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研究の枠組みと分析のアプローチ

ドキュメント内 第 1 章 はじめに (ページ 62-90)

本論文はモノと〈場〉の二者関係の概念化における存在と所有の概念に注目する。この 章では本論文の研究の枠組みとして外界の事態把握の認知的な鋳型となるイベントスキー マ,そしてそのスキーマにおける「場の焦点化」がどのようなものかを示す。最後にそれ に基づいた事態認知モデルを提示する。第 4章と第5章の分析はこのモデルに基づいてな される。なお,本論文が考える〈場〉の概念については1.2節に示した規定を参照されたい。

3.1 事態の把握とイベントスキーマ

外界の事態の把握には,存在・状態といった静的なものからモノの動きや変化などの動 的なものまで様々な捉え方がある。厳密に言えば,時間の流れの中で一瞬たりとも同じ事 態であることはない。会社で自分の目の前の机の上にあるPCを見て「机の上にPCがある」

と言う人が,次の日に会社に来て,同じ机の上にあるPCを見て,それは閉じているからと か,きのうとは違って机の隅のほうに位置しているからとか,だれかが勝手にその上に本 を載せたからという理由で「机の上にPCがある」と言えるのか悩むことはない。なぜなら 人はそのような状況もまた「机の上にPCがある」と言えるという言語知識を持っているか らである。つまり,私たちは言語知識として,細かい差異は無視して,ある特徴を有して いる事態は同じパターンで言語化することを習得しているのである。これは人間の認知能 力の一つである「異なる種類の刺激があれば,他の条件が一定であれば,同種類ものがま とまって知覚される」(河上1996:5)というゲシュタルト要因によると考えられる。

それでは事態の把握の仕方としてどの程度の種類のものを考えるのがいいか。それは人 が外界を切り分ける際にどのような鋳型を利用しているかを考えることでもある。何を分 析するかによるだろうが,本論文の目的は自動詞文と他動詞文の交替現象であり,そのた めに必要な鋳型を考える。生成文法の語彙部門から発展した語彙意味論では,それを指し て「概念の構造」「思考の構造」であるという(Jackendoff 1994)。一方,認知文法では理 想認知化モデル(Lakoff 1987)の枠組みの中で事象内部の構図を表す認知ネットワークの モデルであると言う(Langacker1990, 1991, Croft1991)。両者は一般的には言語のモジュ ール性の有無で対立すると見られているが,実は両者は(細かい点を除けば)最終的にそ の鋳型の根拠を普遍文法に求めるのか,一般の認知能力に求めるのかの違いと言っていい。

事実,自身の立場は生成文法であるとしながらもチョムスキーとは一線を画す Jackendoff

(同上)やPinker(2007)では言葉を慎重に選んではいるが,構文交替現象の裏には認知 言語学でよく用いられるところの「図地反転」という概念転換があると指摘している。確 かに語彙意味論は合成性の原理によって語彙分解し,語の意味と統語構造とのつながりを 求めた。その点でゲシュタルトに依拠し,全体主義で概念主義の認知言語学とは相容れな いという見方がある。しかし,構成部分をまったく無視して研究は成立しない。重要なの は,単に部分を合わせれば全体の意味がわかるという見方にとどまるのではなく,全体の

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中でその構成要素を見るという視点である。語彙意味論の観点から,影山(1996)が示し た,一つの動詞述語が最大に表すことができる意味構造の鋳型は51,認知ネットワークモデ

ルとしてCroft(1991)が示した因果連鎖モデにおける三つの構成要素(使役相・起動相・

状態相)の力学的な連鎖と見かけ上は似ている。動詞が表すアスペクト的な意味特徴に注 目して外界の事象を切り分けている点で共通しているからである。

さて本論文が考える鋳型は,影山(1996)が一つの動詞述語が取り得る最大の範囲とし た意味構造の枠組みを採用するが,その表示は Langacker(1990, 1991)の行為連鎖モデ

ルとCroft(1991)の因果連鎖モデルをベースにして,そこに〈場〉を組み込んだものを事

態認知モデルとして提示する。ただし,認知モデルの構築および精緻化を目的とするわけ ではないので,本論文の目的である自動詞文と他動詞文の交替現象を説明するのに最低限 必要な要素を示すことにする。そして,それをイベントスキーマと呼ぶ。ここでスキーマ とは抽象的な概念を簡略化して図示したものという意味で,事象(イベント)を把握し概 念化するために用いられる抽象化された鋳型をイベントスキーマと呼ぶことにする。なお,

存在や状態は動きがないためイベントと呼ばれないことが多いが,ここではすべてを含め てイベントスキーマと呼ぶことにする。ただし,必要に応じて存在と状態やメタファー基 づいて拡張した事態把握について,そのモノやイベントと〈場〉の関係を示したものをイ メージスキーマと呼ぶ場合もある52

本論文で設定されるイベントスキーマの表す概念の種類は次の八つである。【1】~【4】

が基本の概念で,【5】【7】はそれぞれ【1】【4】のメタファーによる拡張,【6】は【3】の 否定概念(消失しない),【8】は複合概念で,使役主(原因事象を含む)が【1】~【7】を 引き起こすという因果関係を示す概念である。(※)の部分には「発生」の否定概念(発生 しない),つまり「発生しないで,そこに存在しない状態が続く」という概念が想定される が,それを言語化する動詞が日本語にはないと考えられる。

表3.1 イベントスキーマの表す概念の種類 基本概念 拡張概念 複合概念

【1】存在 【5】状態

【8】使役変化

【2】発生 (※)

【3】消失 【6】存続

【4】移動 【7】状態変化

3.2 イベントスキーマと構文

本論文では,外界を概念化者(話者)が把握する際には,イベントスキーマと呼ばれる 抽象化された認知構造が元になっていると仮定する。そしてそのイベントスキーマが表す 概念が言語化されて自動詞構文/他動詞構文などの構文として出力されると考える。その

51 影山(199648)自身も語彙概念構造は「言語と外界との認知インターフェース」であると述べている。

52 本論文で用いるイメージスキーマについては4.8.2.4節の説明も参照されたい。

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際に何が主語位置と目的語位置に来て,何が場所項あるいは付加詞として統語構造に現れ るかは,イベントスキーマが表す事態を構成するモノとモノあるいはモノと〈場〉に与え られる際立ち(salience)の違いによると考える。そこで,第一の際立ちを与えられたモノ が文の主語となり,第二の際立ちを与えられたモノが目的語となるという認知言語学の事 態把握と構文とのつながりの考え方を採用する(Langacker1990, 1991)。本論文では事態 を構成する要素の中で背景化していたものに際立ちを当てることを「焦点化する」「焦点を 当てる」という言い方をする。ただし,複数の構成要素についてどれにより高い際立ちを 与えるかという状況では,「~に第一の/第二の際立ちを与える」という言い方を用いる。

Langackerの行為連鎖モデル(action chain model)では行為連鎖のどの部分を切り取るか

を選択するのを「スコープの選択」と呼び,どの参与者に際立ちを与えるかの選択を「プ ロファイル選択」と呼ぶ。本論文では,イベントスキーマで表される最大の範囲がスコー プに相当し,プロファイルが焦点化に相当するが,イベントスキーマのどの事象の部分が 前景化されるかを決める場合も「焦点化する」「焦点を当てる」という用語を用いる。つま り,イベントの構成単位においてもモノ・場の単位でも共通して焦点化という用語を用い る。また,題目マーカーの「は」によって示される場合には「取り立てる」という言い方 をする。このように本論文では,概念化者が事態を主体的にどのように把握するかに重点 を置く。焦点化とはそのような事態把握に対する用語であり,一般に談話レベルの文法お よび情報構造における「前提」と「焦点」という時の「焦点」とは異なる意味で「焦点化」

という用語を用いるので注意されたい53

事態を構成する要素(モノ・場)には‘x’‘y’‘z’という記号を用いる。これは「情報 完結のために述語が要求する要素」(長谷川 1999:23)として認定される「項」の考え方 に基づいている。一つの文は特別な場合を除き,最大で三つの項をとる。つまり,一項述 語(「太郎が笑う」など),二項述語(「太郎が次郎をたたく」など),三項述語(「太郎が本 を箱に入れる」など)で表される事態を構成する要素を,これらの三つのアルファベット の小文字で表示する。この三つの項をそれぞれ典型的な意味役割を用いて次のように規定 する。なお,概念の転換などによって構成要素の際立ちに変化があった場合でも,それぞ れの記号は変化しない。本論文では,モノと〈場〉の関係が重要な概念となるので‘z’へ の際立ちの与えられ方,つまり第一の際立ちを与えられるのか,第二の際立ちを与えられ るのか,あるいは背景のままなのかに注目することになる。

<項の規定>

・x:動作主を典型とするエネルギーの発し手

・y:被動作主を典型とするエネルギーの受け手,あるいは存在または変化する主体

・z:〈場〉を表す。(※1.2節で規定した〈場〉の種類を参照されたい)

53 後の分析で明らかにされるように本論文では参照点構造に基づいた事態認知を重視する。この際立ちを 与えるとは,「目立たせる」という意味ではなく,参照点構造によって把握される〈場〉を事態把握の中 心に据えるということである。

ドキュメント内 第 1 章 はじめに (ページ 62-90)

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