李(2004)は、日本人と台湾人の友人間で、それぞれの母語で電子メールを用いて どのように「依頼」が行われているか、展開とストラテジーの観点から調査している。
先行研究から明らかになっている対面式の依頼の展開は「①依頼前の行動→②予告
→③先行依頼→④依頼」だが、依頼電子メールの展開は「①予告(件名)→②依頼前 の行動→③予告(本文)→④先行依頼→⑤依頼→⑥依頼後の行動」の6 段階からなる ことがわかったとしている。また、「台湾人は直接的に頼むことが好まれる」という点 では、香港の人との共通しているように思われる。しかし、「電子メールでは台日とも ポジティブストラテジーを使用する」という点、特に「電子メールで日本人がポジテ ィブストラテジーを使用する」という点については、検証が必要である。
2.5.5 大友(2009)
大友(2009)は、日本語母語話者と中国語母語話者に、「友人の研究のための調査協 力依頼」という設定で、親しい先生、親しい先輩、親しい後輩宛てに疑似的にメール を作成してもらうという調査を行っている。李(2004)を発展させ、電子メールの展 開要素を下の6段階に分類している。
表5 電子メールにおける依頼の展開(大友2009:4)
段階 内容
① 予告(件名) 依頼の意志表明
② 依頼前の行動 宛名、挨拶、名乗り、近況報告、近況伺いなど
③ 予告(本文) 依頼の意志表明
④ 状況説明 依頼をする理由の説明、依頼に関する説明
⑤ 依頼 依頼
⑥ 依頼後の行動 依頼に関する説明、返事要求、感謝、お詫び、終わりの挨拶など
大友(2009)では、上記のうち、「②依頼前の行動」と「⑥依頼後の行動」を取り上 げ、どのようなストラテジーが使用されているかについて考察している。大友(2009) によると、「②依頼前の行動」では、日本語では「お詫び」などネガティブストラテジ ーが多用されているのに対して、中国語ではポジティブストラテジーが積極的に使わ れているということである。また、「⑥依頼後の行動」については、中国語では相手の 承諾を得る前でも「感謝」のストラテジーが使用されているが、日本語では使用され ないことがわかったとしている。
この「感謝」については、英語のメールの文末に現れる「Thank you very much for your
attention.」のようなもので、直訳すれば「読んでくださってありがとう」ぐらいの意味 であろうが、厳密に言うと、これは「感謝」ではなく日本語の「よろしくお願いしま す」に相当する、結びのあいさつとしての決まり文句であると考えられる。香港の学 習者の場合、中級以下の学習者には依頼後の行動に「感謝」が現れることがあるが、
上級学習者にはほとんど見られない。
2.5.6 浜田(1995)
浜田(1995)は、Brown and Levinson(1978)のポライトネスストラテジーの図に基 づいて、中国語(北京語)の命令依頼のストラテジーを日本語と比較しながら論じて いる。注目したいのは、「FTAを行うか行わないか」に関する記述である。浜田(1995:
74)はこの違いを「(中国人は)互いに頼み頼まれることで人間関係が強固になってい
くのかもしれない」と述べている。日本人が中国人からいろいろなことを頼まれて面 喰らったエピソード、逆に、中国人が「日本では誰にも物を頼まれないので友達がで きない」という声が聞かれるという話も興味深い。このあたりに、依頼行為に関わる それぞれの文化の影響が色濃く出ていると思われる。
2.5.7 山口(1996)
山口(1996)は、中国人および台湾人留学生の「依頼」、「断り」、「謝り」の3 つの 発話行為を調査し、日本人大学院生、日本人社会人のグループとの比較を通して、日 本語でこれらの発話行為を行う際のストラテジーにみられる母国の社会文化的要因の 影響を考察している。発話行為のストラテジーの選択について、日本人の場合は「上 下関係」、「親疎関係」、事柄の「緊急度・必要性・コスト」が判断基準となり、中国人・
台湾人留学生の場合は、「権限」、「威信」、「親疎関係」、「緊急度・必要性・コスト」が 判断基準なると結論づけている。
山口(1996)の分析は、Brown and Levinson(1978)のポライトネス理論に基づいて いるわけではないが、「親疎関係」、「上下関係」、「緊急度・必要性・コスト」といった 分析の要因は、Brown and Levinson(1978)のFTAの深刻度の要因と重なっている。ま た、山口(1996)の言う「面子」は、「権限」、「名声」、「名誉」、「威信」などを包括す る広い概念であり、Brown and Levinson(1978)の「フェイス」とは異なるが、中国人・
台湾人にとっては、「面子」に関わる要素が「親疎関係」や「緊急度・必要性・コスト」
よりも優先されるという結果は興味深い。
2.5.8 中道・土井(1995)
中道・土井(1995)は、日本語教材において依頼表現がどのように扱われているか を検討し、「日本語教育は、各段階のうち、言語形式の本来的意味の提示のみにこだわ
りすぎている」、「学習は知識を与える段階にとどまりがちで、有効な練習は、まだあ まり行われていない。」と述べている。
言い換えると、日本語教育では、Canale(1983)のいうコミュニケーション能力のう ち、知識を教えることに集中していて、スキルを向上させる指導はなされていないと いうことが指摘されている。
2.5.9 「依頼機能」に関する先行研究のまとめ
以上、日本語での「依頼機能」に関する先行研究をまとめた。
まず、柏崎(1993)、熊谷(1995)は、日本語の口頭での依頼の展開について分析し ている。猪崎(2000a)は、日本語を話すフランス語母語話者と日本語母語話者の口頭 での依頼の展開要素を比較し、日仏の違いについて述べている。これらを参考に、李
(2004)、大友(2009)は依頼のメールにおける展開要素を抽出してまとめている。本 稿では、大友(2009)の「電子メールにおける依頼の展開」の表を利用して、香港の 学習者が書いたメール文を分析する。
一方、浜田(1995)と山口(1996)は、口頭の「依頼」における日本語母語話者と 中国語母語話者の文化的な要因について言及したものである。中国語母語話者と一括 りにせず、「香港の広東語母語話者はこうである」ということを明確にしたいと考えて いる。
また、中道・土井(1995)は、日本語教育における「依頼」の扱いについて述べて いるが、特にライティングにおいては、いまだに「言語形式の本来的意味の提示のみ にこだわりすぎている」という状態から完全に抜け出してはいないと思われる。本研 究では、話すスキルに関する研究で得た成果を、書くスキルに応用したいと考えてい る。
2.6メール文、手紙文の評価の観点 2.6.1 金澤編(2014)
金澤編(2014)は、日本人大学生30名と留学生(韓国語母語話者30名、中国語母 語話者30名)に対し、12種類のタスクを課して収集した作文(メール、手紙)をコー パスにまとめたものである(「YNU 書き言葉コーパス」)。このコーパスの大きな特長 として、次の五点が挙げられている。
・学習者の作文を評価し、タスク達成の可否を示していること
・同一人物が複数の作文を書いていること
・現実にあり得るタスク(言語活動、読み手、文章のスタイル、など)を与えた作文 となっていること
・基準となる日本語母語話者のデータが含まれていること
・書き言葉の評価のための客観的な評価基準があること
(金澤編2014:5-6)
作文の評価項目は以下の表に示されている。
表6(金澤編 2014:18, 表10)
評価項目 評価内容
《1》タスクの達成 与えられたタスクが達成されるかどうか
《2》タスクの詳細さ・
正確さ
《2-1》タスク達成に必要な 情報の詳細があるか否か
《2-2》言語形式の誤りが あるか否か
《3》読み手配慮 《3-1》読み手が不快に感じ るか否か
《3-2》読み手に対しふさ わしい敬語や終助詞が使わ れているか否か
《4》体裁・文体 《4-1》手紙、PCメール、
ケータイメール、投書、レポ ートなど用途にあった体裁 か否か
《4-2》その文章のスタイ ルにふさわしい文体か否か
(「です・ます体」「非で す・ます体」)
総合評価 項目1から項目4を合わせ評価する
また、タスク1とタスク2は機能的に「依頼」のメールであり、本研究で研究対象 とするメール2種類と「親疎関係」、「上下関係」、「依頼内容の負荷度」は全く同じで はないものの、大いに参考になる。タスク1とタスク1の内容と詳しい評価基準は以 下のように示されている。なお、評価の対象は本文のみで、件名と宛名は考慮しない
(金澤編2014:56)とのことである。
【タスク1 】
あなたが借りたいと思っている『環境学入門』という本が図書館にはなく、面識 のない田中先生の研究室にあることがわかりました。レポートを書くためにはどう してもその本が必要です。田中先生にそのことをメールでお願いしてください。
自発型、相手:特定、親疎関係:疎(目上)、想定するテキストの型:事情説明(やや 短い文章)
(金澤編 2014:55)
表7(金澤編 2014:55-56)
評価の種類 評価のポイント
タスクの達成 《1》先生から本が借りられる。
タスクの詳細さ・
正確さ
適切な表現を使って、きちんと事情が説明されている。
《2-1》本が必要な理由やメールをした経緯などの事情が説明さ れている[例:本が必要な理由(レポートのために必要、図書館 にない、田中先生のところにその本があることを知った経緯)]。
《2-2》言語形式に誤りがない。
読み手配慮
特定の目上で面識のない人に対する言葉遣いがなされている。
《3-1》不快感を与えない表現になっている[よくない例:あさ ってまでにご連絡ください、お返事お待ちしていますなどの相手 の意向を無視した表現がある]。
《3-2》敬語や終助詞を適切に使用する。
体裁・文体
メールの依頼文としての体裁をなしている。
《4-1》メール文の体裁が整っている[初めの挨拶(面識がない こと、突然の依頼であることへの配慮、など)と終わりの挨拶(お 願いしますなど)がある]。
《4-2》文体が適切に使用されている[よくない例:非です・ま す体が混じる]。
「YNU書き言葉コーパス」は、KY コーパス(OPIを文字化した日本語学習者の話 し言葉コーパス)を意識して作成されたということである。「タスクが達成されている かどうか」を評価ポイントの一つとし、最終的には総合的に評価していることからも OPIの評価基準からの影響がうかがえる(評価ポイントごとの評価を「〇」「△」「×」 の 3 段階で行っている点は異なるが、単純にミス一つごとに減点するといった方式で はない点は、OPIの評価方法と共通している)。もちろん、OPIの評価方法を参考にし つつ「書き言葉」を評価するという考え方は、本研究と共通しているので、評価の観 点は参考にしたい。しかし、例えば、「タスクの詳細さ・正確さ」の記述をみると、「本 が必要な理由やメールをした経緯などの事情が説明されているか」というのは、むし ろ社会言語学的能力であって「読み手配慮」に含まれるものではないかと考えられ、
言語形式の正確さと同じ「評価の種類」に入れるのがよいのかどうかという疑問があ る。さらに、「YNU書き言葉コーパス」では、各タスクの評価ポイントごとに日本語 母語話者、日本語学習者の上位群、中位群、下位群の特徴を分析している。タスク 2 については、日本語母語話者、上位群、中位群がほぼ全員タスクを達成しているのに