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第二節
先行研究の概観
西吟の教学は︑承いめの閲締の原因であったことから︑様々に研究された︒研究の大部分は︑西吟の教学が月感
の批判するような教学であったかどうかを検討するものであった︒その過程で︑西吟教学に関する各論の特徴も
明らかにされた︒
西吟は︑真宗が大乗仏教である以上︑本来的に衆生の中に内在する仏性を認めなげればならないと考えた︒そ
して︑仏性を自性と表現し︑自性そのものには万徳が備わっており︑浄土・弥陀でもあるとした︒そして︑
その
ような自性唯心の思想を理の面と位置づけ︑理と事とを融即させることで︑真宗は﹁学﹂として成立すると者え
た︒このことは後に詳しく述べるが︑西吟の思想は自性唯心に沈む危険性をはらんでいる︒そのため︑先行研究
ー153‑
でも︑彼の教学姿勢が注目された︒教学姿勢については本論文でも大きく取りあげる必要があるため︑節を改め
て論じ︑ここでは先行研究に指摘される︑如来論
34
・信願論
. f
行信論
. y
証果論
. F
生活
論・
Eを概観しておこう︒
第一項知来論
如来論とは︑信仰の対象である如来をどのように捉えるかという問題である︒如来論は釈尊の入滅以後︑様々
に意義付けされていった︒その説は二身説・三身説・四身説などの諸説がある︒この中︑
真宗における知来論
で
中心になる
のは
︑
三身説と二身説とで
ある︒西吟
の如来論を述べる場合︑特
に三
身
説が重要
にな
る︒
三身説で主なものをあげれば︑﹃
法華論
.J
などに示される法身
・報身
・応身の三身説と︑﹃仏地
経論
.Jに示
さ
れる法身
・受用身
・変化身の三
身説とである︒真宗における
三身論は
︑道縛や善導が阿弥陀
仏
を因願
酬報の報
身仏である
と位置付け
たことからも︑
前者が街名
であ
る︒
ただし︑近世初期教
学では後
者も議論されるので︑少
し説明しておこう︒
法
身・受用身・変化身
の三身説
は︑受用身を三種類
に 分
けるところに特徴があ
る ︒ 受用身とは︑それぞれ
の知
来における各別の身であり︑浄土で菩
薩に法楽を与
える仏
身である︒それは自受用身と他受用身とに分け
られ
る︒
﹃仏地経論
﹄の説を受けた﹃成唯議論﹄では以下のように説明されてい
る ︒
二受
用身
︒
此有
三 一
種
‑ ︒
一自受用︒謂踏
如来三
無 数 劫 修
‑
‑ 集無量福慧資糧
‑所レ 起無辺
真 実 功徳︒及極円浄常
遍色
身 ︒ 相続湛
然尽 一 未来 際一 恒
自
受 ニ
用広大
法楽
‑ ︒
二他受用e
謂諸如来由
二平 等智
‑示
=現微妙浄功徳身
¥居 ニ
純
浄土
‑為
F住
二十
地‑
諸菩
薩
衆土
現二
大神
通‑
転‑
正法
輪一
決一
一衆
疑網
‑A W三彼受用
大乗法
楽 一
︒
合ニ
此二
種‑
名ニ
受
用
身‑
︒長
(
••
ML受用身︒これに
二種
あり
・
‑には白受周︒澗く︑もろもろの如来︑三無数幼に加熱量の福Haの資績を修集す・起こすところの
無辺真実の功徳︑及ぴ幅四円浄の常遍の色身︑相続湛
然として未来
除を尽くす.恒に向ら広大の法楽を受
用す
・
ニには他受用・謂
く︑もろあろの如来.平等の智に泊りて
微妙浄
功徳の身を
示現 す・
純浄土に婚して︑十地に伶するもろもろの普穣衆のために大
神過を現じて正法鎗を転じて衆の疑網を決して︑彼に大乗の法楽を受用せしむ・この二種を合して受用身と名づくJ
自受用身とは仏が自ら修した功徳と清浄な相好が永遠に続く自らが受ける法楽であり︑他受用とは十地の菩薩を
導くために示現した仏身である︒つまり︑仏の自利を自受用身︑利他を他受用身に分けたのである︒
画吟の如来論で注目されるのは︑真宗の如来論に自受用身と他受用身との議論を持ち出すところにある︒西吟
は﹃正信念仏偶要解﹄で︑
ク チ 且 ヲ レ ヲ ト カ ク ス ヲ レ ヲ ク ト
凡光明有ニ多種︒謂白受用身︑内畑一真法界一︑是名二智光‑︒他受用身︑外編飽一大衆一︑是名ニ身光一︒
. a
と述べている︒ここでは阿弥陀仏の智光を向受用とし︑身光を他受用と位置づけているが︑知空が西吟の講説を
書き取ったとされる﹃安楽集鋪聞﹄では︑
ヲ ル ヲ ト ヲ / ヲ ト
間報
分一
一自
他・
︑自
受ニ
法楽
一名
‑自
受用
d .
令‑
‑他
受 v 楽名二他受用¥
︐ 〆
3 J t 7 L v ' ' ' 4 J H
リF摂論︑明て他受用上‑云︑即是両方極楽土也︒五
ノ ハ ス ル レ ノ ト
今弥陀仏為ご何報一耶︒
答是他受用︑無性
ー155・
と述べて︑阿弥陀仏を他受用としている︒
知来およびその浄土を自受用・他受用に分けて解釈するのは︑西吟を継いだ知空などにも見られる.知空など
では︑西吟に反して阿弥陀仏の浄土を自受用土と解釈し︑弥陀浄上の地位を向上させようとした意阿が見られる︒
西吟が弥陀の浄土を他受用と解釈したことは知雫によって否定されるが︑西吟の説をもとに宗学が発展していっ
た様相を垣間見ることができる︒