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飢 え

ドキュメント内 盗賊のインド史︵一︶ (ページ 30-34)

て虐 待さ れた 子ど も プー ラン は、 物心 付い たと きか ら、

﹁お まえ は生 まれ てこ なか った ほう が良 かっ た﹂ とい う母 親の 言葉 を聞 かさ れな がら 育っ た。 自伝 でも 他の 伝記 にお いて も、 母親 の叱 咤の 言葉 とし て、 それ が残 され てい る。 窮乏 の中 で子 ど もを 安心 して 育て られ ない 親は

、思 わず そう した 言葉 を口 にす るか もし れな い。 しか し、 長女 ルク ミニ と違 って

、 次女 のプ ーラ ンは

、誕 生の 瞬間 から 余分 な存 在と なっ た。 両親 は跡 継ぎ の男 の子 を待 望し てい たの に、 母親 の胎 内 から 出て きた のは 女の 子だ った から であ る。 私は

母の 怒り とと もに 生ま れた

。﹁ おま えが お腹 にい たと き、 食べ たも のは 全部 吐い たよ

﹂と 言っ たこ とが ある

。﹁ 私 のせ いで そん なに 気持 ちが 悪か った なら

、な んで 生ま れた 途端 に首 を絞 めて 殺さ なか った の﹂ と聞 いた 覚え があ る。 私 が女 の子 だか ら、 私が 母の 気分 を害 した から

、私 が母 に心 配ば かり させ てい ると

、母 が嘆 く度 に、 泣き 出し たく なっ た。 けれ ども

、泣 きは しな かっ た。 黙っ てい たず らを した

。だ から 母は 私を 叩い て、 男の 子を 一人 しか 授け てく れな か った 神様 の前 で悲 嘆に 暮れ たも のだ

( )

った

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先に 長老 の言 葉を 引い たよ うに

、こ の地 方で は伝 統的 な慣 習が 厳し く、 女の 子は 育て あげ た後

、持 参金 を付 けて 夫の 家に 送り 出さ なけ れば なら ない

。し かも

、女 の子 であ る限 り、 嫁ぎ 先を 見つ けな いと いう こと は許 され ない

。 した がっ て、 家計 を圧 迫す るだ けで

、将 来の 頼り には なら ない と見 なさ れる 女の 子の 誕生 は、 貧し い家 にお いて は 神に 見放 され るよ うな 悲劇 であ る。 そし て、 貧乏 人の 子沢 山と 揶揄 され るほ ど、 貧し い家 庭で も女 性が 子ど もを 生 み続 ける 重要 な要 因は

、跡 継ぎ の男 の子 を必 ず生 む必 要が ある から であ る。 けれ ども

、プ ーラ ンの 母親 はな かな か男 の子 を授 から ず、 プー ラン の下 には 二人 の妹 がい た。 母親 のお 腹が また 大き くな った とき

、姉 妹二 人で 興奮 した こと が、 自伝 で描 かれ てい る。 めっ たに お祈 りを しな い母 親が

、﹁ 神様

、 どう ぞ男 の子 をく ださ い﹂ と願 いを 掛け てい た。 けれ ども

、誕 生し たの はま た女 の子 で、 母親 は母 乳で は育 てな い と宣 言し

、幼 い姉 妹が 世話 をし なけ れば なら なか った

。﹁ よそ 様の 山羊 の乳 を盗 んで でも

、赤 ん坊 に乳 を見 つけ な けれ ばな らな

﹂か った

。け れど も、 その 前に 生ま れた 二人 の赤 ん坊 は死 んで しま った

。母 親は

﹁神 様に 連れ て行 っ ても らっ て良 かっ たよ

﹂と 言っ た。 夜に 星が 出る と、

﹁妹 たち はあ そこ にい るよ

…… 空の 星に なっ たん だよ

﹂と

。 プー ラン は、

﹁い つか 自分 も死 んで 夜空 の星 にな るの かと 思っ て怖 かっ た﹂ と書 いて

( )

いる

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私た ちは

、﹁ 女の 子を 育て て何 にな るっ てい うの

。誰 がこ の子 たち と結 婚し てく れる の﹂ と怒 り嘆 く母 を恐 れて いた

。﹁ 満足 に食 べる もの さえ ない

。ど うし てこ んな にた くさ んの 女の 子を 産ん だの かし ら﹂

。プ ーラ ンに は、 母の 言葉 が、 自分 たち 子ど もが 家の 中の 食べ 物を 盗む 泥棒 だと 非難 して いる よう に聞 こえ た、 とい う。 ある

とき

、母 は私 たち の腕 をも ぎ取 らん ばか りに 引っ 張っ て、

﹁も う井 戸の 中に 飛び 込ん でや る。 この 子た ちを 先に 投げ 入れ て、 その 後に 自分 が飛 び込 むわ

﹂と 父に 向か って 叫ん だ。 私は 怖じ 気づ き、

︵妹 の︶ チ

ーテ ィー は怖 さで ふ るえ だし た。

﹁お 母さ ん、 私を 井戸 に投 げ込 まな いで

﹂と

、チ

ー ティ ーは 泣い て頼 んだ

。﹁ お願 い。 もし も投 げ込 まれ

たら

、死 んじ ゃう から

﹂と

。寒 い季 節で

、私 たち が何 も食 べる もの がな くな って しま った とき

、け れど も叔 父の ビハ ー リー は何 でも 持っ てい たと きの こと で

( )

ある

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気丈 な母 モー ラは

、気 が弱 くて 神に 頼ん でた め息 をつ くだ けで

、自 分で は土 地問 題を 打開 でき ない ほど 甲斐 性の ない 夫に 心底 苛立 ち、 食べ 物の ない 貧し い生 活に も絶 望し てい た。 そし て、 この 辛さ をぶ つけ る相 手は

、夫 以外 に は幼 い女 の子 たち だっ たの であ る。 自伝 で書 かれ た子 ども 時代 の記 述の ほと んど は、 飢え と母 親の 怒り と子 ども への 折檻 につ いて であ る。 食べ 物が ない

。お 母さ んは 怖い

。お 腹が 空い ても

、他 人様 のも のは 食べ ては いけ ない

。大 人並 みに 労働 して も、 食事 にあ り つけ ると は限 らな い。 泳い で捕 まえ た川 の魚 とは 違っ て、 木に 成る 果物 や畑 の作 物、 徘徊 して いる 山羊 の乳 は、 必 ず誰 かの もの に属 して いて

、勝 手に 食べ るこ とは 許さ れな い。 どう して も欲 しく て思 わず 食べ たら

、泥 棒呼 ばわ り され て引 きず り回 され

、打 擲さ れ、 村中 から 一家 が辱 めを 受け る。 その 繰り 返し であ る。 この よう にプ ーラ ンは

、精 神的 にも 肉体 的に も虐 待さ れた

、暴 力を 受け て育 った 子ど もだ った と言 って も間 違い では ない

。親 には 保護 され ず、 姉と して 妹た ちの 世話 をし

、畑 仕事 や火 事を 手伝 う毎 日で あっ た。 ある 時に は、 牛 を追 わず に遊 んで いた ので

、母 親に ひど く叱 られ て棒 で叩 かれ たの が祟 って

、背 中が 腫れ て化 膿し

、ほ とん ど寝 た きり にな って しま った 事件 が書 かれ てい る。 医者 の治 療も 受け ず、 母親 が暖 かい 泥を 貼り 付け たり

、薬 効の ある 樹 木ニ ーム

n e e m

︶ の葉 から 作っ た湿 布を 貼っ たり

、ミ ルク を飲 んだ りし ただ けで

、数 週間 苦し んだ とい う。 古代 叙事 詩﹃ ラー マー ヤナ

﹄に ちな み、 シー タ妃 を連 れて 凱旋 した ラー マ王 子の 帰郷 を祝 う秋 のデ ィワ リ祭 りの 日に

、 留守 宅に 一人 で寝 かさ れて いた ら、 化膿 した とこ ろが 裂け て出 血し て流 れ出 した

。そ のた め大 きな 穴が 背中 に空 い たが

、そ の後 徐々 に回 復し たと 書か れて

( )

いる

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もっ とも

、こ うし た子 ども の育 ち方 自体 は、 貧し い家 族の 中で はけ っし て例 外的 では なか った

。 殴ら

れた とき には

、一 人で 川に 行っ て泣 いた

。そ して

、動 物に 生ま れ変 わら せて くだ さい と神 様に 祈っ た。 動物 には 金持 ちも 貧乏 人も ない

、食 べ物 をも らっ て世 話を して もら える

、勉 強し なく ても 何が 必要 かを よく 知っ てい る。 私た ち の穀 物を 盗む ネズ ミで さえ

、私 たち より も賢 か

( )

った

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﹁生 まれ てこ ない ほう が良 かっ た﹂ と言 われ て育 った プー ラン は、 最低 限の 食事 をし てい るだ けで

、貴 重な 食糧 を盗 むよ うな 存在 だと 感じ させ られ た。 お父 さん の土 地だ と思 って いた とこ ろか ら、 自分 の手 で植 えた 作物 を取 れ ば、 盗人 だと 罵倒 され た。 子ど も時 代を 語る 語彙 とし て、 驚く べき 頻度 で﹁ 盗む

﹂と いう 言葉 が繰 り返 され る。 し かし

、自 分が 盗人 だと 呼ば れた

、あ るい は盗 まざ るを 得な かっ たと いう 認識 と裏 腹に

、次 第に 正当 な権 利を 自分 の ほう が奪 われ てい たと いう 認識 が芽 生え てい った

。父 の土 地を 盗ん だの は、 叔父 であ る。 父と 自分 が働 いた 賃金 を 払い 渋っ て盗 み取 った のは

、雇 い主 の地 主や 商人 であ る。 より 大き な盗 人は 叔父 や雇 い主 であ り、 自分 たち は被 害 者で ある

。し かし

、こ うし た認 識に もか かわ らず

、盗 むこ とが 正義 につ なが ると いう 認識 には

、ま だ距 離が あっ た。 この

、プ ーラ ンな りの

﹁モ ラル

・エ コノ ミー

m o r a l e c o n o m y

﹂の 論理 は、 断固 とし て正 当な 取り 分を 主張 する とい う姿 勢に 現れ た。 雇い 主に 賃金 をも らえ なく ても

、泣 く泣 く引 き下 がっ てし まう 父親 を横 目で 見な がら

、妹 と 自分 が草 刈り の労 働で ただ 働き させ られ そう にな った とき には

、強 圧的 に相 手を 脅し て支 払わ せた とい う話 が出 て くる

。強 くな けれ ば舐 めら れる

。舐 めら れた ら食 べて いけ ない

。暴 力や 知恵 で相 手を 従わ せな けれ ばな らな い。 賢 くて 勇気 があ り、 家族 に対 して 強い 責任 感を 負っ た生 気に 溢れ た少 女が

、厳 しい 貧し さに 学ん だの は、 この ジャ ン

グル のよ うな 掟だ

( )

った

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ドキュメント内 盗賊のインド史︵一︶ (ページ 30-34)

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