研究会活動の活発化
法学部の発足後、教官の増加とともに、研究会活動が活発となっていった。しかもその 多くが、当法学部教官だけでなく、北陸地域の他大学の研究者、さらには実務家・民間研 究者も加わるものになっていった。以下の叙述を見れば、金沢大学法学部が北陸の法学・
政治学研究の中心であり、拠点であり続けたことが分かる。
金沢法学研究会 この研究会の歴史は古く、法文学部法学科時代の1963(昭和38)年こ ろにさかのぼる。この研究会は、金沢大学法学部スタッフと名古屋高裁金沢支部、金沢地 裁及び金沢家裁の判事により構成された研究会で、理論と実務の両者に及び、またその接 点を探求する貴重な研究会であった。幹事は大学側と裁判所側から1名ずつ出ていて、主 として裁判所を会場にして開催していた。盛んな時期は大学紛争が沈静化した後の数年で、
月1回の割で行っていた。司法修習生も活発に参加した時期もある。角間キャンパスに移
転した後は、大体年2〜3回のペースで行われていたが、1995(平成7)年を最後に活 動は休止状態である。
民事法研究会 法学部の発足後すぐに活動を開始したもので、法学部で最も早くから活動 した研究会である。はじめ民法と商法の教官により進められ、法学研究科の民法・商法専 攻の院生も早い時期から指導教官の勧めで出席していた。城内キャンパス時代は2ヵ月に 1回ほどのペースで、校舎3階の教室を会場にして行っていた。角間キャンパスに移って からは、民事訴訟法・経済法・国際私法と領域が広がり、富山大学・高岡法科大学・北陸 大学等外部の研究者・実務家も加わって、原則として毎月1回、1〜2件の報告がなされ、
また院生指導の一環として院生の報告もしばしばなされるようになった。また他大学から の出席の便を考慮して、時には、キャンパスから出て市内で行った。
公法・基礎法研究会 北陸地域の公法・基礎法研究者を主たる構成員として、1989年4 月に発足したが、その後金沢大学の角間移転により他大学からの出席が困難になったこと、
また北陸公法判例研究会が設立されたことなどの理由により、1992年末に活動を停止し た。
北陸公法判例研究会 北陸3県の公法学研究者の共同研究の場として、1993年2月に発 足した。判例研究を主としているが、適宜研究発表や院生の発表も行い、ほぼ1年に4回 ほどの回数であり、出席者の便を考えて市中心部に会場を求めて行ってきた。
北陸刑事法研究会 従来、北陸地方における刑事法の共同研究組織はなく、関東・関西な どの研究会に個人的に参加していたが、本学部の刑事法スタッフを中心として1990年に 発足した。年に3、4回のペースで行ってきた。
公共システム論研究会 当研究会の発足は、本節が対象とする年代よりもかなり後のこと になるが、研究会活動として、本項目の下に併せて取り扱うこととする。
法学部改組により、公共システム学科が設置された後間もなく、基本的には共同研究に より公共システム学を考究・確立するために、実際的には専門科目としての公共システム 論の総合科目の開講準備及び院生の共同指導のために、公共システム学科の教官が中心に なってこの研究会が発足した。学科を超えて法学部教官の出席があり、年4〜5回、1回 十数名が出席して行ってきた。
その他の研究会 以上のほかに、法学部教官だけでなくさらに幅広い構成員によるものと しては、北陸医事法研究会が当法学部の民法・刑法・民事訴訟法・社会保障法の教官と金 沢大学医学部、金沢医科大学等の医事法及び法医学その他の教官により構成されたもので、
1982年8月に発足した。特に医療事故、脳死、臓器移植について集中して研究を重ねて、
学界に寄与するところが大きかった。1996年以降活動は休止状態である。
法学部公開講座
法学部では、学問の成果を広く市民に開放し、生涯教育の発展に寄与するため、1982 年度より独自に公開講座を開講してきた。この公開講座の開講には、法学部創設以来の懸
案であった、夜間主コース設置のための試行過程という意味合いも同時にあった。公開講 座は、例年秋ごろ(年度によって異なるが大体9月〜11月ころ)に週1回、平日の夜に城 内キャンパスで開催され、数名の法学部スタッフが各週ごとに順番に講師を務め、テーマ に沿った講演を行う形で進められてきた。この開講形態は、会場及び時間帯は変更されて いるものの、基本的には現在も踏襲されている。
その後大学が角間に移転し、その当初はいまだ交通機関等のインフラが整っていなかっ たため、途中、1989年度より1992年度まで休止したものの、1993年度より角間キャン パスにおいて再開した。ただ、前例にしたがって、開講時間を平日の夜に設定したが、角 間では夜間のバスの便が必ずしも良好ではなかったため、翌1994年度にはその点を考慮 し、金沢駅にほど近い三社町の石川県女性センターで開催した。しかし、1995年度から は、土曜日の午後に時間帯を移すことによって再び角間キャンパスでの開催が可能となり、
現在に至っている。この開講時間帯の変更は、夜間に外出することが難しい主婦層の参加 を促すという、別の好結果をもたらすことともなった。表2−10に各年度における公開 講座のテーマ一覧を記しておく。
公開講座は、老若男女を問わず幅広い世代の人々が受講しており、地域的にも、金沢市 だけでなく、周辺市町村や富山県からの参加者もいる。中には毎年連続して参加している リピーターもおり、受講者からはおおむね好評を得ている。学部単独で開催している公開 講座が、これほどまでに継続して行われているのも、法文学部改組による法学部の誕生に よって、法学部のスタッフが充実したことと無縁ではないであろう。
表2−10 法学部公開講座テーマ一覧
1982年度 「地域から世界へ―現代の法と政治を中心として―」(全12回)
(昭和57)
83年度 「地域から世界へ─視野広く法と政治を─」(全12回)
84年度 「地域から世界へ─生活(くらし)と憲法─」(全9回)
85年度 「地域から世界へ─現代的諸問題への接近─」(全10回)
86年度 「現代社会に生きる─市民生活と法律─」(全10回)
87年度 「21世紀にむけて、いま現代社会と法を考える」(全9回)
88年度 「国際社会における日本を考える」(全10回)
89年度
〜 −中 断−
92年度
93年度 「地域から世界へ─変動する現代社会と市民─」(全10回)
94年度 「家族とくらし 人と世界」(全5回)
95年度 「生と死の法律学」(全7回)
96年度 「女性と家庭の法律学」(全7回)
97年度 「親と子の法律学」(全7回)
98年度 「世紀末に生きる─歴史と文化と法─」(全7回)
全国的学会の開催
法文学部改組に伴う法学部教官数の増加による好影響は、別の方面にも及んだ。法学部 に改組されて以降、本学において法学系の全国的学会が相次いで開催されたのがそれであ る。まず、1986年10月10日に、教養部のB14大講義室を利用して法制史学会が開催され たのをはじめとして、角間キャンパスに移転した翌年の1990年には、5月12日に日本法 社会学会、5月13日に国際法学会、5月14日に世界法学会、5月15日に国際私法学会と、
立て続けに大規模な学会が法学部校舎を会場にして開催された。また比較的近年では、
1993年10月2日にも日本犯罪社会学会が開かれている。
全国的規模の学会開催は、自大学を広く紹介する絶好の機会であるため、特に私立大学 では学会の誘致に熱心なところも多いようであるが、その一方で、準備や運営に膨大な手 間がかかることから、開催校に少なくとも2〜3名は当該学会会員がいないことには、実 現は困難である。このように考えると、法学部スタッフの充実が、本学での学会開催を促 進させる原因となったことは紛れもない事実であろう。それに加えて、角間キャンパスの 新校舎建設の際に、当時の学生定員の2倍の収容力を誇るA101大講義室(360名収容可 能)を設けたことも、大規模学会開催における会場の確保を容易にし、角間キャンパスで の学会開催ラッシュへとつながったものと思われる。