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(7)美術教育講座

ドキュメント内 教育学部教育学部 (ページ 59-62)

美術教室誕生のころから昭和の終わりまで

美術教室は、1951年に遠田運雄、林建造、松島清次、米林勝二、高杉正実の教官でス タートした。1953年に金沢城跡の新校舎に音楽、家庭、職業とともに移転した。当時は 1部甲・乙類、2部甲・乙類と分類され、2年・4年課程とあり、専門教養課程には素描、

色彩画等のほか木工、金工などもあった。以下教官スタッフの構成を過去の記録を基に列

挙したい。1956年鈴木正明、高杉正実が着任。1957年のスタッフは水谷清(絵画)、松 島清次(木工)、高杉正実、米林勝二(彫塑)、鈴木正明(美学)であった。1963年4月 西村登喜男(構成)が着任、1967年水谷清が停年退官する。1968年北浜淳(絵画)が着 任。1970年鈴木正明が退官。1975年三神弘彦(美学)が着任。1978年米林勝二が停年 退官し、また郡司和男(彫塑)が着任するが、同7月逝去した。1979年には重田照雄

(彫塑)が新しく着任した。1980年西村登喜男が停年退官し、かわって小林範夫(構成)

が着任する。同年今井治男(絵画)が着任し、北浜淳は美術科教育を担当することになっ た。1984年北浜淳が停年退官、同年宮下孝晴(美学・美術史)と西野範夫(美術科教育)

がそれぞれ着任し、スタッフ5名となる。1987年西野が文部省に転出し、向坂一弥が

(美術科教育)着任。1988年には小林が転出し、同10月松浦昇(構成)が着任する。

研究科美術教育講座の設置以後

昭和から平成に移る時期に美術教室を取り巻く環境は大きく変化した。1989(平成元)

年、新しく奈良(大樋)年郎(構成)、新川昭一(美術科教育)を迎え、この年度に大学院 教育学研究科美術教育講座が設置され拡充した。これにより美術教室は学部と大学院の二 つの教育体制を受け持つこととなり、大きく発展すると同時に、より専門的な教育体制の 確立が求められたのだった。さらに学部の角間キャンパスへの移転に伴い、学部新校舎が 建設される。美術教室は学部芸術棟1階に彫刻・陶芸領域の教室研究室及び教材開発室・

造形講義室などが、3階に絵画・版画・デザイン・理論系演習室及び学部学生研究室・大 学院生研究室などが置かれ充実した。1992年3月新川・奈良が退官する。その後、1995 年3月向坂停年退官により、同5月山田一美(美術科教育)が着任し、1998年3月現在、

在職中のスタッフは今井(絵画)・重田(彫刻)・松浦(デザイン)・宮下(造形芸術 学)・山田(美術科教育)の5人である。

1996年度に教育学部は改組され、学校教員養成課程芸術教育コース美術専修が新設さ れる。この芸術教育コース美術専修は、それまでと同様に小・中・高校の教員養成を主目 的としながらも、学部教育での専門教育と総合大学の豊かな教養教育の成果を生かしつつ、

一般社会において幅広く活躍する人材を育成しようとするものである。

美術教室に所属した学部入学者数は、美術教室に保管されている1949年4月調査の

「学生生徒生活調査表」及び1958年からの「学生要録」によると次のとおりである。

(師範学校入学年度を含む)

1946〜54年度:1部甲類11名(以下、数値のみ)、乙類22、2部甲類8、乙類7。

1955〜59年度:1部甲類4、乙類3、不詳5。2部甲類7、乙類3、不詳6。

1960〜64年度:1部甲類1、乙類3、2部甲類1、不詳7、初等科10、中等科6。

1965〜69年度:初等科14、中等科13、聾教育科4。

1970〜74年度:初等科18、中等科10。

1975〜80年度:小学校教員養成課程41、中学校教員養成課程(養護を含む)18。

1981〜90年度:小学校教員養成課程41、中学校教員養成課程(養護を含む)34である。

1991〜97年度:小学校教員養成課程24、中学校教員養成課程(文化科学コースを含む)

21、改組後の学校教員養成課程5(第2学年)。

したがって美術教室所属の学部卒業生総数は記録によると347名である。

大学院美術教育講座の院生は、1990〜97年度まで25名(男子10、女子15)が在籍し ており、各界において中心的な人材として期待されている。

脚光を浴びている卒業・修了制作展

学生は卒業・修了研究の発表の場として卒業・修了制作展を毎年2月ないし3月に開い ているが、最初のころは大学会館にて開催していた。その後、1984年からは名鉄スカイ プラザを会場としたが、角間に移転後は金沢大学附属資料館や県立美術館で開催している。

また、1970年ごろから卒業生によって同窓会新聞『アカンサス』が毎年発刊され、卒 業生の作品発表の場として、市内画廊で展覧会を開いていたが、1992年一応の成果を収 めたとして解散、かわって1994年10月「美術研究室45年展」(於本学資料館、主催美術 教室)を1955年以降の卒業生及び大学院生、教官等総数約40名参加によって開催した。

なお、卒業生は学校教員を中心としながらも大学教官、学芸員、公務員、デザイナー、出 版・広告業界人として多方面で幅広く活躍している。

写真5ー6 美術(彫刻)の授業風景(平成8年)

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