れは大正、昭和期の中で全国の離婚が抑制的な縛り傾向を示しつつあったのに 対し、沖縄ではそれが相対的に弱かったことを示唆するものでもある。
6.種類別離婚の動向
表12は、離婚の形態を①妻が夫の家を去る離婚、②夫が妻の家を去る離婚、
③離婚者双方が婚家に留まる離婚の3つに大別し、離婚件数に占めるそれらの
割合の推移をみたものである。表12種類別離婚割合の推移
(単位:%)
資料:1905(明治38)年、1910(明治43)年は、内閣統計局「日本帝国人口動態統計」、
1915(大正4)年以降の年次は、同「日本帝国統計年鑑」による。
-49-
妻力夫ノ家ヲ 去ル離婚
沖縄 全国
夫力妻ノ家ヲ 去ル離婚
沖縄 全国
離婚者双方 婚家二留マル離婚
沖縄 全国
1905 1910 1915 1920 1925 1930 1935 1938
明治38
〃43
大正4'′9
〃14
昭和5〃10
〃13
0664481703609302●●●●●CD●8899889999999999 0198987922028388●●●●●●●●5566566788888888 3548332384346467●■●●●●●●11000100 u的砠Ⅲ蛆酊蛆冊●●①●●●●●211110091111111 Ⅳ旧一妃姐田町一●●●●●●000000 6068865368746964●●●■●●●●22222222
離婚件数に占める「妻が夫の家を去る離婚」の割合は、沖縄では1905(明治 38)年98.0%、1920(大正9)年99.0%、1938(昭和13)年99.3%であり、全 国平均よりそれぞれ7.2%、128%、11.4%高く推移している。「夫が妻の家を 去る離婚」の割合は、沖縄では1905(明治38)年1.8%、1920(大正9)年0.5
%、1938(昭和13)年0.7%であり、全国平均よりそれぞれ10.3%、10.8%、
9.0%低く推移している。離婚後も「夫妻双方とも婚家に留まる離婚」の割合 は、沖縄では1905(明治38)年02%、1920(大正9)年05%、1938(昭和13)
年0%であり、全国平均よりそれぞれ25%、20%、24%低く推移している。
また沖縄での「夫が妻の家を去る離婚」の件数は、1904(明治37)年以降1938 (昭和13)年までの40年間に最も多い年次(1990年)でも15件であり、大方1 桁台の件数で推移している。「離婚者双方とも婚家に留まる離婚」の件数も同 40年間の各年次で0~4件であり、極めて少ない。以上のような、沖縄での
「妻が夫の家を去る離婚」の圧倒的な多さと、「夫が妻の家を去る離婚」及び
「離婚者双方とも婚家に留まる離婚」の極端な少なさは、先述の「種類別の婚 姻割合」でみた沖縄での「普通婚姻」の割合の高さ(98%以上)と「人夫婚姻」
や「婿養子婚姻」の割合の低さに関連していると考えてよい。
上述のことは、道府県別にみても首肯しうる。表13のように「妻が夫の家を 去る離婚」の割合は、主に宮城、山形、秋田、岩手、青森等の東北地区の県に おいて低く、沖縄、鹿児島、福岡、佐賀等の九州地区の県において高い傾向に
ある。逆に「夫が妻の家を去る離婚」の割合は東北地区において高く、九州・
沖縄地区で低い傾向にある。これは表6でもみたように、普通婚姻割合の高低
と婿養子婚姻割合に大方相関している。すなわち、普通婚姻割合の高い地域では「妻が夫の家を去る離婚」割合が高く、婿養子婚姻割合の高い地域では「夫
が妻の家を去る離婚」割合が高い傾向にある、といえよう。これは婿養子婚姻 は夫が妻方に入籍する事実からみれば当然の統計的帰結でもある。しかし、ここでの統計的解釈の際に留意しておくべきは、「妻が夫の家を去る離婚」割合 の高さをもって封建主従的な追い出し離婚の強さに直結しないことである。た とえば、沖縄での「妻が夫の家を去る離婚」割合は1904(明治37)年以降の戦 前期日本において一貫して全国一の高さであるが、それらの統計的事実をもつ
-50-
表13道府県別の離婚種別割合の推移
(単位9%)
離婚種別
資料:1905(明治38)年は、内閣統計局「日本帝国人口動態統計」、1920(大正9)年、
1935(昭和10)年は、同「日本帝国統計年鑑」による。
-51-
離婚種別
妻力夫ノ家ヲ去ル離婚 夫力妻ノ家ヲ去ル離婚離婚者双方婚家二留マル離婚
1905明治38 1920
大正9
昭和1019351905
明治38
大正9
1920 昭和101935 明治381905大正9
1920 昭和101935 国道県県県県県県県県県県県府県県県県県県県県県県県県府府県県県県県県県県県県県県県県県県県県県県海森手城田形島城木馬玉葉京剖潟山川丼梨野阜岡知重賀都阪庫良舳取根山島口島川媛知岡賀崎本分崎鵬縄
全北青岩宮秋山福茨栃群埼千東神新富石福山長岐静愛三滋京大兵奈和鳥島岡広山徳香愛高福佐長熊大宮鹿沖 岡泌田巫皿umW師即沁肥朋冊氾皿的Mn陀冊印必肥、Ⅱ例Ⅱ妬ⅣⅢ肪朋un冊印妬朋朋咀肥蛆肥朋加妬Ⅱ師朋皿帥市汚行別別Mww祀朋別門別別別別別師団帥妬朋妬朋朋朋朋開田酪帥妬M別冊Ⅶ皿卯冊的別刷例肥 850017454374139226803663839541639395419315772194213861234117048762532453473339595857497733906840別開閉帥而配別別朋朋師朋別冊筋別別別冊部別別別冊部別Ⅳ別冊朋朋別別田加稲別別的朗卯帥冊的別町叫的 Ⅳ万的距型閉、朋而幻、別別胡Ⅲ妬朗刊側似仙肥刈Ⅳ、布例羽舩、Ⅲ皿、帥仙蝸引泌肥、妃、妬、別蛆Mu朋的別鋼配、氾朋皿朋的田印的的別別筋別的別冊舶酊舶朋WWW朋朗別冊別的別別別冊的閉的例研別冊例的 冊印師ね卯、氾胆冊臼開門、的Ⅲ舶弱開妬蛇祀必肥、、皿蛆四別Ⅱ別Ⅳ別別肌師団的測冊兜昭旧釦皿、田朋●●●●●●●●白●●●●●●●●●●●●●①●●■●●●●●●●●●●●●●●●●□■●●●●1968099584118026103011681907000211715175678718411112111111111111111111111111111111 458524398972456196087127089230266959206661390508252350707679223106465508821720614072210744664064●●●●●●●●●●●●●●●■●●●●●●●●●●●■●●●CD●⑪●●■●●●●●●●S●●1957954233197924001220481004999303706000777710401111111111111111111111111111111111 咄Mmu汀幻町皿開田開閉田、朋刈兜町週Ⅳ妬咀Ⅲ朋皿船舶咄妬的辿刀陀陀朋帥妬妬蛆矼ね皿師妬的肥似陀●●●●●●●●●●●●●■●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●■●●①●●●●■●●●●●094355615290490409391829299001053181228765591030111111111111111111111111111111 別妬皿妬研坦、朋肥皿的岨蛆妬咄印妬卿別妬岨的胡田町門朋皿矼別冊而矼佃艸町囲船肥朋記弘側氾朋似虹Ⅳ●●●●●●●●●●●●●●●●●ロ●●●●●●B●●■●●●●●●●●cc■●●●●●の●●■220122221111232332222221323531226313113312323210 蝿刈姐妬師ね肥閃氾肥肥弧布釦布Ⅳ羽肥肥似別冊岨別氾朋姐朋蛆的郎別冊帆船朋弘的巧矼配型伽別冊u皿蛆●●●●●●●■●●■●印の●●●●●●●●●■CO●●●●●●●ゆ●●●●●●●●●■●■●●211121510111221533311321152122115313323222333200 筋旧皿妬朋出蛇n冊、妬矼町開田布別旧師岨Ⅳ朋皿Ⅳ的師叫旧妬必ね而朋昭阻羽弱Ⅳ妬刈氾妃、肥岨ME師●●●●■●■●●●●●●●●●S●●●●●■●●●■●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●211321521202310425212322232221028414333334234120て「沖縄は追い出し離婚が盛んであり」「封建主従関係が強く、妻は夫や家に 隷属していた」とみるのは早計にすぎる。上述のように、沖縄での「妻が夫の 家を去る離婚」割合の高さ(全国一)は、婚姻のあり方、具体的には人夫婚姻 や婿養子婚姻割合の低さ(全国一)に起因する当然の統計的帰結なのである。
したがって、ここでみた離婚種別の三大区分の統計値に関する解釈にはより多
面的な検討が必要とされよう。※なお、種類別離婚の考察の際によく用いられる協議離婚と裁判離婚への言及は、明治後期以 降の戦前期日本においては99%以上が協議離婚であり、各道府県、沖縄においてもほぼ同様で あるので、今回は考察の対象から除くことにした。
7.婚姻継続期間別の離婚動向
明治後期から大正、昭和中期までのいわゆる戦前期の沖縄、曰本において、
人々は結婚してどの位の期間を経て離婚をしたのであろうか。その推移をみた
のが表14である。
表14婚姻継続期間別にみた離婚割合の推移
(単位:%)
資料:内閣統計局「日本帝国人口動態統計」、同「人口動態統計」による。
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未満
1年
1~2 2~3 3~4 4~5呆涛’
5~10 10~15 15~2020年 以上
沖
縄
'900 1905 1910 1915 1920 1925 1930 1935 1940明治33
'′38 '′43大正4
〃9
〃14
昭和5
'′10
〃15
969876344564253604
●●①●、●QO■455780009111 628671994432802728■●●●■●●●●49896320911111 925554013489759384●。●●■●●●c691069173211111 886358204449796538●●●●&●●●●2888002891111 393122230091166099
●DBGo●●、●257479970111 902074270417417834
●●■●●●●●●105346395242222222
071361666028778234
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●●●CO●●●●5290802421111111 861573809067952973●●●●●缶●●●147734464 620474962784954691
●⑪●●●□●●e135534244
全国 050505001122999999111111 0391 50349911
明治33
〃38
〃43
大正4
〃9 '′14
昭和5
〃10
〃15
534899109947308225●●●●●OG●●557785445111111111 220643560747116775●●台●。●の●●967686434111111111 710430273348743382
●●●●●p●●■722122104111111111 529319600531844832●●●CG●●●08988898901 807130592966768380
●●●●●bB●●965667767 780201925511871405
●●●●●●●●●102032651766666556 221234800949926151
の●●●●●●●●518899220121111222 585383037486957247
●●●●●●の●●68988801911 864453833845303153
⑪●●●の■●●●244544554 855598092863527842●●●●●●●●白244544554
婚姻後1年以内で離婚した者の各年次の離婚件数に占める割合をみると、沖 縄では1900(明治33)年46%、1920(大正9)年86%、1940(昭和15)年9.4
%と推移し、その割合は年次により高低はあるものの高進の傾向を示し、約40 年間で2倍強になっている。全国の平均的動向をみると、年次により多少の高 低はあるがほぼ14~19%の間で推移しており、年次経過に伴う高進化の傾向は 必ずしも示していない。沖縄と全国平均の割合の差を比べると、沖縄が各年次 とも3.5~125%の間で低く推移しており、沖縄での1年以内離婚者の相対的 な少なさがうかがえる。しかし年次を経るにつれて両者の差は縮まる傾向も示 しており、大正後期から昭和中期にかけての沖縄での全国平準化への傾向がう かがえる。婚姻継続5年未満での離婚割合の推移をみると、沖縄での同割合は 1900(明治33)年には700%と高率であるが1905(明治38)年には20.9%と急 降下し、以後1920(大正9)年59.8%、1940(昭和15)年53.5%とほぼ50%台 を中心に推移している。また沖縄、全国を比べると年次によりかなり差がある が、沖縄の方が低い割合で推移している。5年以上の婚姻期間での離婚割合の 動向をみると、5~10年では沖縄の割合が常に高く、全国平均を4%~8%程 上回って(但し1900年のみは19%)推移している。10~15年でも沖縄の割合の 方が-部の年次を除き高く推移している。比較的婚姻期間の長い15年以上では、
15~20年では沖縄が若干高いが、20年以上では沖縄の割合が若干低い傾向を示 している。
次に婚姻継続期間の最も短いく1年未満〉での離婚割合について、道府県別 の動向をみてみよう(表15)。
1905(明治38)年における婚姻期間1年未満の超短期型離婚割合の全国平均 が154%であることは先述したが、同割合が20%(離婚5件中1件は婚姻後1 年以内の離婚)を超える県は青森(251%)、静岡、新潟、秋田(20.6%)等
4県であり、またこれらの県に次いで同割合の高いのは山形(18.8%)、岩手 (182%)でもあり、超短期型離婚割合は静岡を除くと、大方東北地区の県に おいて高いことがわかる。逆に同割合が全国平均以下の府県は西日本に多い。
1920(大正9)年の同割合の全国平均は1905(明治38)年比で2.7ポイント上 昇し'8.1%となり、各道府県でも1905(明治38)年比で割合の低下したのは徳
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表15道府県別にみた「婚姻期間1年
未満者」離婚率の推移(単位:%) 島県のみである。そして同割合が20%
を超える県も1905(明治38)年の4県 に岩手、山形、群馬、千葉、広島等を 加えて9県になっている。1935(昭和 10)年の同全国平均は1920(大正9)
年比で39ポイント減、1905(明治38)
年比でも1.2ポイント減の142%に低 下し、全ての道府県でも1905(明治38)
年比で同割合が若干低下する。また20
%を超える県も青森、岩手、秋田、山 形、新潟の4県のみとなる。逆に同割 合が全国平均を下回るのは群馬、埼玉 を除く関東地区と西曰本の府県に多い。
以上のように、婚姻1年未満の離婚件 数に占める割合は全国的にはやや低下 の傾向にあったが、地域的にみると東 北地区で高割合が続き、西南日本では 低割合の府県が多かったことがわかる。
なお、沖縄の同割合は1905(明治38)
年5.7%、1920(大正9)年8.6%でそ れぞれ全国最下位の割合である。1桁 台の割合は沖縄のみであり、同年46位 の宮崎、大分県よりそれぞれ49%、3 8%低い。1935(昭和10)年には10.04
%と2桁台の割合になり、全国最下位 の鳥取県より僅かに034%程高くなる。
沖縄での婚姻後1年以内に離婚した者 の離婚件数に占める割合=超短期型離 婚割合が全国平均を下回って推移して
資料:内閣統計局「日本帝国人口動態統計」同「人口動態統計」による。
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婚姻継続期間 1年未満