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際立ちが与えられた〈場〉が作り出す構文:パート 1

ドキュメント内 第 1 章 はじめに (ページ 90-200)

本章では,3.5節で提案した新しい事態認知モデルに基づいて,場焦点化他動詞構文には どようなものがあるのかを,読み込まれる原因事象別に見ていく。基本単位である静的な 存在と所有から始めて,発生事象,消失事象,存続事象,移動事象の順番で所有の概念が 鋳型となる事態把握と構文を見ていく。次にそれまでの分析を踏まえて,移動事象が組み 込まれている動詞として単他動詞と複他動詞のペアを取り上げて分析する。その後,状態 と所有のつながりを論じ,対象の状態変化が〈場〉の変化として把握される現象を明らか にする。状態変化の事象の分析を踏まえて,本論文が「有対自動詞の両用動詞化」と呼ぶ 言語現象について分析する。そして,最後に「介在性をもつ他動詞文」を分析することに よって,使役変化の事態把握である「スル側からの視点」と,場焦点化他動詞構文を生み 出す「受ける側からの視点」とが融合して構文を作り出していることを示す。

4.1 存在と所有の関係

4.1.1 分析する動詞とイベントスキーマ

この節で扱う構文は,存在と所有の概念が「ある」(いる)以外の動詞で言語化されるも のである。「ある」と「ない」のイベントスキーマは次のように示される82

存在 所有 非存在 非所有 y ● y ● y ・ y ・ z z z z

〈BE〉EXIST 〈BE〉POSS 〈BE〉Not EXIST 〈BE〉Not POSS

図4.1 存在と所有のイベントスキーマ83

第 3 章で示したように存在と所有の関係は,外界認知における図地反転がベースにあり,

存在を表す「zにyが〈BE〉EXIST」(自動詞構文)から,所有A「zにはyが〈BE〉POSS

(参照点構造自動詞構文)へ,さらに〈場〉に際立ちが与えられることによって,所有 B

「zはyを〈BE〉POSS」(場焦点化他動詞構文)が生成されると考えられる。日本語におい ては存在と所有を表す動詞が「ある」または「いる」であることは疑いようのない事実で あるが,存在の概念をベースにその存在の内容..

や様態..

に応じてさまざまな意味が付加され た語があることを示す。取り上げる動詞は状態を表す他動詞と呼ばれる動詞である。それ とのつながりで存在物の多さを表す自動詞との構文上の対応関係も分析する。

82 イベントスキーマに用いられる図と矢印の意味については3.2節の説明を参照されたい。

83 EXIST:存在の概念,POSS:所有(POSSESS)の概念を意味している。Notはその否定を表す。

83

4.1.2 状態を表す他動詞と文脈に埋め込まれる〈場〉としての人

最初に取り上げるのは,状態を表すとされる他動詞である。山岡(2000:205-271)の状 態動詞の分類よりヲ格名詞をとる動詞を抽出して(表4.1の所有Bに挙げた動詞),本論文 で提案する所有Aとの対応を示した表を下に示す84。山岡は「包含・所有関係」という下位 分類を関係動詞にのみ設定しているが,すべての動詞が所有の概念で対応しているという のが本論文の分析である。

表4.1 状態を表す動詞と所有A・Bとの関係 (#:ニ格を伴わず使われる語)

分類 下位分類 所有A

「zにはyが〈BE〉POSS

所有B

「zはyを〈BE〉POSS

①属性動詞 嗜好・要求 #好きだ,#嫌いだ,#欲しい 好む,嫌う,欲する,

②所要動詞 要る,不要だ,#必要がある

(時間・費用が)かかる

要する

③関係動詞 包含・所有 関係

(ある) 有する,含む,誇る,擁する

記号関係 (ある) 表す,意味する,示す

①の属性動詞から見てみる。これは嗜好や欲求という心的な傾向・状態が〈場〉として の人(= z)の中に存在することを意味する。本論文の規定(3.4.2節)に従えば,その〈場〉

にそれが存在することがその人を特徴付けることになると把握されて所有の概念に転換す る。所有Aは「zに(は)yが〈BE〉POSS」という自動詞構文を作るのが基本だが,日本語 では「zはyが〈BE〉POSS」という形容詞述語の構文を作ると考える85。「zに」のようにニ 格名詞(与格あるいは位格名詞句に相当するもの)が現れるのか,「z は」のように題目マ ーカーだけが現れるのか,あるいは「zには」のように両方が組み合わせられるのかは,個 別言語的な現象であり,主語位置には参照点となる〈場〉に相当するものが来るという点 では共通している。例えば,スペイン語では所有 A に相当すると考えられる文には与格が 現れる(例文 1)。本論文では,与格は根源的には位格(場所)に還元できると考えるので

(3.4.3節),このような他言語の現象も,存在の概念と所有の概念のつながりを支持してい ると言える。

(1) Me gusta Juan 私(与格) 好く ホワン

84 山岡(2000)が挙げた動詞でヲ格名詞句をとる動詞はこの表では所有Bの欄に入っているが,一部省略 した。表の「分類」「下位分類」は山岡の分類と同じである。所有Aに挙げた語には,動詞だけでなく形 容詞も含む。なお,「ある」を挙げた箇所は,意味的に対応する動詞がなく,動詞「ある」を使って説明 的に用いることを示している。

85 このような「~は+形容詞述語」が所有の概念をもつことについての分析は4.7節で行われる。

84

(2) a. 私は 花子が 好きだ。

b. 太郎は 花子を 好いている。

(3) a. 私は ジュースが 欲しい。

b. 太郎は ジュースを 欲している。

次に②の所要動詞を見る。日本語では「(時間・金が)かかる」と「要る」が所有A,「要 する」が所有Bに対応する動詞である。所有Aは「~に(は)~がV」または「~は~が

V」で表現される86

まず「かかる」について見てみる。「対象物をある場所にカケル」に対応する「ある場所 に対象物がカカル」という元々の意味が抽象的な時間や費用に拡張したものである。対象 物が「物理的にカカル物」から「その〈場〉に常にカカッタ状態として存在するモノ」へ,

そして「必要なモノ」へと拡張したと考えられる。したがって,「z に y(時間・金)がか かる」はこの拡張した意味になった段階で,「〈場〉(z)が,y(時間・金など)が必要なモ ノとして存在することによって特徴付けられる」という事態把握によって,所有 A になっ たと見なすことができるだろう87

「zに~がかかる」の〈場〉(z)には人・物名詞(4a)が来る場合と行為を表す名詞また は「~するには」「~するのに」のように動詞が来る場合(4b,c)があるが,人・物の場合 も何らかの行為が含意されている(4a の cf.)。その点で「かかる」の〈場〉は行為志向だ と言える。また,〈場〉はニ格だけでなく,「(~から)~まで」のように範囲を示す場合も ある(4d)。

(4)a. {子供/ペット/教材}にお金がかかる。

cf. {子供を育てる/ペットを飼う/教材を買いそろえる}のにお金がかかる。

b. {結婚式/結婚式をあげる}にはお金がかかる。

c. {原稿のチェック/原稿をチェックする}のに時間がかかった。

d. {新しい環境に慣れる/結果が出る}まで時間がかかりそうだ。

次に「zにyが要る」を見てみる。「要る」は「入る(いる)」と同源だという説がある88

86 「必要」の意味を表す動詞の二つの項がどのような格で示されるかは,言語によっていくつかのパター ンに分かれるが,「〜に〜が」のように「与格」と「主格」(または絶対格)の組み合わせとなるのは決 して特異なことではない。角田(1991:95,107-108)では,「要る」が所属する「感情」のカテゴリー

「好き」「欲しい」などを含む)について,「与格+主格」の組み合わせが現れる言語として,ロシア語,

アルバ語,スペイン語,カンナダ語(インド)などを紹介している。

87 例えば「{子供/修理}にお金がかかる」なら,{子供/修理}という〈場〉がお金が<必要なモノ>と して存在することによって特徴付けられる,と把握される。

88 『明鏡国語辞典 2版』では「要る」と「入る」は別見出しだが,「要る」の解説で同語源であると指摘 している。また,『日本国語大辞典 2版』では「いる」の見出しで「入る」と「要る」の両方を扱ってい るが,語誌では別語の可能性も示唆している。「派生の道筋が想定しにくく,特に現代語において,この

85

本論文も同源と考え,「要る」と「入る」のつながりを因果関係に基づくメトニミー・リン クによると分析する。図4.2に示したように,「yがzに入る」ということは,「zにyが必 要である」ことを前提に,欠けている部分(=必要要素)に必要なものが「入る」という 因果関係になっていると考えるのである。

「zにyがいる」(要る) 「yがzにいる」(入る)

z

y y

図4.2 メトニミーによる「入る」と「要る」のつながり

つまり,「(zにおいて)yが欠けている」ことの裏返しが「(zにおいて)yが要る」とい うことであり,図に示したように充足された状態を四角に見立てれば,「必要要素」とはそ の四角の内部の欠けた部分を指しているのである89。このようなメトニミーを仮定すると,

「かかる」が「物がかかる」から「金がかかる」に拡張した段階で所有Aになったように,

「入る(いる)」も「要る」に拡張した段階で,「〈場〉が,そこに<必要要素>が存在する ことによって特徴付けられる」と把握され,所有Aになったと考えられる。

「zに~が要る」の〈場〉(z)には「かかる」と同様,人・物名詞・行為名詞,そして「~

するには」「~するのに」が来るが,モノと〈場〉の二者関係は少し異なる。「かかる」の

〈場〉は基本的に「行為」が〈場〉として扱われている。一方,「要る」は基本的に「人」

が〈場〉として扱われている(5a,b)90。そしてその場としての人が拡張すると,一般人称 となり,背景化する(5c-e)。「zに時間/費用がかかる」は上述のように,行為そのものが〈場〉

と見なされており,その行為に対して「時間が必要だ」と述べる。一方,「要る」は,基本 的に「人」が〈場〉と見なされている。したがって,(5d-e)に現れる目的の「~に」は〈場〉

(z)ではなく,あくまで〈場〉は人が背景化し一般人称化していると考えられる。結果的 に時間・費用が必要だということを述べていても,このように事態の捉え方が異なる。特 定の個人を指しているのか,総称的に述べているのかは文脈によって判断される。その点 で,背景化した〈場〉(=人)は文脈に埋め込まれていると言えるだろう。

(5)a. 彼にはあなたの助けが要る。

意以外はほとんど「はいる(這入)」という語形に交替していることからすると,別語である可能性が考 えられる。また,「要る」は訓読系の文献には見られず,この点でも「入る」とは異質である。

89 これは「穴がある」という表現と共通したものがある。本来「穴」とはその部分に何もない状態である。

ところが「穴」を存在するもの......

とみて「穴が‘ある’」と言える。「必要要素(=欠けている部分)があ る」と見る発想と共通している。

90「子供にお金がかかる」は「子供に対して何かすることにお金が必要だ」という解釈である。一方「子供 にお金が要る」は「子供自身に<必要要素>が存在する」という意味で,「子供自身が何かするのにお金 が必要だ」と「子供に対して何かするのにお金が要る」という二つの意味がある。

ドキュメント内 第 1 章 はじめに (ページ 90-200)

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