⑴ 日本の法令の依用
韓国の法令文は、日本語からの言語干渉を顕著に受けたジャンルの最た るものの一つである。解放後も植民地時代に用いられた日本語の法令の多 くが依用され、条文の解釈に齟齬が生じないようにするため、逐語訳的・
直訳調に朝鮮語に翻訳される形で引き継がれたためである。
ここで、現行民法をすこし比較してみる。日本の民法も韓国の民法も「第 一編 総則、第二編 物件、第三編 債権、第四編 親族、第五編 相続」
の 5 編から構成されている。その下位条項も類似しており、例えば「第五 編 相続」の部分を比較すると、その類似性がよくわかる。
表 3 日本民法と韓国民法の「相続」編における構成の対比
日本の民法 韓国の民法
第一章 総則 第 1 章 相續
第 1 節 總則
第二章 相続人 第 2 節 相續人
第三章 相続の効力 第一節 総則 第二節 相続分 第三節 遺産の分割
第 3 節 相續의の 效力 第 1 款 一般的效力 第 2 款 相續分
第 3 款 相續財産의の 分割 第四章 相続の承認及び放棄
第一節 総則 第二節 相続の承認 第一款 単純承認 第二款 限定承認 第三節 相続の放棄
第 4 節 相續의の 承認 および및 抛棄 第 1 款 總則
第 2 款 單純承認 第 3 款 限定承認 第 4 款 抛棄 第五章 財産分離 第 5 節 財産의の 分離 第六章 相続人の不存在 第 6 節 相續人의 不存在 第七章 遺言
第一節 総則 第二節 遺言の方式 第一款 普通の方式 第二款 特別の方式 第三節 遺言の効力 第四節 遺言の執行
第五節 遺言の撤回及び取消し
第 2 章 遺言 第 1 節 總則 第 2 節 遺言의の 方式
第 3 節 遺言의の 效力 第 4 節 遺言의の 執行 第 5 節 遺言의の 撤回
第八章 遺留分 第 3 章 遺留分
「放棄」は、日本の国語審議会が1956年に当用漢字表にない漢字で構成さ れる漢字語「抛棄」を、同音の他の漢字を用いて書き換えるために出され た指針「同音の漢字による書きかえ」に従ったものである。したがって、
朝鮮語の「抛棄」は従来の漢字を維持したものである。ただし、朝鮮漢字 音では「抛棄」は포기[pho-gi]、「放棄」は방기[paŋ-gi]と発音される。
日本語「放棄」は明治初期にも用いられていた語で朝鮮語でも用いられは
するが、ほとんどの場合「抛棄」が用いられる。
日本語における「同音の漢字による書き換え」は、例えば下記のような 日本語と同字同義関係にあった朝鮮漢字語との間に乖離をもたらすことと なった。
暗誦(암송)、尉藉料(위자료)、衣裳(의상)、叡智(예지)、掩護(엄 호)、間歇(간헐)、窟鑿(굴착)、決潰(결궤)、蹶起(궐기)
上表の対照表からもわかるように、法の構成だけでなく、章節の標題も 基本的に「相續의の 承認 および및 抛棄」のように日本語を逐語訳したり、「相続 財産」、「遺留分」のように法律用語を字音化したりして借用している。ま た、条文自体や「相続開始の原因」のような各条文の見出しも、下に示す ように日本の民法を下敷きにしたものが多く見られる。
表 4 日本民法と韓国民法における見出し及び条文の対照表
日本の民法 韓国の民法
第一章 総則
(相続開始の原因)
第八八二条 相続は、死亡によって開始 する。
第 1 章 第 1 節
第997條(相續開始의の 原因)
相續은は 死亡으に로 인よ っ て하여 開始된さ れ る다.
(相続開始の場所)
第八八三条 相続は被相続人の住所に おいて開始する。
第998條(相續開始의の 場所)
相續은は 被相續人의の 住所地에で서 開始 한す る다.
(相続財産の管理)
第九一八条 ①相続人は、その固有財産 におけるのと同一の注意をもって、相続 財産を管理しなければならない。ただ し、相続の承認又は放棄をしたときは、
この限りではない。
第1022絛(相續財産의の 管理)
相 續 人은は 그その 固 有 財 産에に 대た い す る하 는 것の과と 同一한の 注意로で 相續財産을を 管理 하し な け れ ば여야 한ならない다.
그た러나だ し 單純承認 또ま た は는 抛棄한した 때と에는き は 그そ う で は러하지 아な니하다い .
先にも触れたように、韓国において1912年から1959年まで、1947年改正
前の日本の民法を依用し、商法も1912年から1962年まで、またその他諸種 の法令も、日本の植民地支配から解放されたあとも日本の法律を依用して きた。植民地時代は日本語で書かれた法令を用い、解放後はこれを朝鮮語 に翻訳して用いたが、解釈の揺れが生じてはいけない法令文であるだけに、
朝鮮語としては不自然なものとなろうとも、助詞の一つ一つまで日本語を 逐語訳し、日本語を直訳した形で翻訳された。漢字語の用語も、そのほと んどを日本語の語形そのままに漢字を用いて表記し、朝鮮漢字音で読むこ とによって字音語として法令文に定着した。
植民地時代に日本語で仕事をしてきた法曹界の韓国人にとって、日本語 からの逐語訳、直訳調の法令文の方が、解放後も引き続き日本の法令を依 用しながら法曹活動を継続的に展開する上でより分かり易く、便利であっ たに違いない。逐語訳・直訳調で翻訳された条文は、日本語の条文を容易 に想起させたからに違いなかった。韓国で朝鮮語法令文が成立してきたこ うした歴史的事情から、韓国の法令は日本の法令との類似点が多く、法曹 界の人々にとって日本の法律解釈や判例は大いに参考にされている。約20 年前、韓国屈指の弁護士・会計士事務所の責任者(国際弁護士)は、筆者 との面談で資料室に所蔵している図書・資料の少なくとも半数は日本のも のだと語った。彼は日本社会の価値観、ものの考え方が韓国社会のそれと よく似ているため、欧米の判例より日本の判例の方がより参考になるとも 語った。思うに、価値観、思考様式の類似性については様々な側面がある ので一概に是認しがたいことだが、法律事案を処理する基準となる韓国の 法令が日本の法令をベースにして成立したことによって、韓国では日本の 判例がよく参考にされるのは確かなことだと思われる。
⑵ 「火炎びんの使用に関する法律」にみる韓国での立法の手法
明治時代に制定された日本の法令を用いた「依用民法」(旧民法)や「依 用刑法」(旧刑法)ばかりでなく、韓国では戦後日本で新たに制定された法 令の条文をなぞる形で、法令が制定される場合も見られる。かつて、日本
の法令が直訳・逐語訳されることによって成立した韓国の法令文体や語彙 における日本の法令文との類似性は、このことを容易にした。
たとえば、日本では1960年代末頃から激しくなった火炎瓶闘争を取り締 まるために、1972年に「火炎びんの使用に関する法律」が制定されたが、
韓国でも1980年代後半期から日本以上に激しい市街戦さながらの火炎瓶闘 争が頻繁に展開され、1989年に日本の法律名と寸分違わない「火焰甁使用 等의 處罰에 關한 法律」(略称は「火炎瓶処罰法」)が制定された。以下に この条文の対照表を作成して示したが、条文は日本語を逐語訳して作成さ れたと言うほかないものとなっている。日本の法律と異なるのは、第 1 条
「目的」を掲げている点、及び第 4 条で火炎瓶を製造するためのガソリン、
シンナー、ガラス瓶、布切れなどを保管・運搬・所持しただけでも犯罪要 件を構成するという日本のものより厳しい条項が付け加えられている点、
罪刑が日本では「 3 年以下の懲役又は10万円以下の罰金」であるのに対し、
韓国では「 3 年以下の懲役又は300万ウォン以下の罰金」となっており、罰 金額が高く設定されていることだけである。
表 5 日本と韓国の火炎瓶処罰法条文対照表
火炎びんの使用等の処罰に関する法律 昭和四十七年(1972年)四月二十四日法 律第十七号
改正:平成一九年五月一一日法律第三八号
火焰甁使用等의の處罰에に關한する法律 1989年 6 月16日法律第4129號 改正:1991年 3 月 8 日法律第4338號
<該当条文なし>
第 1 條(目的)
이この
法은は 國民의の 生命ㆍ身體 および및 財産을を 保護하し고 公共의の 安寧과と 秩序를を 維持하す 기る 爲하に여 火焰甁을を 製造ㆍ保管ㆍ運搬ㆍ 所持 또又는は 使用한した 사者람을を 處罰すること함을を 目 的으と로 한す る다.
(定義)
第一条 この法律において、「火炎びん」
とは、ガラスびんその他の容器にガソリ ン、灯油その他引火しやすい物質を入れ、
その物質が流出し、又は飛散した場合にこ れを燃焼させるための発火装置又は点火装 置を施した物で、人の生命、身体又は財産 に害を加えるのに使用されるものをいう。
第 2 條(定義)
이この
法에において서 “火焰甁” 이と란は 琉ガ ラ ス璃甁이や나 其 他 容器에に 揮發油나や 燈油 , 其他 불引붙기火 し 쉬や す い운 物質을を 넣入 れ 어 그その 物質이が 流出하し거나た り 飛 散하す는 경る 場 우 이合 こ 것 을れ を 燃 燒시さ키 기 せ る 위た하 여 發 火 裝 置 또め に 又는 點 火 裝 置は 를を 施した한 物も件으の 로서 사で 人람의の 生命ㆍ身體 또又는 財は 産에に 危 害를を 加하え는 る 데のに 使 用되さ れ る는 것もの을を 말い한다う .
(火炎びんの使用)
第二条 火炎びんを使用して、人の生命、
身体又は財産に危険を生じさせた者は、七 年以下の懲役に処する。
2 前項の未遂罪は、罰する。
第 3 條(火焰甁의の 使用)
① 火焰甁을を 使用하し여て 사ひ람의と の 生命ㆍ身 體 또又는は 財 産에に 危 險을を なした한 者는は 5 年 以下의の 懲役 또もしくは는 500萬ウォン원 以下의の 罰金 에に 處한す る다.
② 第 1 項의の 未遂犯은は 處罰한す る다.
(火炎びんの製造、所持等)
第三条 火炎びんを製造し、又は所持し た者は、三年以下の懲役又は十万円以下の 罰金に処する。
2 火炎びんの製造の用に供する目的をも つて、ガラスびんその他の容器にガソリ ン、灯油その他引火しやすい物質を入れた 物でこれに発火装置又は点火装置を施しさ えすれば火炎びんとなるものを所持した者 も、前項と同様とする。
第 4 條(火焰甁의の 製造ㆍ所持 等)
①火焰甁을を 製造하し거나た り 保管ㆍ運搬ㆍ所 持한した 者는は 3 年 以下의の 懲役 또又는は 300萬 원ウォン
以下의の 罰金에に 處한す る다.
② 火 焰 甁의の 製 造에に 提 供할する 目 的으で로 琉璃甁 其他의の 容器에に 揮發油・燈油 , 其 他 불引붙기火 し 쉬や す い운 物質을を 넣入 れ た은 物件으로서で 이これ
에に 發火裝置나や 點火裝置를を 하施 せ ば면 火焰 甁이と 되な는 것る もの을を 保管ㆍ運搬ㆍ所持한した 者 도も 第 1 項과と 같同様である다.
(国外犯)
第四条 第二条の罪は、刑法(明治四十 年法律第四十五号)第四条の二の例に従 う。
<該当条文なし>
<該当条文なし>
③ 火 焰 甁의の 製 造에に 提 供할する 目 的으で로 火焰甁 使用의の 危險이 있あ는る 場所에で서 그その 製造에に 使用되さ れ る는 物件 또又는 物質을は を 保管 ㆍ運搬ㆍ所持한した 者는は 1 年 以下의の 懲役 또もしくは
는 100萬ウォン원以下의の 罰金에に 處한す る다. 附則
この法律は、公布の日から起算して二十 日を経過した日から施行する。
附則 이この
法은は 公 布 后 20 日이が 經 過한した 날日부か터 ら 施行한す る다.