は方
1.2m,深
さ0.57〜lmで
あ る。柱 痕 跡 はか な らず しも明 瞭 で は な い が,径 38cmの
もの がδ7
東
脇
殿
南北棟建物
SB8245 (PLAN 21,PL.73・ 83) 6ABP―
A・ B地 区 東第2建
物群 の南 か ら2棟
目の建物。 南方 のSB8302と は 11.95m(40尺)の
間隔 をお く。7間
(20,86m)× 3間 (9,Om) で,総柱 の南北棟建物 。柱 間寸 法 は10尺 (桁行298m,梁
間3m) 等間 であ る。柱 の掘形 は外 側 の柱列 が概 して大 き く,一
般 に 八七 大 三 四 三 ニ ー
総 柱 建 物
第Ⅲ章 遺
跡
あ る。
また厚 さ
8cmの
凝 灰岩製 の礎経をす え るもの,
あ るいは,柱
抜取痕跡 に人頭大 の安 山 岩 を つ め るもの もあ る。SS8358はSB8245の
足 場 であ る。8間(25m)× 5間(13,7m)の小柱 列(掘 形は方40cm,深 さ35Cm)で,柱
間寸 法 は一定 しな い。SB8245の
東側柱列 では外側2.4mの
と ころ に配 し,西
側柱列 で は内側約90cmの
と ころにな らべ る。 一方,内
側 の異間2列分 の柱列 は ほ ばSB8245の柱筋 にそ ろえてい る。SB8210 (PLAN 23,PL 82・ 83) 6ABP一
A地区東第
2建
物群 の 南 か ら3棟目の建 物の うち西 側 に 位 置す る 建 南北棟建物物 。西 のSB6669と は
6m(20尺 ),南
のSB8245とは約9m(30尺
)の間隔 をお く。
6間
(17.9m)× 2間 (5,9m)の南 北棟建物。 柱間寸 法 は10尺 (桁行
298m,梁
間295m)等
間 で あ る。柱 の掘形 は方1.2m,深
さ70cm内外 で,径
40cm程
度 の柱痕跡 を とどめ るもの もあ る。 六通 の梁間 中央 に柱掘形 があ り,間
仕切 りの柱 な い しは北廂 の北妻 中央 の柱掘形であ る。東 のSB8215お
よび西 と南 の 第 二期建物 と柱筋を そ ろえ て い るので,重
複 関係 はないが第 Ⅱ期 と した。SB8215 (PLAN 23,PL.32・ 83) 6ABP―
A地区東第
2建
物群 の 南 か ら3棟目の 建物 の うち 東側 に 位 置す るも 南北棟建物の。西 のSB8210と は
6m(20尺
)の 間隔を お く。6間
(17.9m)× 2間
(59m)の
南北棟建物。平面形,柱
間寸法,柱
穴 の状況 な どはSB8210と 同 じであ る。北妻柱列 のイ七・ 口七 の柱穴 に第 Ⅲ期の建物
SB8218Aの
柱掘形 が掘 込 まれて い る。SD8211 (PLAN 22・
23,PL.82・83) 6ABP―
A地区東第 1・
2建
物群 の北側1.5m(5尺
)に位 置す る素 掘 りの東西溝SD7163。SD6618が SB8215の 北東部 で南 におれ,南
北溝SD8211と な る。SD8211はSB8215,SB8245の
東1.5mを
南北 に流 れる。溝 には礫 混 りの赤褐色上 が堆積す るのみで,遺物 を欠 く。SB8245の四通 の柱筋 あた りで消 失 す る。第 Ⅲ期建物
SB8222,SB8224,塀 SA8217が
掘込 んで い るSB8215の雨 落溝 に もな ろ う。SK8213 (PLAN 23,PL 83) 6ABP―
A地区SB8210の北 側 にあ る土壊。 長 さ
6.2m,幅 1.2m,深
さ20cmの浅 い土 壊で,人
頭大 の安││1岩の ほか瓦
,土
器片 が比較的多 く出土 した。SA8223,SB8218な
ど第 Ⅲ期の柱掘形が掘込 まれ て お り,出
上 の遺物が奈良時代前半 にさかのば らな いので,第
Ⅱ期 に した。平城 宮土器Vが
出土して お り
,第
■期 の廃絶時期を しめ して い る。SB7155 (PLAN 31, PL.51) 6ABP―
F地 区中央建物群 と 推定西 第1建物群 との階 西 渡 り廊 7150と 柱筋を そろえ西
35mを
へ だててヽ1間
(3m)以
上 の建物。 柱間寸法 は桁行〔柱 の掘形 は方1.3m内外
,径 40cm程
度 の柱痕跡 をの こす。東方 のSB6650と 対称 位 置 にあ ることか ら,そ
れ と同規模 の3間 ×3間の建物 が想定 で きる。SD6645 (PLAN 29,PL.51) 6ABP一
D地区中央 建物群 のSB6611の 西 側を流れ る素 掘 りの南北溝。 東方 のSD6608の対称 位 置にあ り, 央 建物群 の西面 を画す る溝 とお もわれ るが
,F地
区では検 出 していない。03
建物を囲む 溝
2遺
第 Ⅲ 期 の 遺 構
第 Ⅲ期 に も 石 積擁 壁SX9230お よび斜道
SF9232Bが
存 続 し,
壇上 に殿舎 が群立す る。建物の 平 面形 と配 置 は第 Ⅱ期 とは まった く様 相を ことに し,中
軸線上 の正殿,後
殿 を 中心 に して その 東方 に6棟の脇殿 を配 し,建
物 の間 を塀 や溝 で 区切 って い る。建物 は原則 と して掘立柱で あ る が,礎
石 建物 も混 えて い る。SB6620 (PLAN 30,PL 50〜 53) 6ABP一
D・ F地区 中軸線(W267)上に位 置す る建物 で この時期 の正殿 と み られ る。前面 の石 積擁壁SX9230の後方23.8m(80尺)をへ だてて建 つ。
9間
(292m)× 5間 (17.4m)で, 4
面 に廂 がつ く東西 棟 建物。柱 間寸法 は身舎 で10尺(桁行 2.98m,梁間
3m)等
間,廂で4.2m(14尺)で
あ る。柱 の掘形 は方
1.6m,深
さ70cmで ,身
舎 の柱穴 では柱痕跡 十九顎
(径
55cm)を
扁平 な 安 山岩 の 根 固 め石 が とりま く。ただ し,イー・ イ十・ へ十 の柱穴 は方lm,
深 さ
45cmと
他 の柱穴 に く らべて小 さ くかつ浅 いので,本
来 は隅欠 きの建物 で あ った ろ う。 ま た,西
廂 の柱 抜 取痕 跡 には安 山岩 が投 げ こまれ て い る。 一 通 のハ・ 二柱穴 にそ ろえて2間 (38m,13尺 )の
階段 が と りつ いて い る (ng.37)。SS6675はSB6620の足場であ る。制箭 620の 南北廂 の 柱間 と身舎 の内側 にか けて, 6間 (179
m)以
上 ×5間 (16.6m)の小柱穴列 (方60cm,深さ20cm)が
あ る。 柱間寸法 は 必 ず しも一定 し ないが,お
よそ桁行 を2.98m(lo尺)等
間 と し,梁
間 で は身舎 の2間と南端間1間を2.98m(lo
尺
),廂
間 を3.87m(13尺
)とす る。SB6630 (PLAN 30,PL.50・ 53) 6ABP―
D地 区第 Ⅱ期建 物SB6611の柱掘形 にか さな って
,
径80cm内外 の範 囲 に 小礫 をつ めた遺 構 が あ る。 それ らは9個 しか存在 しないが,礎
石 据 付痕跡 とみ な しうる。 その ほか に据付 けの掘形 もあ る。復 原 す れ ば 7間(21m)× 4間(10.2m)の 東西棟建物 で,北
側 に廂 と孫廂 がつ く。本来 は南 廂 も存 したであ ろ うが
,削
平 されて消失 して い る。柱 間寸法 は身舎 の桁行・ 梁間 とも に3m(lo尺 )等
間 で あ り,廂
。孫廂 は2.lm(7尺 )で
あ る。SB6620の
後身建物 とお もわれ る が,規
模 は格 段 に小 さい。SB7170 (PLAN 32,PL.65〜 67) 6ABP―
G地区中軸線上 に 位 置す る 建物 で この 時期 の 後殿。
SB6620と
は 20.45m(68尺)の
間隔 をお く。7間 (2098m)×
4間(144m)
で南北
2面
に廂がつ く東西棟建物。柱間寸法 は身舎の桁行・ 梁 間 ともに3m(lo尺 )等
間 であ り,南
北 の廂 は4.2m(14尺)で
あ る。柱 の掘形 は方1.3mだ
が,深
さは身舎で80cm,
廂 で50cm
で あ る。 径
40cm内
外 の柱痕跡 を とどめ るものや,柱
痕跡 の まわ りに安 山岩 の 根 固め石 を め ぐらす もの
,柱
抜取痕 跡 に安 山岩 の塊石 を 投 げ入れ るものがあ る。身舎 の三通 と六 通 の異 間 に2個の小柱穴 を掘 り,異
間 を1.5m(5尺 ), 3m(lo尺 ),1.5m
殿
場
礎 石 建 物
殿
δ9
貯 水 施 設
SB7170と SB6620と の間 は建物幅の 中庭 とな り
,そ
の東西 に協殿 東 脇 殿を配す る。SB7173は東側の協殿 で
,5間
(135m)× 4間 (132m),東西2面に廂がつ く南北棟建物 であ る。現在
,東
西 の廂柱列 の柱掘形 しか検 出 して いないが
,後
述 す る足場掘形 の位置関係 によって5 第Ⅲ章 遺跡
(5尺
)に
仕切 る。 身舎の南側柱列 の柱掘形 が第I期のSD7165を掘込 み,南
廂 の柱 掘形 が第 Ⅱ 期 のSB7151Aの
柱掘形 を掘込 ん で い る。SS7214は SB7170の足場であ る。6間
(182m)×
5間 (19.5m)の小柱穴 列 (方60cm,深
さ20cm)を
配 置す る。柱間寸法 は厳密 で ないが,桁
行 は3m(lo尺 )等
間 とす る。梁 間 は南 北 の廂 を4m(南
北のはじまりはSB7170の 廂列の外側25m)と
し,内
の3間を3.6m(12尺)と
す る。SK7193, SD7138, SD7195 (PLAN 32, PL 68・ 69) 6ABP―
G地区SK7193はSB7170の身舎西間仕切 内 にあ る土 羨。長辺を南北 にとる長方形 (長さ3m,幅1.66m, 深 さ47cm)を 呈す る。下部 には粘質土 と砂 質上 が堆積 し
,上
部 に若子の遺物 をふ くむ暗褐色土層 が堆積 してい る。SD7188はSB7170の 6通と
7通
間 の身舎 か ら北へ の び る素 掘 りの南北溝 (幅55cm,深 さ20cm)。褐 色上 が堆積 して い る。南端 はSK7193に注 ぎ
,北
は発掘 区外 にのび る。SD7189は
SD7188に 平 行す る素 掘 りの南北溝 (幅55cm,深さ10Cm)。 暗褐色上 が堆積 しSK7199につなが る。SD7188
の後身であ ろ う。SD7195は SK7193の西南 隅 か ら西方 にのび る玉石敷の東西溝。現状 では側石 の抜取痕跡 しか とどめていない (幅60cm)。
SK7193は
一種 の貯水施設 であ り, SD7188な
い しはSD7189は北か らの 導水路 であ り,SD
7195は 西方への排水路 とお もわれ る。SD71881こ とま水が流れ た痕跡がな く
,
本来 は木樋 暗 渠 で あ った可能性 があ る。 その うちSD7189が第 Ⅱ期 のSB7152の 柱 掘形を掘込 む ことか ら,第
Ⅲ期とな り
,SB7170に
矛盾 な くお さま る ことか ら,沐
室 のよ うなSB7170の付属施設 に想定 した。SB7173 (PLAN 28,PL 65・ 66) 6ABP― FoG地
区9 7本
ギ ■ :H:エ エ
:長│二〔