第

2建

物群 の南 か ら

2棟

目の建物。 南方 のSB8302と は 11.95m(40尺

)の

間隔 をお く。

 7間

(20,86m)× 3間 (9,Om) で,総柱 の南北棟建物 。柱 間寸 法 は10尺 (桁

298m,梁

間3m) 等間 であ る。柱 の掘形 は外 側 の柱列 が概 して大 き く

,一

般 に

総 柱 建 物

第Ⅲ章 遺

 

あ る。

 

また厚 さ

8cmの

凝 灰岩製 の礎経をす え るもの

あ るいは

,柱

抜取痕跡 に人頭大 の安 山 岩 を つ め るもの もあ る。SS8358は

SB8245の

足 場 であ る。8間(25m)× 5間(13,7m)の小柱 列(掘 形は方40cm,深 さ35Cm)で

,柱

間寸 法 は一定 しな い。

SB8245の

東側柱列 では外側

2.4mの

と ころ に配 し

,西

側柱列 で は内側約

90cmの

と ころにな らべ る。 一方

,内

側 の異間2列分 の柱列 は ほ ばSB8245の柱筋 にそ ろえてい る。

SB8210   (PLAN 23,PL 82・ 83)  6ABP一

A地

東第

2建

物群 の 南 か ら3棟目の建 物の うち西 側 に 位 置す る 建 南北棟建物

 

物 。西 のSB6669と は

6m(20尺 ),南

SB8245とは約

9m(30尺

)

の間隔 をお く。

 6間

(17.9m)× 2間 (5,9m)の南 北棟建物。 柱間

寸 法 は10尺 (桁

298m,梁

295m)等

間 で あ る。柱 の掘形 は方

1.2m,深

さ70cm内外 で

,径

40

cm程

度 の柱痕跡 を とどめ るもの もあ る。 六通 の梁間 中央 に柱掘形 があ り

,間

仕切 りの柱 な い しは北廂 の北妻 中央 の柱掘形であ る。東 の

SB8215お

よび西 と南 の 第 二期建物 と柱筋を そ ろえ て い るので

,重

複 関係 はないが第 Ⅱ期 と した。

SB8215  (PLAN 23,PL.32・ 83)  6ABP―

A地

東第

2建

物群 の 南 か ら3棟目の 建物 の うち 東側 に 位 置す るも 南北棟建物

 

の。西 のSB8210と は

6m(20尺

)の 間隔を お く。

 6間

(17.9m)× 2

(59m)の

南北棟建物。平面形

,柱

間寸法

,柱

穴 の状況 な どは

SB8210と 同 じであ る。北妻柱列 のイ七・ 口七 の柱穴 に第 Ⅲ期の建物

SB8218Aの

柱掘形 が掘 込 まれて い る。

SD8211   (PLAN 22・

23,PL.82・

83)  6ABP―

A地区

東第 1・

2建

物群 の北側

1.5m(5尺

)に位 置す る素 掘 りの東西溝SD7163。SD6618が SB8215の 北東部 で南 におれ

,南

北溝SD8211と な る。SD8211は

SB8215,SB8245の

1.5mを

南北 に流 れ

る。溝 には礫 混 りの赤褐色上 が堆積す るのみで,遺物 を欠 く。SB8245の四通 の柱筋 あた りで消 失 す る。第 Ⅲ期建物

SB8222,SB8224,塀 SA8217が

掘込 んで い るSB8215の雨 落溝 に もな ろ う。

SK8213  (PLAN 23,PL 83)  6ABP―

A地

SB8210の北 側 にあ る土壊。 長 さ

6.2m,幅 1.2m,深

さ20cmの浅 い土 壊で

,人

頭大 の安││1岩

の ほか瓦

,土

器片 が比較的多 く出土 した。

SA8223,SB8218な

ど第 Ⅲ期の柱掘形が掘込 まれ て お り

,出

上 の遺物が奈良時代前半 にさかのば らな いので

,第

Ⅱ期 に した。平城 宮土器

Vが

出土

して お り

,第

■期 の廃絶時期を しめ して い る。

SB7155   (PLAN 31, PL.51)  6ABP―

F地 区

中央建物群 と 推定西 第1建物群 との階 西 渡 り廊 7150と 柱筋を そろえ西

35mを

へ だててヽ

1間

(3m)以

上 の建物。 柱間寸法 は桁行〔

柱 の掘形 は方1.3m内

,径 40cm程

度 の柱痕跡 をの こす。東方 のSB6650と 対称 位 置 にあ ることか ら

,そ

れ と同規模 の3間 ×3間の建物 が想定 で きる。

SD6645  (PLAN 29,PL.51)  6ABP一

D地区

中央 建物群 のSB6611の 西 側を流れ る素 掘 りの南北溝。 東方 のSD6608の対称 位 置にあ り, 央 建物群 の西面 を画す る溝 とお もわれ るが

,F地

区では検 出 していない。

03

建物を囲む 溝

2遺

 

第 Ⅲ 期 の 遺 構

第 Ⅲ期 に も 石 積擁 壁SX9230お よび斜道

SF9232Bが

存 続 し

壇上 に殿舎 が群立す る。建物の 平 面形 と配 置 は第 Ⅱ期 とは まった く様 相を ことに し

,中

軸線上 の正殿

,後

殿 を 中心 に して その 東方 に6棟の脇殿 を配 し

,建

物 の間 を塀 や溝 で 区切 って い る。建物 は原則 と して掘立柱で あ る が

,礎

石 建物 も混 えて い る。

SB6620  (PLAN 30,PL 50〜 53)  6ABP一

D・ F地 中軸線(W267)上に位 置す る建物 で この時期 の正殿 と み られ る。前面 の石 積擁壁SX9230の後方23.8m(80尺)

をへ だてて建 つ。

 9間

(292m)× 5間 (17.4m)で

, 4

面 に廂 がつ く東西 棟 建物。柱 間寸法 は身舎 で10尺(桁行 2.98m,梁

3m)等

間,廂で

4.2m(14尺)で

あ る。柱 の

掘形 は方

1.6m,深

70cmで ,身

舎 の柱穴 では柱痕跡 十

 

九顎

(径

55cm)を

扁平 な 安 山岩 の 根 固 め石 が とりま く。ただ し,イー・ イ十・ へ十 の柱穴 は方

lm,

深 さ

45cmと

他 の柱穴 に く らべて小 さ くかつ浅 いので

,本

来 は隅欠 きの建物 で あ った ろ う。 ま た

,西

廂 の柱 抜 取痕 跡 には安 山岩 が投 げ こまれ て い る。 一 通 のハ・ 二柱穴 にそ ろえて2間 (38

m,13尺 )の

階段 が と りつ いて い る (ng.37)。

SS6675はSB6620の足場であ る。制箭 620の 南北廂 の 柱間 と身舎 の内側 にか けて, 6間 (179

m)以

上 ×5間 (16.6m)の小柱穴列 (方60cm,深

20cm)が

あ る。 柱間寸法 は 必 ず しも一定 し ないが

,お

よそ桁行 を2.98m(lo尺

)等

間 と し

,梁

間 で は身舎 の2間と南端間1間を

2.98m(lo

),廂

間 を

3.87m(13尺

)とす る。

SB6630   (PLAN 30,PL.50・ 53)  6ABP―

D地 区

第 Ⅱ期建 物SB6611の柱掘形 にか さな って

径80cm内外 の範 囲 に 小礫 をつ めた遺 構 が あ る。 それ らは9個 しか存在 しないが

,礎

石 据 付痕跡 とみ な しうる。 その ほか に据付 けの掘形 もあ る。復 原 す れ ば 7間(21m)× 4間(10.2m)の 東西棟建物 で

,北

側 に廂 と孫廂 がつ く。

本来 は南 廂 も存 したであ ろ うが

,削

平 されて消失 して い る。柱 間寸法 は身舎 の桁行・ 梁間 とも に

3m(lo尺 )等

間 で あ り

,廂

。孫廂 は

2.lm(7尺 )で

あ る。

SB6620の

後身建物 とお もわれ る が

,規

模 は格 段 に小 さい。

SB7170  (PLAN 32,PL.65〜 67)  6ABP―

G地区

中軸線上 に 位 置す る 建物 で この 時期 の 後殿。

SB6620と

は 20.45m(68尺

)の

間隔 をお く。

 7間 (2098m)×

4間

(144m)

で南北

2面

に廂がつ く東西棟建物。柱間寸法 は身舎の桁行・ 梁 間 ともに

3m(lo尺 )等

間 であ り

,南

北 の廂 は4.2m(14尺

)で

あ る。柱 の掘形 は方

1.3mだ

,深

さは身舎で

80cm, 

廂 で

50cm

で あ る。 径

40cm内

外 の柱痕跡 を とどめ るものや

,柱

痕跡 の ま

わ りに安 山岩 の 根 固め石 を め ぐらす もの

,柱

抜取痕 跡 に安 山岩 の塊石 を 投 げ入れ るものがあ る。身舎 の三通 と六 通 の異 間 に2個の小柱穴 を掘 り

,異

間 を

1.5m(5尺 ), 3m(lo尺 ),1.5m

殿

礎 石 建 物

殿

δ9

貯 水 施 設

SB7170と SB6620と の間 は建物幅の 中庭 とな り

,そ

の東西 に協殿 東 脇 殿

 

を配す る。SB7173は東側の協殿 で

,5間

(135m)× 4間 (132m),

東西2面に廂がつ く南北棟建物 であ る。現在

,東

西 の廂柱列 の柱掘

形 しか検 出 して いないが

,後

述 す る足場掘形 の位置関係 によって5 第Ⅲ章 遺

 

(5尺

)に

仕切 る。 身舎の南側柱列 の柱掘形 が第I期のSD7165を掘込 み

,南

廂 の柱 掘形 が第 Ⅱ 期 の

SB7151Aの

柱掘形 を掘込 ん で い る。

SS7214は SB7170の足場であ る。6間

(182m)×

5間 (19.5m)の小柱穴 列 (方

60cm,深

20

cm)を

配 置す る。柱間寸法 は厳密 で ないが

,桁

行 は

3m(lo尺 )等

間 とす る。梁 間 は南 北 の廂 を

4m(南

北のはじまりはSB7170の 廂列の外側

25m)と

,内

の3間を

3.6m(12尺)と

す る。

SK7193, SD7138, SD7195   (PLAN 32, PL 68・ 69)  6ABP―

G地区

SK7193はSB7170の身舎西間仕切 内 にあ る土 羨。長辺を南北 にとる長方形 (長さ3m,幅1.66m, 深 さ47cm)を 呈す る。下部 には粘質土 と砂 質上 が堆積 し

,上

部 に若子の遺物 をふ くむ暗褐色土層 が堆積 してい る。

SD7188はSB7170の 6通と

7通

間 の身舎 か ら北へ の び る素 掘 りの南北溝 (幅55cm,深 さ20cm)。

褐 色上 が堆積 して い る。南端 はSK7193に注 ぎ

,北

は発掘 区外 にのび る。

SD7189は

SD7188に 平 行す る素 掘 りの南北溝 (幅55cm,深10Cm)。 暗褐色上 が堆積 しSK7199につなが る。

SD7188

の後身であ ろ う。SD7195は SK7193の西南 隅 か ら西方 にのび る玉石敷の東西溝。現状 では側石 の抜取痕跡 しか とどめていない (幅60cm)。

SK7193は

一種 の貯水施設 であ り

, SD7188な

い しはSD7189は北か らの 導水路 であ り

,SD

7195は 西方への排水路 とお もわれ る。SD71881こ とま水が流れ た痕跡がな く

本来 は木樋 暗 渠 で あ った可能性 があ る。 その うちSD7189が第 Ⅱ期 のSB7152の 柱 掘形を掘込 む ことか ら

,第

Ⅲ期

とな り

,SB7170に

矛盾 な くお さま る ことか ら

,沐

室 のよ うなSB7170の付属施設 に想定 した。

SB7173  (PLAN 28,PL 65・ 66)  6ABP― FoG地

9 7本

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ドキュメント内 1  遺跡の形成 (ページ 39-42)

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