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陳昭如著『被遺忘的一九七九:台湾油症事件 30 年』にみら れる食中毒事件

ドキュメント内 環境保全における文学の貢献 (ページ 83-133)

第1節 台湾油症事件【注1】

①台湾油症事件の始まり――恵明学校視力障害児童中毒事件

1978 年から 1979 年にかけて台湾でもカネミ油症事件と同質の油症事件が起こった。公表 された限りでは台湾油症として登録した被害者は 2,000 名以上に及ぶとされている。被害 者が集中していたのは台中県、彰化県であった。特に多かったのが目に障害を持つ子どもた ちを無料で受け入れているキリスト教系の施設、台中県大雅郷の恵明学校だったと言われ ている。

被害者の属性は、前述の通り恵明学校の教師、生徒と職員、台中県及び彰化県の工場労働 者、その他家庭や個人であった。2004 年国民健康署が行政院衛生署疾病管制局【注 2】

から引き継いた時に、登録されていた生存患者数は約 1,600 名である。現在登録されて いる生存患者数は 1,886 名、そのうち第 1 世代は 1,259 名、第 2 世代は 627 名である(2018 年 7 月現在、国民健康署)。

台湾油症事件の始まりは恵明学校視力障害児童中毒事件であった。

1978 年 9 月初めから、恵明学校の財務状況が緊迫していたため、当時彰化油脂会社産の 米ぬか油を選択し、使用していた。

なお、1978 年末、彰化キリスト教病院皮膚科の高信義主任が医療奉仕団について鹿港、

福興、秀水の一帯で巡回診療の仕事をしていた時、多くの村の住民が奇妙な皮膚病にかかっ ていることに気付いた。症状は皮膚が黒くなり、全身に吹き出物が出ており、大きいものは ピーナッツの粒、小さなものは米粒ほどであった。これは彼が医師になって以来、見たこと のない奇妙な現象であった。その後、彼はある患者が飼育している豚にも異常な症状が現れ ているのに気付いて、人と家畜が毒物を食べたのではないかと疑った。そこで、地方衛生当 局に通報したが、問題視されなかった。

1979 年、恵明学校の陳淑静校長は生徒たちの顔に 4 月から次々とニキビができているこ とに気づいた。このニキビは普通のものではなかった。間もなく多くの生徒の眉間、口元、

鼻の両側の頬、首、胸と背中に次々と様々な吹き出物が出て、とても痒く痛くなっていた。

それが潰れると、普通のニキビとは違い、白い線状の油脂のようなものが流出し、さらに悪 臭を発した。数週間を経て、事態は拡大し、何人かの子どもたちの目の周りには黒い分泌物 がたくさん出て、見るも恐ろしい光景であった。

医者から食中毒の可能性を示唆され、陳淑静が直ちに台中県衛生局に通報した。衛生局も

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事態を重く見て、すぐに職員と専門家を派遣し調査を始めた。すなわち食用油、醤油、井戸 水、井戸水濾過用珪砂などを採取し衛生署薬物食品検査局へ送って検査した。一般食品中毒 検査項目(青酸、黄燐、有害金属、病原菌、農薬など)を検査した結果、今のところまだい かなる規定に合うものも見つからなかった。恵明学校では病気の生徒を彰化キリスト教病 院及び台湾大学付属病院などにわけて送り、治療させた。台湾省立台中病院は皮膚科主任医 師を恵明学校へ派遣し診察させたが、病名、発病原因はいずれも確定できず、1979 年 8 月 13 日衛生局は恵明学校に「学校の食用油には問題はない」という内容の公文書を送った。

同時に、恵明学校理事長の董大成博士(台湾大学医学部教授)は調査研究及び化学分析を 進めたが、まだ結論を得るに至っていなかった。この間にも、台中県大雅郷興発工業株式会 社は台中県衛生局に水質検査を申請した。当局の問い合わせの後ようやくその会社の職員 が 1979 年 5 月から次々と類似の皮膚病を発生していることが判断した。

1979 年 9 月 7 日、当時、惠明学校の総務主任の郭栄祥は、台中県衛生局のある役員から 電話を受けて、学校付近の工場労働者にも同じような症状があることを聞いた。彼は聞いて すぐその役員に一緒に見に行くことを要求した。工場に着いた時、そこの労働者たちの顔、

首及び腕に、学校の生徒たちと同じ吹き出物がいっぱい出ているのを見た。郭栄祥が、恵明 学校と工場の食材リスクを比べ、同じ取次店から購入したことを初めて発見した。そしてそ の用いられた食用油の出所は台中県神岡郷「豊香」油屋が供給したものであった。

思いがけず、台中県台中県潭子郷慶陽紡績株式会社が 9 月 13 日、台中県衛生局に行った 報告によれば、その会社の職員の多くが類似の皮膚病を発生し、症状は前述の 2 つの例と同 じであり、かつ食用油の出所も同じであった。

これによって、台中県衛生局は恵明学校で発生した教師・生徒たちの皮膚病は「豊香」油 屋の油による中毒であるという強い疑いをもった。そのため、直属の省衛生処を飛越して、

直接に中央衛生署にこの驚くべき発見を通報した。衛生署はこの事件の重大性を認識し、直 ちに詳しい調査をすることを決定した【注 3】。

台湾行政院衛生署防疫処の許書刀処長が東京大学医学部衛生学教室山本俊一教授をはじ め、厚生省「カネミ油症治療研究班」(班長:九州大学医学部淹一郎教授)や第一薬科大学 増田義人教授にその原因究明ならびに医療に関する研究協力を依頼した。

検査報告書は 1979 年 10 月 6 日に省衛生処に届き、彰化油脂会社の米ぬか油と「豊香」油 屋の供給した油、そして恵明学校の教師生徒の使った油に、すべて PCBs が含まれると認定 された。その後、台湾行政院衛生署薬物食品検験局及び国立陽明医学院、栄民総院において も本格的に PCBs の分析が進められた。

一方、1979 年 10 月 8 日、中央及び省県衛生局の役人は彰化県及び台中県に赴いて、彰化 油脂会社の製造した米ぬか油 5 万 8,000 キログラムと製造機械設備、同時に米ぬか油取次 店の見本や原料を差し押さえ、生産と営業停止を命じた。その後、原因企業は倒産した。

恵明学校油食中毒事件はマスコミの報道をきっかけに社会的に注目され、多額の寄付金 と協力が寄せられた。例えば、中国災難同胞救済総会は 10 万元(約 40 万円)を医療補助金

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として寄付した。大成サラダ油株式会社の社長は学校を訪問して、学校で使用するサラダ油 の無償提供の継続を約束した。省政府はサウナに毒の排出効果があるという噂を聞いて、学 校にサウナを建設した。また、ある人は、民間に伝わる漢方によって、自分が作った薬草を 学校に推薦した。ある人は、道教の方術によって、辰砂で薬を作って学校に推薦した。中毒 被害者の教師と生徒たちは実験用のモルモットのように、新薬の実験台になった。しかし、

症状は収まらなかった。

政府の援助について、省政府林洋港主席の指示に従って、政府からの資金でサウナを建設 した。また、省政府は監督指導委員会を設置して、100 万元(約 400 万円)を補助金として 学校に支給した。さらに、蒋経国総統もこの事件に関心を示し、被害者が全快するまで無料 で治療を行うように命令した。学校の教師と子どもたちは受難者であったが、周囲もいくら か注目するようになった。

②恵明学校

現在恵明学校は、現在恵明学校、恵明育幼院、恵明教養院としてそれぞれが独立して、就 学前教育、小学校教育、中学校教育、多重障害者終身ケアを行っている。なお、恵明学校は 恵明育幼院の付属であった。1987 年、政府の関係政策に従って、恵明学校は、政府教育部 門の管轄を受けて、恵明育幼院から独立し、財団法人になった。しかし、現在恵明学校と恵 明育幼院は同じキャンパスにある。生徒たちは恵明学校で授業を受け、恵明育幼院で生活し ている。

図 1:現在の恵明学校(筆者撮影、2018 年 8 月)。

- 85 - 図 2:1930 年代の恵明学校(恵明学校提供)。

現在の院長の甘淑娟によると、恵明は台湾の障害者介護・教育の最高機関の1つである。

恵明の経営費用は有志者・企業からの寄付金、政府からの補助金、一部の入所者からの負担 金からなっている。その中で、政府の補助金が総経費の半分以上を占めている。なお、恵明 の生徒たちが余暇に作る手工芸品販売による収入も経費の足しになっている。

図 3:社会からの寄贈及び生徒たちが余暇に作った手工芸品が置かれている部屋(筆者撮 影、2018 年 8 月)。

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現在、恵明学校は、視力障害者クラス(中国語:視障部)と視力多重障害者クラス(中国 語:視多重障礙部)からなっている。視力障害者クラスの対象者は、中低収入家庭の小中学 校までの教育段階にある視力障害者である。入学条件は、視力障害者の心身障害手帳及び台 湾(台澎金馬区含み)の戸籍を持つこと。教育内容は、小中一貫教育(9 年)課程概要に従 って、国文、健康・体育、社会、芸術・人文、自然科学・生活科学技術、数学、総合運動な どの適正教育である。

視力多重障害者クラスの対象は、中低収入家庭の小中学校までの教育段階にある視力障 害を主とする多重障害者である。入学条件は、視力多重障害者の心身障害手帳及び台湾(台 澎金馬区含み)の戸籍を持つこと。教育内容は、「多重障害教育課程概要」の7つの領域に 従って、生活教育、認知教育、交流教育、運動訓練、余暇教育、社会適応、職業生活などの 適正教育である。

現在、恵明育幼院のケア対象は 6 歳から 24 歳、中低収入、心身障害者手帳を持つ視力多 重障害者である。現在学生総人数 120 名、視力だけの障害者 18 名、他は全部視力多重障害 者である。その中で、視力・聴力・知能・言語障害者は 8 名である。

ケア内容は:宿泊養育、医療保健、生活礼儀、生活自立訓練、人間交流、認知訓練、品性 陶冶、社会生活適応、余暇生活、家庭的雰囲気においての心理指導である。

図 4:恵明学校、恵明育幼院は同じキャンパスにある(筆者撮影、2018 年 8 月)。

現在、恵明教養院のケア対象は、22 歳以上、心身障害者手帳を持ち、伝染病がない視力 多重障害者である。現在人数 87 名、50 代 7 名、40 代 10 名、30 代 20 名、20 代 50 名。この 中で、油症登録者男性 2 名、女性 6 名、計 8 名である。なお、収容人数上限は 112 名である

(2017 年現在)。

ケア内容は、日常の食事ケア、余暇ケア、昼間活動ケア、社交活動ケア、緊急病院に送る ケア、家族諮問ケアにケア情況を伝えること、日常生活ケア、自立訓練ケア。

ドキュメント内 環境保全における文学の貢献 (ページ 83-133)